晒して、暴いて、大胆に、そして受け止めて②



 水色の長い髪がいつもの暖かさではなく、酷く怜悧な印象だった。

 妖艶ささえ漂っていた切れ長の目は、精悍さに。

 華奢な肩幅は、逞しいさを。

 身長は大きく伸び、威風堂々さを。



「はふぅ……男子の制服がよくお似合いですよカミラ様――いいえ、カラミティス様」



 今日何度目か解らない賞賛を、アメリがこぼした。

 カミラとしては、頭を抱える他に無い。

 ちなみに、カラミティスという名はアメリが付けた。



「どうしてユリウスはユリシーヌの時とは変わらないのに、私は…………はぁ」



「ええと、カミ――カラミティスの今の姿も“男”らしくて、いいですよ?」



「はぁぅん……ため息をつくカラミティス様も素敵……」



 関係各者が集められた寄宿舎の食堂にて、どんより落ち込むカミラもといカラミティスを、ユリシーヌが慰めた。


 時はあれから次の日の昼前。

 カミラとユリウスが、セーラによって性別反転の直後気絶し、朝まで目を覚まさなかったので。

 これから、対策会議が始まる所であった。

 なお元凶であるセーラとガルドは、昨日よりずっと正座である。



「うけけけっ……いやしかし。そうやって男の格好してると。アンタ男に産まれた方が良かったんじゃない?」



「うぅむ。昨日は驚いてよく分からなかったが。……その、なんだ? 男らしくて羨ましいな。余もユリウスも線の細いタイプであるからなぁ……」



「――――貴方達はっ! 特にセーラっ! 反省しろ馬鹿あああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



 とても反省しているとは思えない言葉に、カラミティスのハスキーヴォイスが放たれる。

 だがその声は効果が無く、寧ろ二人どころかアメリとユリシーヌの耳までうっとりさせた。



「ああ、いい声…………じゃなくて。まぁまぁカラミティス様。押さえて押さえて」



「貴方はどっちの味方なのよアメリ!」



「…………気持ち悪いので、女言葉止めませんかカラミティス様?」



「助けろユリシーヌ。アメリが役に立たない…………」



「そう言いつつも、言葉使いは直すのですねカラミティス」



 元カミラの肩をぽんぽんと叩き慰めながら、ユリシーヌは、その顔に見惚れてしまった。

 元女の筈なのに憂い顔に妙な色気が発揮されて、何故だか下腹が微かに疼く始末。



(何で男時の俺より、今のカミラの方が男として魅力的なんだッ! というか何で俺はときめいてるんだよッ!)



 元男としてのアイデンティティを、ユリウスが大いに揺らしている横で。

 カミラとしてもその偶にぐんにゃり曲がる鋼鉄の心を、またもぐにっと曲げていた。



(嗚呼、嗚呼……ユリウスに見られている。…………やっぱり、男の姿は変なのね)



 せっかく苦労して体を磨いて、文字通り血の滲む努力とともに手に入れた恋人――否、永遠の伴侶の座。

 だがこれでは――――。



(ううっ、嫌われていないかしら。こんな無骨な男になってしまって…………せめて、ユリウスの様に線の細い男だったら女の姿も出来たのに…………)



 これは絶対、パパ様の遺伝子大活躍である。

 るーるるー、と黄昏るカミラ。

 だが本人は気づいていないが、その姿は憂いを帯びたイケメン。

 魔王の魔力も相まって、壮絶な色気をユリウス含む女性陣へ送っていた。



「余は、余はおかしくなったのだろうか…………カミラが美しい男に変わっただけなのに――――わりとどうでもいい」



「あー、うん。アンタが良くも悪くも純粋だって事よ。その感覚を大事にしなさいな。……しっかし、何でアンタ、女の時より色気出てんの? アホじゃない?」



「と言いつつ、顔真っ赤でカラミティス様ガン見じゃないですかセーラ。――――その沈む顔も素敵ですカラミティス様…………」



「糞ッ。何故こんなに心臓がバクバクいうのですかッ!? これじゃまるで…………」



 元より、女装生活が長く、そっち方面の心に理解があったからだろうか。

 本当に女になってしまったユリシーヌは、カラミティスの頬に手を差し伸べたい衝動をこらえながら、手をグーパーグーパー。

 その顔もどこか、ぽおっとしている。



「……頑張りなユリウス。雌堕ちしたら元に戻ったとき大変だよ」



「――――ユリウス様が雌堕ち!? 詳しく話しなさいセーラ!?」



「不穏な言葉に食いつかないでくださいカミラ!? そしてセーラも、何か怖い単語出さないでくださいッ! ――――教育的指導ッ!」



「あぐっ!? ほ、本気で拳骨するんじゃないわよっ! 脳細胞死んだらどうすんのよっ!」



「訳の解らない事を言ってないで、反省しなさいセーラ」



 カラミティスの元を離れ、ツカツカとセーラまで歩きその脳天にガツンと一発。

 ユリシーヌの優美さを増した立ち振る舞いに、やった事はあれだが、優雅さを増したその動作に“雌堕ち”はともあれ、カミラの下半身の何かが反応する。



(――――今、何かピンと来たわ)



 何が来たのであろうか。

 カミラは自問自答に入った。



(見たところ、本当に女になった影響で腕力は落ちているようね)



 ともすれば聖剣を振るえるか怪しい程だが、問題はそこではない。



(髪の長さ? 艶やかさ?)



 そうではない。

 では、では?

 魔法で視覚情報を誤魔化していない分、首筋の細さ白さにグっと来るが、一番ではない。



(手首の細さ…………、指の形…………いいえ、確かに女装の時より美しくなっているけれど“それ”ではない)



 カミラは目を瞑り、もう一度ユリシーヌの動きを脳内再生。



(こう、てってってっと私の横から移動して、腕を振り上げ、振り下ろす――――うん?)



 そこに、カミラの脳内に稲妻が走る。



(ま、真逆、真逆――――――――!?)



 そんな、いや、だって。

 思考がそんな言葉で埋め尽くされる。

 だが、考えてもみれば理にかなっている。



 ――――覚えているだろうか。



 今のユリシーヌは、女装時と同じ女生徒の制服を来ている。

 だがそこに――――胸の大きさに変化が見られない。



 つまり、つまり、つまり――――。



「…………ユリシーヌ」



「ああ、カミラ。どうかしました――――!?」



 もはやカラミティスになったカミラは、ユリシーヌに近づくと、一瞬たりとも躊躇わず手を伸ばす。



「わぉ、だいたーん」



「はわわぁっ! カラミティス様何しているんですかっ!?」



「余は解るぞ勉強したからな、あれはセクハラというヤツなのであろう?」



「は? え? ――――んぁっ!」



 カミラの突発的な行動に、ユリウスは女の身で思わず喘いだ。

 その声にいっそう下半身に力を貯めつつ、顔は努めて冷静に、カミラは指を自在にを動かす。



「…………なるほど、これか」



 ふにふに、ふにゅっふにゅっ。



「――――ぁッ!? ~~~~ッ!?」



 むにゅっ、むにゅっ。

 柔らかさと弾力を兼ね備えた感触、下着と制服で二重の壁があるのに、押せば沈み、離せば戻る至福。


 ――――そう、これこそが男となったカミラを反応させた罪の巨大リンゴ。

 セーラを叩く際に揺れ動いた、魅惑過ぎる果実。




「こ、これが、男の快楽――――!?」





「あんッ! やッ! ――――いつまで揉んでいるのですか馬鹿女あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」




「へぶっ! 今は男の体あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 ぱしーーーーん。

 次の瞬間、顔を真っ赤に染め涙目になったユリシーヌの平手が、カラミティスの右頬に見事な紅葉を作る。



 結論。

 本当に女になったユリウスは、カミラにとって至極エロい存在だった。





 カミラはひりひりと痛む頬を押さえて、呆然としていた。

 目の前には赤い顔で睨みつけるユリシーヌの姿。



(パパ様とママ様にも殴られた事…………あ、けっこうあったわ)



 セレンディア家はわりと、脳筋教育純情派である。

 しかして今はそんな事は重要ではなく…………。



(――――そう。これが男としての情動というモノね)



 別名として、欲望とか肉欲でもいい。

 元カミラは“それ”に打ち震えていた。



(嗚呼、嗚呼…………私は変わってしまった…………。)



 ついさっきまで自覚はなかった。

 少しコンパスの長さが違うので、歩きにくいと、ただそれだけだった。

 だがこれでは――――。




(――――こんなの、私じゃない)




(私、ではない――――)



 自覚した途端、ふつふつと腹の奥底からどす黒い“何か”が、燃えさかる“何か”が沸き上がる。

 ぐつぐつ、ぐらぐらとカミラを満たしていく。



 人生の全てを賭けて、ユリウスの“女”となるべく努力してきたのだ。

 何年も、何百年も経て、漸く手に入れた“理想の体”なのだ。

 それを、それを。

 この女は。



「くくくっ、はははははははははっ!」



「……ごめんなさいカラミティス。強く叩きすぎましたか?」



「――――くくく、くくくっ。嗚呼、いや。今のは私が悪かったよユリシーヌ。軽率だった。謝罪しよう」



 突如として、暗い瞳で笑い出した元カミラに、元ユリウスも他の三人も戸惑いを隠せない。



「いえ、解ってくれればいいのです。――それよりちょっと変ですよカラミティス。大丈夫ですか?」



「大丈夫だ。優しいなユリシーヌは」



 カラミティスは瞳は笑わず、冷たい笑みをセーラに向ける。

 長時間の正座で足が痺れ、逃げようにも逃げれないセーラは怖々と問いかけた。



「え、ええと…………やっぱり怒ってる?」



「――――いいや、怒っていない」



 カラミティスはしゃがみ、殊更に優しくセーラの頬を撫でながら顔を至近距離まで近づけ。

 そして冷たく、冷たく囁く。

 なお現時点でセーラは、カミラの覇気に当てられて恐怖により錯乱寸前である。



「なぁセーラ。私は確かにお前の憤りを受け止めると言った。…………言ったが、私が“それ”をどう思うか、反撃しないか等は言わなかったよな?」



「は、はいっ! 言いませんでしたっ!」



「よろしい。――――なら、今私がどう思っているかわかるか?」



 女性であった時以上の鋭い声、刃を素肌に差し込まれる様な幻覚を前に、セーラはあらぬ事を答えてしまう。



「ゆ、ユリシーヌ可愛いヤッターとか、そういうのでしょうかサー!」



「十点だけあげようセーラ。後、サーはいらない」



「サー! はい! サー!」



「一割はあるんですねカミラ様…………」



「…………喜んでいいのでしょうか?」



「のんきな事を言ってないで、早く余をセーラから遠ざけてくれ! 漏らしてもしらないぞっ!」



 外野の声なんて何のその。

 真っ青な顔で失神寸前のセーラに、カミラは重大な事を告げる。



「くっくっくっ…………貴女は愚かだなセーラ。その愚かさに免じて、一ついい事を教えてあげよう。今回の件、二人の処分は私達に一任されているのだ。――――この意味が解るか?」



「――――ひぃ!」



「え、何それ余は聞いていないぞっ!」



「そうなのですかユリシーヌ様?」



「ええ、カラミティスの言った事は事実です――――ご冥福をお祈りするわ」



 ユリシーヌが肯定した事により、ガルドの顔も真っ青になり、セーラに至っては口から泡を吹き始めている。



「なあ、セーラ。私はお前達に……特にお前に、どういう処罰を与えればいいのだろうか?」



 怒りが収まらない、という感じの堅い口調。

 向けられたセーラも、側で聞いていたガルドもそう思った。


 だが、アメリは。

 そしてユリシーヌは違った。

 言葉の奥に秘められた叫びに、確かに気づいた。

 故にユリシーヌはカラミティスを無理矢理立たせると、その顔を両手で優しく包む。



「…………私に触った貴女を見て、何時も通り。私の事が好きなカミラだと思いました。でも、それだけじゃありませんね?」



「カミラ様お聞かせくださいっ! どうしてそんなに――――」



「そんなに、――――悲しい顔をしているのですか?」



 アメリの言葉に続いたユリシーヌは、カミラの目を真っ直ぐ見つめる。

 確かにそこには、怒りがあった。

 憎しみすらあった。

 でもそれは表面的な部分だけ、憶測には絶望にも等しい“悲しみ”がそこにはあった。



「嗚呼、嗚呼…………ユリウス、ユリウス…………ユリ、ウスぅ…………」



 カミラは肩を震わせて、一筋の水滴を右目尻からこぼした。

 本当は、本当は――――。





「――――こんな姿、貴男には見せたくなかった」





「カミラ、アンタ…………」



 涙と共に出された言葉に、セーラは呆然と呟いた。

 あの時、自身が取った選択に悔いは無いし、もしやり直せても同じ行動を取ったであろう。

 だが決して、こんな言葉を聞きたかった訳ではない。



「違うのです、この体は」



「私のじゃない…………」



「この指はもっと細かった。ユリウス様の目を惹き付けられるように、もっと白かった」



「肩幅はもっと小さかった。ユリウス様に抱きしめて貰えるように小さかった」



「この声はもっと高かった。ユリウス様の耳を癒せるように、もっと可憐だった」

 


「胸も腕も足も、髪の先からつま先の爪に至るまで、全て、全てユリウス様の理想に育て上げたのに…………」



「だから、見ないでくださいユリウス様」



「どうか、見ないでくださいユリウス様」



「私でない私を、見ないでください…………」



 カミラの告白に、セーラもアメリもガルドも。

 ただただ、言葉を喪った。

 唯一ユリウスだけが、優しくカミラを抱きしめた。



「すまないカミラ。俺は、お前の想いに気づいてやれなかった。本当に、すまない……」



「いいえ、いいえ……。ユリウス様が謝る事では無いのです」



「これは、恋人として俺の責任だよカミラ。だからお願いだ。そんなに悲しまないで。いつもの様に笑顔を見せてくれ」



「駄目です……私、こんな体では笑えない……」



 か細く答え、静かに泣く腕の中のカミラに、ユリウスはいっそう強く抱きしめた。


 抱きしめた感触は、無骨な男の体そのものだったが、確かにこれは、ユリウスの為だけに人生を捧げていた一人の弱い少女そのモノ。

 ユリウスという存在を愛してくれる、一人の女そのものだ。


 故に、ユリウスは言葉を尽くす。

 その心に届いてくれと、真摯に言葉を尽くす。

 この身もまた、女になってしまったけれど、カミラに対する“想い”は変わらぬのだから。



「聞いてくれカミラ、俺はお前が好きだ。――お前が今も、その男の姿でも俺が好きな様に、同じ様に、お前を愛している」



「ユリウス様…………」



「今この場で宣言しよう。俺はお前がどんな姿になっても、どんな過去をもっていようとも。今と変わらずお前の事を愛する事を」



 優しくも力強く出された言葉に、カミラがゆっくりと顔を上げる。

 ユリウスはカミラを抱きしめるのを止め、代わりにその涙で溢れた顔を丁寧に指で拭う。



「正直、俺も今の状況には戸惑っている。男の姿のお前に慣れない。お前もきっと同じなんだろう?」



「ユリウス様、私は、私は…………」



「……今は、無理に言葉にしなくていい。でもさ。嘆き悲しむより、元に戻る方法を、例え戻れなくても一緒に幸せになる方法を探そう。――――俺は、お前と幸せになるって決めているから」



「はい、はい。ユリウス様…………」



 再び涙を溢れさせたカミラは、ユリウスの華奢になってしまった柔らかな体を抱きしめた。

 ユリウスの時と変わらぬ匂いが、カミラに安心を与える。



(嗚呼、嗚呼…………。私は、この人を好きになってよかった…………)



 カミラはへし折れそうだった心が、絶望と怒り悲しみに侵されそうだった心が、光の輝きを取り戻していくのを感じた。

 好きな人の、愛する人の言葉は、どうしてこんなにも勇気をくれるのだろう。



「ありがとうユリウス。……いいや、今はユリシーヌか」



「別に礼を言われる事じゃないカミラ。いいえ、愛しいカラミティス」



 心から溢れ出る衝動のままに、そっとユリシーヌの細い腰を抱き寄せたカラミティスは、その女らしい顔に片手を添える。

 なすがままであるユリシーヌも、それに答える様に、そっと目を閉じた。



「…………いいなぁ」



「ああ、この光景は何故だか心が暖かくなる。これが正しい男女の情なのであろうか?」



「犬も食わぬ何とやらねぇ…………」



 すっかり二人だけの世界に入った恋人達は、軽く、しかして長いキスを交わし。

 そして名残惜しそうに顔を離した後、どちらからともなく、自然に笑いあった。

 なおキスの時間だけで、アメリがブラックコーヒーを豆から挽いて、全員分入れ終わる事が出来た事を記しておく。





 アメリの入れたブラックコーヒーは、苦いけれど暖かかった。



「…………ふぅ。見苦しい所を見せたなアメリ」



「気を使わせたわねアメリ様。ありがとう」



「いえいえ、お二人が幸せならそれで…………」



 仲睦まじく照れるカラミティスとユリシーヌの姿に、心の何処かの痛みを無視しながらアメリは答えた。


 会議と言いながら一向に進まないままコーヒーブレイクを迎え。

 先の一波乱で流石に落ち着いたカミラは、セーラとガルドの正座を取りやめ、今は共に食卓に着いている。



「それで…………何でしたっけ? この集まり」



「色ボケが過ぎますよユリシーヌ様。セーラとガルド様の処遇のお話と、元に戻る事を話し合う席じゃないですか」



「…………確かに、最初はそう言う名目で集められていたな。すっかり頭から飛んでいた」



 隣同士に座り恋人繋ぎを堂々と晒す二人に、アメリは嘆息する。



「まぁ。性別の変わった次の日に話し合えというがのそもそも間違いだったんでしょう…………でも、そろそと落ち着いた様ですし。きちんと話し合いをしましょうか」



「うむ、そなた達が問題無いなら余も賛同しよう。――――セーラはどうだ?」



「どうだ? ってアンタ。元凶のアタシがどうこう言える訳ないでしょーが」



 ずずずっとコーヒーを啜りながらアメリの提案にまったり答えた二人に、TSコンビも賛同する。



「では先ずはお前達の処遇からだな…………前もってゼロス殿下には。私の好きにするように言われているが…………」



 ガルドが元魔王だとか、原因が痴情の縺れだとか、どう上に報告して、どない判断せいっちゅーねん(意訳)

