貴方に捧げる私の全て③




「良く頑張ったわね。これでも飲んで、今は体を休めなさい」


「……ありがとう、ございます……はぁ、はぁ」


 玉入れの試合は酷いものだった。

 結局、カミラがでる幕もなく勝利を得たのだが、それ故にこちらの疲弊が激しかった。

 カミラはスポーツドリンクとタオルを、差し入れて回る。


(ふふふっ、見事にしてやられたわね。これからどうしましょうか……)


 出場した紅組選手を労いながら、カミラは思案した。

 今までの綱引きの結果だけでも判るとおり、カミラの実力からすれば、前に立って鼓舞し指揮する必要もない。


 では、何故そうしているか。

 それは紅組勝利の為――――ではない。

 カミラ本人の勝利の為だ。


(ユリシーヌ様との勝負にも、本来なら私一人で十二分に勝利を重ねられる。――でもそれだけじゃ駄目)


 圧倒的な力で以て勝利をもぎ取る。

 それは効果的だけど、最初からだと意味がない。

 カミラの実力は、ユリシーヌ達が考える以上に隔絶したものだ。

 地球という星に、蟻が勝てるだろうか?

 つまりはそれ故の――――。


(ええ、紅組の生徒達は正しく枷。――そして、白組に、ユリシーヌ様に付け入らせる“隙”)


 カミラ一人には、手も足も出ない。

 だがその周囲には策が通じるのではないか。

 そう思わせる為の布石。


 同時にこれは、ユリシーヌがどれだけ勝負に真剣なのかを計る試験石。


(お遊びや義務じゃない、どれだけ私相手に本気で勝利を望んでくれるのでしょう。いいえ、本気にしてみせる)


 敵である白組に甚大な被害を与え、どうあってもユリシーヌが直接出場しなければならない状況へ。


 味方である紅組の全てを疲弊させ、たとえ個人競技であってもカミラが出場せざるおえない状況を作り出す為に。


 そして、圧倒的な力で以て勝ち得た後に、カミラの真の目的がある。




(ええ、踊りなさい。私の思うが儘に。……そして、私の予想を越え、倒してみせて――)




 誰がどう見ても魔王そのものの思考を迸らせるカミラの視線の先に、とある紅組の鉢巻きをした男子生徒がいた。


(やはり来たわね……、でもお甘いわリーベイ様。見知った相手に間諜を使う時は、せめてご自分とは全く関係のない者を使うべきよ)


 紅組の生徒は、アメリによって作成されたリストを使い、全員魔法でマークしてある。

 そして、あの男子生徒はそのマークが付いていない。


(相手が悪かったわね。それで騙せるのは、その辺の貴族だけよ。――でもいいわ、見逃してあげる)


「ふふっ、ふふふふふっ」


「どうしたのですカミラ先輩、いきなり笑い出して?」


「ふふふっ、皆が頑張って得た勝利、それはとても尊いものだと思って」


「はぁ、良く解りませんが。カミラ先輩が嬉しいなら私も嬉しいです!」


 悲しいかな、アメリの様に長い付き合いではないエミリには、カミラの邪悪な本音まで読みとれなかった様だ。



(ええ、ええ、貴方達は尊い尊い――犠牲となるの)



 私の勝利、という犠牲に。



「あれ? カミラ先輩何かいいましたか?」


「何でもないわ。……ああ、そろそろ個人競技が始まる時間ね」


「えーと、次は徒競走の50M、100M。それから部活対抗仮装リレーに、三年生の飛行魔法ショー。カミラ先輩が出場なさるのは、その後の大玉転がしで、後は昼休憩の後の午後の部ですね」


「では皆の勝利を期待して、応援しましょうか」


「はいっ! 頑張りますっ!」


「ふふっ、私の分まで個人競技頑張るのよ」


「カミラ先輩に、勝利をっ!」


 遠くからの、いたいけな生徒をだまくらかして、というアメリの批判の視線を笑い飛ばしながら、カミラは席に戻った。




 概ねカミラの予想通りに、事は進んでいた。

 自力に劣る紅組生徒達は、当初こそ戦意を保ち勝ち進んでいたが。


 魔法薬の副作用で欠場する者、そうでない者もカミラの指揮支援抜きでは勝利を重ねられず、白組との得点差は拮抗状態となっていた。


 また、競技が進むにつれ白組からの間諜が増え、中には大胆にも紅組の格好のまま来る者もいた。

 勿論それに気づいた生徒もいたが、カミラが何もしないのを見ると。

 手を出さずに控えていた。


(ふふっ、残念な事だけど。だから成績が下なのよ貴方達は。もう少し自分の考えで動く事や、疑う事を覚えなさい)


