晒して、暴いて、大胆に、そして受け止めて①



 寒々しい広野に、トランペットのメロディが響き渡った。

 自己主張の激しい、勇ましい音が流れる中、夕日をバックに男が一人歩いている。



「――――俺が、来た」



 周囲に誰か居るでもなく、けれど、無駄に格好いい(と本人は思っている)ポーズをする男。


 その人物の名は――――エドガー・エインズワース。


 ユリウスの義理の兄だ。

 天才考古学者を自称する彼は今、王都から北に遠く離れた山脈の麓。

 かつてカミラが更地にした、魔王城の跡地に来ていた。


「待っていてくれ愛しいジェニファー。これが終わればお前の作ったパインサラダ食べて、結婚を申し込むんだ…………!」


 縁起が悪い、悲劇の場所だから、と、魔族ですら最早寄りつかないそこに、エドガーはたった一人。

 そうとは露とも知らず、好奇心のままに草木一つ生えない窪地を探す。


「話には聞いていたが、本当に何もないな…………噂では、ここらに変な扉があったという事だが――――さては、この俺の天才考古学者っぷりに恐れをなして、扉が隠れているのだなッ!」


 ぷわ~~ん、と再びトランペットを吹き鳴らしたエドガーは魔力を高め、メロディを呪文替わりに魔法を練り始める。



「――――音色よッ! 俺の道を導けッ! 広 域 探 索ううううううううううううううううう!」



 必殺技の様に、言う必要のない魔法名を叫んだエドガーは、魔力の波を自在に操り、範囲一キロの地表、地下を探る。


「うむむ…………成る程成る程…………ふははははッ! やっぱり俺は天才では無いか! 他の盆暗の目は誤魔化せてもこの俺の目は誤魔化せないッ! 見えたぞッ! 例の扉は、こ こ に あ る !」


 エドガーが指さした場所は、真下。


「つーか、足下じゃねぇか! 気付よ俺ッ! くっそう、やけに平らなだなと思ったんだ…………いや、違うな。俺は――――間違ってなんかいない」


 折角のワイルドなイケメンなのに、残念な三枚目。

 それがエドガーである。


「今この瞬間で見つける為に、きっと俺は気付かなかったのだ――――つまりは天命、天運」


 人生エンジョイ勢筆頭候補のエドガーは、ぷわんとトランペットを無駄に吹くと、足下の扉を開き始めた。


「ジェニファーの為ならえんやこーら! えんやこーら!」


 なお、件のジェニファーは売れっ子の高級娼婦で、エドガーここにいる間に既に身請けが決まり、帰った頃には富豪に嫁いでいた事を明記しておく。



 ――苦節する事、三時間余り。

 

「け、結果オーライだから…………」


 もしかすると貴重な古代遺跡かもしれないモノを、結局は力付くでぶち破ったエドガーは、汗を拭いながら衣服の土埃を軽く落とす。

 いよいよ待望の、未知の遺跡(仮)に突入である。


「ふははははは! 何か大発見でもあったら、一躍俺も超有名人の仲間入り! 金もがっぽがっぽだッ! 待ってろジェニファーああああああああああああ!」


 エドガーは大股で扉の向こうの階段を降り始める。


「ふぅむ…………しかし、これは妙な遺跡だな…………」


 考古学者として、この時代に暮らす人間としても、そこは奇妙な遺跡だった。


「ここは北の大地だからな……寒いのは当たり前だが…………、この寒さはセレンディアで流行の“くーらー”とやらに似ているな」


 それだけではない。

 材質の解らないつるつるとした壁や廊下に、大小様々な“紐”が乱雑に置かれている。


「いや、これは“置かれている”のではないな…………設置されている……“通っている”……か?」


 奥に進む程に冷気が増し、エドガーは防寒の魔法を自身にかけながら進む。

 途中にあった数々の部屋には、緑や赤の灯りが灯るぶぅんと唸る箱が置かれ、そこからも数々の“紐”が延び、廊下の“紐”と合流し。

 それは、奥へ奥へと繋がっていた。


「これは古代文字……、いや見たことないな。よしッ! 神代文字と名付けよう! 考古学的にはこれだけでも大発見だが…………」


 エドガーはニヤリと笑うと、長い旅路で延びきった無精ヒゲを撫でる。


「ああ、楽しいなぁ! きっとここにはもっと凄いお宝があるに違いないッ! さあ、いざ行かんッ!」


 再びトランペットを吹き鳴らすと、エドガーは廊下を恐れずに突き進む。


「きっとこの遺跡は、俺に発見される為にあるに違いないッ! 侵入者撃退用の罠も無いしな!」


 実際の所は、代々の魔王に口伝のみで知らされる魔王城の極秘地下施設であり。

 魔王以外知るものが無い故に、罠の類が無いのだが。

 そも、魔王城跡地だと知らないエドガーが知る由もなく、幸せな勘違いをしながら闊歩する。


「さてさて、ここが最奥かぁ? なーにが出るか…………なッ! そぉいッ!」


 乱暴に推定最後の扉を蹴破った奥には――――『棺』があった。


「むむぅ……、ここは真逆。古代文明人の墓だとでも? ――――ならば、お顔を拝見」


 うきうきワクワク、エドガーは蓋が透明な何かで出来た棺をのぞき込む。


「おおっ! 冷たッ! 魔法かけてなきゃ、指が凍り付いてるなこりゃ…………う、ん?」


 霜を手でふき取り、見えてきたモノ。

 それは――――。




「おーう。まさか死体を冷凍保存してるのか? 何のために? ……しかしまぁ、若いなこのマッパ金髪イケメ………………ン? あ、あれ? 何で目、ひらいて、え? 目が開いたあああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」




 瞬間、白い冷気が吹き暴れて視界が零になる。

 続いて、ゴウン、と大きな音と共に、ギギギと棺の蓋が開いた。



「――――余、再臨!」



 死体だと思われた全裸の金髪イケメンが、勢いよく立ち上がる。

 ほんと誰だお前、厄ネタの匂いしかしない。



「いやぁあああああああああああ、死体がしゃべった動いたああああああああああああああああああッ! 助けてジェニファーーーーーーーーーーーーッ!」



 だが現実は非常に非常、そのジェニファーは他の男の腕の中。

 ともあれ。

 想像を越えた非現実的な出来事に、エドガーは気絶しする。

 なお、彼の弱点はホラーである事を明記しておく。



 ――――そしてこの少年が、彼の人生を一変させ、更にはカミラ達の学院に嵐を呼び起こす事など、知る由もなかったのである。





 ――――教室は、シュガー地獄絵図だった。


「うふふっ、ユ・リ・ウ・ス」


「何だいカ・ミ・ラ」


「読んでみた、だ~けっ!」


「お茶目だなお前は、このぅ」


 あはは、うふふ、あはは、うふふ。

 始業前の教室に、ユリウスとカミラ甘ったるい会話が響きわたる。

 その光景に、クラスメイトでもあるアメリとセーラ、以下の生徒達は口から砂糖がドバドバものだ。



「ああああああああああああああああああああああっ! もうっ! いい加減にしてくださいカミラ様! ユリウス様!」



「あらアメリ、どうしたの? そんな大声をだして、はしたないわ」


「うん、何か悩みでもあるのか? アメリ嬢」


 アメリ達の様子など、気にも止めてなかった二人は仲良く首を傾げる。

 なお今は、ユリウスの膝の上に、カミラがごろにゃんと横抱きに座っている状態であり、それだけでもう甘ったるい。

 ――だが、物事には限度と言うものがあるのだ。



「いいですかっ! お二人とも! ようやくまともに結ばれたお二人ですっ! わたしだって祝福してますっ!」



「ふふっ、あらためて言われると照れくさいわね…………ありがとう、アメリ」


「君にはいつも、助けられていた気がする。ありがとうアメリ嬢」


「あ、はい。いやぁ、そう言われるとこっちも照れちゃいますねぇ…………っじゃ! なああああああああああああああああああい!」


 全クラスメイトの無言の総意を受け、アメリは立ち向かう。

 この、バカップルに立ち向かうのだ! 



「ユリシーヌ様が、ユリウス様になったので、カミラ様のいるウチのクラスに来たことは、まだいいですっ!」



「ああ、受け入れてくれたのは感謝につきないよ」



「だから、ちっがーーーーーーうっ!」



 くっついてから、とんと察しの悪くなった二人に、アメリは叫ぶ。

 頑張れアメリ、全クラスメイトどころか、実は全生徒の総意なのだ。



「今日は一段とうるさいわね、貴女。何か悪いものでも拾い食いでもした?」



「今まで一度もした事ないじゃないですか! この色惚けカミラ様っ! わたしが言いたいのはですねっ!」



「わかったわっ! お腹が空いたのねっ! それなら今、おやつでも――――」



「だから違いますううううううううううううううう! そいやっ!」



「あいたっ!?」



「何故俺までッ!?」



 ガサゴソとスカートのポケットを探るカミラに、アメリはハリセンを虚空から魔法で呼び出し一線。

 ついでにユリウスの頭まではたいたのはご愛敬である。



「あれから半月ですよっ! 最初の一週間は多めにみましたけど、そろそろ教室内でラブラブするのは止めてくださいっ! 定期試験も近いんですからっ! はっきり言って――――」




「――――迷 惑 で す !」




「なっ…………!?」


「馬鹿、なッ――――!?」


 ぴしゃりと言い切ったアメリに賞賛の拍手が送られ、ユリウスとカミラは雷鳴に打たれたかの如く硬直する。



「あえて言いましょう――――カミラ様、貴女には失望しました」



「アメリっ!? そ、そんなっ!? ――――――はうん」



 指さすアメリに、カミラはよろよろとユリウスの膝から降り、ガクッと倒れ伏す。



「か、カミラッ! しっかりしろッ! 傷は深いぞッ!」



「ゆ、ユリウス…………、わたしはもう駄目よ…………、アメリに失望……、失望…………はうん」



「カミラああああああああああああああッ!」



 アメリに失望されたショックは、存外に大きい。

 致命傷の一撃に死にかけるカミラを、必死に抱きしめるユリウス。

 だが、そんなユリウスにもアメリの口撃が飛ぶ。



「はいそこふざけないーー。そしてユリウス様にも、ゼロス殿下からお言葉を預かっておりまーーす!」



「ハァッ! ゼロス殿下からッ!?」



 驚くユリウスに、アメリは低い声でゼロスの声真似をし告げる。




「――――避妊はするんだぞ、ユリウス」



「ガハァッ――――――! ま、まだ俺は……

……がくぅ」



 想定すらしていなかった言葉に、ユリウスも倒れ伏す。

 余談だが、ユリウスはまだ清い体であった、このヘタレが。



「そろそろお二人とも、真人間に戻ってしゃんとするべきですっ! それに今日は新しい担任教師と転校生が来るんですよっ! せめて外面だけは整えてくださいバカップル」



「うぐぅ。仕方ないわね……」

「面目ない…………確かに、キチンとすべきだな」



 顔を見合わせて、名残惜しそうにたった一歩の距離を取る二人に、アメリは取りあえずはこんなもの、とため息。

 そんな彼女に、お疲れさまとセーラが声をかける。


「んでアメリぃー、別に新しい担任と生徒が来るだけっしょ? 確かにコイツらのバカップルぶりはうざかったけど、今すぐ説教する程だった?」


 その疑問には、他のクラスメイトも同意する様な視線をアメリに投げる。


 前の担任教師は、セーラの起こした数々の騒動に胃痛を発病、病院送りになった先で医者と結婚退職した。

 替わりの担任も、そこそこの地位で教員免許を持つ貴族。


 転入生というのも、他の校からやってきた親が中レベルの富豪の令息。

 何か騒ぎ立てる程でも、取り繕う程の事でもない。


「ちっちっちっ……甘いですね皆さん」


「何よ、ニヤニヤ笑っちゃって、どうせ直ぐ解るんだから言っちゃいなさい」


 アメリは、こほんと前置きして端的に。



「――――新しい担任はイケメンで、転校生は美少年です」



 瞬間、クラスの女子が色めきだち、男子の殆どががっくり項垂れた。

 ざわめく生徒達を余所に、セーラは闘志に燃え上がる。



「成る程! アタシのイケメンハーレム再びっ!」



「貴女がそうだから、止めるためにカミラ様達の復帰が必要なんでしょーーがっ! ちっとは自重しなさいっ!」



「ふんっ! このアタシ、セーラ様! 妙な力で男を誑かす事はもうしないがっ! 男にコナかけないとは言ってない!」



「結果的に男で痛い目みたのに、まだ懲りないんですかバカ女!」



「あ、ひどいしアメリ!」



 ぐぅ、と躊躇いを見せたセーラに、アメリは追撃を放つ。



「知ってますよぉ……貴女今、校内で怪しい集まり作って活動してるでしょう……、特に怪しい動きはしてないみたいですけど、今度、殿下にかけあっって査問にかけちゃいますよぉ…………」



「ま、待って! お慈悲! お慈悲をアメリ様!」



「うわっ! こらっ! 縋りついかないでください暑苦しい鬱陶しい!」



「アンタが、諦めるまで! アタシは! 諦めない!」


 顔を青くしながら、セーラは長い赤毛をアメリの全身に絡ませる勢いで、アメリの我が儘な胸へダイブ。

 話の内容は兎も角、麗しい美少女二人の姿に、一部の男子生徒の熱い拍手が送られた。


「あっ、こらっ! 拍手したの誰ですかっ! 後でカミラ様にお仕置きしてもらいますよ!」


「ふははは! お前等もっと見たいなら、惜しみない声援を送るのだ!」


「ちょっ! 何で拍手が大きくなっているんですかっ! ――――ええい、そこの男子共に誰か成敗を!」


 良いとこのボンボンの癖に礼儀も忘れ、鼻の下をのばした一部の男子生徒に、女子達の鉄槌が下され。

 セーラを足蹴に、拘束を解いたアメリも加わる。


「あいたたたたぁ…………ふっ、あんまりイケメンじゃない男子生徒よ、君たちのお陰でアタシ達の活動は守られた…………」


 セーラの言う活動、それは所謂一つの。


 ――――BLサークル


 であった。

 カミラ達の色惚けを良いことに、地道に布教を続け、今ではそれなりの数の参加者がいる。


(ふははははは! このままで行けば、そう遠くない未来に即売会だって――――)


 セーラが文字通り薔薇色の未来に、想いを馳せていた時――――。



 ――――プァアアアアアアアアアアアン。


 と、管楽器のけたたましい音が鳴り響いた。


「うわぁっ! 何事です!」


「へ、ラッパ? 誰よこんな始業前に…………怒られてもしらないわよ?」


 等と、クラス全員が手を取め、幾人かが発生源を確かめようと、廊下へ繋がるドアを開けようと――――。



「――――ま、待つんだッ! 開けるんじゃないッ!」



 ユリウスの大声が教室に響いた。

 側にいたカミラは、急に冷や汗を流し始めたユリウスに首を傾げる。


「あら、どうしたのユリウス?」


 だがユリウスは、真逆、聞いていない、と繰り返すばかりで答えない。

 そればかりか、カミラの手を取り――――。


「逃げるぞカミ――――」


 だが、時は既に遅し。

 全てを言い切る前に、勢いよく教室の扉が開かれ。

 一人の男が姿を現した。




「――――我が愛しい妹、もとい弟よッ! 新しく担任はこの大天才考古学者のエドガー・エインズワースの俺が来たッ!」




「何でいるんだよお兄様ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 久しぶりに女口調の戻ったユリウスの叫び声が、教室どころか、校舎の隅々まで伝わった。