 つまりは何とかできそうでかつ当事者のカミラ達に丸投げである。



「どうするのですカラミティス。私は貴男の決断に従いましょう。――しかし、何らかの処罰は与えてくださいね?」



 にっこりと青筋を額に見せるユリシーヌに、カミラは然もあらんと頷きつつ考えた。



(ガルドは百歩譲って赤子の様なモノだし、本人も正しい事柄を学ぶ気があるので現状維持でいいとして。問題は――――)



(どうしてくれようかこん畜生)

「どうしてくれようかこん畜生」



「ひえっ! お助けぇっ!」



「カラミティス様、カラミティス様。本音漏れてますよ」



「おっと失礼アメリ」



「謝るのそっちじゃないわよっ!?」



「そなたがツッコム権利もないのではないか? セーラよ」



「…………ある程度穏便にしてくださいねカラミティス」



 あ、いつものカミラだ、と安心しながらユリシーヌは微笑むが、セーラのフォローをしていない辺り、根に持っている証拠だ。



(本当に、どうしたものかしら…………)



 男の姿では、オカマにしか見えないモノローグを紡ぎながら元カミラは思考する。

 元凶を考えれば何か罰せないといけないと思うが、ある意味同じ人種として、罰してはいけない。

 だからこそ、非常に不本意だが、そう来ると思わなかったが、性転換ビームなる怪しげな魔法を受けたのだ。

 そして何より――――。



「事実だけ抜き取ると、園芸部の倉庫を壊したのは、私がユリシーヌとアメリを呼び出した結果だしな…………」



「え! あれっ!? わたし達が壊したんですか!?」



「…………ああ、なるほど。私達の到着前に壊れたのでは無く、到着したからこそ、壊れてしまったのですね」



「確かに原因作ったのはアタシらだけど、その一点においてはアンタ達の責任なのよねぇ…………」



「だからと言って、余達の責任が無くなる訳ではないぞセーラ」



「はいはい、解ってますって」



 手をひらひらさせるセーラに、真面目に注意するガルド。

 驚くアメリに、頭を抱えるユリシーヌ。

 いったい誰を何の罪で、どう罰すればいいのだ。



「…………となると、先ず私とアメリとユリシーヌは暫くの間、東屋と倉庫の修復に加え、生徒会の雑用もする。という事でよろしいか?」



「罰を受けるのはいいですが、実行可能な事にしましょうよカラミティス様。東屋の修復と生徒会の仕事って、どう見ても平行してできませんよぉ……」



「そうですね。かと言って無罪放免は如何なモノかと…………」



 うーん、と悩む元カミラ達三人に、セーラが脳天気な声をかける。



「馬鹿ねアンタら。今この場で最大の被害者なんだから、全責任をこっちに押しつければいいのよ」



「そうだな……すべては余の未熟が招いた事。全責任は余が請け負おう……」




 その殊勝な言葉に、しかしてカミラは同意出来なかった。

 罪というなら、自分だってもっと上手くやり過ごせたかもしれない。

 だが、あくまで可能性の世界。

 ここはひと先ず――――。



「そうだな。…………今回の件は誰が悪いと責任を取り合うのでも押しつけ合うのも違う。全員悪かったという事で、東屋と倉庫の早急な復帰を目指そう」



「それしかありませんか……」



「はーい、さんせー」



「そなたらがそれでいいなら、余もそれでいい」



「カラミティス様がそういうなら従いますよ。では次に行きましょう」



 結局当初の東屋修復に、園芸部倉庫修理が加わった形で決着となった。

 後でアメリを通じて、園芸部に謝罪と備品の補充等を約束しておこうと、カミラは堅く心に刻みつつ、次にして、最大の問題へ着手する。



「では、単刀直入に聞くぞセーラ。――――この“性転換ビーム”の魔法の解除は可能か?」



「それは…………」



 言い淀んだセーラに、他の全員の注目が集まる。

 アメリは不安と期待で、ガルドは静かに。

 ユリシーヌは些かの期待を滲ませながら。

 しかしてカミラは、全く期待などしていなかった。



(一応と言っては何だけれど、この子も現代日本人の人格がインストールされているわ。だから余程変な維持を張っていない限り、既にに解除している筈)



 それをしていない、という事は――――。




「言いにくいなら代わりに言おうか? 魔法の解除は出来ない、と」




 その一言に、ユリシーヌとアメリはざわめき出す。



「カミラ!?」



「え、マジなんですかセーラ!?」



 一方ガルドは、腑に落ちた様な顔で頷いていた。



「やはり、そうか…………」



「…………はぁ、やっぱムカつくわアンタ。そこまでお見通しなら聞かずに言えっつーの」



「別に只の確認だ。解除魔法があるなら、既に使っている筈だし、ガルドが出来るのなら同様だ。私達の性別がもう戻っていてもおかしくない程時は経っている」



 冷静なカラミティスの指摘に、ユリシーヌが縋るように問いかける。



「で、では……。カラミティスはどうなのです? 貴男ならきっと――――」



 だが元カミラは、首を横に振った。

 カラミティスとはいえ、目を覚ましたその場で解除を試みている。



「駄目だ。少なくとも今すぐは無理だ。――――ガルドも同じ答えだろう?」



「ああ、余から説明しよう。セーラが使ったあの魔法が、余やカミラが容易に解除出来ぬ理由は――――“魔王”であるからだ」



「だが、ガルドはもう魔王ではないのでしょう? でしたら…………」



「そう簡単にはいかぬのだ。この魔法は“聖女”の力を利用した魔法。余も解析をしたが、下手にいじくれば此方まで性別が反転してしまうし、何より、そなたらの体にどんな影響があるかわからん。…………結局、本人かセーラが解くしかあるまい」



 ガルドの説明をカラミティスが引き継ぐ。



「ややこしくしているのは、私達の間にある“絶対命令権”の魔法だ。ユリシーヌは私の余波で性別が判定しているからな」



「ではカラミティス様がご自分で解除なされば…………!」



 アメリが明るい顔をするが、元カミラは浮かない顔だ。



「そう簡単に話は上手く行かない。……第一に“聖女”の魔法は無条件に“魔王”に効果があるシステムである事」



「システム……? いえ、続けてカラミティス」



 システムに込められた不穏な響きに、ユリシーヌは引っかかりを覚えるが、今はそこを追求する場ではない。

 だから、元カミラに話を戻す。



「ああ。では第二に――――その非常に残念ながら手…………」



「残念ながら、何です? カラミティス様?」



 純真な目で首を傾げるアメリに、カミラは悔しそうに告げる。



「私とて、国一番の魔法使いだと自負している。ともすれば世界最強だと。しかし、その、なんだ?」



「えらく口ごもるわね、アンタ……」



「…………はぁ。この際、はっきりと言っておくと私が強いのは経験豊富だから。そしてガルドと同じ特殊な手段を持っているからだが」



「だが? なによ、はっきり言うなら言いなさいよ」



 頬杖をついて、投げやりな態度のセーラにカミラは怒鳴る。



「ええいっ! 他人事みたいに言うんじゃないこのくさったオタ女子がっ!」



「腐ったオタで悪かったわねっ!」



「悪いはこの馬鹿女! いくら魔法があるかって、性転換する魔法なんて趣味に走ったモノ作るんじゃないっ!?」



「魔法があったら欲望の一つや二つ、実行してみたくなるもんでしょーーがっ!」



「それはわかるがっ! “聖女”の力でだから“魔王”の力で強引に解けないしっ! 既存のどの形式にも当てはまらないから、一から分析して解析して、一から解除する魔法を作らなきゃならないだろうがあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



 ガッテムと頭を抱えるカラミティスに、流石のセーラも悪いと思ったのか素直に謝罪する。



「正直すまんかった」



「すまんで済んだら警察はいらないだよっ! 貴女も男にしてやろうかっ!」



「やれるもんならやって――――ああ、嘘嘘。ごめんちゃい。マジごめんなさい」



 速やかに土下座に移行したセーラの姿に、ぐぬぬと歯ぎしりしたカラミティスは大いに嘆いた。



「このぐらいなら、一ヶ月もあれば解けると思うが。それまで男のままなんだぞ畜生…………あわよくば、ユリウスの理性を獣にして、処女を強引に奪ってもらう計画を立てていたのに…………」



 その手を専門とする魔法使いでも、年単位の仕事をさらっと一ヶ月と言った事は兎も角。

 ぶっそうな計画が、知らずの内に消え去った事に、ユリシーヌはサムズアップ。



「よし、ナイスですよセーラ! 貴女はとても良いことをしました!」



「ユリシーヌ様の手首がぐりんぐりん回ってますねぇ…………」



「これは…………余はどう思えばいいのだ?」



 セーラはカミラの欲望を知って、その悪知恵を閃かす。



「――――っ!? カミラ、否、カラミティス。アンタに一つ良い提案があるわ」



「ほう、言ってみろ」



 土下座のまま大声を出すセーラに、カミラは提案次第では只じゃおかないと、腕を組んで見下ろす。



「カラミティスは、これを期に男女の機微――――特に男の機微を学べばいいと思いますっ!」



 男の機微とは、何であろうか。

 何か楽しい響きを感じ取り、カラミティスは続きを促す。



「ふぅむ。続けろ」



「ははっ! では僭越ながら! せっかく恋人同士で性別が反転したのであるならば、具体的には男から見た女の性とやらを、じっくりねっとり比べてみれば如何でしょう!」



「良し採用!」



「採用じゃない馬鹿共が――――――ッ! セーラ! 一瞬でも貴女に感謝した私が馬鹿でし――――ってカミラっ!? 何貴男、手をいやらしくわきわきさせて近づくのですッ!?」



「今の私はカミラではない――――カラミティスだ。という訳で、お互い不便だろうから、一緒に学びっこするぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」




「ああもうっ! 近づくんじゃありません馬鹿男おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」



 こんな所にいられるか、と脱兎の如く逃げ出すユリシーヌに、即座に追いかけるカラミティス。

 後には、安堵したセーラに、呆れるガルド。

 複雑そうな顔をするアメリの姿が。

 なお、この追いかけっこは、夕方になり“絶対命令権”をユリシーヌが思い出すまで続いた。






 ――――その光景は、脳裏に焼き付いている。




 十年前、王国全土で大飢饉が起こった。

 それは王都に近く、豊かな穀倉地帯を所有するアメリの実家、アキシア領でも同じで。

 領民どころか貴族であるアメリの食事すら日々減っていき、使用人や幼い弟までが貧困に喘ぎ、倒れ伏していた暗黒の一年。



(今じゃ、そんな事が起こったなんて欠片たりとも思い出せないくらい、豊かに成りましたねカミラ様――――)



 誰しもが寝静まる夜半、ふと目を覚ましたアメリはベッドをそっと抜けだし、反対側のベッドに寝ているカミラ――――カラミティスの寝顔を見つめる。



(カミラ様、わたしは。アメリ・アキシアとその一族、領民すべてに至るまで、貴女のご恩は忘れていません……)



 カーテンの隙間から漏れる月光に照らされ、カラミティスの精悍な顔が浮かび上がる。

 アメリは、大切な宝物を、壊れやすい儚いモノを触れる様に、怖々と、そっと手を伸ばし。

 カミラであった時と変わらぬ水色の長い髪を、梳くように撫でる。



(そう、お母様やお父様まで倒れ、もう駄目かと思ったとき…………)



 天から、舞い降りたのだカミラが。

 それは天使というより、魔王という感じだったが。



(ああ、カミラ様。恋に溺れてなお貴女は昔と変わらずお優しい方…………まぁ、この分だと当時からユリウス様の存在を知ってストーカーしてったぽいですが)



 そこはそれ、これはこれ。

 大切な思い出には違いない。



(よく考えれば、カミラ様はわたしと同い年。冷静に考えれば、たったお一人で領地の隅々まで救えた事実は異常ですが、カミラ様ですものね…………)



 当時のカミラは六歳。

 支援物資などはセレンディア家の助けを借りていたが。

 領民への臨時配給や、各産業のケア。

 それら全てを一人でやってのけたのだ。

 更に言えば、その後も新たな産業をアキシア家主導の形で興し、大飢饉以前より大いに領地を発展を。



(そんな、そんな…………救世主とも言えるお方にセーラはっ!)



 アメリは唇を噛み、目を細める。

 こんな事は、あってはならないのだ。



(わたしは、わたしは…………っ! 一生カミラ様のお側にお仕えすると決めたのにっ!)



 何れはカミラも誰かと、結婚するだろうと考えていた。

 ――それが、ユリシーヌであった事は驚愕したが。



(別にそれはいいのです。だってユリシーヌ様は男だったんですから)



 そう、アメリが問題としているのは“そこ”ではない。

 将来、両親かカミラの進める殿方と、結婚するのだろうと思っていた。

 結婚後も、カミラに仕えるモノだと思っていた。

 だが――――――。



(ああ、神様っ! もし存在するなら、お恨み申し上げます…………)



 気づかなければ良かった。

 確かに女の時でさえも、一時の慰めになるなら“百合”の花を咲かせるのも“良し”と覚悟した。

 幸か不幸か、その機会はなかったけれど。



(ああ、ああ…………。どうして、どうしてこんな…………)



 静かに眠るカミラ――カラミティスの顔を、アメリは熱情を込めて見つめた。

 正直言って、こんなに想定外な事は無い。

 何故、何故、何故。





(何で、そんなに格好良くなっちゃったんですかカミラ様あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?)





 カミラを起こさぬ様に、しかして激しくアメリは身悶えする。



(んもうっ! あーーーーっ、もうっ! ええ、確かに妄想した事くらいありますよっ! カミラ様が男だったらなーーって、でもっ、でもですよっ!)



 あの時舞い降りたのが、天使ではなく、白馬の王子様だったら。

 貴族の娘らしく、どんな手でも使って、婚約を取り付け、そうでなくても妾の地位を目指したであろう。

 そんな邪で歪な妄想を、何度してみたであろう。



(セーラもセーラですっ! 何で今更カミラ様を男の人にするんですかっ!)