 午前部終了まであと少し、残すは大玉転がしと魔法禁止の障害借り物競走。

 紅組の生徒達は、既に限界が来ていた。

 カミラの席の周りに、辛うじて動ける者が集まる。


「――申し訳ありませんカミラ先輩。次の大玉転がしに出る人達全員、動けないみたいで」


「くそっ! ここまで互角の戦いが出来ているのに……! 面目次第もありませんカミラ様」


 口々に謝罪する紅組生徒に、カミラは愛する我が子見守る母の様な笑みを浮かべた。


「いえ、貴方達は最善を尽くしました……。普段、負け続けている相手に、一歩も臆さず立ち向かったではありませんか」


「忝いお言葉、ありがとうございます。しかしそれでは我らの勝利が――」


「団体競技である大玉転がしに欠場とあれば、得点は大幅に白組へと流れ、もしかすると逆転すら不可能になるかもしれません」


 膝を付き悔し涙すら流す男子生徒の肩に、カミラはそっと手を置く。


「大丈夫です、手は打ってあります。一人は皆の為に、皆は一人の為に。――個人戦では出場する事の出来なかった身です。……私一人で何とかしましょう」


「そ、そんな! カミラ様お一人で!?」


「ええ、そうです。今ミリアを交渉に行かせています――ああ、ミリア! どうでした?」


 駆け寄るミリアに、居合わせた全員の視線が集まった。


「はいっ! 特例として認める! だそうです!」


「うおおおおおおお!」


「これは! カミラ様なら――!」


 周囲が大げさに喜ぶ中、ミリアは申し訳なさそうに言う。


「ただし、これっきりで、午後の部はおろか、来年以降も一切認めないそうです……」


「貴女がそんな顔をする理由はないわ。今出場出来るだけで良しとしましょう」


「ああ、なんてお優しいカミラお姉さま――――!」


 心配になるくらいチョロイんだけど、ウチの生徒達は将来大丈夫かしら、とカミラは案じたが、それはそれこれはこれ。


「では行ってくるわね。――圧倒的な勝利と言うものを目に焼き付けなさい」


 そう言い残して、一人グラウンドに向かって行った。

 誰一人その後の惨劇を予想せずに、行かせてしまった。





 先ずは結果を言おう――――カミラは、勝利した。





 競技が始まるや否や、世界初の分身魔法で幾人にも増え、半分は大玉を転がし、もう半分は妨害へ向かう。


 大玉を転がす者達は、重力魔法を使い余裕綽々で進撃し、おまけに光魔法で某エレトクリカルパレード状態。


 妨害に向かった人員は、魔法を使うまでもないと、殴る蹴るで、軍の正式重装備の敵妨害部隊をじわじわとなぶり倒し、顔に悪戯をして回る


 三分も経たない間に、地面に頭から埋もれる者、再びヌルヌルになる者、下着一つで変顔になって気絶する者、etc.etc。


 それを目撃してしまった観客、敵味方問わず、今後絶対口にしないと言わしめる惨劇だった。

 なお、勝ったはいいが無効試合とされ、得点は無しに終わった。



 大玉転がしの直後、カミラはアメリに引きずられて、本部のテントまで来ていた。

 中には既に正座しているユリシーヌと、ほほほ、と目が笑っていないヴァネッサ。

 カミラも促され正座する。

 ――小石が膝に食い込んでちょっと痛い。


「――やりすぎです、カミラ様」


 第一声、額に青筋を浮かべ仁王立ちするヴァネッサ。

 笑顔を崩さないのが、もっと怖い。