 その瞬間、カミラは驚愕と戦慄の渦に身を捕らえられた。


(――――真、逆。真逆、そんな…………)


 新しい担任、エドガーではない。

 一緒に入ってきた“転校生”に、だ。


 そして、そんなカミラの胸中を誰一人として察することなく事態は進む。

 気付かなければならなかった恋人のユリウスは、突然の兄の登場で、混乱の中、兄エドガーの熱い包容を受けている。



「いやぁーー、久しぶりだなユリシーヌ……いや、今はユリウスか。真逆お前が魔族の呪いにかかってたなんて、気付かなかった不甲斐ない俺を許しておくれっ! お兄ちゃんはそれでもお前を、家族として愛しているぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



(何故――――)



「お兄さまッ! ああ、いや、兄さんッ! 痛い、痛いからもうちょっと力を弛めてくれッ!」



 中性的な美少年ユリウスと、精悍な顔のワイルドなイケメン、エドガーとの包容に、セーラを始め腐った女生徒が思わずスケッチを始める。



(何故――――)



「てぇええええいっ! いきなり何してるんですかセーラ、没・収! というか、ええっと。エドガー先生? ご家族であるユリウス様に会えて嬉しいのは解りますが、そろそろHRを始めてくださいませんか?」


 セーラ達の奇行をすぐさま制したアメリは、次にエドガーからユリウスを解放する。

 だが、その行動も転校生の笑顔で水泡に帰した。 



「――級友諸君、余がドゥーガルド・アーオンだ。これからよろしく頼む。さぁ、何なりと質問するがいい!」



(何故、お前は――――)



 きゃああああああああああ、と騒ぎ始め群がる女生徒達。

 無理もない、ドゥーガルド・アーオンと名乗る転校生は、この場の誰よりも、美貌で知られるユリウスよりも美しかった。


 少し高い背に、怜悧なフェイス。

 さらさらのおかっぱ金髪に、涼やかな青瞳。

 程良くがっしりした肩幅に、長い足。

 それに何故だか、人を引きつける“風格”というのを兼ね備えた“王”の様な少年だった。


「まったく……ドゥーガルドが笑うと毎回こうだ」


「兄さん……いいえ、エインズワース先生。あの転校生とお知り合いですか?」


 疲れた様に苦笑するエドガーに、ユリウスが訪ねる。



(嗚呼、嗚呼……)



「エドガー先生、と呼んでくれ。……んでだな、彼は旅先で知り合ってな、少しの間一緒に旅してたんだ」


「成る程、苦労してそうですね」


「はっはっはッ! まぁ。見ての通りだなッ!」


 兄弟が、特にわだかまりも感じさせず会話する中、アメリは立ち尽くしたままのカミラに問いかけた。


「カミラ様は行かないんですねぇ、やっぱユリウス様がいるから――――って、あれ? カミラ、様?」


 その時ようやくアメリは、カミラの異変に気付き。

 ユリウスもまた、遅まきながら“それ”に気付いた。


 カミラは立ち尽くしたまま、少し俯いている。

 その顔を覗き込んだアメリは、ぎょっとして一歩下がった。



(――嗚呼、嗚呼、嗚呼、何故。……何故)



「ど、どうしたんですカミラ様?」



 アメリの震える声、カミラの形相はまるで鬼の様であり。

 恐怖に怯える“それ”でもあった。

 ユリウスは慌ててカミラの前に立ち、彼女の突然の異変に困惑した。



「おい、カミラ。いったい何があった。何を見て――――」



 視線が定まらず、しかしてしかと前を睨むカミラの先には、件の転校生。

 ユリウスが何かを言う前に、カミラはぐいと、その体を押しのけてゆっくり一歩、また一歩と踏み出した。



(嗚呼、嗚呼、嗚呼、そんな馬鹿なっ! あのとき確かに、確かに――――)



(確かに――――っ!)



「……したはずよ」



「…………ろしたはずよ」



 なのに。

 なのに何故。



(何故)



(何故、生きている)





(――――――――魔王ドゥーガルド・アーオン)





 嗚呼。嗚呼。嗚呼。

 カミラの息が乱れる。苦しい、視界がぐらりと歪む。

 呼びかけるユリウスの声が遠い、何を言ってるのかわからない。

 新しい担任のエドガーや、アメリ、セーラ達が何故か気を失っているが。

 でも、大丈夫。

 直ぐに済ませるつもりだ。



(また、また、また巻き戻るの?)



 確かに殺して、殺して、奪った筈だ。

 でなければ、ここにカミラがいる訳がない。

 今だってほら、こんなにも“魔王”の力が体中に溢れているのに。



「くくくくくっ、ははははははははははっ!」



 胸にどろどろとした熱い何かが渦巻く。

 焦燥感と、不安で、動悸が高まる。

 吐く吐息は灼熱で、下腹から痺れるような黒い快楽が全身を駆けめぐる。



(嗚呼、嗚呼。――――世界は、こんなにも私に優しくない)



 カミラがいったい何をしたと言うのだろう。


 カミラはただ、生きながらえたかっただけだ。


 好きな人と、一緒に居たかっただけだ。



 高笑いをしたまま、カミラは顔を覆う。

 制御を離れた膨大な魔力が、重圧となって周囲に襲いかかる。



(魔王を)



(魔王を殺さなければ)



(また“繰り返す”事になってしまう)



(また、全てが“無かった”事とになる)



 ユリウスの気持ちが全て無かったことになるなんて。



 また“赤子”から繰り返す事になるなんて。




(もう、もう二度と御免だわ――――――――っ!)




「ドゥーガルド・アーオンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンっ!」




 カミラの覇気に生徒が怯え、ドゥーガルドの周囲から逃げ出す。



(殺す――――)



 澄ました顔で、でも楽しそうにカミラを見るドゥーガルド。

 その余裕の視線が、カミラの感情の“糸”を激しく揺らした。



(殺す――――っ!)



 殺意にまみれた拳が、握りしめられ。

 今、弓を引き絞る様に、振りかぶられ――――。




「――――止めろッ! カミラァッ!」




 瞬間、魔力で編まれた鎖がカミラを縛り、その動きを阻害した。

 その鎖の魔力は、先日の“魂”の主従契約によるもの、カミラの魔力で以てカミラ自身を拘束する抑止力。

 カミラは、どす黒く濁った金色の瞳でユリウスを睨みつけた。



「邪魔をする――――っ!」



「カミラッ!」



 直後、パンと乾いた音と共に、カミラの頬に痛みが走る。

 ユリウスがカミラの頬を打ったのだ。



「…………え、あ、わ、私…………、ユリ、ウ……ス?」



「あ、ああ。俺だ、ユリウスだ。いったい突然どうしたんだお前?」



 未だ吹き荒れる魔力に暴風に必死に耐えながら、ユリウスはカミラに強ばった笑顔で問いかける。

 その表情に、カミラの戦意が少しずつ収まって、替わりに悲しみが訪れた。



(いや、いやよ…………そんな顔で笑わないでユリウス、同情するような、哀れんだ目で私を見ないで――――――)



 強く締め付ける様な心臓の痛みに、胸をぎゅっと拳を押さえたカミラ。

 涙を流さず、泣いているカミラの姿にユリウスがそっと手を伸ばすが、その手を払われてしまう。

 だがユリウスは、もう一度カミラに手を伸ばし、逃げようとするカミラを確かに捕まえた。




「カミラ……、俺はお前が何を考えているか解らない。でも、これだけは解る、――――苦しんでいるのだろう? なら、さ。言ってくれ、話してくれよ。それで少しでもお前が楽になれるのなら…………」




 震えるカミラの肩を、華奢な体を。

 ユリウスはそっと抱きしめて、カミラに優しく囁いた。

 カミラは、ユリウスの逞しい胸板に顔を埋め、声にならない呻き声をだした。



(ああ、ああ、私は、私は…………)



 駄目だ。駄目だ。

 今ここで、ドゥーガルドを“殺す”のは駄目だ。

 巻き込んでしまう、そしたら、ユリウスが死んでしまうかもしれない。



 カミラは唇を強く噛みながら、ユリウスの抱擁から抜け出す。

 その腕の中は、とても暖かで安らかだったけれど。



(――――甘えては、いけないわ)



 たとえユリウスが将来を誓い合った恋人でも、これはカミラの業、清算すべき過去。

 決して、巻き込むわけにはいかない。



「ゆ、りうす。…………ああ、ごめんなさい。ごめんなさい……少し、取り乱してしまったわ。――寮に戻って、少し休みます」



 俯き歯を食いしばり、爪が肌を食い破って血が滴っても、なお堅く握られる拳。

 誰も彼も、ユリウスさえも拒絶するその姿に、誰も声をかけられる者はいない。

 ――――否、たった一人。事態を傍観していたこの男だけが、去りゆくカミラの背に、声を投げる事が出来た。



「久しぶりだな愛しいカミラ・セレンディア。放課後、東屋まで来てくれ。――――待っているよ“偽物”さん」



 カミラは一瞬足を止め、しかして教室から去っていった。





 今カミラとアメリは高度一千メートル、空飛ぶ大きな鋼鉄の箱の中に居た。



 その鋼鉄の箱は全長が二十五メートルある代物で、両側に楕円の翼の様な何かと、その上に横倒しになった風車の様なものが激しく回っている。



 ――――即ち、戦闘武装した大型輸送ヘリ。



 ババババ、とローター音が激しく鳴り響く中、以外と音はうるさくない。



「その、カミラ様…………わたしは何処からつっこめばいいのでしょう?」



「あら、何でも聞いて頂戴。これから貴女と私は“生死”を共にするのですから?」



 戸惑いがちの言葉に、目の前の無骨で大きな鎧。

 カミラ曰く、第三次世界大戦時に使用された強襲用パワードスーツ、とやらが答えた。

 勿論、中身はカミラである。



 聞き捨てならない言葉が増えたことにアメリは危機感を覚えながら、一つ一つ聞き出す。



「では先ず、わたしカミラ様の魔力に当てられて気絶していたと思うのですが、何故今ここでこんな姿

に?」



「あら、遡ったわね。まぁいいでしょう。――答えは、保健室に運ばれた貴女を私が魔法で転移させたからよ」



 何を当たり前なことを、と鎧姿で首を傾げるカミラ。

 フルフェイス故に表情までは解らないが、いつもの様にドヤ顔をしてるに違いないと、アメリはため息をついた。

 カミラの奇行に巻き込まれるのは慣れているが、今回ばかりは第六感が危機を告げている。



「では次にこの変な鎧を、これを来ている理由はなんでしょう? 何か妙に動きやすくて怖いんですが?」



「あら、さっきので解らなかった? これは魔法を使わない替わりに、科学の力で動きを助けてくれる装着型のゴーレム、といったら解るかしら? 少しの間だけど空も飛べて便利なのよ。核にも耐えれるし」



「カクって何――いや、言わなくていいです。聞いたら絶対後悔するヤツですね解ります。――すっごく堅くて便利って事は解りました。それで、こんな物を用意した理由は?」



 最後の質問に、カミラは逡巡し。

 そして、少し震えた声で答えた。



「――――ごめんなさい、アメリ。私の我が儘で付き合わせて」



「え? いや、何マジ声で謝るんですカミラ様!? 何? そんなに危ない事するんですか!? ねぇ! ちょっと!?」



 思わず詰め寄ってカミラの鎧をグラグラさせるアメリに、さらに悲しそうにカミラは言う。



「アメリ、貴女の忠信はいつも感謝しているわ。――そう今も……」



「ぎゃーす! ちょっとカミラ様フラグ! それきっと良くないフラグですからっ!」



「大丈夫、死は怖くないわ。その瞬間はちょっと寒いけど、直ぐに闇の安寧に身を任せる事になるから……」



「死! 死って言いました今! カミラ様ホントに何するつもりなんですううううううううううううううううううううううううううううううううううう!」



「いざという時の為に、貴女の分の遺書も代筆しておきましたし、残されたご家族がきちんと暮らせるように手配はしてきましたわ…………ああ、可哀想なアメリ…………」



「率直に聞きますが、マジで何と戦う気なんですかカミラさままああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」



 もはや半泣きのアメリに、カミラは優しく告げる。




「魔王――――魔王ドゥーガルド・アーオン」




「は? それってさっきの転校生ですよね? 何を馬鹿な…………」




 冗談きつい、と続け様としたアメリは、カミラの出す威圧感に、その言葉を飲み込んだ。




「――――マジですか?」




「ええ、マジもマジ。一度は殺した筈だったんだけどね。心の安寧の為に、ユリウスの為にもまた殺して置かなくては」




「あー……マジですかーー…………」




 カミラの言葉全てに本気を悟ったアメリは、鎧のままで見事な失意体前屈を披露した。

 薄々は気付いていたのだ、カミラの人としては異常な力、知識。

 それらが魔王に関わりがある事なら、理由がつく…………つくのだろうか?

 アメリは新たな疑問を振り払いながら無理矢理納得する。



 つまりカミラは、なりふり構わず“敵”を打ち倒しに行くという事だ。

 そして、その死への片道切符にアメリを選んだのだ。

 ――――ユリウスという愛する男ではなく。




(ええ、ええ……。カミラ様、わたしにとって、それはとても光栄な事です――――)




 カミラに救われなければ、とうに死んでいた身、その大恩をお返しするのは、今だ。

 と、アメリ・アキシアは一世一代の覚悟を決める。



「わかりました。……よく解りませんが、解った事にします。カミラ様がユリウス様の為に、命を賭けようとしているのは理解しましたから」



「アメリ…………」



「カミラ様、わたしの命は貴女と共に。――死が二人を分かつともお側に」



「…………ふふっ。残念だわ、生身であれば、思いっきり抱きしめたのに」



「ええ、残念です。では、帰ってから抱きしめてください」



「そうね。生きて、帰りましょう――――」



 カミラとアメリは、視線を交わす。

 お互いに顔が隠れ、瞳など見えなかったが、確かに二人は瞳を見つめ合ったのだ。


 密かにセレンディア領内の秘密地下基地から発進した輸送ヘリは、そろそろ学園へと差し掛かろうとしている。

 AI操作のパワードスーツの一個小隊に降下準備の指示を与えながら、カミラはその時に備えた。




 空気は最悪だった。

 カミラが寄宿舎に戻り数時間、それからアメリが保健室から消えて、更に数時間。


 居場所の解らない二人と、ドゥーガルドの発言苛立ちながら、ユリウスはセーラと共に東屋に来ていた。

 勿論の事、ドゥーガルドもそこにいる。


 繰り返し言おう――――空気は最悪。


 ユリウスはあからさまに敵意を向け、ドゥーガルドも隠そうとせずに対抗心剥き出し。

 セーラとしては、勘弁してくれ、と叫び出したい気分であった。


「――――いい加減、話してくれないか? いったい何の目的と権利があって、俺の恋人を呼び出したッ! それにお前とカミラの関係についても話せッ!」


「ああ、駄目だなそれは。これは余とカミラ・セレンディアの問題。余とカミラだけのモノ。勇者にすらなれないお前如きが聞く権利は無いと思え」


「何様だお前はッ!」


 バン、とテーブルを両手で叩いたユリウスに対し、ドゥーガルドは余裕たっぷりに大仰な身振りで答えた。



「無論、世界を変革するただ二人の内の一人。――――ドゥーガルド・アーオンである!」



「ああ、糞ッ! ふざけるのも大概にしろよッ!」


 大声で喚くユリウスを、セーラは宥める。

 気分は、鞭を持たずに檻の中に居る猛獣使いだ。


「どうどう、どうどう。押さえなさいよヘタレ童貞男」


「アイツを大事にしてるだけだッ!」


「なにおう! 余の方がカミラを大切にできるとも!」


「アンタも乗っかってくんな! ややこしい!」


「いや、俺だッ!」


「余だ!」


「聞けよアンタら、んで、その会話何回目よ…………」


 午前の授業中から幾度となく、繰り返されるこのやりとりに、イケメン大好きセーラも流石にうんざりしていた。


(折角のイケメン転校生なのに、何でまたカミラ大好き人間が増えてるんだか…………)