 これがユリウスと恋仲になる前だったら、それはもう喜び勇んでこのベッドの中に潜り込んだ。



(でも、でも…………出来るわけ、無いじゃないですかそんな事…………)



 アメリの目尻に、涙が浮かぶ。



(こんな、こんな…………。気づきたくなかった…………カミラ様の事を“異性”として愛していただなんて)



 アメリの幸せは、カミラが幸せでいる事だ。

 だからこそ、カミラとユリウスの仲を引き裂く事など出来ない。

 亀裂を入れる事すら、したくない。

 でも、でもそれでは――――。



(苦しいです、苦しいですよぅカミラ様ぁ…………)



 いつか妄想した事への誘惑が。

 愛を自覚した事への喜びが。

 すぐ手が届く事の幸せが。



(全部、全部痛いですカミラ様。わたしには痛いです…………)



 アメリは一人、カミラに祈る。



(助けて、助けてください…………)



 決して届かぬ様に、気づかれぬ様に。



(助けて、カミラ様――――)



 今すぐ起きて、大丈夫だと抱きしめて欲しいと。

 この気持ちを受けれて欲しいと。



 アメリは、ただ祈った。



 その姿はカーテンに覆い隠されて、月すら知らない事だったが。

 だが、遙か遠くから、カーテンの隙間からその様子を覗いている者がいるなど、今のアメリには知る由もなかった。






「いえ、此度は殿下にも迷惑をかけました。誠に申し訳ありません」



「…………お前も、大変だなユリシーヌ」



「頭を上げてユリシーヌ。貴女の責任ではないのだから」



 ふかぶかと頭を下げた親友に、ゼロスとヴァネッサは苦笑した。

 時は少し戻り就寝前。

 ユリシーヌは夕方まで続いた追いかけっこの疲労を、深く引きずりながら王子の部屋を訪問。

 ひとまずの、現状報告である。



 王子であるゼロス部屋の中に、当然の如くヴァネッサの姿。

 その仲睦まじさに、これが普通の恋人だよな、と遠い目をするユリシーヌに、それを感じ取ったゼロスが肩を叩く。



「まぁ、その、なんだ? そういう奴を選んだのはお前だからな?」



「慰める気無いだろうゼロ!」



「カミラ様は悪い人ではありませんが、伴侶とするには苦労しそう…………というか今まさに苦労してますものね。頑張りなさいユリシーヌ」



「ネッサまで!?」



 おほほと、楽しげに笑うヴァネッサの姿に、がっくり肩を落とすユリシーヌ。

 まったくもって、薄情な幼馴染み達である。



「それで、今日はどうした? 何か進展でもあったか?」



「いえ、進展が“無い”事を報告に」



「あら、進展が“無い”?」



「そうか、我らが“魔女”でも手こずる事態か…………おっと、ネッサには説明がいるな」



 首を傾げたヴァネッサに、ゼロスは思い至った。

 そもヴァネッサは、今回の詳細を知らない。



「ふむ、ユリウスが再びユリシーヌに戻ってしまった事は知っているなネッサ?」



「ええ、折角、カミラ様と結ばれて。男性に戻れましたのに…………」



 顔を曇らせたヴァネッサに、ゼロスは優しく、かつ簡単に説明する。



「その綺麗な顔を悲しみに染めないでくれネッサ…………お前には笑顔でいて欲しいのだ……」



「…………ぽっ。殿下ったら…………」



「いえ、説明する気があるなら、キチンと説明してくださいゼロス」



 横道に逸れた会話を、ユリシーヌが冷たく元に戻す。

 決して、目の前でイチャつかれてムカつく、などという臣下にあるまじき感情など、当然無い、無い、無いったら無い。



「おっとそうだった。それでだな…………」



「きゃっ」



「もしもし殿下、殿下? ネッサの腰を抱き寄せて、耳元で囁く必要はありませんよ?」



「何!? 説明はそうすると伝わり易いと、カミラ嬢から教わったが、違うのか!?」



「ついでに肌と肌を直接触れ合わせる事で、親密度アップと聞きましたが間違いなのですか!?」



「あの馬鹿女あああああああああああああああああああ! 殿下とヴァネッサ様に何教えてるんですかあああああああああああああああああああああ!?」



 ギャースと淑女らしからぬ叫び声で失意体前屈を疲労するユリシーヌに、ゼロスとヴァネッサも流石に顔を見合わせて謝罪する。



「あ、あの。……本当に苦労してますのね貴女。申し訳なかったですわ」



「うむ。あの常に冷静沈着なユリシーヌが、ここまで面白おかしくなっていたとは。正直すまなかった。出来心だった」



 なお、カミラに教えられたという事実は、何一つ変わらなく、しかもまだまだある模様。



「――――ぐッ。こ、こちらも、少し取り乱しました。申し訳ありません」



(少し?)



(これを少し…………本当に苦労なさっているのねユリシーヌ)



 アイコンタクトで齟齬無しに無言の会話に成功したカップルは、立ち上がってぐぬぬと顔を歪めるユリシーヌを、両側から寄り添い、その手を取る。



「ユリシーヌ――――いや、ユリウス。我らは少し心配していたのだ」



「わたくし達の親愛なる幼馴染みが、本当に幸せであるのか」



「殿下…………。ヴァネッサ様…………」



 優しい言葉と、繋がる手から伝わる暖かな温度に、ユリシーヌの涙腺が緩む。



(ああ、そうだ。そうだな、二人は俺の事を大切に…………)



「でも、安心したぞユリウス。お前が以前“ユリシーヌ”であった頃よりも――」



「――ずっと、ずっと良い顔をしていますわ」



「ありがとう、ございます…………」



 ユリウスの頬に、一筋の滴が流れた。



「俺は、我らの“魔女”が、お前と“魔女”がいれば、此度の件も無事解決できると信じている」



「ええ、だから。出来る事があるなら遠慮なく仰って、協力は惜しまないわ」



 二人は大切な幼馴染みの涙を、優しく拭う。

 それに答える様に、ユリシーヌは笑顔で顔を上げた。



「はい…………はいッ!」



 その何よりも綺麗な笑顔に、ふと、ヴァネッサは疑問を覚えた。



「それにしてもユリシーヌ、貴女、以前より美しくなったのではなくて?」



「……美しい、ですか?」



「言われてみれば確かに…………うん? そうか?」



 ヴァネッサの言葉に、首を傾げる元男と男。

 ユリシーヌは、ただ本当に女になってしまっただけだ、何か特別な違いがあるのだろうか?



「いえ、確かに以前より美しくなりましたわ。……前は、こういっては何ですが、どこか、怪しげな色気がありましたが、全体に良い意味で、女性らしい“丸み”が…………」



「太ったか? ユリシーヌ」



「幸せ太り…………というか、女になってからまだそんなに経っていませんよ、男の時でも体重の変化はなかったのに」



 ユリシーヌは、ぺたぺたとお腹周りを触るが。

 喪った筋肉の代わりに、女性らしい柔らかさがあるだけだ。

 特に太った様子もない。



「殿下。ユリシーヌは仮にも今は女の子です、間違っても太ったとか、言ってはなりませんことよ」



「そうですよゼロス」



「ふむ、そういうものか」



 ゼロスへのプチ女性口座が終わった所で、ヴァネッサは疑問点を更に上げる。



「その、胸だって。以前はどこか柔らかさに欠けていた印象でしたが。その、ユリシーヌが男に戻っていた期間は半年くらいでしょう? だからって、こんなに肉感的になるとは…………」



 ヴァネッサの指摘に、ユリシーヌは冷や汗をかいた。

 真逆、違和感を覚えられていたとは。



(いや、逆に考えれば。長い間側にいたネッサが、違和感だけで済んでいたんだ。俺の女装は完璧だった筈だ!)



 などと、ユリシーヌが苦悩している間に、ゼロスはポンと手を叩き一言。





「ああ、以前は只の女装だったからな。ヴァネッサが違和感を覚えてもしょうがな――――」





「ゼロ、お前――――――ッ!」



「………………女・装?」



 あ、とゼロスが口を噤み、ユリシーヌが慌てて遮るも時は既に遅し。

 女装の二文字は、ヴァネッサの耳に届いた。



「え? え? 以前のユリシーヌが女装? 女装? え、え?」



「聞き間違いだヴァネッサ! ジョーン・ソゥだ! かの有名な女装騎士ジョーン・ソゥ!」



「誤魔化しに――――違うッ! ヴァネッサ、ジョ・ソーン男爵ですあの女装趣味のあるジョ・ソーン男爵!」



「ユリウスっ! もっとマシな言い訳を言えっ!」



「ゼロスッ! 貴男こそ、もっと考えて言い訳をッ!」



「わざとですの!? 二人とも!? というか、聞いてません事よそんな事!? え、というかユリシーヌが女装でしたら、本当は男なのに、女子トイレとか更衣室とか…………ユリシーヌ!? ゼロス!?」



 ユリシーヌの真実がここに、バレてはいけない人の一人にバレた。

 ヴァネッサは眉を釣り上げて、二人を睨む。



「ネッサ、お前にはそんな顔は似合わないぞ!?」



「そうですネッサ! もっと楽にいきましょうッ!」





「――――――――お黙り」





「「はい」」





「説明、していただけますわよね?」





「「喜んで!」」



 座りきったヴァネッサの声に、二人はそろって正座。

 流石は未来の王妃、悪役令嬢をカミラに取られ愛され令嬢だったヴァネッサは、見事にその貫禄を見せつけていた。

 ――――その夜は、朝まで長い時間になったと言う…………。






「うわぁ…………今日も沢山、人が見に来てますよカラミティス様……」



「これも有名税というモノだアメリ。ふふふ、人気者は辛いな」



 廊下から覗く人だかりに、カミラは満更でもない笑みを浮かべ笑った。

 カミラとユリウスが性転換して数日、噂が噂を呼び、精悍な美少年に変貌したカミラを見に、休み時間の度に廊下は大騒ぎ。



「辛いって言うなら、嬉しそうな顔しないでくださいよ…………だいたいさっきの移動授業の帰り、人混みをかき分けて先導したのは、わたしじゃないですか!」



「うむ、いつも苦労をかけるなアメリ…………」



 むすーっと、可愛らしく頬を膨らますアメリに、カラミティスはそっと寄り添いその腰を抱く。



「うえっ!? ちょっ! カラミティス様!?」



「よしよーし、よしよーし。いつも有り難うな、助かっているぞ!」



「あん、もぅ……。髪が乱れちゃいますってばカラミティス様ったら…………」



 わしゃわしゃと、愛犬を撫でるが如く、大胆かつ乱雑で、しかして愛を込めてアメリの頭を撫でる。



(うわっ…………アメリの胸は大きいから、こうして密着すると当たるのね…………そして股間に悪い)



 女性である時は何とも思わなかったのに、男になった途端、現金に反応する己の体に、カミラは戸惑った。

 だが。

 だが、相手は親愛なるアメリである。

 決して、決して劣情など抱いてはいけない相手だ。



(私はユリシーヌ一筋、一筋だから!)



 これは只の感謝の行為で、下心など無いと。

 カラミティスが必死に性欲を押し殺している間に、アメリと言えば幸福と苦難に戦っていた。



(はふぅ…………男の人の大きい手で撫でられるって良いものですねぇ…………。それはそれとして、うぅ、視線が痛いです……)



 カミラは気づいていない事だが、早くも学内にはファンクラブが出来ていた。

 元々、女生徒にも人気があったカミラだ。

 その時から、側にいるアメリには時折鋭い羨望や嫉妬の視線が送られていたが。



(カミラ様が男になったからって、何で視線の数が倍増しているんですか……。これ絶対後で校舎裏案件ですよ、またラブレター山盛り…………で済めばいいなぁ…………)



 嬉しくも、複雑そうな顔をするアメリに、カミラもやっと気づいたのか、フム、と一呼吸おいて撫でるのを止める。



「このまま撫でているのもいいが、昼休みがなくなってしまうな…………」



「あう……、カラミティス様。乱れた髪くらい自分で整えますから」



「そう言うな、いつもしてる事だろう?」



(たしかにそうですけどっ! 今言うと余計な噂がほらぁーー! クラスの人もひそひそしてるじゃないですか!?)



 顔を真っ赤にしながら、嵐が過ぎ去るのを待ったアメリは、カミラが満足気な顔で席に戻ったのを見届けてから、ひとまず深呼吸。



(わたしも、自分の席に戻って…………、教科書を置いたら今日は何を食べ…………あれ?)



 アメリの机には、白い封筒が一つ。

 手早く教科書を片づけると、いつもの様に中身を確認。



(どうせ、カミラ様宛なんでしょうけど。わたし経由になる以上は、中身を改めさせて頂きます――――んんっ?)



 はて? とアメリは首を傾げた。

 あれれ? と右へ左へ首を傾ける。



(拝啓、アメリ・アキシア様。突然の手紙をご容赦………………わ、わ、わ、わたし宛ですかああああああああああああああああああああ!?)



 え、は、え、と慌てふためくアメリを不審に思ったのか、カミラが近づいてひょいと手紙の中身を覗こうと――――。



「――――だ、駄目ですよカラミティス様!」



「ふぅん。隠すって事は私宛では無いのか、ならいいや」



 予想に反し、あっさりと引き下がったカラミティスに、アメリの胸はずきりと痛んだ。



(…………わたしに、恋人が出来てもいいんですか?)



 声には、出せなかった。

 アメリはカミラにとって、あくまで“親愛なる”そして“もっとも近しい”従者。

 恋人にラブレターを送られた者の反応を、期待しても、求めてもいけない。



「…………ままならないですね」



「何か言ったかアメリ? それより食堂に行こう、昼休みが終わってしまうからな」



 さあ、と女の時と変わらず手を引こうとするカミラに、アメリは断りを入れた。



「申し訳ありませんカラミティス様。わたしは用事が出来てしまったので、ユリシーヌ様とお食べください」



「ああ、さっきの手紙だな。断るにしろ受けるにしろ、キチンと考えて答えろよ。どんな事になっても私は貴女を受け入れるから」



「はい、カラミティス様…………」



 そう、屈託無く笑うカラミティスに、大いに後ろ髪を引かれながら、アメリは手紙に記された屋上へと向かった。




 アメリを呼び出したのは、隣のクラスの男子だった。

 彼の口から飛び出したのは、予想に違う事無く“好き”の言の葉。

 だが、というか、やはり、と言うべきか。

 一ミリたりとも心を揺れ動かす事なく、ばっさりお断りの言葉を返す。



(もしかしたら、もしかしたら。この人と、幸せになる未来があるのかもしれない)



 けれど、アメリはその未来を望まない。

 友人から始めて、好きに、愛になる可能性もあったかもしれない。



(でも、駄目なんです…………わたしは、わたしは…………)



 気づいてしまったから。

 たとえ同性でも、今は男でも。

 カミラという存在が“好き”だという事に気づいてしまったから。

 ――――その“幸せ”の可能性を、アメリは閉ざす。



「ああ、お腹空いたなぁ…………」



 男子生徒が去った屋上で、一人になってしまった屋上で、アメリは澄み渡る蒼を見上げた。

 自らの心と違い、雲一つ無い“そこ”を、恨めしそうに見上げる。



(変なの。お腹空いているのに、今は何も食べたくない)



 告白を断った罪悪感からだろうか、それとも、カミラへの悟られてはいけない想い故だろうか。



「きっと、…………両方、ですねぇ」



 誰に向ける出もなく吐き出された答えに、しかして問いかける声が一つ。



「ふむ、何が両方なんだね? 生徒アメリ」



「うええっ! ど、何処っ!? 誰ですか!?」



 二人きりだと思った、今は一人だと思った。



(ま、真逆一部始終見られて…………!?)



 アメリは前後左右、隈無く見渡せどそこには誰もいない。



「ははは、すまない。上だよ上」



「上? ――――って学園長!? どうしてそんな所に、っていうか見ていらしたんですか!?」



 アメリが見上げた先、階段へと続く扉の上、更にその上の給水タンクに腰掛けるナイスミドルのオジ様が一人、学院長のディンである。



 そしてアメリは預かり知らぬ事ではあるがその正体は、――――魔族ディジーグリーなのだ。



 ともあれ、屋上からストンと降り立ったディンは、アメリに近づいてその肩をぽんぽんと軽く叩く。



「いやはや、すまないな生徒アメリ。食後のひなたぼっこをしていたら、出るに出れなくなってしまってな…………。結果的に覗き見る様になって申し訳ない」



「え? は、い、いやっ! こちらこそ申し訳ありません」



 気を付けの姿勢でで直立不動するアメリを、ディンは柔らかく笑う。

 その姿は、いかにも善良な学院長といった所だ。



「ああ、楽にしていい。ところで君は昼食がまだの様だが、いいのかな?」



「いえ、お腹が空いていないの――グゥ~~……はうっ!」



「はっはっはっ! 若者はそうでなくてはな」



 意志に反して鳴り響いた腹の虫に、アメリは顔を真っ赤に。

 ディンはその様子を軽やかに笑うと、しかしてこうも言う。



「うむ、誰かの純粋な想いは。それを断るのも精神的に疲労するのも仕方がないな今は。だが全く食べないのも体に悪い、これでもお食べなさい……」



 懐からリボンと袋で可愛らしくラッピングされたクッキーを取り出し、アメリへと差し出す。



「ええっ! そんなお気遣いなく…………」



「いやいや、遠慮する事は無い。これは先程、家庭科の授業で作ったモノを頂いたのだがね。……実は私は、甘いモノが苦手なのだよ。助けると思って貰ってくれたまえ」



「……そういうことなら、有り難うございます」



 差し出された袋を、アメリは恐る恐る受け取る。

 するとディンはベンチを指さして、



「何、礼など要らないが、これも何かの縁だ。食べ終わる間、そこに座って少々愚痴を聞いてくれないか?」



 と言った。



「はい、わたしで宜しければ」



 近くのベンチにディンと共に座ったアメリは早速、袋からクッキーを取り出し小さく囓る。



「あ、美味しい」



 噛んだ途端、口の中に芳ばしい香りが広がり。

 外はサクサク、中しっとり。



(乗せられたアーモンドが良いアクセントになってますね…………作ったのは女生徒でしょうか? これなら直ぐにお店で出せるレベルですね!)



