06_墓標

――より新しく性能の良いものが完成した。階段の頂上で胴上げされていたものは最後にふわりと持ち上げられて、そのまま下へと落ちて行く。階段の麓よりも下へ下へ。何よりも恐ろしい名称をともすれば複数纏う、ずっと下の階層へ。淘汰という営みは自然界には当然のように存在している。きっと最初から存在していた。



「それにしてもこれが無事でよかった」


「本当に。ハルカの次にしちゃったけど、不貞腐れずにちゃんと走ってくれてる」


 白銀のママチャリにまた二人乗りをして空を進む。概念女子高生のいた道路の島を離れて、別の“大きな島”を目指して。ナツ曰く、遠くからでも目につく大きな島は他にいくつもあったらしい。そのうち適当なものを後で探索しようとマーク済みだったのに、さっきの短い断絶で最寄りの島が跡形もなく丸ごと消えてしまったのが見えたとのこと。「目印にしてた島も動いたような気がするからちょっと自信ないけど」とナツは添えたが、……世界の断絶と再配置。本当に、何とも大掛かりな現象だ。


「今度は自販機か」


「だね。缶ジュースも缶コーヒーもミネラルウォーターも全部色褪せてる」


 空に浮かぶものには私たちがこの足で降りられるような大きなもの、つまり「島」と呼びたくなるような大きなものの他に、「物」と呼んだ方がそれらしい小さなものがいくつもある。少し離れた島を目指す過程で、一体どんなものが浮かんでいるのか近寄って確かめてみることにした。


「どこかに100円玉でも浮かんでないかな。この自販機電気が通っていないように見えるけど、色褪せたコインなら色褪せた缶ジュースが買えたりして」


 コバンザメさながら100円玉にくっつくようにして空を泳ぐ10円玉たちを想像してしまう。そう、ところが空には実に色々なものが漂っていて、探査機となった私たちは少し古風なシルエットの車から、時代を感じさせる厚みのブラウン管テレビ、多分マッサージチェア、大きなパラボラアンテナのお皿の部分なんかを順に見て来た。小さなものでは割れた電球やよく分からない電子部品のようなもの、それからこれ。単三電池がひとつ。私とナツ両方から見ても“過去”のものもあればどちらともつかないものもある。色褪せたものとそうでないものの比率はやや色褪せた方が優勢かな。さて……困ったことにまるで文脈が読めない。


「掴めば重さは感じるのに、手から離れるとそこに留まる」


 眠るように宙に身を委ねていた円筒形の蓄電装置を手に取る。それは束の間の自我に目覚めて、また眠りに落ちていく。


「私たちが触っている間だけ重力が生まれる……とすると、これは何故浮いたままなのかな」


「私たちより自転車様の方が偉いから?」


「ハルカのそれは……天然発言?」


「……次行こう」


「はいよー」


 この小さな単三電池一つさえ解に至らない法則の上にある。



「意味深」


 四音で切り込むナツ。そんな風にして進んでいた私たちは奇妙なものを見つけた。


「テレビの……山?」


「塔かもしれない」


 大きな円形の土台の上にブラウン管テレビが山……塔のように積み重なっている。遠くからでも異質なシルエットは目立っていて私たちを引き寄せた。見上げるほど堆く積まれたブラウン管テレビたちはナツから見てもやはり旧式で、そう言えば“現代美術”の枠組みでこんな作品があったこと思い出した私はナツにそれを説明してみた。


「そのアーティストが表現したいことは何となく分かるかも。それに、私が感じる違和感はそれかもしれないな」


「ナツの得た意味深な違和感、とは」


「ハルカはこれを見た時に、“積まれた”テレビって思わなかった?」


 その通りそう思った。


「……あ」


 どこかの誰か、つまり人間によって。テレビたちは独りでに集まって自ら積み上がったりしない。美術作品の枠の中にあってもそれは同じだ。駅や道路は最初から人工物で、切り取られたそれらに人間の存在を感じることはなかったけれど――