「ええ、事の次第は聞いております。貴女が必死になって勝利を追うのも、成績が劣る生徒を鼓舞し、上への可能性を示したのも素晴らしいと思います」



「ですが、その上でもう一度――――やりすぎです」



 一緒にいるアメリは苦笑し、ユリシーヌは何故自分が正座させられているか、解らないといった顔だ。


「そして、ユリシーヌ様」


 ジロリ、と矛先がユリシーヌにも向かう。


「は、はいッ!」


「貴女も同罪です」


「はッ、えッ!? 私もですか!?」


「当たり前です、カミラ様にあのような勝負を挑めば暴走する事は自明でしたでしょう」


「ううッ……、弁解のしようもありません」


「今日の魔法体育祭には、王もご覧になっています……、そして王は憂いております。――言いたいことは解りますね」


 体操着姿で、扇をパシパシと閉じたり開いたり。

 ヴァネッサは、カミラとユリシーヌにプレッシャーをかける。


「えーと、ヴァネッサ様。お気持ちは解りますが次の競技もある事ですし、その辺で…………」


 おずおずと割って入ったアメリに、ヴァネッサは感激した様にその手を取る。


「そうね、アメリ様。……今までもカミラ様の行動は過激だと思っていましたが、思い違いでした。貴女がブレーキ役だったのであの程度で済んでいたのですね、さぞ大変でしたでしょう…………、カミラ様に愛想をつかしたらわたくしの下にいらしてもよろしくてよ、好待遇をお約束しますわ」


 突然の引き抜きに、カミラは焦った。


「ヴァネッサ様っ! 後生ですからアメリを取らないでくださいましっ!」


「そ、そうですよ。わたしからカミラ様の下を去る事はないので、お気持ちは有り難いのですが……」


「おほほっ、少しからかっただけですわ。――まぁ、アメリ様が欲しいことは真実ですけれど」


「ぐっ、心臓に悪いことを言わないで欲しいですわヴァネッサ様……」


「なら、あまりアメリ様にご負担をかけないように、気を付けなさいねカミラ様。先程だって、噴出する不満の声を押さえて回っていたのですから」


「アメリ……」


「貴女の為に生きるのが、わたしの喜びですから、カミラ様……」


「――アメリっ!」


「――カミラ様!」


 ひしっと抱き合う主従。

 美しい光景ですわ、と感動するヴァネッサに、ユリシーヌは水を差す。


「楽しそうな所申し訳ありませんが、時間が余りないのではありませんか?」


「ああ、そうでした」


「ですね、伝達事項があるんですカミラ様」


「伝達事項?」


 はて、とカミラは首を傾げた。


「それはですねカミラ様だけ魔法禁止のお知らせです。禁止と言っても、先程のあの分身した魔法と、大玉を猛スピードで転がしていたあの変な魔法は、今後使用禁止だそうです」


「悪戯書き、キックとパンチも使用禁止ですわカミラ様」


「ちょっとやりすぎたのは反省してるけど、キックとパンチも駄目なの!?」


「……貴女には、それくらいしないとハンデにならないでしょう?」


「ユリシーヌ様までっ!?」


 カミラは叫んだ。

 どうやって戦えばいいのだろうか、しかし、全く以て自業自得である。


「なお、張り手や膝蹴り、間接技。その手のもの全部駄目ですよカミラ様。――でもわたし、カミラ様なら何とかなるって信じてますからっ!」


 無邪気に信頼するアメリに、カミラはこれ以上なにも言わずに受け入れる事にした。


(や、やったろうじゃないっ!)