 余談だが、作ったのはゼロス王子である。

 ピンクのふりふり若妻エプロンが、妙に女生徒に人気だったのは、学園の公然の秘密だ。


 ともあれ。


 少しだけ食欲を回復させたアメリは、次の一口をさっきよりも若干大きく。

 さらにその次は一口で、順調にクッキーの数を減らすのだった。



「では、そのままでいいから聞いておくれ」



 サクサクあむあむと、リスのように頬張るアメリを、ディンは(内心は兎も角)微笑ましい目で見ながら語る。



「これは個人的な事なのだがね。私は大切なモノを亡くしてしまったのだ――――。昔の、話だがね」



 そう語る目は、郷愁や悲しみに色づいていて、アメリは思わず手を止める。



「だが喜ばしい事に、ある日。それが見つかった。…………もっともそれは、とても残念なことに、偽物……いや、誰かが作った代用品に過ぎなかったのだがね……」



 アメリは口内に残るクッキーを、ゴクンと飲み込んで言った。



「――代用品では駄目なくらい、大切なモノだったのですね」



「それは、イエスともノーともいえるね…………」



 今度は自嘲するようにディンは笑い、綺麗に整えられた顎髭を撫でた。



「喪う前から大切に思っていた。喪ってから更に、代わりになるモノなど無い、と思っていた。――――でも代用品が見つかった途端、私は思い知らされた」



「何をです?」



「何一つ似ていない、手元に、近くに居ない、しかも薄汚い紛い物に過ぎない、だが私は――――、満足していた、満足してしまった。“それ”が存在するという事実に…………」



 苦しみの声を出す学院長に、アメリは掛ける言葉が見つからない。

 だが、そんなアメリの様子も気にせずに、学院長は続ける。



「だから私は、私達は、代用品でもいいと、求めたのだ。導き手になって欲しいと。――――だが、その手は払いのけられた。ならば、ならば何故我らは存在しているのだっ!」



 ディンは拳を堅く握りしめた。

 その漏れ出す怒気に、アメリは怯える。



(――――怖い。この人はいったい何を話しているんです?)



 ディンは血走った目で、アメリの肩を強く掴んで怒鳴る。



「自ら代用品となった癖に、あの薄汚い人間は我らを拒んだのだ! 許せるものかっ! ――――我らはは実力行使に至った、でも駄目だった。ああ、そうだ! だからこその存在なのだ!」



「い、痛いです学院長っ! 放してくださいっ!」



 アメリを一際強く睨むと、ディンはふっと力なく手を離す。



「…………我らは沈黙する他なかった。静かに、世の動向を見定めるだけしか、だが――――見つかったのだ、こんどこそ! 代用品では無いあの“お方”が!」





「私の、我らの大切なモノ――――魔王様がっ!」




「え、あ…………ま、おう?」



 ――――魔王。

 その単語によって、アメリの全身に緊張が走る。



(まずいまずいまずい)



 逃げなければ、早く逃げて誰か、カミラ様に。

 そう考え、同時に体も動かそうとするが――――。



「――――っ!?」



(口が――――体が、動けないっ!?)



 そう、あのクッキーには魔族特製の毒が入っていたのだ。



(しまったっ! カミラ様! 真逆、さっきの告白すら仕組まれ――――)



 驚愕と恐怖に顔を青くするアメリに、ディンは優しく語りかける。



「生徒アメリ・アキシア。君に頼みがあるのだ。ああ答えはいらないよ、君はもう――私の支配下だ」



 瞬間、アメリの思考が靄にかかったかの如く、ボヤけていく。



(カミラ、カミラ様…………)



 声にならぬ声、そして当然の様に魔法を封じられ、不特定の誰かにすら助けが届かない。



「君は覚えていられぬだろうが、説明しておこう。最近になって、我らが愛しきドゥーガルド陛下が復活なされたのだ。――――そう、君のクラスの転校生だ。だがどうにも――――怪しい」



「我らとしては、あんな紛い物の小娘に従う意志は無い。陛下のお立場を奪った人間など不届き千万、即刻殺せばいい。なのに、何故陛下はあの人間を殺さない? 何故我らとの接触してこない?」



「……ああ、こっちから接触すれば? それは魔族的に不敬なのだよ愚かな人間」



 物言わぬ人形と化したアメリに、なおもディン――否、魔族ディジーグリーは告げる。



「人間、お前には確かめて欲しいのだ、我らが魔王陛下が本当に我らが魔王であるのか。そして、あの紛い物に今一度、魔王と君臨する意志があるのか、問いた正してくるのだ」



 ディジーグリーはそういうと、懐から“銀の懐中時計”を取り出しアメリに手渡す。



「これには、お前の欲望を解放する魔法と、所持せずにはいられない魔法、そして、私がお前に介入する魔法がかかっている。――そうそう、事が済んだら返すのだぞ。これは我が家に代々伝わる宝物なのだからな」




「――――さあ人間よ、上手くやるのだぞ」




 ディジーグリーの言葉に、アメリは虚ろな瞳で微笑んだ。





「…………ねぇ、アンタいったいどうしたのさ?」



「んー? 何か変な事しましたか?」



「変な事って言うか…………」



 その光景に、セーラは言い淀んだ。

 今は放課後、カミラのサロンにユリシーヌとガルドと――――そしてアメリ。



「アメリ、貴女がスキンシップ好きなのは知っているが…………何かあったのか?」



 男として反応するアメリの体の柔らかさ、そしてもう一つの思惑を隠し、カラミティスは問いかける。



「えー? 何かって、何もないですよぉ…………むふぅん…………」



(やはり…………“そう”来るのね…………)



 アメリの言葉と態度に、その他の全員が顔を見合わせた。

 何故ならば今、アメリはカラミティスの膝上に横抱きの形で座っていたからだ。



「ふむ。アメリ嬢もカミ……カラミティスも顔立ちが整っているから、絵になってはいるが…………」



「いや、そーゆー問題じゃないでしょガルド。いくら仲がいい主従でも、距離が近すぎるにも程があるっつーの!」



「えーと、アメリはお昼に告白をお断りして、少し人恋しくなって…………いる、可能性が?」



「それさ、本気で言ってるユリシーヌ?」



「…………やっぱ近いですよね」



 その異変は、アメリが昼休み終了間際に戻ってきた時からであった。

 授業中にカラミティスに熱い視線を送るのは当たり前。

 授業間の短い休みには、昼食を食べ損ねたとか何とかで、菓子をあーんでカラミティスの手で。

 しかもその“おねだり”を、色仕掛けで成功させる始末。



(最初は私も、ユリウスと同じ意見だったわ。…………でも)



 カミラは目の奥に、燃えさかる心を押さえながら、アメリへと微笑む。



「まぁいいじゃないか。さ、アメリ。今日は好きなだけ甘えていいぞ」



「えへへ、カラミティス様だーいすきー!」



 可愛いは正義、そして男となった身では巨乳はもっと正義。

 という事だひと先ずは。



「ええいっ! アンタの考えが読めるのが恨めしいわ! ユリシーヌもいいの!? 恋人があんなにデレデレ鼻の下伸ばしちゃって!」



 折角のイケメンが台無しである。

 ユリシーヌといえば、セーラの言葉にはっとなると、わなわなと肩を震わす。



「た、確かに…………これは由々しき事態ッ!」



「大げさだな二人とも、これは只の主従のスキンシップだし、私の本当の性別は女だから、色々ノーカンだノーカン」



「そうか、成る程。こういうケースはノーカウントなんだな」



「この馬鹿の戯言を真に受けるんじゃない馬鹿ガルドっ!」



 説明するからちょっとこっちに、とガルドはセーラに手を引かれて部屋の隅に。

 それをユリシーヌは横目で見ながら決意した。

 ――――今こそ、女に偽装する為に受けた百八の教育の一つを披露するべきだと。



「――――女は度胸ッ! さぁ見なさいカラミティスッ!」



「おう、どうかしたか? ユリシー…………ヌ? ユリシーヌううううううううううううううううううううううううううううううううううう!?」



 瞬間、カラミティス。

 もといカミラの全身に電撃が走った。

 四人をここに集めた目的を、思わず忘れつつ“それ”を凝視する。



「どうしたんですカラミティス様? ユリシーヌ様がどうかしたん…………!? ず、ズルいですよそれぇっ!?」



「こ、心が狭いとか何とか言われようが、カラミティスは私の恋人…………たとえそれがアメリであっても、イチャラブは譲る事は、で、出来ませんッ――――!」



 そう言ったユリシーヌの姿は鮮烈だった。

 男であった時は、女装であった時は絶対にしなかった、出来なかったであろう。

 これこそが、対男性用誘惑術――――!



(ぐおぁっ! な、何という破壊力なのユリウス…………いいえ、ユリシーヌ!)



 彼女は今、少し俯いていた。

 白い肌を、顔や首筋を、大きく開かれたデコルテを羞恥で紅潮させ。

 ハーフカップブラが見えそうで見えない所まで、制服を。



(あ、あざといわユリシーヌ!? 私以上にあざといわっ!)



 更に言えば、下半身はパンツが見えそうで見えないくらいに、スカートをたくし上げている。

 そう今のユリシーヌは、恥辱を強いられている銀麗の美少女そのもの。



 態とだと解っているものの、元よりユリウス/ユリシーヌ大好き人間であるカミラが、それに食いつかない筈が――――無い。




「――――すまないアメリ。私は今、とても大切な用事が出来た様だ」




「鼻血出しながら言わないでくださいカミラ様の馬鹿あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 耳元で叫ぶアメリの事など何のその。

 カラミティスは自らの従者を、ぽいっと膝上から降ろすと、ふらふらと夢遊病者の如くユリシーヌに近づく。



「さ、さあカラミティス。今なら貴男のお好きな事をし、していいんですよ…………」



「くぅっ! 天晴れですよユリシーヌ様…………男に戻った時、のたうち回る精神的ダメージ覚悟で女の武器を使うとは…………」



「苦節千年以上…………これがヴァルハラなんだな…………」



 我が世の春はここにあった、と元カミラは躊躇の欠片も無く、ローアングルでユリシーヌを眺め始める。



「なぁセーラ。元は女とは言え、今はユリウスも女なのだろう? ――――アレは論理的にいいのか?」



「テメェら盛るなら二人きりでやれやボケぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」



 セーラの絶叫が響きわたった直後、ドタバタと言う足音と共に、スパンと高らかな音が三回。

 結果だけ言うと、ユリシーヌは処女で童貞のままであった。





「それで、いい加減本題入りなさいよバカミラ。アメリの色ボケ見せたくて、今日の東屋修復作業を止めた訳じゃないでしょ?」



「おお、そうだったな! 余はすっかり忘れていたぞ」



「そうですね……何の目的で私達をここに集めたのですかカラミティス」



 全員が再び席に着いた所で、セーラを筆頭に切り込む。

 だがカラミティスは、呆れた顔で三人を見て言った。



「何? 皆、気づいていないのか?」



「気づいてって、何か変な事があった? 精々アメリが人肌恋しいぐらいじゃない」



 叩かれてなお、アメリを膝の上に乗せるカミラに、セーラ他、ガルドとユリシーヌの視線が集まる。

 アメリと言えば、我関せずとカラミティスをキラキラした目で見つめるばかりだ。


 そんな四人に、カラミティスはやれやれと肩を竦める。



「…………はぁ、まったく。セーラやユリシーヌは兎も角、貴男は気づいておけガルド。変だと思わないのか?」



「何よもったいぶって、分かんないから聞いてんじゃない。とっとと言えっつーの」



「…………私達を集める必要がある異変が、今この学園で進行している、という事ですか?」



「うーん、面目ない。余は何も異変とやらが感じ取れぬが…………」



「ね、ね、カラミティス様。そんなのどうでもいいから、イチャイチャしましょうよ」



 全員の意見を聞き終えた元カミラは、険しい顔で言う。





「本当に、――――解らないのか?」





 その怒気の籠もった言葉に、全員の顔が強ばる。



 実の所、カミラは最初から気づいていた。



 アメリが昼休みの終わりに、教室に帰ってきた時から――――気づいていた。



(アメリの様子が愛くるしかったから、暫く堪能したけど…………)



 無論、関係者を集めその動向を確かめる目的もあったが、動かないのならば、此方から動くのみである。



 親友として。



 主として。



 きっちりケジメは着けなければいけない。



(例え彼らに、私へ直接言えない事情があったとして――――でも駄目よ、許さない)



「ふふふっ…………ふふふっ…………」



 激情の込められたその笑い声に、ユリシーヌ達は元の姿のカミラを幻視した。

 アメリもその気迫に飲まれ、思わず膝から降りて自分の席に座る。



「あ、わ、わたし自分の席に戻りますねっ!」



「(お、おいセーラ! この笑い方はかなり駄目なのではないか!?)」



「(ちょっ!? 話かけんな馬鹿! 目付けられたらどうすんのよガルドっ!?)」



「セーラ、ガルド。意見があるなら聞こう。でなければ――――黙りたまえ」



 カラミティスになり、より鋭さを増した眼光に小声で離していた二人はビシッっと固まる。



「はいっ!」

「うむっ!」



 コメディリリーフと化したセーラとガルドを横目に、元ユリウスは考える。



(カミラが怒る時は何だ? 俺への危機? いや、それならばもう対処している筈だし、こんな暢気に集まるなんて事はしない)



 では、カミラ自身の事であろうか。

 それも違う、とユリウスは結論を出した。



(今のカミラなら、俺に少なくとも一言ある筈だ。ならば俺では無く――――)



 ユリシーヌはゆっくりと、カラミティス以外の三人を見渡した。



(ガルド…………は、関係しているのかもしれないが、今無事でこの場にいる以上、怒りの原因では無い。同じ理由でセーラも違う。では――――)



「――――ごめんなさいカラミティス。“誰か”は検討が着いたのだけれど、その理由までは解らない。教えてくれる?」



 あえて最後の一人は一瞥するだけで、ユリシーヌはカラミティスに顔を向ける。



「ああ、流石ユリシーヌだな。では答え合わせと行こうか」



 そう言い終わるや否や、カラミティスから魔法が放たれた。

 刹那もかからず発動し終えた魔法は、ガルドやその他の者達が認識するより早く、アメリを絡め取って拘束する。




「何が目的だアメリ――――いや、学園長」




 カミラの言葉に、ユリシーヌ達の目が見開かれる。



「はぁ!? アンタいきなり何――――って、ああっ!?」



「ぬおっ! セーラいきなり立たないでくれ吃驚する…………」



「カミラ、いったい何を――――」



 三者三様の反応をする中で、当のアメリの口元が、ニヤリと歪んだ事を、カラミティスは見逃さなかった。

 故に、駄目押しの一言を告げる。





「今すぐアメリにかけた魔法を解け。さもなくば殺すぞ――――魔族ディジーグリー!」





 その言葉で漸く、ユリシーヌ達三人は事態を把握した。






「くっくっくっくっく…………何と最早、最初からバレていたとは…………、憎たらしい程お人が悪い」



「そうか?、お前達魔族達程では無いぞ」



 アメリから発せられた男性の声にも動じず、カラミティスはニヤリと笑った。



「笑顔とは本来、威嚇の意味があるそうですな。知っておりましたか生徒カミラ……いや、カラミティス魔王閣下とでもお呼び致しますか?」



「それは魔王に対する口調では無いな、ディジーグリー。今まで見逃してやったが、さて、どんな申し開きをしてくれるのだ?」



 頬杖をついて寛いだ格好でありながらも、カミラのその口調や態度に一部の隙も無い。

 勿論の事、アメリに対する拘束は続いたままだ。



「――――いや! いやいやっ! その前にここの学園長が魔族だとっ!? 余は初耳なんだが!?」



「あれ? ガルド、アンタ知らなかったの?」



「私としては、カラミティスとセーラが知っていた事が驚きなんですが…………って、カミラが“魔王”どうこうは一応耳にしてましたけどッ! 私も知りませんよッ!? ――――というかどうしてそんな人物を野放しにしているのですカミラッ!? せめて教えておいてくださいッ!」