 セーラは世の不条理に嘆き半分、愉悦半分で笑った。

 そもユリウスは気付いていないのだろうか、それとも気付いて目を反らしているのだろうか。

 

 この美貌のカリスマ転校生、ドゥーガルドがカミラ目当てに転校してきた事は、その言動で明白である。

 だが、それは恋心だけでは無いだろう、ともセーラは予測していた。

 恋心だけで盤面をひっくり返す馬鹿はカミラ一人お腹いっぱいである。


(しっかし、どっかで見たことある気が…………うーん思い出せない…………)


 こんな印象的なイケメン、一度見たら忘れない筈だが。

 じとーっと視線を向けるセーラに気付いたのか、ドゥーガルドが楽しげに口を開く。


「どうした今代の聖女よ、余の顔に何か付いておるか?」


 しれっと、セーラを“聖女”と呼んだドゥーガルドに、セーラは心持ち警戒を深めた。

 聖女の事は公式に発表されておらず、生徒の中でもまだ一応噂止まりである。

 十二分にその噂を仕入れる時間があっても、確信が覗けるその口振りに。

 セーラは、にこやかに笑って残念がる。


「ええ、口説きたいくらいに良い顔がついてる」


「良し、とっとと口説き落とせセーラ、なんなら“あれ”を使ってもいいぞッ!」


 なりふり構わずといったユリウスを、セーラはチョップで黙らせると、ドゥーガルドに問いかけた。


「アタシとアンタ、どっかで会った?」


「いいや、今日が始めてだな」


 簡潔な答えに、セーラは思考を巡らす。

 逆玉で逆ハーを目指すセーラにとって、金を持ってそうなイケメンは必須。

 故に、どこかで会った? と思うような曖昧な記憶こそ不自然。


 ――恐らく“聖女”として何か制限がかかっている。


 そしてそれは、制限をかけざる得ない程の厄ネタ。


 セーラは確信を持って、ドゥーガルドに再度問いかけようとした瞬間――――。




「死ぬときは一緒よユリウスううううううううううううううううううううううううううううううううううう!」




「ガンホーガンホーガンホー! カミラ様の敵はわたしの敵いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」




 ドッカーーン、ドカドカドカ、と轟音をたてて上空から何かが次々と落下。


「な、なんだッ!? 魔族の敵襲かッ!?」


「違う! あれは魔族の気配じゃない!? 真逆――――」


 即座に聖剣を構えるユリウスに、何かに気付いた様なドゥーガルド。

 セーラから見れば、前世でいうSFアニメでしかお目にかかった事が無い代物が、東屋を包囲した。



「ちょっとカミラっ! 世界観考えなさいよ! なんつーもの作って――――?」


 包囲網の外から、ズシンズシンと大きな足音をさせて近づく不審者二名の先頭に、セーラは叫ぶ。

 誰がどう考えても、あの不審者はカミラとアメリで間違いないだろう。


 その不審者は手のひらを向け、セーラの言葉を遮ると。

 手にした遠未来SF風ライフルの、黒光りする銃口を向けて言い放った。




「魔王ドゥーガルド・アーオン。話とは何? ――――そして死ね」




「魔王と戦うって聞いてないですよカミラ様!?」



「その声はカミラッ!? というか魔王はお前じゃないのかッ!?」



「あー、うん。ご愁傷様ですアメリ。アンタの骨は拾ってやるわ…………残ってたら」



「おおっ! おおおおおおおおっ! どこかで見たことがあると思ったら、大戦時の対超能力者強襲用強化外骨格の! 設計図しかなかったと言われる! あの幻の! ラグナロクtypeRではないか! それにその銃は、スリースクウェア製の傑作ビームライフル! 二五七式グングニルランサー! ふおおおおおおおおおお!」



 物騒すぎる元未来兵器を突きつけられるも、目をキラキラ輝かせて、ぺたぺたとそれらを触り始めるドゥーガルドの姿に、張りつめた空気が霧散する。



「…………うん? これは今すぐ殺していいのかしら?」



「いやいやいや? この転校生の何処が魔王なんですかカミラ様…………。憧れの武器にテンション上がってる只の男子生徒では?」



「何がどうなって、こんなモノを持ち出す結論に至ったか解らないが、取りあえず出てきたらどうだ?」



「なぁ! なぁ! 周りの木偶はAI制御で中に誰も入ってないんだろう? ちょっとでいいから余も乗せては貰えないか!? くぅ~~、生前は技術力も足りなかったし、世界樹の武装制限に引っかかって火薬式銃すら作れなかったからなぁ…………、ああ、羨ましい…………! どうやって武装制限を騙したのだ!? 後でハッキングルートを教えてくれ!」



「うわぁ…………何だか聞いちゃいけない単語がちらほら。この世界はいったいどうなってるのよ…………」



 各が好き放題言って、収集がつかない中。

 カミラはは実力行使で、場を納めた。

 即ち――。



「――滅殺」



 ビームライフルの銃口をドゥーガルドに直に当て、欠片の躊躇いもなく一射。



「うおおおっ! 危ないじゃないかカミラ! いくら余でも死んじゃう! それ死んじゃう!」



 その刹那、ドゥーガルドは飛び退いて距離を取る。

 そしてついでの様にセーラも連れ去り、首根っこを掴んで盾に。

 目標を見失った緑の殺戮光線は、花壇に命中し、甚大な被害を与えつつ爆散した。



「おお、華麗に避けましたね。カミラ様の話では光の早さ? で飛ぶ銃弾との事でしたのに」



「――――その話が本当なら驚異だな。どう見ても引き金を引いてから動いていたぞ。しかも額に銃口が当たっていたのに。真逆、本当に魔王とでも言うのか?」



「いや、分析してないでアタシを助けなさいよ! というか何でアタシを担いで逃げた!?」



「何って…………人質? これならカミラと言えど手は出せま「滅殺」



 再び引き金を引くカミラ。

 これまた躊躇いゼロである。



「この糞ババア! アタシを殺す気か!」



「躊躇い無く撃ったぞおい! そなたは三歳の頃から変わってないな! そこが頼もしいのだが!」



「ひええっ! こんな危ないモノ渡さないでくださいよカミラ様!」



「文句を言う所が違うだろうアメリ嬢ッ!」



「アンタだって、ツッコム所が違うわよ馬鹿! ヘタレ! 童貞!」



 混迷する周囲を余所に、カミラは静かにセーラへ告げる。




「ごめんなさいセーラ、貴女の事は幸せにしてあげたかったけど。――――私の為に、そこで一緒に散って頂戴。葬式は盛大にするから」




「大ピンチよアタシ! 今こそイヤボーンで覚醒…………いきなり出来たらババアに負けてないわよ畜生! アンタも同じ魔王ってならアイツを何とかしなさいよ!」


「だ、駄目なのだ! 今の余は魔王じゃなくて超能力者として生まれ変わっているから、ちょっと無理!」



「さよならセーラ――――地獄で会いましょう!」



「ド畜生おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「話せば解るから、ちょっと待つのだカミラ・セレンディア!」


「問答無用! 私達の未来の礎となりなさい!」


「逃げるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「逃がすかっ! ――傀儡兵っ! アメリも行くわよっ!」


「え、ちょ、まっ! か、カミラ様!? …………あ、あ~~。行っちゃった…………」


 セーラを縦にしながら東屋周辺に逃げまどうドゥーガルド。

 ちゅどん、ちゅっどーーーーんと光線が乱舞し、爆散した花びらが舞う阿鼻叫喚に、ユリウスとアメリは顔を見合わせて頭を抱える。



「どうしましょうユリウス様……、真逆本気でセーラごと殺すなんて事…………するでしょうねぇカミラ様なら……」



「ああ、カミラならやりかねない」



 どうしてこうなった、と嘆きながらユリウスは冷静に思考を巡らした。

 他の生徒達に被害が及ぶ前に、何よりカミラの為に、一刻も早く事態を収束させなければならない。


(仮にドゥーガルドが魔王じゃなくても、あの様子なら暫く持つだろう。セーラ嬢も無事の筈だ)


 眼前では物騒な追いかけっこが続いているが、カミラ傀儡兵と呼んだ鎧達によって、東屋以外とユリウス達への被害はガードされている。


(つまり、カミラはまだ正気だ。俺の話ならば聞いてくれる筈)


 幸いにして、カミラへの絶対命令権と、同じ鎧を来たアメリがいる。


 ――――ならば、取れる手は一つ。


 ユリウスはカミラを見つめ、アメリに言った。



「カミラを止める――――協力してくれるかアメリ」



「はい! 勿論です!」



 そう言うが否や、ユリウスとアメリは駆けだした。

 先頭はアメリ続いてユリウス、そしてユリウスへの流れ弾を防ぐ為に、カミラが残した傀儡兵が護るように随伴。


(きっとこれが正しい選択の筈だ。あの転校生が何者で、カミラとどういう因縁があろうとも、今この場で殺すなんて、カミラに殺させるなんて、駄目だ――――)


 取った行動が、カミラにとって正しい、そして未来の幸せに繋がる事を祈って、ユリウスはカミラへ手を伸ばした。





 封印されし魔王。

 そう表現するのが陳腐だが、一番正しい表現だった。


 黒の無骨なパワードスーツは、ユリウスからつながれた特段に太い一本だけでは足らず。

 足下に現れた魔法陣から、何本も絡みついてカミラを拘束していた。


 焼けただれ、赤い炎がちらちらと草花を犯し。

 焦げた風が漂う東屋周辺に、ユリウスの言葉が響きわたる。



「――――重ねて言うッ!“止まれ”“指一本動かすな”」



「邪魔をっ! 邪魔をするなああああああああああああああっ!」



 実体を持たぬ鎖が、金属の鎧と擦れ合い、ギシ、ギャリ、と不協和音を奏でる。



「落ち着けッ! 落ち着くんだカミラッ!」



「ふざけるなっ! 私は冷静よっ! だから――――コイツを殺させなさいっ!」



 少し離れた場所で、困ったように微笑むドゥーガルドに、カミラは殺意と共に魔力の重圧を叩きつける。

 巻き込まれたセーラは気絶寸前だ。



「カミラ…………頼むから落ち着いて俺の話を聞いてくれ……」



 ドゥーガルド達を庇うように、カミラと向き合っていたユリウスは、魔力の重圧に負けじと、一歩一歩確かに踏み出した。



(――本当に、アメリ嬢が居て助かった。俺だけではセーラまで護りきれなかった所だ)



 あの後、カミラに向かって駆けだしたユリウスとアメリ。

 随伴の傀儡兵を自爆命令で全て犠牲にして、ビームライフルを無効化。

 その隙を付いて、カミラを“絶対命令権”で拘束。

 それでも指一本動かし、ビームサーベルを手に取ったカミラに、アメリが取り付いて奪う事で、無力化に成功。



(――俺は信じていたよ、お前の意志の力を)



 絶対命令が発動しているのにも関わらず、剣を奪ったアメリを振り飛ばした、カミラの“意志”の強さを信じていた。

 だからこそ――今からの説得に掛かっている。



「カミラ、話し合おう。だから――――“そこ”から“出てこい”」



「ぐ、ぐぐぅ…………っ! ユリ、ウスっ……様っ!」



 ユリウスがカミラの目の前に来たと同時に、黒いパワードスーツが、カタカタカタ、と音を立てて折り畳まれ、ペンダントサイズまで小さくなる。



「――――何故、止めたの?」



 閉口一番出された言葉に、ユリウスは眉をしかめた。

 何も、この女は何も解っていない。


 ユリウスを複雑そうに睨むカミラ。

 パワードスーツから出てきたその姿は、体のラインに沿ってぴったりと張り付いている、これまた黒のインナースーツ。

 また、中は蒸れていたのか汗塗れで、しっとり塗れて顔にへばりつく水色の長い一筋の髪が、この場に相応しからぬ隠微さを与えていた。



(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼っ! もう少しで、もう少しで殺せたモノを――――!)



 だがしかして、今のカミラの姿は内面を考えれば非常に“らしい”姿だった。

 黒き憎悪に自己を塗りつぶし、水気の多い女の情念を体現した姿は、ユリウスに不安しか与えなかった。



「…………駄目だよカミラ。今、誰かを殺してしまえば。お前は本当に“魔王”になってしまう」



 体の震えを隠さないまま、ユリウスはカミラを優しく抱きしめる。

 瞬間、命令の効果を切り、解放されたカミラはおずおずとその腕を回して抱き返した。



「知っているでしょう…………私は“魔王”よ、この身も心も全部」



「ああ、そうだな。そうかもしれない。…………だが忘れないでくれ、お前は一人の女の子で、俺の愛するただ一人の女だと言う事を…………」



 漆黒の闇に染まったカミラの心に、ユリウスの“言葉”という光が照らす。



「ごめんなさいユリウス。でも解って、これは二人の、いいえ。…………私の為なの」



「それでも、駄目だよカミラ。――俺は、お前に誰かを殺して欲しくない」



「ユリウス……」



 泣きそうな、困った様な声。

 だが、その奥底には怨念が支配しているのだろう。

 そう感じ取ったユリウスは、真摯に言葉を重ねた。




「俺には、アイツが本当に魔王なのか、殺すべき魔族なのか解らない。…………でもさ、もし俺の為なら、そしてお前の為に誰かを殺す、というなら尚更だ」




「お前の問題は俺の問題、一人で抱え込まないで、どうか俺にも話して欲しい…………」




 その言葉に、カミラは歯を食いしばった。

 涙が溢れてしまわないように、必死になって我慢した。



(駄目よ、駄目。……駄目なのよユリウス。そんな優しい言葉は…………嗚呼、嗚呼)



 そう言って貰えて嬉しかった。


 そう言われた事が悲しかった。


 けれど何より――――。



(駄目なのよ…………全てを話したら、きっと私は嫌われてしまう。そんなの、そんなの――――)



 度重なる繰り返し、その積み重ねだけは絶対に話してはいけない。

 それは、カミラの罪。

 罪、なのだ。



(嗚呼、嗚呼――――)



 魔王が、ドゥーガルドが恨めしい。

 その者さえ来なければ、カミラは何食わぬ顔で幸せを享受できていただろう。


 忌まわしき過去の全てを忘れ、幸せという泥濘の海の中で人生の果つる時を待っていられただろう。



(嗚呼、嗚呼)



(私は、どうすればいい――――)



 もう一度やり直す事など論外だ。

 時空を司る銀時計は、もう壊してしまった。

 第一、今更全てを無かったことにして投げ出すなど、もう御免だ。

 最早、進むしかない。



(なら――――、巻き込むしかないと言うの?)