「それで、伝達事項はそれだけですか? でしたらそろそろ解放して欲しいのですが……」


「あ、待ってくださいユリシーヌ様、まだお二人に伝える事が」


「でも罰として、そのままお聞きになさってくださいね」


「はーい!」


「了解しました……」


 素直に頷く二人を見て、アメリがこほんと咳払いをしてから言い始めた。


「えー、お二人には次の借り物競走にエントリーされているかと存じますが……実は数日前に内容の変更がありまして」


「借り物競走の内容に何か? 障害物でも追加されますの?」


「……いえ、違うでしょう。それ位ならば、わざわざ伝える程の事ではありません。――嫌な予感がします」


 きょとんとするカミラとは対称に、警戒するユリシーヌ。

 それを見たアメリとヴァネッサは、ニヤリと顔を見合わせた。


「いい線ついてますねユリシーヌ様、でもそれだけじゃありませんよっ!」


「今年はもっと面白く変化を、という事で……」


「今年は何と! 二人三脚障害物借り物競走! に! なりましたっ!」


「二人三脚……」


「障害物借り物競走?」


「去年までの反省を元に、今年から魔法無し。得点に関係ないお遊び競技なので、その辺はご安心くださいませ」


「成る程……なる……ほど…………真逆――っ!」


「ああッ! まさかお二人!?」


 カミラは歓喜し飛び上がり、ユリシーヌは臨戦態勢をとった。

 ――つまり、カミラとユリシーヌはペアとなって走る、と言うことだ。


「おっと、カミラ様。ユリシーヌ様に抱きつくのは後にしてくださいね~。いくらでもくっつけますから」


「むちゅーっ! アメリっ! 愛してるわっ!」


 カミラがアメリに感謝のキスを頬に降らせている中、ヴァネッサがユリシーヌを諭す。


「わたくし思いますのよ、勝負もいいと思いますけれど、二人で協力して事を為すのも良いことだって」


「ネッサ……、気持ちはありがたいですが……」


 反射的に、どうやって断ろうか、と言葉を探そうとし瞬間、ユリシーヌは考え直す。

 そも勝負を挑んだのは、彼女を理解する為だ。

 ならばヴァネッサの言葉にも一理ある、と。


「いえ……、それも面白いかもしれませんね」


「受け入れてくれるの!? ホントにっ!」


 優しげに放たれた言葉に、カミラの心はうち打ち震えた。


「か、カミラ様!? 何も泣くことはないんじゃ……」


「泣くほど嬉しいなんて、想われてますのねユリシーヌ」


「カミラ様……そんなに……」


(嗚呼、嗚呼――)


 『初めて』だった。

 初めてだったのだ。こんなに素直に前向きに、ユリウスが二人でいる事を受け入れたのは。


(良かった……『魔王』になって、本当に良かった……私は今、心からそう想う――)


 ユリウスの髪の本数さえ把握するカミラだからこそ言える。

 

 強引に既成事実を作っても。


 弱みを握り脅迫しても。


 快楽で体を蕩かしても。


 拷問し、死の淵まで追いつめても、ユリウスと言う人物は心を渡さない。


 また、真正面から想いを伝えても駄目だ。

 彼の人の国とゼロスへの忠誠心は、例え親しい仲より優先される。


 だから、必要だったのだ。

 財を為し、権力を握り、王さえ無視できない圧倒的な力だ。

 その上で、力付くではない関係を結ぶ必要があった。


 そして今、その努力の花が芽吹こうとしている――。


 静かに、しかして歓喜の涙を流すカミラを、ユリシーヌは冷静な目で見返していた。


(何故お前は、そんな目で俺を見るんだ――?)


 いつもでは無く、でもふとした拍子にカミラから例えようのない視線。

 それは懐古に似て、決してそうではなくて。

 怖気が走るほど狂気に満ちて、けれど、何処までも優しさに満ちて。


 愛というには激しすぎて、恋と言うには静かすぎる。


(まるで、それで正気を保っているような…………いや、考え過ぎか)


 突如、かぶりを振ったユリシーヌに、カミラが心配気に寄り添う。

 一瞬前とは打って変わってケロリとした表情に、ふと、悪戯心がユリシーヌに芽生えた。


「――カミラ様」


「きゃっ!」


「おおっ!」

「あらあら?」


 ユリシーヌはカミラの腰を右手でぐいっと引き寄せると、左手で顎をくいっと上げる。


「どどどどどど、ど、どうした、の? ユリシーヌ様……」


「可憐な乙女カミラ様、私に是非、次の競技をご一緒する光栄を与えては頂けませんか?」


「は、はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 何これ面白い、とユリシーヌは微笑んだ。

 朝の食堂でアメリが言ったとおり、カミラは攻められるのには慣れていないようだ。

 顔を真っ赤にし、目を白黒させるカミラの姿にユリシーヌは満足して頷いた。


(折角だ。これを機に操縦法を見つけるとしよう。……くくッ、楽しい競技になりそうだ)


(え? え? 本当に何なの? 私今死ぬの? 天国にいるの? え、えええええええええええええ!?)