「生徒ユリシーヌは次期勇者候補だろっ!? そしてドゥーガルド様も! 貴男様は我らの王! …………気づいてくださいよ」



 席から立ち上がり、カラミティスの頭をぽかぽか殴るユリシーヌに、首を傾げるガルド。

 種族としての敵対者と、主に気づいて貰えなかった事実に、アメリの中の人、ディジーグリーはあからさまにに肩を、ずーんと落としてじめじめと暗い雰囲気。



「……ほう。流石、私のユリシーヌ。そして我が舎弟ガルド。敵の戦意を言葉だけで挫くとは、天晴れだな!」



「ガルドがいつアンタの舎弟になったっつーのよ! 訳の分からない関係を押しつけるのは、女装元男と乳お化けだけにしろっ!」



「――――誰が乳お化けですかっ!」



「…………あれ? カラミティス。アンタ何か変なこといった?」



「ふふっ……さて、な」



 突然のツッコミで首を傾げるセーラ。

 カラミティスはぽかぽか可愛く殴るユリシーヌを、膝の上に無理矢理乗せながら、意味深な視線でディジーグリーに操られているアメリを眺める。



「もうッ! どこを見ているんですかカラミティス! だいたい貴男はいつもいつも…………」



「機嫌を直してくれユリシーヌ、この騒動が一段落したらその辺を全て話すから…………」



 速攻で恋人空間を展開したTSバカップルに、セーラが呆れ混じりに溜息。



「というかアタシ的には、アンタがユリシーヌに話してないのが吃驚よ…………まぁどうせ、色ボケしてて話すの忘れてたんでしょうけど」



「――――何故解ったっ! エスパーか貴女は!」



「そりゃもうなんたって“聖女”サマですから!」



「お前までボケてどうするのだセーラ!? 余一人でツッコミをいれなければならないのかっ!?」



「でぇえええええい! 敵を目の前で暢気に漫才しないでくれ! というかドゥーガルド様まで参加しないで頂きたい!」



 魔法の鎖をじゃらじゃら鳴らしながら、洗脳アメリは身悶えた。



「お前も大変だなぁ……」



「何、他人事みたいに言ってるんですかカラミティス! さっきの怒りは何処へ行ったのですッ!?」



「心配しなくても怒っているさ、でも、こうも術策に嵌まってくれるとな…………くくくっ」



 カラミティスの言葉に、ディジーグリーが敏感に反応する。



「くっ! 術策とは何だ忌まわしき人間の魔女めっ! そもそも何だ? 知ってて見逃していただと!? どういう事だ!?」



「それは余も知りたいぞ!」



「取りあえず“そこ”だけでも、説明してあげなさいよ馬鹿女」



「…………カラミティス」



 ディジーグリーを含めた全員からの視線を受け、カラミティスは冷たく言い放った。





「――――どうでもいいからだ」





「どう…………でも?」



「…………カミラ。その言葉の意味を教えてくれ」



「素直すぎよアンタ」



「いや……何となく解りますが、もっとオブラートにですね…………」



 呆れ困り顔のユリシーヌとセーラ。

 一方、ガルドとディジーグリーは顔を強ばらせている。

 元カミラは、肩を竦めて理由を述べた。



「貴方達、魔族にとっては喜ばしくない話だがな。――――私は、心底、君たちの事がどうでもいいのだよ」



「――っ! で、では何故お前は魔王となったのだ!? ドゥーガルド様を殺したのだ!?」



 悲痛な叫びが、カラミティス以外の耳に突き刺さる。

 ぎゅっと拳を握りしめながら、何かに耐えている様な険しい顔でガルドは言った。



「…………そうだな。確かに、キチンとそなたの口から聞きたい」



 二人の心からの言葉に、そしてユリシーヌとセーラの無言の視線に、カミラはどこか遠い目をして呟く。



「未来」



「え? カラミティス、今何と――――」



「――――私は、未来が欲しかったんだ」



「未来だと!? お前の未来に! 今に! ドゥーガルド様を殺した事が何の関係がある!?」



 カミラはその言葉に答えず、セーラとガルドを見た。



「なぁ、貴方達なら知っているだろう? 私が“どんな力”を持っているか」



「それは…………」



「……ああ。だいたい想像がついたわ。難儀ねぇアンタ」



 どこか腑に落ちた様な顔をする二人に、ディジーグリーは叫ぶ。



「いったいどういう事です魔王様!? この者がいったい――――」



 ユリシーヌが同じ疑問を抱いた瞬間、カラミティスは遮るように言う。




「本来――――十六歳の誕生日で“死ぬ”筈だったのだ、私は」



「それが刻限だったのだな、カミラ…………」



「成る程、だからアンタはそれまで…………」



「カミラが十六歳の誕生日で死ぬ? でも今は、そして何故それが魔王を殺すことに繋がるのです?」



 ユリウスに淡く微笑んでから、カミラはディジーグリーに顔を向ける。



「私にどんな過去があって、どの様な事情があったとしても、魔王ドゥーガルドを殺した事に間違いは無いし、貴方は納得しないだろう」



「ああ、その通りだ!」



「だが、これだけ言っておこう。――――私は選んだのだよ“ユリウス”を」



「――――私を?」



「ああ、そうだ。私が十六歳の誕生日に“死なない”為には、三つの選択肢があった」



 カラミティスは人差し指を立てた。



「一つ、ユリウスを殺して“勇者”を奪う事」



 今度は中指を立てる。



「二つ、セーラを殺して“聖女”を奪う事」



 そして更に薬指も立てた。



「三つ、ドゥーガルドを殺して“魔王”を奪う事」



「…………成る程。“世界樹”のタイムスケジュールには、そなたの。――――カミラ・セレンディアの“死”が明記されていたか。そしてそれを“騙す”為には、“主要人物”の“役割”を奪うしかない。そういう事だな」



「はぁ……何となく理解出来ちゃう自分が嫌だわ。この世界はゲームじゃないのね、ホント……」



「ド、ドゥーガルド様! 今の話が理解出来るのですか!? まったくもって狂人の戯言では無いですか!?」



 ディジーグリーが疑問と憤りをガルドにぶつける横で、ユリシーヌはカラミティスに静かに問いただした。



「…………他に誰も傷つかなくてもいい方法は、無かったのですか?」



「無かったと言えば嘘になる。――けど、以前言った様に、私は“今”の平和と安寧を尊ぶ。とてもその選択肢は取れなかったのだよ…………」



 自嘲気味に俯くカラミティスの頭を、ユリシーヌはそっと抱きしめた。

 ユリシーヌには、セーラやガルドの様にカミラの事情が理解出来なかったが、それでも、それでも――――。



「――――ありがとうカミラ。例え世界の誰も貴女のした事を否定しても、私は貴女のその“選択”を否定しません。だって、だからこそ今の私達の“幸せ”が、見えている“未来”があるのですから」



 カミラはユリウスを、ぎゅっと抱き返す事で返答した。



「…………貴男が、私の恋人で。心から良かったと思う」



「カラミティス…………」



「ユリシーヌ…………」



 二人の間に穏やかな空気が流れ、そして顔が近づき――――。



「――――でええええええええええええええええええええええええええええええええええいっ! 私を無視するなあああああああああああああああああ!」



 キス、とは成らなかった。

 猛り立つディジーグリーを、ガルドが宥めようとする。



「どうどう、どうどうディジーグリー。その体はアメリのモノなのだから、そんなに叫ぶでない」



「ドゥーガルド様! 貴男様はどちらの味方なのですか!? あの偽物めから魔王を取り戻す為に、復活したのではないのですか!?」



 カラミティスは、激情のままに吐かれた言葉を聞き逃さなかった。



「残念だけど貴方達の魔王は、私を殺す為に舞い戻った訳ではないぞ。まぁ、さっきの話が解らぬ様では、ガルドが接触しなかったのも無理は無いな。…………以前もさぞ苦労しただろう。お察しするよ、こんな無能な小物が魔族の筆頭有力者ではな」



「ぐぎぎぎぎぎいいいいいいっ! こんの男女あああああ! 言わせておけばあああああああああああああああああああああっ!」



「煽るでないカミラ! そして落ち着けディジーグリー! 流石に余も、何故そなたがこうして行動を起こしたか解った。そしてそれを話し合う為にも、な。落ち着いてくれ…………」



 懇願混じりのガルドの言葉に、ディジーグリーは慌てて恐縮し、落ち着きを取り戻す。



「も、申し訳ありません陛下! このディジーグリーの心中をお察し頂けるとは感謝感激の至り!」



「うむ、解ってくれたなら良いぞ…………」



 現金なまでの切り替えの早さに、ガルドは若干引きつつも、言葉を続けた。



「先ずはそなたの存在に気づかなかった事に謝罪を…………“とある”事情で余は今、魔族の力を喪っているのだ…………いや、これは言い訳だな」



「何を仰いますか陛下! 陛下がそう言うなら、きっと深い事情がおありなのでしょう…………」



「深い、深い事情か…………」



 ガルドが言い淀んだ。



「お聞かせください陛下。何故陛下は復活し、何故魔族の力を喪っているのか、お聞かせください…………」



「うむ、そうだな。そなたが受け入れるかどうかは判らぬが、言わなければ始まらないからな」



 そして、ガルドは世界の真実、その一端を明かし始めたのであった。







「余の存在、そして行動を説明するには魔族の歴史から遡る必要がある、良いか?」



「はっ、陛下のご意志のままに」



「…………まったく。何時まで、陛下と呼んでくれるのかな?」



「陛下、今何と…………?」



 アメリの姿で畏まるディジーグリーに、ガルドは自嘲しながら続けた。



「まず、魔族の歴史をどういう風に認識している? 誰でもいいから言って欲しい」



「有史以来、人類種の天敵としてその存在を知られています。…………少なくとも、王国では」



 ユリシーヌの答えに、ディジーグリーは噛みついた。



「何が人類種の天敵だ! お前達薄汚い人間共が、我々魔族を迫害したのが、そもそもの原因だろうが

! 忘れぬぞ四百年の恨みをっ!」



「あー、そういう設定だったわね」



「設定と言ってやるな、お前をブーメラン返ってくるぞ」



「え、マジ!? 聞いてないよアタシ! どんだけ闇が深いのさこの世界!?」



「…………お二人とも五月蠅いです。ガルド達の話を邪魔しない様に」




 マイペースなカラミティスとセーラに、コホンと咳払いしながらガルドは話を元に戻す。



「うむ、外野は放っておいてだな…………、ここでディジーグリーとユリシーヌの言葉に“間違い”があるのだ。残念な事にな」



「間違い、ですか?」



「どういう事ですか陛下!? 私の認識の何処が…………!?」



 戸惑う二人に、ガルドは悔しげな表情を向けて口を開いた。



「訂正する所は三つ。先ず魔族は“迫害”などされていない事、そして四百年の恨み。――――そして、人類種の天敵」



「はっはっは、陛下はご冗談が上手い…………」



「いきなりそんな事を言われて、信じられないのも通りだ。だが真実なのだよ」



 悲しそうな顔をするガルドに、ディジーグリーとユリシーヌは思わず顔を見合わせる。



「…………ではガルド。一つ一つ、どの様に違うのか教えて頂けませんか?」



「うむ、そうだな…………先ずは共通認識から確認していこう。――――“世界樹”は知っているなディジーグリー」



「お伽噺で出てくる世界創世の大樹ですな。しかしそれが何故――――」



「――――以前ガルドもカミラも“それ”が存在する、と言っていました。今回も関係してくるのでしょうか?」



「何と! 流石陛下! 世界創世の存在の実在ですら、掴んでいたとは!」



「世界創世などと言う、神秘的なモノではないのだがな…………まぁ兎も角、余は、そして歴代の魔王はその“世界樹”の記憶を読みとる事が出来た…………幸か不幸か判らぬが」



 ガルドは苛立ち半分に苦笑しつつ、魔法で立体映像を出した。

 そこに写っていたのは――――。



「何これ? SF戦争映画?」



「残念ながら“隠された”世界の真実、その一つという所だな」



「…………貴男はいったい何処まで関わっているのですかカラミティス」



 人間三人の傍観者的な感想を余所に、突然こんなものを見せられたディジーグリーは、ただ戸惑うばかりだ。



「な、なんだコレは…………、人間が魔法を使わずに飛んでいる? いや、呪文や詠唱無しに魔法を使っているのか?」



 その映像には、まさしくSF戦争映画とでも呼ぶべきモノだった。

 ツルリとした光沢の、揃いの服を着た人間が空を飛んだり音速を越えて走ったり、雷撃を飛ばし、地面を割り、水や火を打ち出しながら憎しみの顔を前方に向けている。



「こっちは以前見ましたね…………カミラとアメリが使っている大鎧に似ていますが…………」



 その人間に対するのは、以前カミラが実家の秘密基地から持ち出したパワードスーツに酷似していた。



「うむ、ユリシーヌの見解は正しいな。そしてだ。これを着ている者達が、――――我らの先祖だ」



「先祖? この光景が以前あったモノだとでも? いいえそれにしたって、どう見ても文明というモノが…………」



 ユリシーヌは、彼らが戦っている場所に注目していた。

 戦いの余波で崩壊が著しいが、そこは市街地――――それも、高度な建築技術が使われた、である。



「あー、カミラ様はこれを参考にセレンディア領内を整えたんですねぇ…………」



「うむ? ディジーグリー今何か言ったか?」



「い、いいえ陛下………(くっ、何だコイツ、支配出来ている筈なのに…………)」



 誤魔化すディジーグリーの様子に、せーらはカラミティスに小声で問う。



「(ね、アンタが余裕なのってさ、そういう事?)」



「(ご想像にお任せする、が、所謂そういう事だな)」



「(アンタ本当に意地が悪いわねぇ…………)」



 ひそひそ話をする二人を余所に、ガルドの言葉は続く。



「なぁディジーグリーよ。そなたはこの光景を否定できるか?」



「い、いいえ陛下…………。どうなっているのですか、私の奥底で何かが沸き立つのです、囁くのです、この光景を否定するな、と」



 戸惑いの表情のまま涙を流し、映像を食い入る様に見つめるディジーグリーに、ガルドは諭すように言う。



「それを覚えておくのだディジーグリーよ。それこそが我ら魔族の“悲願”であり“怒り”なのだ…………」



「“悲願”そして“怒り”…………」



 噛みしめる様に繰り返すディジーグリーに、そしてカラミティス以外の人間に、ガルドは更なる真実を突きつける。



「信じられぬだろうが、この光景こそ約二百年前の、――――西暦二一四〇年代のモノだ」



 そう、西暦。

 勇者や魔王、魔法が存在する中世ファンタジー世界で“西暦”なのだ。



「――――ッ!? 今は西暦二三四五年! つまり魔族のいう“四百年”は…………」



「つまり“魔族”の歴史は“嘘”だと言うのですか陛下!?」



 ディジーグリーの悲鳴に、ガルドは立体映像を見たまま頷いた。



「ああ、詳しい事は省くが。この戦争で我らは負け、多くの命が奪われた。…………だがそこはまだいい」



「まだ? この先があるのですか陛下!?」



「そなたも本能で解るであろう……、この先にこそ、我らの真実があると」



「はい、陛下…………」



 アメリの体で悔しそうにするディジーグリーに、ガルドは告げ続ける。



「生き残った我らの祖先は、辺境の地で静かに暮らしていた……“世界樹”が稼働する僅かな間だけ」



「“世界樹”が稼働!? 真逆、あれは創世の神ではなく、人工的なモノだと!?」



「うむ、聡いなユリウスは。……ああ、正しくその通り。“世界樹”が誰が何の目的で作ったかは正確には知らぬがな」



 ガルドは言葉を切り、そこでカラミティスを一瞥する。

 だが、傍観者の態度を崩さない態度を見ると、そのまま言葉を紡ぎ続けた。



「ともあれ。“世界樹”は勝者の為に、我らの先祖を必要悪として“設定”した」




「――――“魔族”の始まり」



 ユリシーヌの言葉に、カミラ以外の全員が重い沈黙に包まれた。



「ねぇ……ねぇカミラ。アタシは、アタシ達は何処に転生したの?」



 やがてポツリとセーラが問いかけた。

 その震える声に、カミラも静かに答える。



「私達の“記憶”で言う――――“未来”だ」



「…………そう、だからアンタは。そしてアタシの記憶は」



 セーラはそう言うと、顔を手で覆い項垂れた。

 ユリシーヌはその会話に、立ちは入れない何かを感じつつ、これまでの結論を纏める。



「つまり、我々人間と魔族の歴史は“世界樹”によっって“捏造”されたモノである、という事ですか」



「ああ、その通りだ」



「…………陛下。貴男が伝えたい事は解りました。そこの卑しい魔女めが陛下を殺したのも。“世界樹”の、神の支配に逆らうために致し方なかった事、そういう事ですね」



「うむ、解ってくれた――――」



「――――いいえ、解りませぬ陛下」



 理解を得られた、とガルドが喜ぶ前に、ディジーグリーが遮る。



「陛下が何を成そうとしているか、このディジーグリー、浅学の身でありながら理解したつもりです。…………だが、しかしっ! まだ、まだ答えて貰っておりませぬ! 何故、何故陛下はそのお力を喪っているのですか! 何故、私達と共に居られないのですかっ!」