 悲鳴を上げる心が、喉から迸ろうとする。

 きつく目を閉じそれを押さえてから、カミラはあらためて愛おしい男を見た。



「――――もし」



「もし、世界全てを敵に回しても――――」



 震えそうな声を隠して、頷いて欲しいと、頷かないで欲しいと。

 相反する願望を抱えながら、最後の言葉を紡ぎ出す。




「一緒に、居て、くれますか?」




 燃えさかる闘志を、確かに静かに瞳に込めて。

 言葉ははっきり、しかして押さえ切れぬ震えを肩に出すカミラの姿に。

 ユリウスは、カミラと出会ってから何度目かの覚悟を決める。

 そんなこと、今さら問われるまでも無く――――。




「――――ああ、二人に死が来ようとも、未来永劫、来世でもお前の側にいるよ」




 ユリウスは、カミラの唇にキスを落とした。

 ゆっくりと五秒数えて、名残惜しそうに離した後、カミラはユリウスに言う。



「ありがとう、ユリウス…………。まだ、全てを話せないけれど、話すわ、魔王の事、世界の事。――私の過去も。だから、絶対私の事を離さないでいて……」



「ああ、絶対に離すものか。――――でも取りあえず今は……」



 凛々しい顔で頷いた後、苦笑して周りを見渡すユリウスに釣られ、カミラを見る。

 暴れていたカミラ自身は気が付かなかったが、東屋周辺が、荒れ果てた戦場跡。

 ドゥーガルドのの目的であった、話し合いをするには非常に不向きだ。



「このまま此処に居たら、間違いなく面倒になる。――――責任は後で取るとして、今は誰かのサロンにでも移動いないか?」



「ううっ…………はい。私のサロンに行きましょう……」



 つまりは、そういう事になった。



 その言葉は、ユリウスとアメリの理解の外であった。



「誤解があるようだから、最初に言おう。――余は最早“魔王”では無い。対ユグドラシルシステム用の“超能力者”である」



 カミラのサロンに四人が移動して、紅茶を一口飲むなり“それ”である。

 流石のカミラも、ドゥーガルドの発言を飲み込めず、目を白黒させた。 

 香り高い、熱い紅茶を吹き出さない様に、火傷しない様にゆっくり飲み込み、返答を思考する。


「ドゥーガルド・アーオン。色々聞きたい事はあるが、先ずは超能力者とは何だ?」


 だが、カミラが考えている間に、ユリウスが先に質問する。


「ユリウス・エインズワース。余の事はガルドでいい。その代わりにユリウスと呼んでもよいか?」


「ああ、それでいい。それで――――」


「はいはい! アメリと呼んでください」


「アタシもセーラ様でいいわ」


「あ、コイツの戯言は無視して下さい」


「ヒっドーーい! こっちは巻き込まれた被害者よ! 様付けでも足りないくらいだわ!」


 やいのやいの、がやがやと、騒がしいアメリとセーラに、カミラの毒気が抜けていく。

 そして、ガルドの“超能力者”発言が確かならば、もしかして、もしかして――――。


「――――空回り、していたかしら?」


「いや、今回の件は余も悪かった。最初からキチンと話すべきだった。――カミラがやった事を考えても、死者が蘇った事実を考えても、余が軽率であった……」


 気まずそうに視線を交わすカミラとガルに、ユリウスは苛立った様に割り込んだ。


「悪かったと思うなら、二人とも後で東屋の修復に加わって、学院にも謝罪しておくんだ。それより――――」


「――ああ、余のカミラへ話で。その前に質問であったな。……許す、何でも聞くがよい」


 えへんと胸を張るガルに、アメリが挙手する。


「ではお言葉に甘えまして! 先ずは“チョウノウリョクシャ”とは何でしょうか?」


「ふむ、そこからか…………いや、今の時代の者達が知らぬも無理からぬ事である、か……」


 一人、解った顔で頷くガルドを放っておき、カミラが返答する。


「アメリ、そしてユリウス、セーラ…………は別にいいわね。貴女なら言葉の意味は分かるでしょうから」


「まーねぇ。……っていうか、アタシ的にはこの世界に超能力者が存在してる事がビックリなんだけど?」


「“ゲーム”とは違う、今は貴女はそれで理解しときなさい」


「あいあい、了解しましたよっと」


 手をひらひらさせて、これ以上はいいと示したセーラに頷いてから、カミラはユリウス達に話す。

 ――――どこから、説明したらいいやら。


「それでカミラ様。“チョウノウリョクシャ”とは一体何ですか?」


「……文字でにして表すと、超越した能力を者。それを超能力者と言うのよ」


「ではカミラ、その“超越”した能力とは何だ?」


 カミラは言葉を探した。

 本当の事を言ってもいいのだろうか。

 言った所で、理解できるのだろうか。


「――――ドゥーガルド。貴男、現状の思考支配率は解る?」


「ん? それは一番キミが解っている筈じゃないか。永遠に続くシステムなど無い。もはやボロボロで最低限しか機能していない。――――そも、そうしたのはキミだろう?」


「変わりない、という事ね…………」


「え、何それ。すっごく物騒な単語が聞こえたんだけど!?」


 憂鬱そうにため息をつくカミラに、にこやかなガルド。

 何やら頭を抱えているセーラの姿に、アメリとユリウスは置いてけぼりだ。


「お二人の会話の意味分かりました? ユリウス様。途中でむにゃむにゃ言ってて聞き取れなかったんですけど」


「俺もだ。セーラが理解している辺り、何らかの資格が無いと聞き取れないのかもしれないな……」


「この二人が聞き取れない…………うわぁ、うわぁ…………何この世界、乙女ゲー転生したんじゃないのアタシ……」


 一人、世界の闇に気付きつつあるセーラを放っておき、カミラは元の話題に戻る。


「……はぁ。聞き取れなかったら諦めて頂戴。それで、超能力者というのはね、言ってみれば特化型の魔法使いみたいなモノよ」


「特化型……ですかカミラ様?」


「……ふむ。魔法を使う者にも、得意苦手とするジャンルがあるが、それと何か違うのか?」


「だいたいその認識であってるわ。ただし、得意なジャンルは天才レベルで、苦手な分野は使えない。という塩梅だけどね」


「成る程、超能力者の意味は解った。しかし、何故それを今この場で言ったんだガルド?」


 ユリウスの問いかけに、ガルドはえへんと胸を張った。


「ああ、それだよそれ。余はそういう質問を待っておったのだ。分かってるなユリウス!」


「どこに喜ぶ所があったのか理解できないが、とっとと答えてくれ」


 疲れたように言ったユリウスの肩をぽんぽんと叩くと、ガルドはカミラに向かって殊更にこやかに笑う。



「余は“以前の余を殺し”見事に魔王を簒奪したそなた。この世でたった一人の本物の“超能力者”であるカミラ・セレンディアに同盟を求め「却下」



「…………、せめて最後ま「却下」



「カ「却下」



 舞台劇役者の様に大仰に差し出された手を、カミラは殊更に満開の笑顔で否定。

 しかも、全てを語らせない有様。



「取り付く島がない、とはこの事だな」



「気にくわない相手には冷たいですよねカミラ様…………じゃっ! ないっ! え、ええっ! 何です! 何でみんなそんなに落ち着いてるんです! か、か、カミラ様が魔王を殺し、い、いや超能力者…………はいいとして、いいとして!? 魔王を簒奪!? は? え? えええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」



 ガタン、と立ち上がって動揺するアメリの姿に、ユリウスとセーラから同情の視線が向けられる。



「うむ? この者はどうしたのだカミラ? アメリ・アキシアはそなたの右腕、そんな事も知らなかったのか?」



「そうか……知らなかったのか…………」



「カミラ、アンタさぁ……仮にもこんなに尽くしてくれるアメリに何一つ教えてあげてないって、なくない? ないわー。マジない」



 三人の集中砲火に、カミラはぐうの音しか出せない。



「そ、その……ごめんなさいアメリ。決して貴女を蔑ろにしていた訳ではなくて……」



「わかってますっ! 万一の事を思って、カミラ様がわたしの事を考えてくれて、お伝えなされなかった事はわかってますっ! でもっ! でもですよっ!」



 ハンカチを噛んで、くけぇー、と激しく悔しがるアメリの姿に、カミラは慌てて席を立ち、アメリを抱きしめる。

 こんな事初めてで、どうすればいいか解らない。



「ごめんなさいアメリ、私は貴女に…………」



「いいえっ! いいえっ! 謝罪など不要ですっ!カミラ様の右腕たる者、察してしかるべきでしたっ! カミラ様はそれぐらいしても何もおかしくない偉大なお方ですっ! そしてっ! 何よりっ! わたしが悔しいのはっ! あの馬鹿女すら知ってた事が悔しいだけですっ!」



 カミラの柔らかな胸に顔をぐりぐりしながら、アメリはセーラを指さし、続いて親指を下に向けて、しゃーっと威嚇。



「へ、アタシ!? っていうか馬鹿って何よ馬鹿って! これでも聖女なのよアタシ! 魔王が前に居たら判るっつーのっ! 凡人の分際でナマ言うな!」



「はん! カミラ様にけちょんけちょんにされた癖に、そっちこそ生意気言わないくーだーさーいーっ!」



「えぇ~~。そこなの? アメリ…………」



「君のカミラへの忠誠心はどうなっているんだ?」



「良い部下を持ったなカミラ。余もこんな部下欲しかったなぁ…………」



 今にも激突が始まろうとするアメリとセーラの姿に、話が進まないとユリウスが音頭を取った。



「喧嘩するなら後にしろ……。で、カミラが世界でただ一人の本物の超能力者とやらは、まぁカミラだからいいとして」



「あれっ? それで流すのですのユリウス!?」



「お前が今更何者であっても、俺が愛する女という事は変わらない」



 さらっと言われた言葉に、カミラはアメリを抱きしめたまま、いやんいやんと顔を真っ赤にして身をくねらした。



「カミラ様、ギブギブギブ! 嬉しいのは解りましたからっ! もう少し力を弛めて…………ぐぇぇ」



 言わんこっちゃない、アメリが青い顔でコテンと気を失う。



「ああ、アメリが失神したわっ! 誰がこんな非道い事を!」



「オマエだよ馬鹿ババア! 恋人になったんなら、もうちょっとセリフに耐性つけときなさいよ!」



「…………苦労しているのだな、ユリウス」



「頼むから、それは言わないでくれ…………」



 慌てふためく女性陣と、元魔王から同情されるユリウス。

 話は、一向に進んでいなかった。





「――――では、話を再開しようではないか」



 ガルドは真面目な顔をして、カミラ、ユリウスの二人を見渡した。

 アメリはすぐに回復したがカミラの命により、大事をとって奥のソファーで寝ころんでいる。

 セーラは、一応アメリの看病で側に付き添っていた。


「再開? これ以上話すことがあったかしら。私は貴男の提案を却下したのだけれど」



「カミラ……、せめてどの同盟の理由とやらを聞いても遅くはないと思うのだが」



「そうだぞ! ユリウスの言う通りだ。せめて此方の話を聞いてから判断して欲しい。」



 頑なな態度のカミラに、ユリウスが宥め、ガルドが同調する。



「言っておきますけど、この男が今は魔王でない事は解りました」



 その事は、密かに“世界樹”にアクセスして確認済みだ。

 だからと言って――――。



「ですが、一度確かに殺した相手に、しかも復活してきた相手に対し、話を聞く窓口は私は持っていません」



「そう言われると…………そうだな。ガルド、悪いが諦めてくれ」



「諦めるの早いではないかユリウス!? 余とそなたの中じゃないか! もうちょっと粘ってくれ!?」



「いや、会って数時間の他人だし、何よりカミラの敵は俺の敵だから」



「ユリウス…………」



 きっぱりと言い切ったユリウスの姿に、カミラはぽわんと頬を赤く染める。

 だが、ドゥーガルドとしてはそれで納得がいく筈もない。

 今度は矛先をユリウスに変えて再チャレンジ。



「カミラの言い分は理解した。ならばユリウス――――」



「――――ああガルド、その前に。お前がカミラを名前で呼ぶな。それは恋人である俺の特権だ。せめて敬称か何かをつけるか性で呼べ」



「そうよそうよ! 慣れ慣れしいわよ!」



「うぐっ…………、そ、その話は後だ後! 今はユリウス、そなたと話そうではないか!」



「ほう、俺と話。いったい何を話すんだ?」



 訝しげな視線を送るユリウスに、ガルドは襟を正しニヤリと笑う。

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、その為には“世界”の事から話さなければならない。



「先ずは、余達。魔族の事から知ってもらいたいな」



「ユリウス、聞かないでいいわよ」



「いや、聞いておくよカミラ。ヤツの言い分が全て正しい訳では無いだろうが、情報は多いほどいい。――というか、お前が話さな過ぎなんだ馬鹿女」



「ぐぅ……」



「うむ、茶番はよろしいか?」



「ああ、始めてくれ」



 カミラとユリウスのやり取りを、どこか羨まし気に見ながらガルドは口を開いた。



「魔族というのは、何だと思う? 獣か、それとも邪悪極まりない何かか?」



「人類の敵、それ以外無い」



 端的に答えたユリウスに、ガルドは目を細める。



「それもまた一つの正解である。――――だが、それは“与えられた役目”だ」



「“与えられた役割”? それはいったい誰に、何の為に? 真逆、神とでも言うのか?」



 ユリウスの発言に、カミラの視線が少し座った。

 何故ならば、カミラもまた、正しい答えを知っていたからだ。




「“世界樹”――――我ら“ネセサリーエネミー”の真の敵であり、そなたら“新人類”の敵」




「…………何を言うかと思えば“世界樹”が敵? 世界を作りだし、人類に魔法を与えた母なる大樹が敵?」



 まったく、お話にならないと、ユリウスは肩を竦めた。

 そもそも、人類を作りだし、魔法を与えた、と言ったが、それも王国に伝わる神話であり、その世界樹自体、誰も見たことの無い存在だ。



「だいたい、それが“正しい”として。その“ネセサリーエネミー”とか“新人類”とはいったい何なんだ、どういう風に関係して、何故敵対する」



 可哀想な狂人へ諭すように出されたユリウスの言葉に、しかしてガルドは怒る事もせず、ただ淡々と続ける。



「“ネセサリーエネミー”で解らないなら、必要悪と言い換えてもいい。…………我ら魔族は、人類の敵として“世界樹”に作られた存在なのだ」



「それが本当だとしても、小説でよくある創造主への反乱か? 何故それを俺たちに、カミラに持ちかける?」



 ガルドはそれに答えず、やはり淡々と進めた。



「“新人類”とはそなたらの事だ。自らを生み出したシステムに囚われ、文化の進化を禁じられ、思考にさえ枷が加えられた哀れなる存在」



「ガルド。お前は本当に狂人なのだな。俺にはお前の話が欠片も理解できない。なぁカミラ…………カミラ?」



 そこでユリウスは、厳しい顔をしているカミラに気付いた。

 それに揺らぎを覚えたユリウスではなく、今度こそ、ガルドはカミラに話しかけた。



「そなたには理解できる……、否。理解していたであろう? “偽りの魔王”カミラよ」



 カミラは暫く沈黙し、目を閉じた。

 そして、深いため息を出した後、ゆっくりと瞼を開ける。



「例え“偽りの魔王”でも、かつての“記憶”を持つ者として。今を生きる“新人類”として――――私は、今の平和と安寧を尊ぶわ」



 それは、確かな決別の言葉であった。


 そして、同時にガルドの言葉が正しい事を肯定した言葉でもあった。


 納得のいかない顔をしているガルドは、カミラに今一度問いかける。



「余は、そなたの歩んできた“道筋”を知っている。その全てを理解したとは言わない。だが、その苦労は解るつもりだ。だから――――何故だ。“世界樹”を解き放たれる事を望んで、そなたは魔王であった余を殺したのでは無いのか?」