 かくて。

 立場が逆転しつつあるカミラとユリシーヌの、二人三脚障害借り物競走が始まるのだった。




「さあさあっ! やあ~ってまいりました! 午前の部最後の種目っ! ――二人三脚障害借り物競走おおおおおお!」


「……まぜ、すぎ……です。いったい……誰が……」


「それが不思議なんですよねぇ~。誰も知らない間にいつの間にか変化していって、それが通っちゃってましたし」


「……不思議」


 大嘘である。

 カミラとユリシーヌの仲の進展を計ったアメリが、ヴァネッサの助力により、強引に、かつ秘密裏に押し進め。

 ゼロス王子の、面白そうだしいいんじゃね? の一言で決まった事だ。


「これに勝つには、二人の息を合わせっ!」


「力……合わせて、ラブ? 障害を……乗り越え……ラブ障害……ってなんだ?」


「最後に待ち受ける、ドキドキ借り物パニックを乗り越えた者にこそっ! ベストカップル賞を送りたいと思いますっ!」


「え? ……初耳、何、……だけど?」


 エミールと同じく、何それ状態の男子と違って、事情を密かに知らされていた女子は、テンションが最高潮だ。


「ねっ、私たちの仲を見せつけて、義父様に認めて貰いましょう!」


「事情はよく解らないが、ハニーの為にも全力を尽くそう!」


「ダーリン!」「ハニー!」


「お、お姉さま……、勝ったら私と……」


「バカね、私のミーシャ、……可愛い子。一緒にでるって決めたときからそのつもりよ」


「お姉さま!」「ミーシャ!」


 同じスタートラインに並ぶ選手の声に耳を傾けると、ラブが漂っている。

 第二走者走者以降も、同じようにお熱い雰囲気だ、


「……この中で、走るのですか」


「いきなりで私も驚きましたが、ユリシーヌ様はやっぱりお嫌ですか……?」


 体操服の袖をちょこんと掴み、不安そうに上目づかいをするカミラ。

 ユリシーヌは苦笑しながら、その頭をやや乱暴に撫でる。


「わ、きゃっ!」


「貴女も案外、そういう所は他の人と変わらないんですね……、可愛い人」


「か、かわっ…………!!」


 顔を真っ赤にして、ぷしゅー、とエンスト寸前のカミラを余所に、アメリ達のアナウンスは続く。


「残念ながら魔法は禁止で、得点にもカウントされませんがっ!」


「ユリシーヌ様……と、カミラ様、……も……出場」


「白組はリベンジの、紅組は下克上のチャンスですねっ!」


 それを聞いた生徒達全員が沸き立つ。


「うおおおおおおおおお! 俺たちは折れぬ! レミリィ様! 私の女神! 共に勝利を掴もうではありませんか!」


「ええ、いつも助けられているカミラ様へ、わたくしの力をお見せして、カミラ様が一人で奮闘しなくても大丈夫だと、お伝えするのです!」


「やるぞ!」「いきますよ!」


「ふっふっふ。情報通りでしたね、貴女と組むのは正直今も気が進みませんが、そんな事言ってる場合ではありません事よ!」


「ええ! 私はカミラ様に! 貴女はユリシーヌ様に! 必ずや優勝出きるタイムを叩き出し、アピールするのです! 女同士なら私達にもチャンスが!!」


(うわぁ、何か凄いことになってるぞ……)


 ユリシーヌは冷や汗を流しながら、手を動かし続けた。


「ゆ、ゆりしーぬ様? その、嬉しいのですが……。何時まで頭を撫でているのですか?」


 カミラは耳まで真っ赤になって俯き、されるがままだ。


「あら、ごめんなさいねカミラ様。貴女の髪が心地よくて、つい」


 物は言いようである。

 確かにそれもあったが、何時になくしおらしい様子に、ユリシーヌはつい続けてしまっていた。

 カミラのそんな様子を見ていると、心の奥で何かが沸いてくる。


(決して不快ではなくて、寧ろ心地よいような、脳が痺れるようなこれはいったい……)