 サロン内に響きわたった悲痛な叫びに、ガルドは深呼吸を一度。

 そして瞼を閉じると、ゆっくりと上げてディジーグリーを見た。




「残念なことを伝えなければならぬ。――――余はもう“魔族”ではない」




「そればかりでは無い。――――魔王ドゥーガルドでもないのだ」




「そなたも薄々解っているのであろう? ――――この身が人間である事を」




 その吐き出された言葉に、ディジーグリーは硬直し、震える声で問いかける。



「では、では……何故、そのお姿をしているのですか?」



「余はな。“魔王”ドゥーガルドの外見と、歴代魔王の記憶情報を持つ、魔王達に作られた謂わば――――“兵器”。神を倒す為の魔造勇者なのだ」



「はは…………はは……、嘘だ、嘘だ。そんなそんな魔王様が…………」



 信じられないと、アメリの目を虚ろにするディジーグリーに、ガルドは駄目押しの一言を言い放つ。





「“魔王”ドゥーガルドは確かに死んだのだ。そして余もカミラも、魔王としてそなたら“魔族”を導く意志は無い」





「嘘だああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」





 瞬間、バリンと音を立てて、カミラによる魔法的拘束が破られた。






 王都全域に、魔族襲撃の警報が鳴り響き。

 そして、――――“夜”が訪れる。



 王城に詰める兵士達に緊張が走る中、王都の結界が指し示した場所。

 学院内のカミラのサロンには今、アメリを通じてディジーグリーの魔力が暴風雨の様に吹き荒れていた。



「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だあああああああああああ!」



「最後まで聞いてくれっ! ディジーグリー! 余は――――!」



 真実を知り狂乱状態に陥ったディジーグリーに、ガルドは何かを伝えようとするも、それは魔力の嵐によってかき消される。



「見たところ、魔族の真実が一割、信じていた者に裏切られた事が四割、そも信じた者がやはり偽物だった事が五割、といったところか?」



「何を暢気に分析しているんですかカミラッ! このままではアメリどころか学院さえもッ!」



 聖剣をえっちらおっちら構え、険しい顔をするユリシーヌが、カラミティスに叫ぶ。

 その視線が油断無く、アメリに向けられているのは戦う者として流石と言った所か。



「別に慌てる事ではないさユリシーヌ。……アメリは大丈夫だ」



「大丈夫ってアンタっ! いったい何の根拠があって――――」



 悠然と紅茶を啜るカラミティスの頭を、バシンと叩くセーラ。

 だが、その文句も最後まで届く事無く、ディジーグリーが叫ぶ。



「随分と余裕だなぁ! 忌まわしき簒奪者よっ! こちらにはお前の大切な人間を人質にとっている事を忘れるなよおおおおおおおお!」



「はいはい、忘れてないぞ」



「軽っ!? 返事軽すぎよアンタ!?」



「どうしたんですかカミラッ!? アメリが人質に取られているんですよ!?」



「そうだぞカミラ! 暢気に紅茶など――――」



 一様にカラミティスを責める言葉の中、飲み終えたカップを置き、そして一言。




「――――アメリ、おかわり」




「はい、カミラ様ただいまっ! ――――ってぬおおおおおおおおおお! 何だコイツは! 勝手に動くんじゃない! 何故ティーポットを――――」




 元気よく返事をし、カラミティスのカップに紅茶を注ぐアメリの姿に、一同は驚愕し目を丸くする。

 そしてカラミティスは、再び紅茶を啜り一言。



「あ、お茶菓子も持ってきてくれ」



「はい、こないだヴァネッサ様からみかんのお礼に貰ったヤツでいいですか? ――――何が起こっている! コイツは完全に支配――――」



「そう、それでいいぞ」



 時折漏れるディジーグリーの叫びなどなんのその、普段と変わらぬ日常を行う主従コンビに、ユリシーヌが恐る恐る問いかける。



「えーっと、その。カラミティス? これはいったい…………?」



「ふふっ、見ての通りだよユリシーヌ。確かにアメリは人質に捕らえられていると言っても過言ではない」



 カラミティスは、マイペースに紅茶の香りを楽しんでから、大胆不敵に笑う。




「だが――――、何の対策もしていないと、思ったのか?」




「――――っ!? アンタ、この事態を予測していたっていうの!?」



 驚くセーラ達に、カラミティスは呆れた顔で一同を見た。



「そも私は力付くで魔王を簒奪した者だ。何故、同じように狙われないと考えない? ならば当然、備えはしているモノだろう? ――――よく思い出せセーラ。貴女の魅了からゼロス殿下を守りきったのは、いったい誰だと思っている」



「ならば何故、私を泳がせたのだ忌まわしき簒奪者!」



 憎しみの瞳を向けるディジーグリーに、カラミティスはにこやかに答えた。



「私は世界一の魔女で、魔王だ。だが神の如く万能では無いからな。…………知りたかったのだよ、お前達の考えが、どういう行動を取るか」



「…………知って、どうする気だったのだ? カラミティス」



 言葉の裏に不穏な“何か”を感じたのか、ガルドが強ばった口調で言う。

 それを感じ取ったカミラは、故に“不穏”を言葉にした。



「適度に間引く為だ。ガルド、私はお前と違って今の安寧を好む――――“魔族”という驚異が存在する平和を」



「な――――っ!?「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 ガルドが驚愕し、そしてそれ以上にディジーグリーがカミラの言に激高した。



「許せるものか! ああ! 許せるものか! ドゥーガルド様を殺した挙げ句、我らを間引くだと!? どこまで“魔族”を愚弄するつもりだ貴様あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



「愚弄? 何をバカな。貴様達の事は“歯車”としか思っていないぞ。ふふふっ、歯車を愚弄するなんて無駄の極み――――ほら、愚弄なんてしていない」



「~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」



 カミラの嘲笑に、言葉にならぬ憎悪を燃やすディジーグリー。

 その光景に、ユリシーヌは直感した。



(そうか、これが。これがカミラが隠していた事――――ッ!)



 恐らくこれは、その一端でしか無いのだろう。



(カミラ、お前はずっと一人で。人類や世界の秘密を一人で背負って――――)



 少しでいいから教えて欲しかった。

 その重みを分かち合いたかった。

 だが――――。



(――――今は、嘆く時じゃないッ!)



 聖剣を握りしめる手に力をいっそう込めて、ユリシーヌはカラミティスを見る。



「カミラ貴女は、――――間違っている」



 そして、ユリウスはカミラに剣を向けた。

 ユリウスの行動に、セーラ達のみならずディジーグリーまでもが息を飲む。

 ただ一人、――――カミラを除いては。



「かもしれないな」



「貴女は自分勝手で、そしてどこか冷徹で。だから“らしくない”とは言わないわ」



「なら?」



 静かに答えたカラミティスに、ユリシーヌは儚げに笑うと、懇願する様に言った。

 ――――否、それは確かに懇願だった。




「頼むから、……頼むから。私を理由に、誰かを犠牲になんてしないで」




 真っ直ぐな瞳に、カミラは目を反らして短く答えた。



「いいえ、これは私の為」



「私達の“未来”の為、――――でしょう?」



 ユリウスの言葉に、カミラは何も言い返せなかった。



(嗚呼、嗚呼。だからきっと。私はユリウスに惹かれたのだわ)



 犠牲を良しとしない“正しさ”に。

 唯一無二の“恋人”として、心情を理解してくれるその姿に。



(でも、私は譲れないし、話せない――――)



 世界に対し、カミラがしようとしている事を知ったら、この優しい恋人は、必ず止めようとするだろう。



 だがそれは、――――不確定な争い満ちる世界への一歩だ。



「…………駄目なんだユリシーヌ」



「貴女はそう言うと思った。――――だから、止める」



 譲れない想いを抱え、見つめ合う二人を。

 そこに存在してしまった“隙”を、ディジーグリーは見逃さなかった。



 魔王に聖剣が向けられた時、その力は封じられる――――世界の絶対法則。



 それが今、目の前にある。

 ディジーグリーの、“魔族”の悲願を受け入れないのなら死を。

 叶わぬのならば――――せめて一矢。



「カミラっ! ユリウスっ! アイツが何か――――」



「しまった!? させぬ――――」



 瞬間、アメリのスカートのポケットから“銀の懐中時計”を取り出したディジーグリーは、憎悪に膨れた顔で叫んだ。






「時よ、止まれえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」






「――――? いったい何…………っ!? ディジーグリーは!? ユリウス!? セーラは何処――――カミラっ! 大丈夫かっ!?」



 次の刹那、ガルドの目に写ったのは。

 聖剣が右肩に刺さり、倒れ込む最中のカラミティス。

 二人を取り囲む黒いパワードスーツ――――傀儡兵達。



 そして。



 ディジーグリー、ユリシーヌ、セーラの三人の姿は、室内の何処にも無かった。





 その瞬間を、カミラが、カラミティスだけが認識する事が出来た。



(――――しまったっ! “アレ”を使えば私以外でも時間を操れる!?)



 カミラも含めて、光ですら静止する中、“銀の懐中時計”を握りしめたアメリ――ディジーグリーは、急ぎセーラに近づいてその身を担ぐ。



(くぅっ! 動け! 動いて私の体っ!)



 カラミティスはひたすらに焦るが、指一本動かない。



(聖剣を向けられているから? いいえ、それだけじゃない。――――タキオンが使えない!?)



 タキオン、それは時間を操る為に、静止した時間の中で動くのに必要な粒子だ。

 生まれついての時間移動能力者であるカミラには、銀時計などなくても操る事が出来るが――――。



(一歩で遅れたっ! 周囲のタキオンが根こそぎ奪われているっ!)



 故にカラミティスもまた、為す術無しにディジーグリーの行動を見る事しか出来ない。



(セーラを浚って…………ちぃっ! ユリウスまでっ!? いったい何のつもりなの!?)



 銀時計――携帯型タイムマシンを発動させられても、ディジーグリーが“時間移動能力者”ではない。

 だから。



(物理的行動以外は、魔法が使えないのは不幸中の幸いね…………さあ、女の子の腕力で二人も運べるかしら?)



 カラミティスの心に虚勢が満ちる中、ディジーグリーは、聖剣をユリシーヌの手の上から握る。



(――――っ!? 真逆!?)



 カミラの心臓や首に突き刺そうとするも、何かに反らされ聖剣は刺さらない。



「ちっ、何が原因か解らぬが。今この場ではコイツの命までは奪えぬか…………」



 二度、三度。その事実を確かめる様に、ディジーグリーは繰り返す。



(ええ、そうでしょう。――ユリウスという存在は、私を殺せない、殺すことが出来ない)



 もしユリウスが一欠片でも、カミラに殺意を抱いていたら、その試みは成功していただろう。

 でも、――――そうではない、そうではなかった。



(――――私を好きでいてくれて、愛してくれてありがとうユリウス)



 カミラは、ディジーグリーの次の行動を覚悟した。



「命が奪えぬなら、せめて足止めはさせて貰う! 動けぬまま、絶望をとくと味わうがいい!」



 そして聖剣は、――――カミラの右肩に突き刺さった。



(がああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!)



 表情すら動かせないカラミティスが、心の中で痛みに叫ぶ。

 ディジーグリーはそれをニタニタと笑うと、アメリの護身用として持たせていたパワードスーツ。

 そのコントローラーを操作した。



「手の内を晒しすぎたな愚かな人間よ! さあ、自分の作りしガラクタで、滅びるがよいっ!」



(ぐあっ! ――っ、ち、くしょう。ふふっ、流石ゲームの黒幕、抜け目、ない…………)



 ディジーグリーは無人のパワードスーツ――傀儡兵を、カミラ達の周囲へ配置する指示を終えると。

 ユリシーヌとセーラを抱えて、サロンから出て行った。




 ――――そして、時は動き出す。




「…………? は? ぬおぁああああああ! カ、カミラアアアアアアア! ユリウス! 貴様――――っていない!? それにセーラ!? アメリは何処に行ったのだ!? 何故パワードスーツがこんなに!? 何がどうなっておるのだっ!?」



「――――っ! ぁ、う…………五月蠅いガルド! 傷に響くっ!」



 慌てふためくガルドに、カラミティスは一喝。

 いまは慌てている場合ではない。



「カラミティス! こやつら迫ってきてるぞ! 迎撃していいのか!」



「駄目だ! 下手に反撃するとビームで殺されるぞ! 今、停止コマンドを送るから――――っ! 糞っ! 受け付けない!?」



 カラミティスは、身につけていたネックレス型のコントローラーを操作するが。

 そも、最初の起動認証で弾かれる。



「そなたが作ったモノだろう!? うおおお!? 掴むでな――力強っ!? 流石当時の最新型は凄いな! 最高であるっ!」



「堪能してるんじゃない馬鹿ガルドっ! 反撃するなと言ったが、せめて逃げろよ! あっさり捕まってんじゃないっ! ええいセーラめっ! 男になった事で遺伝情報に齟齬が――――っ!」



 カラミティスは、停止命令を送るのを諦め。

 役に立たないガルドを当てにするのも止めて、側に転がっている聖剣を掴む。

 直ぐそこに、傀儡兵の魔の手が迫っていた。



(AIは今、強制捕縛モード。大人しくしていればこちらに害は無い――――)



 だがそれでは、浚われた二人に。

 何よりアメリがどうなっているか解らない。



(聖剣に傷つけられた痕は、魔王でいる限り今すぐ直らない。そもそもパワードスーツの装甲は魔法が効かない特製使用――――)



 出血の酷い傷、使えない魔法。

 たった一人の味方は捕らわれ、手元には機械には役に立たぬ聖剣のみ。



「ふふふっ、ふふふふふ――――」



 危機。

 圧倒的な危機である。



「ふふふふふ、ふははははははははははっ! 誉めよう! 誉めてくれよう! この私に最終手段を使わせるとはなっ!」



 カラミティスは痛む傷に、ニヤリと笑い立ち上がる。



「おおっ! 何か手があるのだなっ!」



 傀儡兵が、カラミティスに手を延ばす。



「ああっ! 私は少しの間! “魔王”を止めるぞガルドっ!」



「了解したっ! ……って、それが何になるのだカミラっ!? っていうかそなたも捕まって――――」



 傷口である肩をがっちり掴まれながら、カミラは宣言する――――。



『管理権限者■■■■の名の下に告げる、カミラ・セレンディアの“魔王”を三十秒間停止』



 瞬間、カラミティスは只の人間に戻る。

 “魔法”の使えない古き“新人類”へと戻る。



(大事なのはイメージ。私なら出来る――――)



 魔法は元より超能力だ。

 一つの事しか出来ない力に、汎用性と指向性を与えたモノ。

 ならば、ならば。

 超能力のまま、魔法と同じ事が出来る筈である――――。



「舐めるなよおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 カラミティスの咆哮と共に、全身が淡く輝く。

 超能力発動の前兆だ。



(体のエネルギーを体外に放出し、世界へ干渉するのではなく、内側に隅々まで。)



 そして“魔法”と同じように想像力を以て、その力に指向性を持たせる。





「こんな所で、負ける訳にはいかないんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」




 そして今ここに――――、複数の力が振るえる“例外”が。

 最強の超能力者が、誕生した。



 駆けめぐるエネルギーは、細胞をの新陳代謝を活性化させ。

 聖剣によって出来た傷を、まるで逆回しするように塞いでいく。



「嗚呼、嗚呼…………、これが“治癒”の超能力というモノか…………」



「――――馬鹿、な。これが人の、カミラという存在の可能性だと言うのか?」



 知らぬモノから見れば、ありきたりな覚醒シーンだったかもしれない。

 だが、だが――――。



「ありえない。そんな理論で他の力が使えるのなら、我らの先祖はもっと容易く負けて、絶滅すらしている筈だ。例え理論があっていたとしても、出来るはずがない――――」



 ガラスの器を、床に叩きつければ割れる。

 だが、叩きつける腕力があるからといって、割れたガラスを復元できよう筈がない。

 ――――それと同じ事を、カミラはやってのけたのだ。



「そなたはいったい…………?」



 唖然とするガルドの目の前で、カミラが自らを拘束する傀儡兵をポンと叩き――――。




「秘技――――侵・雷神掌」




 次の瞬間、ボンと音を立てて傀儡兵の“中”から煙が。

 そして関節という関節が、火花を散らしながら分解して爆散。




「物言わぬ哀れな操り人形よ、せめてもの手向けに、造りし者の手で逝かせてやろう――――」




 そこには、両腕に稲妻を纏い。

 黄金瞳を爛々と輝かせる、危険な男の姿があった。





 ――――魔法の話をしよう。



 あるいは超能力でもいい。

 二つは基本的に、心体のエネルギーを超法則の現象に変換して発動される。



 体、を通してだ。



 地面を作り替える時も。

 燃えさかる火の嵐も、吹きすさぶ風を呼ぶ時も。

 その始めは先ず肉体から発せられる。

 無論、カミラとてその法則の支配下だ。

 


 では、その魔法や超能力を無力化するミスリルという金属とは?



 答えは簡単だ。

 大元の心体エネルギーを無力化する性質を持つ合金だ。



 故に、そのミスリルで作られた傀儡兵は無敵。



 だがここに――――例外が一つ。



(それが、侵・雷神掌)



 触れた対象物を雷で、問答無用で破壊する一撃。

 だが――――それはフェイク。



 名前と外見から付けられた、ミスリード。



 では。

 では?



 侵・雷神掌とは何か。



 それは――――、天文学的な確率の奇跡を人為的に起こす、絶対幸運。



 対象の性質や構造、それら総てを解析し“破壊”の条件を突き止め。

 ほんの一瞬だけ、その破壊条件を満たす“環境”を作り上げる。



 超能力を越えた――――正に必殺。



 その理不尽が今、傀儡兵達に襲いかかろうとしていた――――。



(“超能力者”でいられる時間は後二十秒! 至近距離でなければ駄目なのが難点だが――――)




「――――今の私なら、不可能では無いっ!」




 サロンの中に出現した傀儡兵の数は十体、その内の一体は破壊済み。

 ガルドを拘束している一体を戦力外とすると、残りは八体。

 そしてそれらは総て、円形に配置されている。



(ご丁寧に、一筆書きで倒せと言っているようなものねっ!)



「――――少し待ってろよガルドっ!」



 カラミティスは言い終わるより早く、超能力による加速。



(侵・雷神掌の応用だっ! 私の重力、空気抵抗をゼロに、前方に斥力を発生させて、筋力も底上げする――――!)



 辛うじて反応した近くの三体、その内の真ん中の一体に侵・雷神掌を発動。



 傀儡兵のミスリル装甲、その周囲コンマ一ミリがミスリスのみを腐食する空気に変貌。



 一番薄い装甲の箇所に明いた穴から、自己崩壊を起こす電気信号が、傀儡兵の電脳に直接叩き込まれ――――爆散。



(――――残り七体っ!)



 カラミティスはAIが事態を把握し、ビームライフルの引き金を引くより早く、次の、そして更に次ぎの三体目まで一気に破壊する。



(楽勝なのはここまでかっ!)