 カミラは瞳を憂いで満たし、返答した。



「かつて、魔王ドゥーガルドであった者よ。私の望みはただ一つ。愛する者と安らかに暮らすだけなのです。それが叶うのなら、例えこの世が壊れたユートピアでも、崩壊したディストピアでも構いません」



 その答えに、ドゥーガルドは静かに戦慄した。

 苦虫を噛み潰した表情で、しかして頬を恍惚に赤らめ熱い眼差しを送る。



「そうか。そうであったか。…………何だ、そなたこそ狂っておるではないか。ふはははははははっ! たったそれだけの為に、十六を千回以上繰り返したのかそなたはっ! ははははははははははははははっ!」



「何なんだ……、何なんだお前等はッ! いったい何を話しているッ!?」



 非道く恐ろしい事実を話している事だけ、ユリウスには理解できた。

 険しい顔で狼狽える愛おしい男の姿に、カミラは手を延ばし、だが途中で力なく下げた。



「――――糞ッ! だからその手を下げるんじゃない馬鹿女! 俺はお前の側にいるんだッ!」



 ユリウスは席を立ち、カミラを強く抱きしめる。

 その痛いほど強い抱擁に、カミラは壊れた瞳のまま、安堵してその身を任せた。

 二人のどこか歪だが仲睦まじい姿に、ガルドは今日は無理だと判断して立ち上がる。



「余は、この辺でお暇するとしよう。考えも変わらぬ様だからな」



「何時来たって、私の考えは変わらないわ」



「仮にもクラスメイトになった身だ。警告するぞ――――次は無い」



 ドゥーガルドは、残念そうに笑って扉に向かう。

 そして戸を開いて振り向く。



「こちらも宣戦布告だユリウス。――余は諦めないぞ、カミラの力も――――そして心も」



「なッ! ――――うん?」



「心?」



 最後の言葉に仲良く首を傾げるカップルへ、ガルドは更なる爆弾を落とす。



「ではまた明日だ。――――余の愛しいカミラよ!」



「い、愛しッ!? おいッ! ま、待つんだガルドッ!」



「はぅあっ? ええっ? ど、どういう事!?」



「ユリウス様に恋敵が来たああああああああああああああ!?」



「うわっ! ちょっと! いきなり大声だすんじゃないわよアメリ! …………しかし、なんつーベタな。驚愕の世界の真実より、そっちの方が驚きだわ。これなら、糞ババアの方を最初から主人公に置いときなさいよ世界樹とやら」



 戸惑う二人を置いて、サロンの扉はパタンと閉じられる。

 後には、混乱する空気だけが残された。





 他人の恋路は蜜の味。

 転校生にして元魔王、現超能力者ドゥーガルドの爆弾発言に混乱するサロンを早々と退出し。

 セーラはガルドの後を追いかけた。



「出会って一日もないの人間の手を握るとは、今時の少女は進んでいるな」



「あら、アタシは慎み深い聖女として有名よ。だいたいアンタは人間ですら怪しいからノーカンよノーカン」



「いや、これでも歴とした人間の体として創ってあるのだが」



「はいはい、さらっと世界観壊すような事言わなーい」



 ガルドの手を引き、ズカズカとセーラは手頃な空き教室を捜し当てる。



「ま、もうすぐ日も暮れるし、ここなら誰もこないでしょ…………って、何いつまで手ぇ握ってるのよ。着いたんだからとっとと離しなさいよ」



「うむ、いや……魔族でも人間でも、女の体温は心地よいな、と。これも一つの勉強だ。もう少し握っていていいか?」



 すりすりさすさすと、顔色一つ変えずにセーラの手を堪能する残念金髪イケメンの姿に。

 その頭をばちこん、ばちこんと二回叩いてからセーラは手をふりほどく。



「アンタの方が肌のキメが細かい癖に、ふざけた事いってんじゃないの変態! さ、とっとと全部ゲロるのよ!」



「へ、変態だと!? この、かつて世界の半分を司った余が、変……態?」



 ガビーンと日暮れの教室で黄昏るガルドに、セーラは、コイツ本当に魔王だったの? と訝しげな視線。


 ともあれ。

 今のままこの男を放置していたら、間違いなくカミラは暴走して、主に校舎が死ぬ。ついでにユリウスやアメリ、王子達の胃壁も遠からず死ぬだろう。


 ――それに“聖女”という、機械仕掛けの神から解放して貰った恩もある。

 どうせ卒業まで、口から砂糖をたれ流す事になるのだ。

 ささやかなスパイスの提供をしても、問題等あるまい。



「んでさ、カミラが魔王を奪ったとか、世界樹の支配がどーだとか、そんな小難しい事はいいから。取りあえず、好きになった切っ掛けとか話しなさいよ」



「うぬぅ、好きになった切っ掛けとな? そなたが聞いた所で何になる?」



「察しの悪いヤツね。敵に回るなら、わざわざこんなトコ連れ込まずに直ぐに言ってるわよ」



 呆れた様なせーらの口振りに、ガルドは首を傾げた。



「敵ではない…………そうか! わかったぞっ! そなたさては余に…………惚れた――あだっ! 何するか! 痛いではないか!」



 再び、ガルドの頭をシバくセーラ。

 何度も叩かれて、ガルドは既に涙目である。



「妄言は程々にしときなさい自意識過剰男。アンタの恋路については、味方になってあげるつってんの」



「おお! いいのかセーラ!? カミラに後で怒られるのでは?」



「はんっ! あのババアに怒られるより、アタシが楽しい方が優先に決まってるでしょう!」



「す、凄い。これが今代の聖女か……! なんとパワフルで唯我独尊で自分勝手な悪女か!?」



「褒めてんのか貶してるのか、どっちかにしなさい馬鹿男!」



 セーラのつっこみにシュンと落ち込んだガルドは、素直に謝った。



「おぅぐっ、申し訳ない。後半は余計だったな……そなたは真に、心優しい淑女だ」



「――――っ!? そ、そんな口説き文句はあのババアにとっておきなさい! 解ったらとっとと話す!」



 魔性の怪しさを持つ、怜悧な金髪イケメンのまっすぐな眼差しと情感の籠もった言葉に、セーラは思わずドギマギして赤面した。

 今が夕方でなければ、バレていたかもしれない。


 幸か不幸か、その事に気付かなかったドゥーガルドはカミラとの出会いを語り始めた。



「あれは今から十年以上前の事だった…………」



「あ、そこまで遡るんだ」



「正確に言えば十三年前。余が丁度百歳で、魔王の椅子にも慣れた頃だった」



 そこでガルドは右手の指を一振り、黒板に過去の記憶を映し出す。

 そこには今と変わらぬ姿のガルドが、薄暗い石造りの広い室内で、豪華な椅子に座っていた。

 セーラが変化を見守る中、次の瞬間、水色の髪の幼児が突如として現れ、その刹那、コロンとガルドの首が転がった。



「ああ、この瞬間。余は確信したのだ…………この者こそ運命の人だと…………」



「いやいやいやいや! 確かにある意味運命だけど、それ運命違いだからきっと! っていうかこの子カミラ!? いったい何歳なのよこのロリコンがっ!?」



 恍惚と映像を眺めるガルドに、セーラは叫んだ。

 これの何処が、出会いの瞬間なのだ。

 どう見ても魔王暗殺の現場に他ならない。



「まったく予知も予見も出来ない一撃で死んだ余は、このボディに移った後でこの者の事を調べたのだ…………」



 セーラのつっこみも何のその、ガルドは気持ちよく語る。



「そなたが言った通り、この女児は三歳頃のカミラ・セレンディア。知っておるか? 当時のカミラは生まれて直ぐに立ち喋り、様々な発明品や領地経営にまで口を出す千年に一人の天才麒麟児と呼ばれていた」



「…………あの女、そんな小さな頃から自重の文字を忘れてたのね」



「しかし、こうも言われていた。魔法の使えない可哀想な子だと。天は彼女に二物を与えなかったと専らの評判だった」



「逆に言えば、魔法を使わずに魔王のアンタをころしたのね……」



 何回繰り返したんだか、とまでは口にしなかった。

 もしかしたらガルドも気付いているのかもしれないが、不用意に口にする事ではなかったからだ。



「余は、この体を目覚めさせる者が出てくるまで待ったのだ。そして、その間ずっと見ていた…………」



「……うん? ずっと見てたの?」



 思わぬ言葉に、セーラは嫌な予感を感じた。

 その予感を裏付けるかの如く、ガルドは別の映像を映し出す。

 そこには、数々のカミラが写っていた。


 領地経営に精を出すカミラ。


 美容健康に勤しむカミラ。


 キメ顔を練習するカミラ。


 アメリとの出会い、ユリウスとの出会い。


 何故か幼少期の方が多い上に、下着姿や肌の露出が多い映像が何故なのかロリコン。



(――――けど変ね)



 映像の偏りの事では無い。

 もっと根本的なカミラの行動の事だ。



(なんでアイツは小さい頃のユリウスと接触していないのかしら? 原作再現にこだわるタイプじゃなかった筈だけど?)



 セーラの疑問は余所に、映像は続き。

 そして、美しく成長したカミラが東屋でユリシーヌとキスをするシーンまで来た。



「ちょっと。これもしかして最近のヤツじゃない? 何アンタ、今の今までずっと覗き見してたの!?」



 ユリウスを遠目から見て、顔を赤らめるカミラ。


 ユリウスの隣で、幸せそうに微笑むカミラ。



「――――ああ、カミラは美しい」



 大切な宝物をしまう様に、ガルドは胸を押さえる。

 そして、酷く熱を帯びた声色をセーラに向けた。



「余は、思ったのだ……」



「この笑顔を余に向けて欲しいと」



「その手で余に触って欲しいと」



「カミラの事を考えていると、余は幸せだった。冷たい孤独の闇の中で、何故だか暖かくなった」



「余は、カミラという温もりが欲しい――――」



「…………アンタ、本気であの子の事が好きなのね」



 切なく遠くを見つめるガルドの姿に、その恋情に濡れた瞳に、セーラの心は揺れ動いた。


 ガルドが好きになったカミラの表情は、ユリウスに向けられたモノ。

 ガルド本人に向けられた笑顔では無い。



(もしかしたら、コイツは恋に恋しているのかもしれない)



 けれど。

 けれどきっと、その想いは間違いじゃない。

 きっと人間なら誰でも、否、魔族でも同じ。

 ――――恋と憧れ。


(解ってた。解ってたつもりだったんだけどなぁ…………)



 セーラは無自覚に、ガルドに見惚れながら自嘲した。



 解ってはいたのだ。

 この男だけじゃない、魔族は敵だと断じるには人間味に溢れている。

 何より、前世の記憶がある自分ならば、魔族と呼ばれる者が、思考停止で倒すべき敵であると、利用して弄ぶ敵であると、断じてはならなかった。



 彼らには怒りも悲しみも。

 王への忠誠や親愛。

 そして――――――――恋の、喜び。



 人間と、何一つ変わらない。

 聖女を名乗るならば、彼らも救い幸せにする事を、心の底から自覚していなければならなかった。



 セーラは、自らの愚かさに顔を伏せる。

 そしてその様子を、ガルドは静かに見ていた。

 夕焼けの逆光に照らされ、夕日に沈む赤い髪の少女の悲しそうな顔を。



「どうしたセーラ。何故そんなな顔をする?」



 ガルドは胸が締め付けられる様な痛みに、たまらずセーラの顔を持ち上げ、その頬を撫でた。



「…………いきなり触らないでよ、馬鹿。何でもないったら」



 のろのろとガルドの手を払いのけたセーラは、くるりと後ろを向き深呼吸。



(ああ、駄目ね駄目。切り替えなきゃ――――うん、よしっ!)



 パンと両手を顔に打ち付け気合い注入。

 こうなれば毒食わば皿まで、例えあのババアに殴られようとも、この残念イケメンを応援する事をセーラは決意する。



「えいえい、おっしゃらぁああああああああ!」



 そんなセーラの奇行に、ガルドが戸惑いの声を上げる。



「お、おいセーラ! そなた本当に大丈夫か!?」




「大丈夫じゃないのはアンタよ馬鹿ガルド。わかってんの? このまま迫ってもただ嫌われるだけよ?」



「何ぃ! そうなのか! どうしてだ!? 余はカミラと同じ事をしているだけなのに!?」



 余りに恋音痴な発言に、セーラは笑みをこぼしてガルドへ振り向いた。

 この問題児を導いて、幸せにしなければならない。



「我に秘策あり、よ! こセーラのおねーさんに任せなさい恋愛お子さま元魔王!」



「おお! 頼むぞセーラ! どうか余とカミラの仲を取り持ってくれ!」



 喜ぶガルドの姿に、セーラは胸の奥に鋭い痛みを覚えたが、気が付かないフリをした。





 ――――沈黙は不吉なり。


 カミラとユリウスは今、身を以てその事を実感していた。


 ドゥーガルドの爆弾発言の後、サロンにやって来た王子や先生方にこってり怒られたカミラ達。

 次の日の放課後――――つまり今から東屋周辺の、補修作業……というより最早、一からの作り直しをするのだが。



「いったいあの男は、何がしたいんだ……」



「私の事を好きだと言ったわりに、話しかけて来たのは朝の挨拶だけでしたものね」



 カミラとユリウスは、ジャージ姿で東屋へ向かいながら、不可解なガルドの行動を話し合う。



「ああ言って宣戦布告したなら、次の日から積極的に来るんじゃないのか? ――お前みたいに」



「そうですわよねぇ……本当に好きだと言うなら、それこそ夜討ち朝駆けしても、いい筈なのに」



「…………おい、お前はそれをするつもりだったのか?」



「あら、大切なユリウス様に無用なストレスを与えない為に、観察する程度に押さえときましたわ私は――――えっへん!」



 アメリには負けるが、豊満な胸を張るカミラ。

 その姿に、揺れてしまった胸に一瞬視線を釘付けにするも、ユリウスは頭を抱えてしゃがみ込んだ。



「お前…………いや、わかってた筈だ俺。こいつはそういう駄目女だって、わかってた筈なんだ……」



 世が世なら、ストーカーで突き出されてもおかしくない。

 というか、親しき仲にも礼儀あり。

 今すぐカミラを檻の中に入れた方が、ユリウスはわりと真っ当な未来を歩める。

 ――もっとも、道を外れる事を選んだ故の現状なのだが。



 ともあれ、ユリウスは即座に妥協案を出す。



「…………取りあえず、お前が俺を覗き見している魔法を教えろ。俺もお前に使うから」



「まぁ! まぁっ! そ、そんな…………いやん恥ずかしいぃ…………」



「やられて恥ずかしいと思うなら、俺にもやるな馬鹿女ッ!」



 恥ずかしそうに頬に両手を当て、全身をクネクネさせるカミラに、ユリウスはベチコンと、白色のジャージに包まれた桃尻を叩く。



「――――ひゃうん! け、結構痛かったですわよユリウス様っ!」



「やかましい。――ほら、さっさとその魔法を教えるんだカミラ」



「うぅ~~、ユリウス様のいけずぅ…………」



 でもユリウスが与えてくれるなら痛みでも、と呟きながらカミラは少し背伸びして、ユリウスと額を合わせた。

 肉体的接触により、魔法の術式を過不足なく直に相手に送るのだ。

 ――なお、指と指の先をくっつけるだけでも可能な事を明記しておく。



「では、送りますわユリウス様……」



「ああ、何時でもいいぞ」



 接触伝達の魔法陣が、寄り添う二人の足下に浮かび上がる。

キスする様に二人は目を閉じ、情報を受け渡した。



「…………ん。――成る程、位置把握と小動物支配による音と映像の入手、いやそれだけでは無いな。……なんだこれ? 俺専用の行動予測の魔法術式!? お前そんなモノまで作ってたのか!?」



