10_白亜軌跡


 半分地面に埋まった鉄骨の切れ端が空にせり出して、そこに拉げた金属の合板が引っかかっていた。合板の方が鉄骨よりもずっと大きく、鉄骨との僅かな接点のみで体積の全てを底の見えぬ空に浮かべていた。物質に恐怖は宿らない。その空には風も現れない。ただ静かに、眠ったように、――忘れたように。小さく揺れることもなく。

 寂寞はいつまでも続くと思われていた。だが、何処かから不意に、光を透過する巨躯が現れた。体の両側に広げた大きなヒレをゆっくりと上下させ、悠然と浮島の近くを通っていく。その時、それぞれの“法則”が小さく欠伸をして鉄骨と合板に焦点を合わせた。


 不意に地面がめくれ上がった。合板は全てを受け入れて身を委ねる。跳ね上がった鉄骨は短く弧を描いて宙を舞い、それから合板の後を追って、考えもしなかった無限遠の虚空を目の当たりにした。


 浮島の端、空との境界。矩形に抉れたその一部分に、縁から砂のようなものが微かに流れ落ちる。かつて何かが埋まっていたであろう痕跡は変わらず残っているが、やがてその姿からも時間の前後が取り払われる。鉄骨も合板も島に還ることはない。島が鉄骨と合板を思い出すことも、恐らく、ないのだろう。



 人差し指くらいの白い棒が黒板と共に心地良いリズムを作っている。幾度も更地になる深緑の地盤に、もう一度、少しずつ、意味を持った記号たちが列を形成して何かを紡いでいく。

 この日はどうしてか微睡んでいた。夏の足音が心地良い温かさを連れていたせいか、椅子脚の冷やりとした感触も意識の芯には届かず、前の子の椅子の背もたれがぼんやりと滲む。右手は既にシャープペンシルをノートの上に置いていた。

 短く意識を預けたのだと思う。その間に、不思議なことが起きていた。指先で摘まむから、最後の欠片をよほど器用に扱わない限りできないはずなのに、先生が持っていたはずの白い棒は深緑の“海”に跡形もなく溶け込んでしまったのだ。……違う、海に描かれた無数の建造物たちに……姿を変えた? 違和感を覚えた私は無意識に窓の外を見た。場所、時間、何でもいい、窓枠の向こうに私自身の枠を確かめるもの。

 私は、夢の続きを見たのだろうか。黒板の方に向き直ると、密に並んだ建物たちの後ろに線が……大三角定規を使わずに引いた一本の横線が現れていることに気付いた。




「瓦礫の島は走りにくいなー。パンクしたら困るし押して歩こう」


 浮島の端から乾いた砂がほんの少し零れ落ちた。さらさらと、底の見えぬどこかへ。


「独り言も大声も疲れるなぁまったく。だれか~いーまーせーんーか~」

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