 三体目を破壊するまでに所要した時間は、僅か一秒。

 だが残りの五体は仲間の突然の爆散にも動じず、一斉にビームライフルの標準をカラミティスに合わせて発砲。



(――――ちぃっ!? どうする!? 迷ってる暇なんて)



 ここは一も二もなく、避けるのが定石だ。

 だが――――。



 カラミティスは加速した思考の中、光の早さで延びるビームを“目視”してから、その手を延ばす。



「避けたりしないっ――――!」



 侵・雷神掌なら。

 奇跡を人為的に起こすこの“力”なら――――。



「――――信じてた」



 一瞬の閃光の後、カラミティスの姿は健在だった。

 侵・雷神掌で前方にビーム粒子を拡散させる空気の壁を作り出したのだ。



(いけるっ! これならいける――――っ!)



「ふはははははははははっ! 私は負けないっ! 例え未来が不透明でも、何があっても負けやしないっ!」



 近づきながらビームを乱射する傀儡兵に、カラミティスもまた悠然と歩き近づく中、その心は一つ。

 即ち――――アメリへの“感謝”と“愛”



(嗚呼、嗚呼、嗚呼…………アメリ! 貴女の忠誠と献身に感謝を)



 残り十秒、また一体倒して残り四体。



(貴女という存在がいなければ、私は今頃、本当に“魔王”として君臨し、また同じ“過ち”を繰り返していたかもしれない)



 残り八秒、残り三体。



(貴女のその“明るさ”が。“忠義”が、私を人たらしめた。“執着”のみでなく“愛”を持つ人間に…………)



 残り五秒、残りニ体。



(私が“正しく”前に進めたのは、貴女のお陰よアメリ――――。)



「――――そして、新たなる“力”も」



 カラミティスは今この瞬間も、進化している。

 これまでの七体でコツを掴み、その射程距離を少し延ばし――――、残りニ体が爆散。



 残り三秒、残敵はガルドを拘束する傀儡兵一体のみだ。



(貴女の“愛”とは違うけれど、“愛”してるわアメリ――――)



 もはや今のカミラならば、相手との距離は関係無い。

 右手を銃の形にして、最後の傀儡兵に人差し指を向け。



「――――バン」



 瞬間、最後の傀儡兵はバラバラに解体され――――残敵ゼロ。

 カラミティスは勝利の余韻に浸りつつ、解放され、座り込むガルドへと向かう。

 グズグズしている余裕は無い。



「立てるかガルド?」



「ああ、問題ない――――じゃないっ! そなた! 自分が何をしたか解っているのか!?」



 立ち上がるなり、唾を飛ばす勢いでカラミティスの肩を掴んむガルド。

 ガクガク揺らすのが、実に鬱陶しい。



「おい。セーラ達が浚われたから焦るのは解るが、もうちょっと落ち着いてくれ」



「はぁ!? 落ち着けだと!? セーラが浚われ――それはいいとし、いやよくないが! それよりカミラ。そなたの事だ! そなたいったい何をした!?」



 端正な顔で鼻息荒く詰め寄るガルドに、当のカラミティスは理由が解らない。



「何をした? 敵を倒しただけだぞ? 何かおかしな事があったか?」



「ええい、自覚無しか!? あの雷を纏った掌底はなんだ!? その前の超回復もそうだ! そなたは回復魔法の素質すらなかったであろう!?」



 まくし立てるガルドに、カラミティスはポンと手を叩きさっくり答える。



「強いて言うならば――――」



「言うならば!?」





「――――“愛”と“感謝”かな」





「それで出来たら魔法使いも超能力者も苦労してないっ!」



「ふふふっ、私は天才だからな! まぁ、回復については大方の検討はついているのだろう? 詳しい話は後でしてやるから。今はアメリ達の所に急ごう」



 実際の所は、この世界で誰よりも長い経験と。

 星すら破壊しかねない執念の賜物だが、おくびにすら出さずに、カラミティスはガルドの手を握る。



「急ぐとは言っても、当てがあるのか?」



 不承不承半分、焦り半分で頷くガルドに、カラミティスは自らの胸板を軽く叩いて笑う。



「どんな場所にいようと、どんな結界が張ってあろうと。直ぐに移動できる手段が私には有ることを、お前は知っているだろう?」



「は? 何を言って――――っ!? 真逆“アレ”を使うのかカラミティス!?」



 カミラの言う“手段”に気づいたガルドは、がっしりとカラミティスの手を握り、その時に備える。



「――――嗚呼、聞こえる。ユリシーヌとアメリが私を呼ぶ声が、聞こえる」



 どこか遠くを見つめるカラミティスの胸から、魔法の鎖と共に、光が溢れる。



「そうか、呼ばれたのだな。少なくとも二人は生きているのだな!」



 続いて、ガルドも入る位の大きさの魔法陣が展開され――――。



「嗚呼、セーラも無事だ。――――さぁ、飛ぶぞガルド!」



「おうともっ!」



 そして、カラミティスとガルドは“光”となって飛んで行った。





(許さない…………絶対に許さないっ!)



 ずっと見ていた。

 時が止まったその前から、その後も。

 アメリは、見ているだけしか出来なかった。



(カミラ様っ! カミラ様ぁ…………!)



 くやしい。

 力のない自分が、暢気に甘えていた一時間前の自分殴りたくなる。



(何とか、何とかしたいのに――――)



 だが、出来ない。

 カミラの魔法的防護――アメリ的には“加護”を受け、洗脳されていた訳ではないが。

 出来ることは隙を見て時折、言葉を発する事のみ。



 しかしそれとて、支配の力が強まった事により、封じられてしまった。



(ユリウス様とセーラを連れて、どこに行こうとしているんでしょう――――?)



 遠くに行けば行くほど、カミラの到着が遅れ、最悪の事態が容易に予測できる。



(カミラ様なら、カミラ様ならきっと無事な筈。あの方に限って“最悪”はないって、わたしは信じてます、信じてます。――――だから)



 アメリに出来る事を、しなければならない。

 だけど今、アメリに何も出来ない事実が。

 ただ――――歯痒い。



(ごめんなさいカミラ様、わたしは。アメリ・アキシアは貴女の従者失格です…………)



 吹き荒れる嘆きと怒りの慟哭に、心を燃え上がらせるアメリの視界に変化が訪れた。



(東屋で止まった!? 何のために――――)



 時を止めるという、怪しげな魔法の効果が切れるのか。

 それとも、目的地に着いたのか。

 アメリが判断しかねている内に、ディジーグリーは外が見えなくなる程の、分厚い結界を張ると。



 世界が色を取り戻した瞬間、同時にアメリへの体の支配を切る。



「体が動――――ぐへぇっ! お、重いです退いてください二人ともっ!」



「――――ッ!? ごめんなさ――って、え? ここは東屋?」



「はぁっ!? 外!? さっきまでアタシら、カミラのサロンに居たのに!?」



「お、驚く前に、わたしの上からどいてくださいってばっ! ――――てやっ!」



 目を白黒させて驚くユリウスとセーラに、アメリは怒鳴る。

 仕方ないとはいえ、人間二人分の体重は流石に重い。

 アメリは寸分の躊躇いも見せず、魔力で筋力を強化し立ち上がった。



「へあッ!? ――――ッととと? な、何でアメリが私の下に!?」



「わわっ!? あっぶないなぁっ! 頭打つ所だったじゃな――――って、アメリ!? 何がどうなってんの!?」



 バランスを崩し尻餅を着く二人に、アメリは手を伸ばして叫ぶ。



「説明は後回しです! カミラ様と合流する為にも、直ぐに立って逃げましょうっ!」



 だが、――――現実は無情。

 二人が手を取る前に、結界の主が戻ってくる。




「――――何処に行こうと言うのだ君たち?」




「ディン学園長! いや、魔族ディジーグリーッ!」



「出たわね黒幕!」



 現在の状況は把握出来なくとも、ことこの場に至っては。

 この男が“原因”であり“敵”である事は疑いようがない。



 即座にユリシーヌはアメリを庇うように前に出、セーラもまた拳を握り。臨戦態勢を整える。



「おっと、落ち着いてくれたまえ。勇者候補に混ざりし聖女よ。こちらには人質が――――ほら」



 言葉の途中で、学園長の体がガクリと倒れたと思うが否や。

 次の瞬間、学園長を抱き留める壮年の美丈夫の姿が。



「――――それが貴男の本当の姿ですか、魔族ディジーグリー」



「その通りだ愚かな人類よ……。ああ、心配しなくていいぞ、この男はまだ生きている。――――月並みだが、抵抗すれば命の保証は無いぞ」



「くッ、卑怯者め…………」



「動揺したな? 未熟者めが」



 自分たち以外の人質の存在に、三人の思考が反れた一瞬の隙を突いて、拘束魔法による捕縛が完了する。

 あっ、と認識した瞬間には、体は魔法による鎖でぐるぐる巻きだ。



「――――ッ! しまったッ!」



「糞っ! 現れた時からアタシらは詰んでた訳ね……」



 険しい顔をするユリシーヌとセーラとは反対に、アメリは冷静な顔でディジーグリーに問いかけた。

 逃走も抵抗も出来ないのであれば、今はどんな情報でもいい、収集するのみだ。



「…………何が目的なんですか」



「ふむ、何が、とは?」



 自分が優位に立っている事に気を良くしたのか、ディジーグリーがその問いかけに応じる。

 ユリシーヌとセーラは、アメリの意図を察して脱出の検討をしながら推移を見守った。



「とぼけないでください。わたし達三人や学園長を生かして。学院内の敷地という、カミラ様から距離の近い所で軟禁している事です」



「くっくっく……凡庸な猿とはいえあの忌まわしき魔女の片腕か、頭は回る様だ…………」



 ディジーグリーの蔑みに、感情の波など欠片たりとも顔に出さず、アメリは続ける。



「ええ、わたしこそが。カラミティス様の、カミラ様の右腕。――――だからせめて、冥途の土産として教えてくれませんか?」



「ふん。死に逝くものとして分は弁えている様だな、良かろう。――――そんなに生きている事が疑問か?」



「疑問ですね。答えてくださいよ」



 ディジーグリーとて、油断慢心の塊では無い。

 だが、恨み辛みは残してきた二人にあるが故に、それを晴らすために自ら死を与える者には、多少の情けはある。



「大方、情報を集めつつ。奴らが来るのを待っているのだろうが、――――まぁ良い。付き合ってやろう」



「…………」



 目論見が露見された事にアメリが黙ると、ディジーグリーは愉しそうに嘲笑して答える。



「クククっ、しれた事。――――“報復”だ」



「報復?」



「ああ、復讐と言い換えてもいい! 我らが奪われた怒り! 悲しみ! それら総てをあの偽物どもに味わって貰う為だ。…………そして、安心するがいい。絶望した奴らに引導を渡すのは、――――お前だ」



「はっ! 何を馬鹿な事言ってんの! アメリがそんな事をするなんて――――」



「――――真逆、またアメリを!?」



 洗脳、という答えに行き着いたユリシーヌと、それにはっ、としたセーラにディジーグリーは、首を横に振って答える。



「期待には悪いが。私はあの魔女相手に、同じ手を二度も使う気は無い。何、直ぐに解る。――――魔女の不運な僕よ。貴様は自らのの意志で友を、主を殺すのだからなぁ! クハハハハハハハハハっ!」



「な、何をするつもりですかっ!?」



「糞ッ! アメリから離れろディジーグリー!」



「ちぃっ! こうなったらアタシの力で――――って、聖女の力が出ない!?」



「残念だったな混じりし聖女よ。どうせあの魔女が密かにお前の力を封じているのだろうよ」



「ああっ! そうだった! そういや罰として許可が出ないと使えないって――――」



「セーラのお馬鹿ぁ! そ、そうだユリシーヌ様、聖剣は!?」



「駄目です! さっきから呼んでますが来ません! ――――この結界さえ無ければッ!」



「ハハハっ! 思う存分狼狽えて、恐怖に戦慄くがいいっ! 貴様等の事など全てお見通しよっ!」



 ディジーグリーは高笑いしながら悠然とアメリに近づき、スカートのポケットをまさぐり“銀時計”を取り出す。



「それはさっきの――――っ!?」



「女の子のスカート触るなんて、この変態魔族!」



「如何様にも囀るといい“出来損ないの聖女”よ。負け惜しみにしか聞こえんぞ」



「その時計が何か知っているのですかアメリッ!?」



 顔を引きつらせるアメリの代わりに、ディジーグリーが答える。



「これは我が一族に伝わる宝物にして、魔族の秘宝の一つよ。――――無論、それだけでは無い。これは“時”を止める事が出来るのだ」



「――――タイムマシン!? あの馬鹿女が出し抜かれる訳ね!?」



「タイムマ――ッ!? 知っているのセーラ!?」



「ククっ、傑作だな。恋人の事なのに知らないのか勇者モドキよ。――――あの魔女は“時”を止められるのだぞ」



 正確に言えば、違う。

 カミラ・セレンディアの能力は、もっと格上のモノ。

 セーラだけは、その間違いに気づいたが口には出さなかった。

 もしかしたら、何か反抗の糸口になるかも、と考えたからだ。



「んで、それがどうしたのよ。それをアンタが使ったても、アメリがカミラ達を倒す事なんで出来ないわ」



 セーラのディジーグリーの問いかけに、ユリシーヌは思わず考え込む。



(あの時のカミラの復活と戦いの様子は、コイツの言うとおり“時”に関係する“力”なのかもしれない…………だが)



 それ以外に、もっと悪辣な機能が付いていると百合シーヌは確信した。



「気をつけてアメリッ! “時を止める”以外に何かある――――!?」



 だが、注意を促した所で、身動き取れない者に。

 ましてや、戦う者ではないアメリに出来る事など無い。

 悔しそうに顔を歪めるアメリに向かって、ディジーグリーはねっとりした、狂気が籠もった熱情で語る。



「もう一つ機能がある事が解っても、もう遅い。第一こちらには人質がいつのだ。同胞想いの貴様等に何が出来る」



「ああもうっ! とっとと来なさいよカミラっ!」



 セーラの叫びに、アメリは顔色を青くする。

 カミラは聖剣で切られた上、傀儡兵をけしかけられているのだ。

 命は無事だと信じているが、不安は拭えない。



(ああ、カミラ様。カミラ様――――)



 ディジーグリーは、そんなアメリの様子を恐怖と勘違いして、意地悪く優しい口調になる。



「ああ、心配せずともよい。これを使ってお前が負の感情思い出させ、固定し。やがて体さえも、その心に相応しい醜い怪物になる。――――良心なの欠片も残らぬから安心するといい」



 言い終えると、ディジーグリーはアメリの胸元に懐中時計を押しつけ。

 その途端、アメリを拘束していた魔法の鎖が黒く染まり、ずぶずぶとその柔肌に食い込んでいった。



「そんなっ!? …………あ、ぐぅ、ぁ。わたしの中に何かが入って――――」



「アメリッ!」



「逃げてアメリっ!?」



 二人の呼びかける声も聞こえず、アメリは自分の体に染み渡る、どす黒い“何か”に怯えた。



(助けて…………助けてカミラ様! 嫌、嫌ぁっ! 憎みたくないっ! 恨みたくないっ! わたしは、わたしは――――)



 必死に抵抗するアメリの心に、闇が這い寄る。



 ――――カミラの心を奪ったユリウスを許すな。



 ――――カミラの敵であるセーラを許すな。



 ――――恨め、憎め、恋心すら許されぬ現実を。



「やめてぇっ! わたしは何も、何も――――!」



 アメリの心に、微かな悪感情が芽生えると同じく、体がその末端から黒く変色していく。



(ああ、ああ、ああ、ああ! 傷つける? カミラ様の大事な人を? そんなの、そんなの――――)





「ふざけんなああああああああああああああ、この脳タリンんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!」





「へ?」

「は?」

「むむっ!?」



 ガバっと立ち上がり怒りの咆哮を上げるアメリに、誰もが目を丸くした。



「ええい、とっとと化け物になれ――――っ!? 私に刃向かうか雑魚がっ!? 人質がどうなっても――――」



「知るかそんなのっ! カミラ様の大切な人を傷つけるくらいならっ! カミラ様を悲しませるくらいなら、人質ごとお前を殺すうううううううううううううううううう!」



「ようしっ! 良く言ったアメリ! そんな男やっつけちゃえ!」



「煽らないでセーラ! せめて学院長から離れて戦うんだアメリ!」



 ユリシーヌとセーラの声を受けて、アメリは倒れている学院長を背に、肥大化してしまった腕を、鋭くとがった鉤爪を振るう。



「このっ! このおっ! 当たれ、当たれぇっ!」



「――くっ、厄介な。だが、貴様が完全に闇に染まるのは時間の問題だ、時間を稼がせて貰うっ!」



 右へ左へ、アメリの攻撃を交わすディジーグリーに、決定打を与えられない事を理解したアメリは、ユリシーヌへと叫ぶ。

 ――――“アレ”がもう一度再現出来るなら、こちらの勝利は確定したも同然である。



「呼んでユリウス様っ! カミラ様を呼んでくださいっ! わたし達があの時、飛べたのなら! カミラ様も来れる筈ですっ!」



「――――何か解らないがさせぬぞっ!」



「ユリシーヌ様の邪魔はさせないっ! ――――ガァああああ!」



 ディジーグリーがユリシーヌに向かうのを邪魔するべく、アメリはその体に突進をかけるが、腕の一振りで弾かれてしまう。

 だが――――その一瞬さえあれば十分だ。



「来いッ! カミラあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 ユリウスの祈りと呼びかけに応え、“絶対命令権”の鎖が胸から出現し、目映く発光しながら虚空へ延びる。

 そして――――。





「――――待たせたな、アメリ、ユリシーヌ」



「助けに来たぞ! セーラよ!」




 瞬間、結界が薄いガラスを割るようにパリンとあっけなく破壊され。

 その余波で東屋の屋根に大きな穴を開けながら。

 カミラ――――カラミティスとガルドが登場した。





「――――やってくれたな」



 状況を素早く確認すると、カラミティスは憎々しげに呟いた。



 背後にはユリシーヌとセーラ。

 右斜め少し遠くに学院長、左には倒れたアメリ。

 そしてその姿は――――。



(――――何をされたのアメリっ!?)