「愛故に、ですわ」



 伝達が終わってユリウスにぎゅっと抱きつくカミラを、ユリウスは呆れた目で見下ろした。

 この女の愛の深さはどれ程のものなのだろうか。



「お前……俺の事、好き過ぎるんじゃないのか……」



「ええ、私の全てを捧げても足りない価値があると思ってますわ」



 ごろにゃんと言う擬音が聞こえてきそうな程、素直に甘えているカミラを、ユリウスはため息を吐きながら抱き返した。



「正直重いが、男冥利に尽きる…………という事にしておこう。――――何を間違っても俺以外にするなよ」



「愚問ですわね、貴男以外は塵芥も同然ですか――――」



「――――ああーー! 酷いですっ!」



 東屋に行く足を止め、焼け落ちた花壇の脇で抱き合うカミラに、冷たい大声。

 瞬間、ばっとカミラとユリウスは体を離して声の方向へ顔を向ける。



「アメリ!? こ、これはそのぉ…………」



「お、おっと。待たせた様だな、すまない」



 しどろもどろな二人に、――特にカミラへとアメリはやはり冷たい視線を送り拗ねる。



「酷いですカミラ様、こんなにもわたしは尽くしていると言うのに…………!」



「誤解よアメリ、だって貴女の事を塵芥なんて言うわけないじゃない!」



「嘘です! ちゃんと聞きましたもーーん!」



 ぷいっとそっぽを向くアメリに、カミラはそっと寄り添ってその手を両手で掴む。



「アメリ・アキシア。貴女は既に、私の……、いいえ。私自身、大切な魂の片割れとも言ってもいいわ。そんな貴女が、塵芥な訳ないじゃない…………!」



「カミラ様……………………その本音は?」




「私に何かあったら、道連れで殺します」




「――――ホント、ブレないですねカミラ様は!? こんな主人の所にいられるかっ! わたしは逃げ――、って手を離してくださいよ! 何が悲しゅうてカミラ様と一緒に死ななきゃいけないんですか!? ブラック極まりないですよっ!」



 喜んだと見せかけて、鋭く本音を聞き出したアメリは、無理くりに運命共同体にしようとするカミラから逃げだそうとする。


 しかし、カミラもそれは予想済み。

 逃がすまいと、がっしと強く握って、手を離さない。



「いや、うん。カミラがアメリ嬢を大切に思っているのは解るが、何でそこまでするんだ?」



 傍観者となったユリウスの、素朴な疑問にカミラは答えた。

 勿論の事、アメリを捕まえたまま。



「何でって…………」



 カミラは言いよどんだ。

 アメリがカミラの下に来る事となったのは、本当に偶然の産物だ。

 長い繰り返しの中でも、今回が初めてのケースである。



(ゲームでも、特に思い入れのないキャラだったし、何でこんなに入れ込んでいるのかしら?)



 黙るカミラを、アメリがじっと見つめた。

 虚偽は許されない。

 するつもりも無い。


 だからカミラは、素直に気持ちを吐露する事に決めた。



「…………多分、アメリが私を慕ってくれているからね」



「それだけか? もっと他に特別な理由があるもんだと思っていたが」



 ユリウスの言葉に、アメリも首を縦に振る。



「細かい理由を挙げれば、もっと沢山あるわ。けど――――」



 カミラはアメリの頬に手を添え、柔らかく微笑んだ。



「本当に、感謝しているの。嬉しいのよアメリ。貴女が私を好いていてくれている事、側にいてくれる事。――――そのお陰で、私がどれだけ頑張れているか、どれだけ道を踏み外さずにいられたか」



 事実“独り”で居た時は、何度道を外して、悲しい結末にたどり着いた事か。

 今回だってアメリが一緒でなければ、どうなっていたか判らない。




「ありがとうアメリ、何度だって言うわ。――貴女の忠誠と献身に感謝を」




「貴女という存在があるから、それに誇れるように私は私であるよう正しく居られるのよ」




「――――身に余る光栄、過分なお言葉。ありがたく思いますカミラ様」



 嬉しそうに出されたアメリの言葉は、すこし震えていた。

 そんな可愛い従者を、カミラは大事そうに抱きしめる。

 ――――――だが、そんな優しい雰囲気を邪魔する様に、空気の読めないトランペットの音がぷわわ~~ん。

 カミラとアメリは抱き合ったまま、顔を見合わせる。



「仲良き事は良き事かな…………、しかし君達。何か忘れていないかーーい!」



「兄さんッ!? 何でここに――って、あああ! 東屋の修理ッ!」



「…………あ」



「そ、そうですよカミラ様、それでわたしは呼びに来たんですって!」



 我に返る三人を、エドガーは困った生徒に向ける視線で一言。



「まったく、ドゥーガルドは先に来てもう始めているぞ! ――――では、一同駆け足ッ!」



「「「はい!」」」



 カミラ達は、東屋へ一斉に走り出した。





 いったい、何の為にここに居るのだろうか。

 東屋に集結した五人の心は、今まさに一つであった。



 ――ぷおんぱおん、ぷおおおおおおおおん。



 ――ぷろろろろん。



 時には勇ましかったり、時にはもの悲しげなトランペットのメロディが辺り一帯に響きわたる。



 ――そう。

 この無駄に巧い音色を響きわたらせているのはエドガー・エインズワース。

 ユリウスの兄にして、新しい担任。

 そして、東屋修復の監督者。



 五人が集まったや否や、彼は注意事項を説明するではなく、カミラらを並ばせてトランペットを吹き始め…………。



(ねぇユリウス様、これ何時まで続くのですの?)



(綺麗な音色は判りますけど、何なんでしょうね、これ?)



(エドガー先生はイケメンだけど、ちょっとコレには着いていけないわ)



(うぬ? 不評なのか皆の者。余は結構気に入っているのだが…………)



(…………皆、兄がすまない。)


 

 メロディに惹かれ、関係の無い生徒まで遠巻きに。

 その中でエドガーの前に立つ五人は“念話”の魔法で雑談している始末。



(始めるのなら、直ぐに始めたいのだけれど。遮っていいのかしらコレ?)



(わたしも飽きてきましたし、カミラ様ガンバです!)



(仮にも義兄になるんでしょこのセンセ、ちょっと対応が塩じゃない?)



(なんだ皆の者は解らんのか? エドガーは見事にこの音色で説教しているのではないか、なぁユリウスよ)



(…………ああ。ユリシーヌでいた時も、何かと奏でてウザイと思っていたが――――“コレ”は感情表現だったのか!)



(いや、アンタは身内なんだから塩対応しちゃ駄目でしょユリウス!?)



 兄弟間の闇が見え隠れしながら、最後にぷおんと一際大きな音で、曲が締めくくられる。

 するとエドガーは、やりきった顔でカミラ達にサムズアップした。




「――――どうだい皆ッ! 俺の熱い気持ち、伝わったかなッ!」




「ちっとも伝わらないわよ義兄様っ!?」




 思わずつっこんだカミラに、一同がぶっこみやがったと尊敬の目を向ける中、将来の義兄と義妹の会話が始まる。



「そうか――我が妹(仮)には、まだこのレベルの話は早かったかな?」



「いいえっ! ただトランペット吹いてただけですわよね義兄様?」



「ちッちッちッ! まだまだ甘いな義妹よ。この美しかった東屋が無惨にも燃えゆく悲鳴を、園芸部員や庭師の嘆きをを聞き取れなかったとは。――――ふッ、まだまだ反省が足りないようだな。ではもう一曲……」



「ちょっ! ちょっとお待ちくださるエドガー先生!? 先生のその対話方式は人類には早すぎましてよ!?」



「うむ? そうか? ガルドには通じている様だぞ?」



 その言葉に、カミラ達の視線がガルドに向く。



「……うぐっ。くぅ~~。余は、余はぁっ! この美しい光景になんて事を、なんて事を~~~~! もっと、もっと被害を少なくする事が余なら出来たはずなのに…………」



「え? あれの何処にそんな反応してんのアンタ!?」



「……感受性が高い、という事です?」



「真逆、兄さんの音楽に着いてこれる人材がいるとは…………」



 男泣きを見せるガルドに、他の者からの呆れた視線。



「へへッ! 誰か一人にでも通じたんなら。俺の演奏も捨てたもんじゃないな…………よし、ならば全員に伝わるまでエンドレスで――――」



「ストップッ! 止めてくれ兄さん。――――ごほん。演奏を聴かずとも我々全員は反省しているから。今すぐ作業に移ってもよろしいですか?」



 再びトランペットに手を伸ばしたエドガーに、ユリウスはユリシーヌ時代を思い出すような大輪の笑みで、その行動を封殺する。

 このまま放置しておくと、夜明けを過ぎてもトランペットの音色を聞き続ける事になるのは、想像に難くない。



「ユリウスの言うとおりですわ。此度の件は大変に反省しております。出来れば早急にこの東屋一帯を修復したいのですけれど」



 とカミラが続き、エドガーも顎に手を当て思案する。



「うむ、そうだなエドガー。そなたの音色は心地良いが、今は復旧作業が優先である」



 カミラに続いたガルドの言葉によって、エドガーも納得したのか、不服そうに首を縦に降る。



「仕方がない…………、お前等にこの俺の音色はまだ早かった様だな……」



 一人悦に入るエドガーが、それ以上何もしない事実に、皆がほっと胸をなで下ろした瞬間。

 無意味な追い打ちを駆ける女が一人。




「っていうか、聞いたわよセンセ。そうやって無意味にトランペット吹いてるから、おきにの娼婦に逃げられるんじゃない」




「ジェ、ジェニファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」




 実は音楽に苛立っていたセーラの無慈悲な一撃が、エドガーをノックアウトした。

 無論の事、情報源は密かに調査をしていたアメリ。

 男のウィークポイントを無慈悲に突きつける悪魔の所行である。



「せ、先生!? 大丈夫ですか!? 何処に行くんですか先生ーーーーー!?」



「放っておいていいぞアメリ嬢、兄さんが女性にフラれるのは何時もの事だ」



 非常に暗い陰を背負い、全力で走り去ったエドガーの姿を、ユリウスは疲れたような顔で見送った。



「ふむ、苦労しているのだなユリウス」



「ええいッ! 肩を叩くな憐れむんじゃないッ! というか、何時の間に泣きやんだお前ッ!」



 男泣きも何処へやら、ぽんぽんと馴れ馴れしいドゥーガルドにユリウスは叫ぶ。

 一番左端に居たのに、誰にも気づかれずに右端のユリウスの更に右に移動している辺り、無駄なポテンシャルを発揮している。



「ふっ……余レベルになれば、涙腺の開け閉めも変化自在よ」



「開け閉めは兎も角、変化自在って何だッ! カミラに続いて不思議生物なのかお前はッ!」



「あれっ!? こっちにも飛び火した!? そんな変なのと一緒にしないで頂戴ユリウス様!?」



 恋人の思わぬ認識に、ガビーンと固まるカミラ。

 その姿に笑いを隠さず、セーラが一言。



「残念でもないし、当然じゃない。ねぇアメリ」



「そこでわたしに振らないで馬鹿セーラ。――――ともかくですっ! 皆様ー! 先生もどっかに行ったので、そろそろ作業を始めませんか?」



 カミラへの言及をさらっと避けたアメリは、鶴の一声で場を纏め上げる。



「そうだな、作業に取りかかるとしようぞ! 刮目するがいい、余のガーデニングテクを!」



「あ、実はアタシ園芸部でーす!」



「どうせ幽霊部員でしょう。さ、ユリウス様、一緒に作業しましょう」



 漸く、東屋の修復作業が始まろうとしていた。





「面倒いけど因果応報よね、さ、取りあえず役割分担と準備をしましょう」



 作業に入る前の打ち合わせにて、開口一番セーラが仕切った。



「それはいいけれど、セーラが仕切るのですの?」



「というより、こんなのカミラ様が魔法でちゃちゃっと片づけられるんじゃないですか? ね、そうしましょうよカミラ様!」



 アメリの言葉に、カミラもそれもそうだと頷く。

 確かに魔法で元に戻したほうが手っ取り早い。

 何より、空いた時間でユリウスといちゃいちゃ出来るではないか。



「じゃあ――――」



「――――ちょっと待ちなさいよ年齢詐称ババァ」



「失礼なっ! どこからどう見ても十六歳です私は!」



 例によって、常人には困難な魔法の即興作成を始めたカミラに、制止の声がかかる。



「はいはい、十六歳十六歳。アンタの年齢なんてどうでもいいけどねぇ。この東屋修復は罰なのよ? それなのに魔法で一瞬でカタつけたら、罰の意味がないでしょう」



 セーラの呆れた口調の意見に、ユリウスとガルドも同意した。



「……ああ、それもそうだな。お前は何でも魔法やアメリに任せ過ぎている。偶には自分の手でやるのもいいんじゃないか? 俺も一緒に手伝うからさ」



「魔法で修復するのは楽だが、それは生命への冒涜にならないか? 小さきか弱き花々の命とはいえ、命。自ら苦労してこそ、ではないか」



「思った以上に正論ですよカミラ様!? わたしも耳が痛いですっ!」



「…………ぐぅ」



 アメリ以外から集中砲火を浴び、カミラはぐうの音で呻いた。



(でもまぁ、セーラ達の言うとおりかもしれないわね…………)



 今まで幾度、大切なモノを踏みつけにしてきたのだろう。

 それにより、どんな大切なモノを無くしてきたのか。

 全ては遠い時の中、喪った事実すら“無かった事”になったが――――。



(ええ、ええ。……そうね。ふふっ、駄目だわ私、命の大切さなんて、何より私が解っていた筈なのにね)



 カミラはそっと瞼を閉じ深呼吸。

 そしてずばっと目を開けて、アメリに語りかけた。



「因果応報。そして罪には罰を。……皆の言うとおり、自分の手でやらなければ、この代々の生徒が作り上げた庭園を汚した罪は、濯がれないわアメリ」



「――――はい、カミラ様。いつも正しき美しいカミラ様。貴女に着いていくと決めた時から、貴女の罪はわたしの罪。共に罪を濯ぎましょう」



 キラキラとした瞳で見つめ合う主従は、ガバっと抱き合い百合百合しい雰囲気を作り出す。 



「…………ふむ、女同士という光景も麗しいが。いいのかユリウス?」



「時折、俺よりアメリ嬢の方が大切なんじゃないかと思うときがあるが――――アレは飽くまで純粋な主従関係だからな、平気さ」



「本気で言ってる顔ねソレ。アンタもあの女に染まって来たわねぇ…………はい! そこまでっ! 百合ってんじゃないわよアンタら。取りあえず園芸部の倉庫から用具取りに行く人と、東屋自体を修復する人に分かれるわよー」



