20_想起未来/GRAVITY_DAZE


――恐らく今この日記を読み返しているそこのあなたは私自身であるはず。それも別の枝から来た私。正解ならばどうか喜んで欲しい。あなたが懸命に観察しようとしたものに一気に近付く機会をこの私は得られた。そして私はそれを、あなたに共有できるのだから。と言ってもまず疑うだろうね。でもあなたはすぐにこの私が残した目印を探し始める。“元の”WITHGRAVはまだ存在しているね?



 重力が何であるのか、私の在る時空間において重力が何を担っているのか、理解したつもりでいた。でもどうだろう、リンゴが一つ宙に浮くことで振り出しに戻った理論がいくつもある。その振る舞いはいつでも私を魅了してきた。今もそうだ、研究のために費やした時間や手間などすっかり忘れて、きっと私は子どもの頃のように目を輝かせていた。その少年は自らを“重力使い”であると言った。まるで宇宙空間に漂う銀河系を集めたような模様の、フクロウのような姿をした神秘的な存在を肩に乗せて。――とまあ、こんな風に振り返ることができたのは空中都市に着いてから。自分でも変な単語を書いているなと思う。空中都市は重力使い『オゥル』のいた場所とも違う時空間であるらしい。順を追って話そう。


 突然の出来事だった。研究室にあった古い観測器を覗いていた私は疲れて眠ったのだと思う。気が付くと上も下もない妙な空間にいた。体が宙に浮いたようになって、いくら慌てて藻掻いても前にも後ろにも進めない。そこに不思議な格好をした少年が現れた。彼の連れたフクロウのような何かが淡い光を放つと、少年はその光と一体になって、フクロウと同じ色をした光で私を包んだ。やっと上下の定義を取り戻した私に少年が手を差し伸べる。重力使いの少年は「オゥル」と名乗った。フクロウのような存在は「ナレィ」という名前。私たちは『重力嵐』なる現象に似た何かに巻き込まれたらしい。ここまで聞いた私はやっとこれが“夢”であることを疑ったが、今試せる手を全て試しても夢は覚めなかった。

 嵐を抜けた私たちは巨大な柱に沿って造られた都市にいる。元居た場所からすれば目を疑うような光景、重力の有り様が異なることを強烈に認識させる空間構造に人間が暮らしている。都市を歩く何人かに話を聞いてみてオゥルは少し驚いた様子で私にこう言った。


「黒い猫を追いかけて回る重力使いがいるってさ。もしかしたら……もしかするかもしれない」


 重力使いは彼以外にもいるというのか。そもそも私の追い求める重力を考えもしなかった形で扱うオゥルとナレィは何者なのか。私は何に近付いたのか。重力嵐とは何か。オゥルは「俺は重力について何か知っているわけじゃないよ」と先に断ったが、重力使いである彼は簡単に物を浮遊させ、自身も空を飛び回るように移動してみせる。重力の作用する方向を操作しているのだ。もちろん人間を浮かべることも容易にできてしまう。

 本当に、全てが滅茶苦茶で全てが目新しい。もしこれまでの常識……いや、あなたの研究成果は決して嘘ではないけれど、そのままそこにあると思っていた何かに縛られたままの私がこれを読んでいるならば、私の頭の枷が外れてしまったのかと思うだろう。でもこの日記に見たものを、感じたことをそのまま書いているのが楽しくて仕方がない。



    重力フクロウを連れた少年と、樹構造の見知らぬ都市にて。 Arusha Uniru



 少し若い私の書いたらしいこの日記。彼女の言うように、奇想天外としか言いようのないそれはこの私にとっても事実となった。私は重力使いの手を借りて『忘却の海』を抜け出したのだ。そう、私たちは一度無事に忘却の海に到達していた。

 忘却の海からの脱出はWITHGRAVがいたから成せたことであり、その前にWITHGRAVには辛い選択をさせてしまった。だからこの海でまた逢うことができて幸運だった。WITHGRAVと対話することができたのだから。



――ねえ、私の忘れていたことは何だった?


 私はWITHGRAVに、WITHGRAVは私に。お互いにそれを確認した。私はまずWITHGRAVに謝った。それからWITHGRAVの選択を大いに褒めてあげた。

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