 腕や足は黒く、そして醜く肥大化し。

 無事な部分までも、徐々に漆黒へ染まり始めている。



(魔法による物理的な変異!? ちぃっ、厄介な――――)



 これをやったのは誰だ。

 アメリを傷つけたのは誰だ。

 誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ。

 ――――そんなの、そんなの決まりきっている。



(嗚呼、嗚呼、嗚呼――――)



 世界は、世界は――――優しくない。

 だから不要でも、滅ぼさずにいておいたのに。

 それを、それを――――。





「――――覚悟はいいな、ディジーグリー」





 地獄より深い怒りの声で、この場でたった一人見慣れぬ美形の男。

 真の姿を現したディジーグリーに、殺意を向けた。



「ひぅっ!」



「気持ちは解るが、す、少しは押さえろ! お前の殺意でセーラが気絶寸前だ!」



 直接見ずとも解る、セーラだけでは無い。

 ユリシーヌもまた、カラミティスの迫力に手を震わせている。

 だが。



「すまない、直ぐに終わらせる」



 そのほんの一瞬だけ、カラミティスの殺意が弱まる。

 叩きつけられた殺意に硬直していたディジーグリーは、幸か不幸か意識の再起動を果たし、虚勢を張るように叫んだ。




「ふ、ふははははっ! 遅かったな紛い物よ! 大事な部下はもう手遅れだ! いくら貴様でも物理的に変異した人間を――――」




「――――五月蠅いぞ羽虫」




 正しくそれは――――“魔王の一撃”とでも称するモノだった。



 カラミティスがひと睨みし、腕を軽く振るっただけで雷鳴が轟く。

 しかもそれはただの雷では無い、物理的にあり得ない物質化するまで凝縮された雷。

 それだけではない。

 決して傷が癒えぬ様、永劫に痛みが消えぬ様に、呪いが伴う“魔”の雷。



「ふん、なんだそんな――――? ぐっ! がっ!? がああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 魔雷が放たれディジーグリーの手足を切り落としたのは、刹那すら遅すぎる速度。

 故に、痛みすらを感じる事が追いつかずに、ワンテンポ遅れて、ディジーグリーは地獄を見る羽目になった。



「さて、ただでは殺さない。じわじわと嬲ってから、苦しんで、絶望すら通りこした後に止めを――――」



「ちょ、ちょっと! 馬鹿カミラ!? ストップ! ストーップっ!」



「もう少し穏便にッ! やるならせめて、ここ以外でやれッ!」



「いや、そなたが怒るのは当然だが。もう少しだな…………」



 一瞬にして終わった苛烈な制裁劇に、周囲から思わず制止の声がかかる。

 カラミティスは油断せずに、ディジーグリーの腹を“魔雷”で地面と串刺しにした上、魔法で拘束した後にユリシーヌ達へ振り返る。



「私は確かに“罪”を侵した」



 ほんの一滴たりとも、悔いの無い顔をして。



「私が殺すべきでは無い“命”を奪い」



 ただ、成すべき事をしたまでだと。



「その存在さえ乗っ取った。――――復讐されて、当然だ」



 ユリシーヌに、セーラに、ガルドに、アメリに。



「――――だが、それを受け入れる程お人好しじゃない」



 カラミティス――――カミラは確かに宣言する。




「故に、敵となるなら――――“死”を」



 愛しい者にすら、その澱みきって逆に澄んでしまった金の瞳で一瞥し。

 憎悪に染まったまま、ディジーグリーを痛めつけるべく、再び前を向く。

 その迫力にセーラが気圧され、ユリシーヌが息を飲むも立ち上がるより早く、ガルドが動いた。



「…………何の真似だガルド?」



「余にはやるべき事があるのだ」



 ガルドは今、圧倒的な力への恐怖に震えながら、カラミティスの前に両手を広げて立ちはだかった。



「お前のやる事など知らない。――――そこを退け」



「嫌だ」



 真っ直ぐにこちらを見るガルドに、カラミティスは苛立ちながら宣告する。



「もう一度言う。――――退け。さもないと……」



「諸共に殺す、か? ならば余ももう一度言おう――――使命がある。故に引かない」



 二人の間に、息の詰まる様な張りつめた空気が流れた。

 指先一つ動かしただけで“死”が。

 その事を本能で理解したユリシーヌとセーラは、いざとなれば動く事を決意しながら、黙って流れを見守る。



 カラミティスも、ガルドも一歩も譲歩する意志など無く、故に暫し無言。

 永劫に続くかと錯覚する程の膠着は、ガルドから先に発言する事で破られた。



「言い方を変えようカラミティス――――否、カミラ・セレンディア」



「何だ」



「そなたが“魔王”ドゥーガルドを殺した事を“罪”だと認めるなら、余は要求しよう」



「…………」



 無言によって聞く意志を表したカミラに、ガルドは続ける。



「そなたの被害者として、歴代魔王の“ドゥーガルド”と同じ記憶情報を持つ者として要求する」



「……贖罪、という事か」



「そうだ。…………この一度でいい、見逃してくれ。余は総ての魔族を救う為に、今生があるのだ」



 その言葉に、カラミティスは再び黙り込んで唇を噛んだ。

 燃えさかり煮えたぎる感情とは別に、受け入れなければいけない事だったからである。

 数秒の逡巡の後、カラミティスは“魔雷”を消す事によって、答えを見せた。



「…………感謝する、カミラ・セレンディア」



「だが、ペナルティは受けて貰う。そいつの“魔族”としての力は剥奪する」



「致し方ない。受け入れよう…………」



 ガルドの了解を取れた所で、カラミティスは深い溜息を吐き出しながら、“世界樹”にアクセスして、ディジーグリーの肉体情報に手を加える。



 ――――それを、ディジーグリー本人は見ていた、聞いていた。

 痛みと出血により、細かい所や意味すらあやふやであったが、確かに認識していた。



(ああ…………。なんて、なんて甘い“御方”だ…………)



 誰もの意識から外れるなか、ディジーグリーは満足そうに微笑んだ。



(私は間違っていた…………、例え人間になっていようと、君臨せずとも。この“御方”は我ら魔族の唯一無二の王だったのだ…………)



 もっと早く、正面から話をすればよかった。

 そんな後悔がディジーグリーの心に、肉体の痛みより強く苛む。



(この“御方”が、“ガルド”様が存在する限り、我ら魔族に幸福は訪れよう…………、ならば私に出来る事はただ一つ)



 やらねばならぬ、知って貰わなければならぬ。

 今一度、思い出して貰わなければならない。

 魔族を助けるというならば、魔族の本質、本性を。




 ――――それは、偶然と必然によって引き起こされた。




 カラミティスが、ディジーグリーを魔族の“楔”から解き放ってしまった事。



 ガルドが、魔族の成り立ち、超能力の存在を教えてしまった事。



 ディジーグリーが、死を覚悟で“忠”を果たそうとした事。



 ディジーグリーが痛みにより、魔力――――精神力と云うべきモノの制御を誤ってしまった事。




 そして――――跳ね飛ばされ気絶していたアメリが、目を覚ましていた事。




「フハハハハハハハハハハハっ! 愚かなり偽物共め! 魔族の恨みを、救えぬ憎悪を思い知るがいい――――――――!」




 ここに、歓迎されぬ奇跡は完成してしまった。



 ディジーグリーが放った魔力の塊は、しかしてその存在の可能性によって変貌。

 物事を“加速”させる、という“超能力”となってユリシーヌへ撃ち出された。



 魔力の高まりを感じたカミラは、何も出来やしない、という油断から一歩行動が遅れ、ただユリシーヌを抱きしめる事しかできない。



 誰もが惨劇を予感し、動くことの出来なかった中。

 ただ一人、カミラ達に近づこうと立ち上がり歩いていたアメリだけが――――間に合った。



 間に合って、しまった。



 幸か不幸か、異形となる過程で手に入れた驚異的な身体能力で。

 カミラ達に超能力が当たる寸前に、身を割り込ませる事に成功してしまう。

 そして――――――――。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



「アメリっ!?」

「アメリッ!?」



 アメリという少女は、異形の化け物に変貌した。





 頭に、山羊のような二本の角が生えていた。

 黒く染まった肌に、煌々と輝く緋色の瞳。

 腕は肩より先にいくに連れ、肥大化して巨大な鉤爪が。脚もまた同様に。



 脳ですら、破壊衝動への染め変えが終了している事を。

 『分析』の魔法で把握したカラミティスの思考は、後悔の念で満ちあふれた。



(アメリ、アメリ、アメリ、アメリ…………!)



 間違えた。

 怒りに飲まれて、完全に優先順位を間違えていた。



(あんな雑魚に構っている暇なんて無かった、誰の言葉も聞かず、一もニも無く灰燼に化せえばよかったっ!)



 溢れ出す後悔は無限に、怒りは止めどなく。

 だが、懺悔も謝罪も後。



「ユリシーヌ! ガルド! アメリの動きを止めろっ! セーラは離れて待機! 後で当てにしてるっ!」



 アメリが異形に変貌してしまった事態に、誰もが言葉を失い思考を止める中。

 場慣れしたカミラが真っ先に、行動を開始する。

 直後、グルルと呻き声を上げたアメリが、続いてユリシーヌとガルドが反射的に動き出す。



「ユリシーヌ! 聖剣は呼ぶな! カミラの“魔王”が使えなくなるし、アメリにもダメージが大きすぎるっ!」



「言われなくても――――ッ!」



 アメリから距離を取り、拘束魔法を発動しようとする二人に合わせ。

 一番近くに居たカラミティスは、魔力で筋力を底上げし、物理的に捕まえようと手を延ばす。

 魔法を発動するより、コンマ数秒早いからだ。

 だが――――。




「――――いないっ!?」




「いったい何処に――――ぐあっ!?」



 カラミティスの手が空を掴んだ直後、ガルドの前にアメリが出現。

 反応すら出来ずに、ガルドは鉤爪で殴られ東屋から遠くにいたセーラの下まで弾き飛ばされる。



「早い――――ッ!」



(いえ、違う。これは真逆――――!)



 今の攻防に、強化された身体能力“以外”の何かを感じ取ったカラミティスは。

 ユリシーヌへ、オートカウンターの光波防護魔法をかける。

 ――――しかし。



「――――防壁を抜けてッ!? がぁッ!?」



 ユリシーヌの眼前に現れたアメリは、ガルドと同じ様にユリシーヌを殴り飛ばす。



「ユリウスっ!?」



 反射的に意識をユリシーヌに向け、駆け寄ろうとしたカラミティスの眼前に、アメリが突如として出現する。



「同じ手なんて――――っ!」



 攻撃パターンが解っているなら、カミラに対処出来ない事など無い。

 ガツンと拳で迎撃し、同時に拘束魔法を発動。

 人知を越えた一撃に鉤爪は割れ、アメリはよろけて捕縛は完遂されると思われた。



「――――見事、と言っておく」



 だがしかし、またも姿を消したアメリは。

 吹き飛ばされた二人と、カラミティスを繋ぐ三角形の中心まで後退していた。




「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」




「逃げる気は無いという事か…………」



 壊された右の鉤爪が痛むのだろうか。

 風を感じるほどの勢いで咆哮するアメリに、カミラは油断無く構えた。



「まだやれるな二人ともっ! 生きてれば構わん! 手足をもいででも止めろっ!」



「糞っ! 致し方無いっ!」



「すまないアメリ――――ッ!」



 聖剣の代わりに、トーナメントで使った魔銃剣を全員の手元に転送しながら、カラミティスも駆け出す。



(“あれ”は肉体の力じゃない、懐中時計による“時間停止”)



 牽制に放った光弾が、避けもせず命中して霧散する様を見ながら、カラミティスは歯噛みした。



(この分だと拘束魔法も弾かれる! しかも“時間”を“停止”する者を相手に、どう戦えばいい!?)



 並の人間なら認識出来ない速度でガルドが切りかかるも、アメリは受け止め、その豪腕をもって弾き飛ばす。



(“時間停止”を使うまでも無いって事っ!?)



 間髪入れず、背後からユリシーヌが切りかかる。

 だがそれすらも反応し、一瞬で振り向き悠々と受け止めた後、魔銃剣をへし折る。



(――――反応はしていた。けど、振り向くその一瞬、時を止めていた!)



 同じく時間を操る事の出来る、カミラだからこそ正確に把握できた攻防。

 ――――そこに、一筋の光明が見える。



(私の予想が正しいのならば――――っ!)



 カラミティスはガルドより早く加速し、亜音速で突きを繰り出しその肩を穿つ。



「見切った――――!」



 予想の的中に喜びながら、カラミティスは拳を叩き込もうとするが、やはり先程と同じようにアメリの姿が消える。



(やはり、連続で“時間停止”は使えない!)



 更にもう一つ判明した事実がある。

 それは“時間停止”にアメリは“タキオン”を使用していない、という事だ。



(今、アメリの魔力は私とガルドに近いくらい増えている)



 だが、それを魔法に使っていないという事は、筋力の増加と“時間停止”に全て使っている証拠だ。



(魔力は汎用性故に“タキオン”の代わりになる。けれど――――)



 代替物が故に、その効率が悪い。

 回避の一瞬しか使えない事、連続的に使えない事が、それを表している。



(とはいえ、次に使用可能になるまで一秒足らず)



 ならば、――――アメリを止める方法は一つ。



 一度“時間停止”を使わせてから、カミラの支配下に置いた“タキオン”を叩き込み。

 アメリに融合している“銀の懐中時計”――――タイムマシンのコントロールを奪う他無い。



「ユリシーヌっ! ガルドっ! アメリの“時間停止”は不完全だ! 一度“使わせろ”――――!」



「わかったッ!」



「手抜かるなよカラミティス――――!」



 カミラの言葉で、アメリの“絡繰り”を察した二人は、即座に行動を開始。

 またカラミティス自身も、東屋周辺から根こそぎ“タキオン”を集め始める。



「これで終わりにするぞガルドッ!」



「ああっ! 魔法は任せるがよいっ!」



 カラミティスの拳に、通常では不可視の光が集まる。

 だが、カミラと繋がる事で光が、――――“タキオン”が見えるようになったユリウスは。

 それが何かは解らないものの、勝利を確信する。



(あれはきっと、カミラが隠したかった“事”だ。だが、それを惜しげもなく使うと言う事は――――)



 ユリシーヌ/ユリウスは羨望を覚えながら、アメリの気を引くために叫ぶ。



「愛されてるな、アメリいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」



「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」



 アメリは、攻撃の意志を見せるユリシーヌに突進。

 相対するユリウスは、進路上に炎弾の魔法を無数にばら撒き、そして。

 壊れた魔銃剣に必要以上の魔力を込めて投げる、――――目眩ましだ。



 瞬間、炎弾を避けずに直進していたアメリは、その眼前で爆発した魔銃剣によって、反射的に目を瞑ってしまう。



「見逃すまいよっ!」



 ユリシーヌによって生み出された“隙”に、ガルドもきっちり役目を果たす。

 アメリが動きを止めた一瞬、拘束魔法の直撃を成功させたのだ。



「――――ガルドッ!」

「やはり来たか――――っ!」



 だが、いかにガルドの拘束魔法といえど、今のアメリには通じない。

 すぐさま目標をガルドに切り替えたアメリは、“時間停止”を使って接近。

 無事な左の鉤爪で、ガルドを押しつぶそうとして――――刹那、その動きが鈍る。



(読んでいたぞ、アメリ――――っ!)



 そう、ガルドの魔法は二段構え。

 目の前に“五重”の拘束魔法を、置いておいたのだ。



 そしてその、コンマ以下の時間すらあれば――――。




「今、助ける――――――――」




 トン、と軽い音と共に、カラミティスの拳が。

 眩いほどの“タキオン粒子”が叩き込まれ。

 次の瞬間。




「――――え?」




「え、ええっ!? ここは何処なんですか!? わたしはどうなっているんですかカミラ様ぁ!?」



 真っ暗闇の空間に、女子制服姿の“アメリ”と“カミラ”の二人だけが存在していた。



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