「ヒトの気配ってことか。この空にはまだ他に、誰かがいるのかもしれないね」


「なんとも言えないけどね。ちょっとここで待ってて。映ってるテレビが無いかぐるっと上まで見てくるよ」


 上に行くほど細く、一様に真横の空に顔を向けて放射状に積み置かれたブラウン管テレビの塔。少なくとも下層のテレビたちは沈黙している。空駆ける自転車に跨ったナツは螺旋を描くようにゆっくりと周囲を登りながら、その一つひとつを確認し始めた。私は麓でヒビの入った画面と割れた画面を見つけて中を覗き込もうとする。この由緒正しき機械の中では往復するビームが照射されているとか聞いたことがあったような。黒いプラスチックの外装には年季が入っていて、触れば不愛想な硬さと温度を返してきた。操作ボタンや目新しいボリュームダイアルの位置は個体ごとに微妙に異なっているが、不思議なことに彼らの出身を表すようなメーカーロゴはぐるりと表面を探しても見当たらない。上の方に積んである黒いボディカラーのものは中々判別が難しいけれど、テレビたちには色褪せているものが多く混じっているのが分かった。カチリ、カチリ。キリキリ。ボタンを押してダイアルを回してみるも、やはり眠ったまま。

 ふと、フィクション作品の中で見かけたあるシーンを思い出す。過去から来た人間がこの不可思議な“テレビ”なる装置を見て『中に小さな人間が入っている』と驚くあれだ。ナツが「全滅」の報告を持ってくるまで、私はしばし物思いに耽っていた。



「そろそろ次の島に行こうか」


 穏やかな浮遊物の探索が行き詰まった頃、浮かんだ自転車の上でナツ船長が舵を切る。


「そうだね。うーん……あとちょっとで何か思い付きそうなんだけどな」


「私もそんな感じ。思い出せないように誰かか何かに意地悪でもされてるんじゃないかと考え始めたから、この辺にしておこう」


 粒度、密度、規模、時代性、法則性、人為性、そして未知性。電源も電波もなくブラウン管テレビが目を覚ますとすれば、それはどんな時だろう。


「くすぐったい!」


「ごめんごめん」


 ナツの背中に何かを描こうと指を滑らせたらストップがかかった。今私は地図でも描こうとしたのだろうか。自転車がバランスを崩してしまったら大変だから中断して――


「ところでナツ船長」


「なんだいハルカ船員」


「次のあれがいつ起こるかって……見当が付くの?」


 仮に周期のようなものがあるならば。一度起きたらしばらく起こらない、というように。


「実はね」


「うん?」


「全く分からない」


「そう……なのね」


「だから何となく気が抜けないんだ。直前になれば音が聞こえるからちょっとは備えられるんだけどさ」


 低く響く多分遠くまで聞こえるあの音は偶然にも警報になっているようだ。


「ハルカ船員、気付いているかもしれないけど、一つ質問だよ」


「はい船長」


「駅のベンチで眠っていたハルカ船員を私が起こしてから今の今まで、ハルカ船員は喉が渇いたりお腹が空いたり……お手洗いに行きたくなったりしたかね?」


「……あれ?」


 していない。全くもって。もう何時間と経過しているのだから、普通ならそんなことはないはずなのに。


「わた……船長も最初は不思議だったんだ。船長はこう考えることにした。時間そのものでさえ私の知るそれと同じであるかどうか分からない、とね」



――難しい理論を知らなくても一つ覚えておいてほしい。重力と時間は仲良しで、よく手を繋いで歩いているのだ。



「でもそれと断絶の周期が読めないことはあんまり関係ないかな……」


「ううん、関係あるような気がする。そう言えば太陽の――」


 私の言葉を遮ったのは微かに聞こえてきた音だ。


「近くに降りられそうな島……あれ!」


「急ごう!」


「しっかり掴まって!」


 特大事象に備えるための、あまりにも不穏な警報音。

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