 セーラの言葉に、カミラ以下が辺りを見渡す。



「成る程、庭園部分は一から手作業で。少し焦げて欠けた東屋は魔法で修理、という訳かしら」



「下は兎も角、上物の大部分が土魔法で建築されてる筈だから、魔法を使うしかない。……という事でいいかセーラ嬢?」



「ま、そんなとこね」



 何をするか解った所で、ガルドが次へ進める。



「ならば次は班分けか。何か考えがあるのかセーラ。余は土いじりがしたいぞ!」



「はいはい、ならアンタと、元凶の一人のカミラは土いじり班ね。園芸部のアタシもそっちに行くわ」



「という事は、わたしとユリウス様は建物の修復ですかね」



「皆、異存は無いな? では取りかかろう」



 即座に東屋の被害箇所を調べ始めたユリウス、アメリのペアを横目に。

 残る三人は、園芸部の倉庫へ道具を取りに行く事となった。

 その道すがらカミラは、素朴な疑問をセーラへぶつける。



「しかしまた、何で園芸部なんて入ってるの? 貴女って土いじりするキャラじゃないでしょう?」



「キャラじゃないって……、相変わらずはっきり言うわねアンタ」



「あ、それは余も気になった。存分に話すがよい」



「ガルド、アンタもアンタで。クラスにとけ込みたいならそのデカい態度止めなさいよ。まぁいいわ。理由なんてだいたいカミラの想像通りよ」



 セーラが園芸部にいる理由。

 それは原作セーラが、園芸部に所属していた――なんという事実は無い。



「どうせ、花を育てる姿を見せて、男子へのアピールしてただけでしょ」



「それだけじゃ、理由の“半分”って所ね」



 半分。

 その響きに、哀愁が漂っていた事をカミラもガルドも見逃さなかった。

 だが二人の内、セーラという存在を正しく理解しているカミラだけが、皮肉気に突き放す。



「――覚えのない追憶は楽しい?」



「ちぇっ、やっぱ“そう”なんだ。ムカつくわ、ワザワザ教えてくれるアンタも、世界樹とやらも」



「……む? 二人とも何を言っているのだ? 余にも解るように話せ」



 首を傾げるドゥーガルドに、カミラとセーラは顔を見合わせてくすくすと笑った。



「貴男の力をもってして、解らないのであれば。そのままでいいわ。――だってこれはセーラの問題だもの」



「ま、そうね。もしアンタが――――いや、やっぱ何でもないわ」



「ふぅむ。そなたらがそう言うなら、気にはしないが…………」



 腑に落ちなさそうな表情をするガルドを横目に、カミラはセーラの違和感に感づいていた。



(珍しく言い淀んだわね。いったい何を――――?)



 それは強いて言うなら乙女の感というやつだったが、それを突き詰めて考える前に、園芸部の倉庫へたどり着いてしまう。



「お、鍵は開いてるのか。少々不用心ではないか?」



「馬鹿ね、前もって開けておいて貰ったに決まってるでしょ。必要なのは大きなシャベルと軍手、その辺にあるから勝手に探していいわよ」



 ガルドに続いて、暗くてかび臭い倉庫の中に入りながらカミラはセーラに質問した。



「花の種や肥料はどうするの? というか仮にも園芸部員というなら、貴女が場所を教えなさいよ」



「こっちは被害者、アンタらは加害者。探すのもそっち主導でやって。それに耕運機みたいなモンでも無い限り、今日中にはそこまで行かないわよ。――――さあ“しっかり”ね」



「ああ、余に期待しておけ」



 カミラがセーラの様子を問いつめる前に、瞬間、キィと扉が閉められ、ガチャンと施錠される。

 そして止めとばかりに、無詠唱魔法で結界までが。

 園芸部倉庫は今、完全に密室となった。



(――――しまった! 完全に閉じこめられた!?)



 その事実を認識すると、カミラは目の前のガルドから距離を取ろうと――――。



「――――逃がさないぞ、愛しいカミラ」



「くっ、この手を離しなさいドゥーガルド・アーオン!」



 だが、振り向いたガルドによって、その手をがっちり捕まれて動けない。



(いったい目的は何? 倉庫ごと結界を強引に破壊して――、ああ駄目よ。外にいるセーラまで巻き込みかねない)



 事態打開の手段を模索するカミラを前に、ガルドはすぐさま目的を話し始めた。



「こういった手を使ってすまないカミラ。だがそうでもないと、そなたと二人きりになれなかったのでな」



「……すまない、と言う割にはちっとも謝罪の気持ちが伝わってこないけれど? それに、私は貴男と密室で二人になる趣味はありません。今すぐに解放なさい」



 怒気すら孕むカミラの言葉を、ガルドはそよ風を受けた様に流す。



「つれないことを言うな、愛おしいカミラよ。余の用件は一つ。それが聞き入れられたら解放しよう」



「まず手を離して。そしたら話だけは聞くわ」



「うむ、まずはそれでよい」



 あっけなく手を離したガルドの様子に、カミラは酷く警戒しながら、いつでも動けるように魔力を練り始め――――。




「単刀直入に言う、――――余の伴侶となれ」




「………………………………は?」




 言葉の意味が理解できずに、全ての行動が停止する。



(は? へ? 今、この男はなんて言ったの? は、は、はん、りょ? は、んりょって何だったかしら?)



 真逆、真逆、真逆そんな。

 あの時言った言葉は、本気だったというのだろうか?

 混乱するカミラに、艶っぽく笑ったガルドはその場で膝をつき、カミラの右手を優しく取る。



「ずっと、ずっとそなたを見てきたのだ……。どうか余の愛を受け入れて欲しい――――」



 そして、その右手に軽い口付けを落とす。



(うええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!? どうしろって言うのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!? 助けてユリウスううううううううううううううううううううううううううううううううううう!)



 カミラはガルドの唇の感触に、寒気を走らせながら必死に断りの言葉を考えた。





 その声は届いた。


 確かに届いた。

 届いて、しまった――――。



「カミラ?」



「カミラ様お戻りに…………って、いないじゃないですか? 幻聴ですかユリウス様?」



 東屋修復の手を止め、辺りを険しい顔で見渡し始めたユリウスに、アメリもまた手を止めて怪訝な顔をする。

 だが、直感的に何かを確信したユリウスは、アメリの手を取ってその時を待った。



「うぇっ!? ユリウス様!? わたしはカミラ様ではありませんよ!?」



「――そうか、君には聞こえなかったのか。ならば“これ”のお陰だな」



 静かに落ち着き、カミラ達が去った方向へ顔を向けるユリウスの手元には、胸元から延びた“鎖”が。



「それは確か、カミラ様と魂の契約している魔法ですか? ――――はっ!? 真逆、カミラ様が助けを求めて!?」



 ユリウスが驚く程、正確に事態を把握したアメリの姿に、頼もしさを覚えながら警告する。



「しっかり掴まっていろ。この魔法は恐らく――――空間を飛ぶ」



「はい、カミラ様の下までひとっ飛びという事ですね! 離れた相手を空間転移させるなんて、流石はカミラ様!」



 目をキラキラさせてカミラを褒めたアメリに、ユリウスは苦笑する。

 人間の空間転移。

 言うのは容易いが“現実不可能”とされているモノの一つだ。

 だが――――。



(アイツなら、鼻歌交じりにやってもおかしくはないな…………)



 公表すれば、時代が変わりかねない魔法。

 失敗すれば、命の保証がない魔法。

 それでもユリウスは“必ず成功する”という確信をもって、その時を待った。



「もう一度――――もう一度名前を呼べカミラッ!」



 瞬間、じゃらりと心臓から繋がる“鎖”が実体化したと思うと。

 足下に大きな魔法陣が出現、中身を読みとる間もなく眩く発光する。




『――――助けて、ユリウス!』




 声は届いた。

 確かに届いた。

 ユリウスに助けを求めるカミラの声は、確かにユリウス“達”の耳に届いた。



「今行くぞッ――――」



「このアメリが今お側にっ!」



 ユリウス達が叫んだ刹那、鎖と魔法陣が一際輝いて。

 その姿を消した。

 今この時、ユリウスとアメリは人類史上初、生きた人間の“空間転移”の成功者となったのだ――――!




