17_余燼のトイカケ
「キミが私を“私の主”から引き剥がしたのかと思ったが、私が私自身の性質でこの場に取り残されたと言った方が正しいようだ」
空間に浮いたまま駆動する巨大な機械の前に、豆粒ほどの大きさの何かが立っていた。古風なチェスターコートと帽子を身につけて人間の格好をしている。彼の足元に足場は用意されていないが、この空間で浮遊を許さぬ力は“実存しないもの”には作用できない。
「WITHGRAV、キミは主の観測を止めたようだね」
「はい。観測できることであらゆる事象は存在可能となります。この場所でもそれは同じです」
「過去に向けた観測でもそれは同じかな?」
「同じでしょう。ただ、呼び名が変わることがあると認識しています。観測者をどこに置くかによって。もしくは観測者がどのような状態にあるかによって」
「キミは、キミの主をどうして欲しい」
「分かりません」
「計測ではなく観測、しかし観測器ではなく観測者と言葉を使い分けた。切り口はその辺りだろうか」
「僅かな揺らぎを私自身の中に観測しましたが、回答には至りません」
一度はっきりと空間に描かれたチェスターコートの質感がぼんやりと曖昧になっていく。鈍く光る機械は重く留まったまま、ゆっくりと駆動を続ける。
「最後にひとつ、賭けておこう」
「記録します」
「彼女は、ナツは必ず辿り着く。私無しでも、きっとね」
「私は三人を観測し続けます」
「それがキミの感じた責任ならば、是非お願いしよう」
探偵の姿をした影はどこかへと消えた。
少し時間を遡り“計測器”は自らの選択を確認する。
三人は分断させる必要があった。異なる素質を持った者たちが交差することで生じたものが主の目に留まったから。自身が観測を止めてさえ主はこの空間を、計測器『WITHGRAV』を維持存続させている。主がこの空間の外にまで手を伸ばす可能性は大いにある。徘徊する群れは為す術も無く消滅したが、それ以上の抵抗をしてこない。仮説は後に立証されるだろう。少なくとも今観測できる範囲では、この海は意思を持っていない。
「私にできたことは個々の座標にごく僅かな修正を加えることだけでした。主の手の中であなたたちが消滅することは防げましたが、あなたたちは私たちの過去を意味する枠組みの中に入ることになります。自己観測の矛盾を抜け出せぬ私に盲点があるのならば、高次の枠組みであるこの海に有向線分がないのならば、そこから抜け落ちるかもしれません。どうか――」
ようやく計測できた。私たちは救いを求めているのだ。
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