13_半再起動
――馬鹿げた話だが、それは一途な想いから始まった。盲目に追い求め続けることで立証段階の仮定条件に極めて近い状態として自らを成立させ、形骸化し概念になり果てることを経て、終にはその世界に一つの法則として機能し始めたのだ。
寝ている。いつもの枕くらい安心して眠っている。でもちょっと感触が違うような。それに誰かが私の頭を――
「あ」
「起きたの?」
「起きたみたい。おはよう、ナツ」
起きた……のは私?
「……ぅー」
私の声じゃない声が二つ。私の部屋じゃないのかな。これ、枕じゃなくて……あし?
「……大丈夫?」
「……あぁ、うん。えっと……」
二人が私の顔を見ている。少し心配そうに。
「ハルカと、オゥルくん。と……ナレィ」
手をついて身体を起こそうとして、よろける私をハルカが支えてくれた。手の平にさらさらした砂が付いている。……砂? それでこれは石畳か。岸に上がって横向きになったアザラシ――人魚にしておこう、人魚のような体勢で目を擦りながら記憶を整理する。私と同じくどこかの学校制服を着ているのがハルカ、優しそうな目で私を眺めている。彼女は多分普通の女子高生。そう、実体女子高生。見慣れない衣裳でフクロウを肩に乗せているのがオゥルくん、フクロウは重力フクロウのナレィで、彼は重力使い。それからここは……時間が止まったような街の切れ端、色褪せたような物が浮かぶ不思議な空。透明クジラがいて断絶が起こる気の抜けない空だ。
ぐるりと薄青い空を見渡して点々を浮かぶ影を走り見る。どうしてだか時間感覚の前後が曖昧になってしまった。まるで長時間眠っていたかのように意識が、なんというか二つ折りにした掛布団に潜り込んでいる。ひとまず身体だけでも布団から抜け出て座った状態にしよう。
「あれ、なんで私が眠ってたんだっけ?」
確かハルカの方が眠っていたんじゃ? それと、私はハルカに何かを言おうとしていた気がする。
「島から落ちた私をナツとナレィが助けてくれて、目を覚まさない私をオゥルくんとナレィとナツが力を合わせて起こそうとしてくれた。ここまでは覚えてる?」
「覚えて……る」
そうだ、確かそうだった。あれこれ思い出そうと表情と身振りを忙しくする私にハルカの助け舟が続く。
「私から抜け出たモヤモヤを……ナレィとナツが私に戻してくれているときに、私から蝶が出て来て、ナツに向かって飛んで行った。……って、私はオゥルくんから聞いた」
「あー、うん、うん」
モヤモヤのことを口に出すハルカの表情が面白いけどそれは置いといて、
「……それから?」
「ナツねーちゃんが力が抜けたみたいになって気を失った。ナレィがそっと寝かせてあげてたよ。モヤモヤが集まったハルカねーちゃんはその後すぐに目を覚ました」
そうだったのか。……じゃない、色々と分からない。モヤモヤには本当に意味があったのか、ナレィは何をして、蝶は――
「ナツ、ありがとうね」
オゥルくんたちにはもうお礼を言ったからとハルカ。「どういたしまして」を言うのに少し時間がかかってしまった。
「そのモヤモヤのことも蝶のことも私には全く心当たりが無くて……。オゥルくんとナレィみたいに私にも蝶がいた、ってことじゃないと思うよ。もちろん重力なんて私は扱えない」
「そう……なんだね。そうだよね、かな。……私はどのくらい気絶してたの?」
ハルカの顔を見た後に私の顔を見るオゥルくん。
「5分くらい?」
『ホーゥ』
「私の足が痺れる前に起きたよ」
「ふむぅー……」
「……腑に落ちない?」
「んーとね、ちょっとした夢を見ていた気がするんだけど……しかも何か重要な――」
いや、二度寝の5分間で大冒険することだってある、夢と現実の時間は安易に結びつけても意味がない。ただ……あまりにも綺麗に思い出せない“夢の内容”の方には妙な感覚が残っている。偶然見つけた宝物を運悪く絶壁の下に落としてしまったような、そんな気がしてしまう。
「考えてても分からないような気もするんだけどなー」
『ホーゥ』
ナレィの鳴き声がオゥルくんの意見を肯定する相槌に聞こえる。
「……うん、その通りだ。よし」
脚に力を入れて立ち上がった。地面だけが切り取られて浮かぶ大きな島が少し位置を下げて、視界いっぱいに、振り返って360度に広がる空が迎える。底知れぬ空は足元にも。するとハルカも立ち上がって、オゥルくんも?
「何さ?」
ハルカがちょうど三人で向き合うように位置を変えて、そのまま体の前に水平に手を伸ばした。手のひらは地面に向いている。一瞬考えたけれど、
「こう?」
手を重ねるあれだね、多分。私も手を伸ばしてハルカの手の甲に自分の手のひらを重ねる。
「そうそう。オゥルくんもどうぞ」
「うん? 上からでいいの? 一番下?」
「上からでいいよ」
「私より小さい手だ」
「これから大きくなるって」
そして私の手の甲にオゥルくんの手のひらが重なる。
「ナレィも乗る?」
『ホゥ』
あれ、オゥルくんの手の上に乗ったはずなのに。神秘の重力フクロウは0グラム……?
「これは何かの儀式なの?」
「ううん、儀式みたいな特別な意味のあるものじゃないよ。今のうちにみんなで気合いを入れようと思って。なにやら安心できない空だけど、だからこそ」
「気合いときましたか。オゥルくんとハルカは私が寝てる間にお互いのことを話した?」
「ざっとね。ナツねーちゃんと先に整理してたから伝えやすかったよ」
「すると私はハルカの掛け声を予想して合図を待とうじゃない。いいかいオゥルくん、ハルカが何か喋った後に、『おー』って言うんだよ」
「んー分かった。手を掲げるんだろ」
「あれ、そうだっけ」
「ご自由に。じゃあ、二人とも少しだけ目を閉じて。ナレィも」
「い」
「い?」
「どうしたの?」
妙な声を出したオゥルくんが随分と驚いた顔をしている。自由になっていた左手を、私たちの後ろを指差して――
「まさか」
異変を察知した私たちは慌てて振り向く。重力使いである彼がナレィと一緒にいても驚く相手。真正面から見たそれは二枚のヒレを覗かせて空を丸く歪めていた。透明クジラ。真っ直ぐこっちへ――向かってくる。
「なんで、重力操作は使ってないのに!」
目視距離と大きさと速度をでたらめな感覚計算機に突っ込む。あと何秒だ。
「オゥルくん一人なら運べるんだよね」
「運べるさ、でも、」
「透明クジラが島にぶつかるギリギリまで重力操作を使わないで。もしもの時はハルカと逃げて」
「ナツ!」
「ハルカ、私はあれがこの島を避けて上を通過することに賭けるよ」
「……ホントに?」
「考えがあるんだね?」
「きっと。そうだ、さっきの儀式、急いでやっちゃおう」
「……分かった。オゥルくんも来て」
「大丈夫なのか?」
『ホゥホーゥ』
もちろん確信は無い。でも少しだけ自信がある。
「じゃあ改めて。ちょっと急ぐね、目は閉じなくていいよ」
3つの手を重ねて、上にナレィが乗った。ハルカの小さな深呼吸に自然と私たちも続く。
「一緒に、
やっぱりハルカはもう一度同じ言葉を使ってくれた。私とオゥルくんがその短い目的に同調して言葉を声にすると、ナレィがフクロウによく似た鳴き声を添えた。透明に近い巨影が迫り来る。
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