 本来、カミラが行った“魂の従属”は、極めて科学的な魔法。

 原理は簡単だ、科学の世界では人間は脳から送られる電気信号で動いている。

 それを利用して、ユリウスが“鎖”を通じて送った命令をカミラの脳が解釈、そしてカミラ自身の体と魔力を以て“それ”を遂行。

 というモノである。


 カミラの死がユリウスの死に繋がるのは、それを利用したモノであり。

 勿論の事、輪廻転生とか戯言に過ぎない。


 だがここで幾つかの偶然により、奇跡が起きていた。


 一つは、カミラは語るまでもなくユリウスも、常人からしてみれば、膨大な魔力を有していた事。


 一つは、カミラとユリウスの精神的結びつきが(比重はカミラに偏ってはいるが)非常に深かった事。


 そして、元来“魔法”が使えぬカミラのとある“素質”と、魔法という物理法則に干渉する法則が、複雑に絡み合い。

 生きた人間の“空間転移”を可能としていた――――。



「――――来る」



 全てを理解出来ずとも、自らに起こった事を大まかには把握していたカミラは、確信を以てその時に備える。



「どうしたのだ愛しいカミラ。――はっ! 真逆、余の想いを受け入れ――――」



「ふふっ、寝言は寝てから言いなさい元魔王ドゥーガルド」



 カミラの口調に不穏なモノを感じたガルドは、すぐ様立ち上がって距離を取る。



「――――そなた、何をした? この結界はそうそう破れるものでは無いし、外への連絡も遮断出来ている筈だ」



「ドゥーガルド、貴男は少し思い違いをしている様ね。貴男が考えるより私は――――“魔王”よ」



「魔王?」



 ガルドが詳しい事を聞き出そうとする前に、カミラは右腕を高らかに掲げる。

 その腕には、胸から“鎖”が巻き尽き、その先は虚空へと消えていた。





「来なさいっ! 私の愛しいユリウス――――!」




 言い放つや否や、カミラの鎖の先に、それこそ倉庫外にまで広がる魔法陣が現れる。

 そして――――次の一瞬。


 バチンと音がして、ガルドの結界が無理矢理消失する。


 倉庫が屋根から半壊すると同時に、雷鳴の様な音が辺り一帯に轟く。



 続いて、白い光が天から真っ直ぐ延びて――――。




「――――来たぞカミラ」




「カミラ様のお呼びとあらば、即参上! 世界一の忠信アメリが只今推参致しましたっ!」



 ドゥーガルドが目を見開いて驚愕する中。

 愛おしい恋人と、唯一無二の相棒がカミラの下に駆けつけた。






「はははははははっ! はははっ! そうだっ! これだ余が求めていたのはっ!」



 廃墟となった倉庫に、ガルドの喝采が木霊した。



「ああ、何という素晴らしい…………。大戦時の科学でも再現不可能だった事を、いとも簡単にやってのけるとは…………ああ、やはりそなたが欲しい」



 熱情のままにカミラへ手を差し伸べるガルドに、ユリウスが立ちはだかるようにカミラを庇う。

 だがカミラはユリウスを片手で制すると、一歩前に出て宣言する。



「――――お断りするわドゥーガルド。私はユリウスの側にいると決めているの。それに――――愛しているから。だから、貴男の恋人にも仲間にもならない」



「ふむ。余はユリウスが居てもかまわんぞ? 諸共に愛してみせよう」



 ガルドから飛び出た言葉に、ユリウスとアメリが驚きの声を上げる。



「なッ!?」



「はいぃ!? へ? ええ? ユリウス様もって、この人バイですよカミラ様!?」



 驚く二人とは対照的に、カミラは抜け目なく避難していたセーラに問いかける。



「こっちに来なさいセーラ――――で、どういうつもりなの“アレ”は。聞こえていたんでしょう」



「……カミラ、アンタ後ろにも目がついてんの?」



「ふざけてないで答えなさい。貴女には私の質問に答える義務があると思うのだけど?」



 何を考えて、この場をセッティングしたのかカミラには解らないが。

 この惨状を引き起こした原因の一端があるぞ、とカミラはジロリと睨む。

 すると、流石のセーラも思うところがあったのか、ばつが悪そうに、かつ素直に口を開いた。



「はぁ…………。アタシはガルドがアンタが好きで好きでしょうがなくて、二人っきりで話がしたい。という事しか知らないわ」



「……ふぅん。まぁそういう事にしておいてあげる」



 セーラの言葉に混じった滓かな嫉妬の匂いを、カミラはしっかりと記憶しながら、今はそれで済ませる。

 問題は、カミラを欲しがる目の前の男の事だ。

 だが、カミラが思考を巡らすより前に、ユリウスがガルドに問いかけた。



「…………ガルド。お前は何がしたいんだ?」



「何とは? 余は何かおかしな事を言ったか?」



 本気で首を傾げるガルドに、ユリウスの視線は鋭くなる。



「以前お前は、カミラの事を愛していると言ったな」



「ああ、それが何か?」



「では何故、そのカミラの側に俺がいる事を許す?」



 嘘は許さない、というユリウスの態度に、ガルドは花開く様な満面の笑みで言う。





「――――それに、何の問題が?」




「はッ!?」

「はいいいいっ!?」

「…………そっかー。そっかぁ……そうなんだ」



 三者が、三様な反応をする中。

 ガルドの言葉、そしてその素性の由来に検討がついていたカミラは、真っ直ぐに言葉を向ける。



「――――そう、そうなのね。ガルドは」



「おおっ! 余の事を愛称で呼んでくれるのかカミラ!」



「ええ、ガルド。ごめんなさいね、今まで貴男の事を誤解していたみたい」



「誤解と? うぅむ。余はカミラの言っている事が解らないのだが?」



 ガルドと同様、疑問符を頭に浮かべる皆に、カミラは淑女として礼をとる

 祝福するように、悲しむ様に。

 ――――真実を知らしめる様に。



「初めましてガルド、私の名はカミラ・セレンディア。この身は偽りでありますが、今代の魔王となっています」



「何を今更そのような事を、水くさいではないか」



「いいえ、今更ではありませんわ。私は今、確かに貴男とお会いしたのですから」



「本当に、何を言っているのだカミラ? 余にはまったく理解できない……」



 カミラの様子に、四人は戸惑いの視線を送る。



「理解できないのも、無理が無いでしょう…………ガルド、貴男は理解していない。ええ、そうね――セーラ、貴女なら解るのではなくて?」



 静かに矛先を向けられたセーラは、戸惑いながらも答えた。



「…………ドゥーガルドは“魔王”だった。つまりは、そういう事ね」



「セーラまで!? ええい! 余にも解るように話せっ!」



 幼子の様に地団駄を踏み始めたガルドの姿を見かねて、アメリとユリウスもカミラに問いかけた。



「カミラ様。“魔王だった”という言葉の意味はなんでしょうか?」



「それに、初めて会ったとはどういう事だ? カミラは以前にも会っているのだろう?」



 カミラは少しばかり目を伏せると、その黄金の瞳を揺らして答える。

 ある意味これは、カミラだからこそ気づけたのだ。

 幾度と無く繰り返したカミラだからこそ、この場で唯一気づくことが出来たのだ。


 ユリウスを許容すると言ったガルドの真意、それは魔族がそういう恋愛観を持っているからではない。

 魔族とて、人工的に生み出されたとはいえ人間の亜種。

 その価値観は人と何ら変わらない。

 では何故か。



「ガルド。貴男は何者ですか? 魔王でも魔族でも無い、貴男は何なのでしょう?」



「何を言うかと思えば…………余は超能力者で魔族の救世主、ドゥーガルドであるぞ!」



 にこやかにそう告げるに、カミラは冷たく言った。



「ええそうです。貴男は魔王ドゥーガルドの“記憶情報”を引き継ぐ人物です――――この意味が理解できますか?」



「ふむ、当然であろう。余は魔王ドゥーガルドを核とし、と歴代の魔王達の記憶を持つ魔族の救世主。それが何だというんだ」



 その言葉に、カミラは悲しそうに微笑んだ。



「嗚呼、ではやはり私が殺した“魔王ドゥーガルド”は、死んでいたのですね…………」



「それはそうだ。でなければ余はここには居らん」



「だからこそ、私は貴男に謝らなければならない。――――ごめんなさいガルド」



 深く深く、カミラは頭を下げる。

 そして、頭を上げるとガルドが意識していなかった事を突きつけた。



「今の今まで私は貴男が。魔王ドゥーガルドと“同一人物”だと思っていた」



「変なことを言うなそなたは、余がドゥーガルドでなくて何なのだ?」



 先ほどと変わらぬガルドの口調、だがセーラとカミラは、そこに震えが混じっている事を見逃さなかった。



「私は、貴男という魔造超能力者がどの様に作られたのか解らないわ。でも二つ言える事がある」



「それは、何ですかカミラ様」



 思わず発言したアメリにも解るように、カミラは優しく例える。



「そうねアメリ…………。もし私とユリウスが死んだとして、その二人分の記憶を一つの新しい体に移したとして、それは本当に私かしら?」



「そ、そんなのっ! カミラ様でもユリウス様でもありません!」



「ええ、そうね。確かにそれは私では無いわ」



 ならば、繰り返しの死の記憶があるカミラは、前世という他人の記憶があるカミラは、本当にカミラなのだろうか。

 その考えをおくびにも出さず、カミラは続ける。



「そして二つ目。――――私が殺した魔王ドゥーガルドは、私が知るドゥーガルドは。」




「ガルドの様に――――“笑う”ヒトではなかったわ」




「そ、そんな事は無いっ! 余はっ! 余は――――!」



 無意識に信じていた自己を否定され、ガルドは不安と苛立ちに揺さぶられる。

 そんなガルドに、カミラは無慈悲に告げた。



「貴男も解っているでしょう? “魔王”は世界のバランスを司るシステムの一つ。人間の様に、魔族の様に“笑う”なんて。――――何かを感じる事すら“あり得ない”」



「言うな言うな言うなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 憎しみの籠もったガルドの青い瞳が、殺意が、カミラに放たれた。







 怒りと悲しみに満ちた慟哭が、カミラ達に突き刺さった。



「何故だ! 何故だ! 何故そんな事を余に言う!」



「……貴男が人の世界で暮らすというのなら。いいえそれだけじゃない。魔族を救うというのなら、貴男は知っておかなければならない」



 カミラは、静謐を携えた瞳で続ける。

 今言う事では無いのかもしれない、だが、いずれは誰かから言われる事だ。



「貴男はドゥーガルドの記憶も、歴代魔王の記憶も持ち合わせているのかもしれない――でも、それだけよ」



「何を言う! それで十分ではないかっ!?」



「確かに、魔族を救う。その一点においては“それだけ”でもいいわ。けれど、だからこそ貴男の言葉は――――私に“響かない”」



 そう言い切ったカミラに、ガルドの肩がビクンと震える。



「――――っ!? 余の言葉が、想いが……そなたに、伝わらない、と?」



 怖々と、しかして怒気を孕んだ言葉は、ガルドの心を率直に写し出していた。



「ガルド。貴男はきっと、産まれたてなのでしょう? もし私がドゥーガルドを殺した後に目覚めたのなら、魔族達の現在はもっと良くなっている筈だし、貴男の側に魔族の誰かがいる筈だわ」



「…………確かに余は、先日目覚めたばかりだ。だがしかし、それに何の問題があろう」



「今を生きる上で、何も問題はありませんわ」



「では「――しかし」



 カミラはガルドの言葉を遮り、同情の視線を送る。




「貴男は――――恋をするには、その心が幼すぎる」




「……余が、…………幼い?」



 ガルドにとって冷たく悲しい指摘を送られ、幼子はふらふらと後ろに一歩二歩と下がる。

 そして震える両手で己の顔を覆い、指の隙間からカミラを覗いた。



「カミラ…………つまり、そなたは余の事をこう言いたいのだな。…………この恋心は偽物で。過去、魔王ドゥーガルドであった事も否定する、と…………」



「貴男がそう思うなら、そうなのでしょうね」



 冷たく、そして投げやりなカミラの言葉に、ユリウス達の非難の視線が刺さる。

 だが、カミラは言葉を取り消さなかった。


 ガルドが魔王ドゥーガルドの“続き”である事も、カミラへの恋心が“偽物”かどうかも。


 全て――――全て、ガルドが決める事なのだ。


 カミラはただ、勝手に想いを託され、それを自分自身だと思いこんだ幼子を、憐れんだだけだ。



「何故だ…………、何故なのだカミラ…………。余はこんなにもそなたの事を愛しているのに、何故そなたは余に残酷な事を言うのだ…………」



 か細く、嗚咽混じりの声に、カミラはユリウスの手をそっと握る。



「貴男がいくら私を愛していても。――――私は、貴男を愛してしないからよ。そして、それに気づかない事こそ、貴男の心が幼子の様に未成熟な証だわ」



 ガルドにそう告げた裏で、カミラは自嘲した。

 何を偉そうに語っているのだろう。



(私こそ、自らの存在がカミラなのか■■■か判らないのに、ユリウスへの固執が今の自分のモノか判らないのに……)



 カミラはユリウスの手を強く握った。



「カミラ?」



「ごめんなさい」



 それは何に対しての謝罪だったのだろうか。

 カミラが唯一分かるのは、この手の温もりを愛おしく想っている事だけだ。



(ええ、だからこそ私は、前を向いていられる)



 心に確かな灯火を確認しながら、カミラはガルドを一瞥し、ユリウス達に視線を送ってこの場を去ろうとした。

 だが――――。



「――――どこへ行こうというのだ。余のカミラよ」



 それは、驚くほど普通にだされた声。

 しかしカミラだけが、同じような状況にかつて陥った事のあるカミラだけが気づいた。


 ――それは、恋の熱情では無い。


 ――それは、愛の輝きでは無い。


 友人にかける“それ”でも無ければ、敵に向ける殺意でも無い。



(嗚呼、貴男は……貴男もそうなってしまうのね)



「嫌になるわね。魔王であった者は、超能力者は皆そうなのかしら?」



 カミラは再びガルドを見た。

 そこには、決して届かない“何か”を知って、なお焦がれる狂いの瞳。



「大丈夫かガルド、すまな――――」




「――――いいのか? 余のモノにならぬと言うなら、そなたの過去をバラす」




「ガルドッ! お前――――!?」


「カミラ様の過去?」


「ガルド、アンタ真逆!?」



 過去をバラす。

 その言葉に、カミラは方眉を上げた。



「ふふっ。何を言うかと思えば。言いたければ勝手に言いなさい」



 カミラの返答に、ガルドのみならずユリウス達も驚きの声。



(少し前の私なら、この言葉に揺らいでいたでしょうね。そして、理性を無くして殺しにかかっていた筈)



 だが――――今は違う。

 カミラには、たった一つ確かな想いがあり。

 そしてユリウスという唯一無二の存在からの“愛”がある。

 この身はとうに、覚悟が完了しているのだ。



 不気味な程に淡く微笑んで、カミラはガルドに返した。

 


「ああ、何となく貴男の事を解ってきたわ。――ガルド、貴男は私の真似をしているのね? かつて、私がユリウスを脅迫した事を再現しているのね」



「――――っ!? くっ! ああそうだ! それでそなたはユリウスと近づけたのであろう! それが愛する者にする行為なのであろう!?」



 ガルドの悲痛な叫びに、ユリウス達が漸くカミラの言っていた事が真実だと把握した。



「な、何だそなたらっ! 余をそんな目で見るなっ! 哀れみの目で見るんじゃないっ! 何が違うというんだっ!」



「カミラの言う通り、アンタはまだ幼いんだね…………」



「セーラ!? そなたは余の味方であろう!? 何故そんな事を言う!?」



「味方だからよ、ガルド。味方だから言うの――――アンタのそれは、愛する者に愛を求める行為じゃない」



 そして、ユリウスが続けた。



「脅迫は決して愛の告白でも、愛を保証する行為でも無い。ただの卑劣な行為だ」



「では、では何故ユリウスはカミラを愛したのだ!? カミラ! 何故そなたはユリウスに愛して貰えているんだっ!?」



 ガルドの率直な疑問に、カミラは胸を張った。



「それはね…………私がユリウスを深く理解していたからよっ!」



「理解していたら愛に繋がるのか!?」



 勿論、と続けようとしたカミラの頭を衝撃が襲った。

 セーラがぶっ叩いたのだ。

 カミラが痛みを押さえながらユリウスとアメリを見ると、二人揃ってそれはない、という表情。

 さっきまでのシリアスな空気は何処へやら、ガルドまでも、悲しみなど余所へひたすらに戸惑いの表情。



「それは無い、無いぞカミラ……意識したのは確かだが――――何故俺は、こんな女を愛しているのだろうか?」



「あ、あれっ!? そこは揺らがないでユリウス!? 今度は私が絶望に落ちるわよ!?」



「流石に、同意できませんよカミラ様……」



「アメリ! 貴女までっ!?」



「解りなさいよアンタは!? ああもうっ! 繋がるわけないでしょ馬鹿ガルドっ! この糞ババアの間違った理論を実行するんじゃないっ!」



「ぐっ……ううっ……。余は、余は全て間違っていたのだろうか…………」



 項垂れ肩を落とすガルドに、セーラは近づいてよしよしと頭を撫でる。



「確かにアンタは間違ってたわ。でも、それは手本が間違っていたからよ」



「では、余はどうすればよかったのだろうか…………」



 途方に暮れるガルドの姿に、いてもたってもいられなくてセーラは優しく抱きしめる。



「あら、大胆」



「君は……そう、なのか」



「あー、何かダメ男好きそうですよねセーラ」



「外野は黙らっしゃい!」



 がるる、とセーラはカミラ達に睨んだ後、ガルドに語りかける。



「そうね……アンタは、カミラの言う通り幼いのかもしれない。でも、そうなら知っていけばいいのよ」



「学ぶ?」



「アンタ自身が何か、その想いは本物なのか。その上でまだあの年齢詐称ババアが好きなら、そう言えばいいわ」



 ガルドに優しくする中、セーラの内心はぐつぐつと煮えたぎっていた。



(確かに、確かに! 悔しいけどあの女の言うとおりだけどさぁ! もうちょっと言い方ってもんが、やりようってもんがあるでしょ!?)



 その憤りが何なのか、セーラは目を反らしながらカミラへの反発心を肥大させていく。



(何か、何かギャフンと言わせる何かを――――)



 ああでもない、こうでもないと悪い思考するセーラの様子に、抱きしめられているガルドが気づいた。



「どうしたのだセーラ。余はそなたにも、何か気に障る事をしてしまったのか?」



「ん? ううん。全然? どうしたの? アタシは何ともないわ」



「――――カミラ、お前セーラにも謝るべきでは?」



「謝る……は違うかもしれませんが、何か言うべきではありませんか? カミラ様」



 愛おしい人と、親愛なる忠信に冷たい目で見られ、カミラはたじたじとなる。



「私が何を――――。いえ、まぁ。不本意ですがその様ですわね」



 カミラとて鈍感ではない、セーラがガルドを抱きしめた時に察している。



(あれは、媚びを売るという感じでは無いようでしたし。その想いだけは受け入れましょう…………)



 故に、一歩だけ妥協した。

 恋する乙女としての“矜持”というヤツである。



「何でも言いなさいセーラ。私は貴女の怒りを受け入れましょう」



「ハンっ! その上から目線、気にくわないわね。何様よアンタ」



「あら、カミラ様ですわ。私は」



「…………自分で言うか? まったくアンタは」



 相変わらずのカミラの様子に呆れながら、セーラはどんな嫌がらせにするか考え始める。



「――――時にババア。アンタ、ユリウスと何処まで行ったの?」



 先日、また肉体関係は最後まで行っていないとセーラは耳にしている。

 もし変わっていないなら“使える”かもしれない。

 そんなセーラの内心など知る由もなく、カミラは答える。



「私、純血は初夜まで取っておく派なので。でもそれが何か?」



「いや、ユリウスも大変だなっとね…………」



「…………それに関しては同情するな」



「ふぁ、ファイトですよユリウス様!」



 情けない顔して落ち込むユリウスと、励ましの声をかけるアメリ。



「いやアメリ、アンタその励ましは逆効果――――。これだ」



「これ?」



「ええ“逆”よ――――」



 逆、リバース。

 その単語を切っ掛けにセーラの腐った頭脳は回転を早める。



「――――くくくっ、そう、そうよね。…………決めた」



 カミラはセーラの悪い笑みに、多大なる不安を感じながらも続きを促す。



「そ、そう。決まった? なら言いなさい」



「それじゃあ、始めるわよっ――――!」



 瞬間、セーラは魔法を唱え始める。

 カミラが対抗出来ないように、聖女の力を以て。


 だいたい、以前から思っていたのだ。

 カミラという女は少々男の“機微”を無視し過ぎると。



「ガルドがこれから学んで行こうってんだから、アンタも学びなさい」



「はぁっ! セーラ貴女いったい何を――――!?」



「体が動かないッ!? 何故俺まで巻き込むんだセーラ!?」



 ユリウスまで巻き込んだ魔法陣と、見覚えの無い術式にカミラは焦るが、時は既に遅し。



「以前ジョークで作ったんだけどね、真逆使う日が来るとは思って無かったわ――――」



 セーラは声を張り上げて、魔法名を唱えた。




「くらえっ! 性転換ビィイイイイイイイイムっ!」




 正に冗談の様な名称と共に、セーラの目から極太の光がカミラとユリウスに襲いかかる。

 そして次の瞬間、光が収まった後には――――。



「まったく、何よ驚かして。何も無いじゃ…………あれ?」



「そうだぞ、悪ふざけが――――うん?」



 二人は自身の違和感に首を傾げる。



「あー、あー。……喉の調子が悪いのかしら。いつもよりか声が低い様な」



「…………何故か急に肩が重くなってきたぞ? セーラ嬢、本当に俺たちに何をしたんだ?」



 気づいているのか、いないのか。

 とぼけた事を言う二人を指さして、アメリが叫んだ。



「か、か、か、カミラ様が男になったああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」



「ふむ、ユリウスはあまり変わりないが、胸がきつそうだな……。大丈夫か?」



 つまりは、そう言う事で。

 事実を認識したカミラとユリウスは、二人仲良く気絶したのだった。



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