 心が覗けたならば、誰しもが一言で答える“それ”に気づかず、ユリシーヌはカミラを撫で続けた。


「さあ、さあ、さあ、さあ! 準備は出来ましたか皆さん!」


「ペアの……方の足と、……足が……」


「赤い運命の糸で結ばれている事は確認しましたね!」


「「「いええええええええええええい!」」」


「この期に及んで、いちゃいちゃしてるカミラ様達も大丈夫ですね!?」


「何余裕こいてるのよっ!」


「先輩方の絆に、私達も負けません!」


「尊き魔女よ! 我らも強いのだ!」


「ユリシーヌ様は」「カミラ様は」


「渡しません!」


 やいのやいの、がやがやと、一斉にざわつくスタート前。

 アメリは今が好機と、合図係に指示を飛ばす。


「うおおおおおおおお! それでは皆! ラブパワーを見せつける時が来たぞおおおおお!」


「第一、走者……、レディ……」



「「「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」



 会場が一体となって叫ばれた開始の合図に、選手が一斉にスタートした。

 勿論、カミラ達も一瞬で気を引き締めて、見事なスタートダッシュを決めて――――。



「――あうぅっ!」「――あだっ!」



「ああっーーーーーとぉっ! カミラ様とユリシーヌ様! 開始早々こけたああああああああああ!」


 ――決めていなかった。

 足を踏み出した直後、びたーんと音を立てて仲良く地面に激突。

 敗因? 練習も打ち合わせもしてないからだよ。


「好機! カミラ様達が転倒したようよっ!」


「油断するな! アレは罠かもしれない!」


「今は距離を稼げ! 何せユリシーヌ様とカミラ様だぞ、何を企んでいるかわかりゃしねぇ!」


 観客が騒ぐ中、二人は苦戦しながら立ち上がり――また転けた。


「あちゃー、駄目ですねぇ、どう見ますエミール様?」


「……あの二人には、……ハンデで、内容はギリギリまで、伝えてません……当然かと」


「ですよねー。頑張れカミラ様ー! ユリシーヌ様ー!」


「ぐぬぬ……これが目的だったのねアメリっ!」


「違うと思いますわカミラ様、では左足から行きましょう」


「「せーの!」」


 びたーんと再び転倒。


「左足からって言ったじゃないですかユリシーヌ様!」


「結んである足の事を言ったのですッ! 解ってくださいなッ!」


 焦れば焦るほど事態は悪化する。

 カミラが慌てて立ち上がろうして、その勢いでユリシーヌが倒れ、連鎖的にカミラも倒れる。


「カミラ様ペア、未だスタート出来ない! これは最下位かーーーー!」


「ポテンシャルは……高い、けど……発揮できなければ……意味、無い」


「くっ、好き勝手言って、後で覚えてなさいアメリっ!」


「今は立ち上がる事に集中してくださいカミラ様ッ!」


 漸く立ち上がると前には、他の五組が既に最初のハードルを終えようとしている。


「くっ、意外と難しいですね! いちに、いちに、で結んである足から行きますよカミラ様!」


「はいっ! ユリシーヌ様!」


「いっちに」「いっちに」


 最初はゆっくりと、だが次第に速度を上げて二人は進む。


「さあカミラ様ユリシーヌ様は最初の障害! ハードルに到達! 先頭はバルーンはさみで苦戦しているぞ! まだ一位のチャンスは残っているか――――!?」


「というかっ! 二人三脚でハードルなんて飛べるんですのっ!?」


「倒して進んでもいいみたいですわッ! だがそうすると時間をロスが多くなりますッ!」


 カミラとユリシーヌは一瞬のアイコンタクトで、意志疎通を完了する。

 迫り来るハードルに、二人は結ばれた足で強く踏み込んだ――!



「ならっ――」「飛びますッ!」



「と、飛んだあああああああ! 殆どのぺアが最初から諦めたり、途中から倒して進んでいるハードルを、軽やかに飛んですすんでいる――――!」



 やっ、はっ、とっ、とスピードを落とさず次々にハードルを越えていく二人

 他の組の半分以下のタイムで、難なく突破する。


「次はネットですわっ!」


「これは仕方ありませんッ! 正攻法で行きますッ!」


「了解しましたわっ!」


「ユリシーヌ様達が猛スピードで追い上げているぞおおおお、これはもしかすると、もしかするのか!」


「皆……頑張って……」


 二人は、いちに、いちに、ともっと速度を上げて、いちにさんで、ネットの手前からスライディング。

 その勢いのまま三分の一までくぐる。


「私がネットをっ!」


「では次が貴女がッ!」


 カミラがネットを持ち上げ、先にユリシーヌが匍匐先進の準備をする。

 次いで直ぐ様、カミラも準備した。


「いちに」「いちに」


「おおっと! ネットでも早い! 早いぞカミラ様!」


「やはり……事前に、知らせなくて……正解。……二人の……独壇場……なってた」


 アナウンスを余所に、カミラ達はひたすらに這い進む。

 前の組は、平均台にて

 その前の二組はバルーン挟みで。

 先頭を争う二組は、スプーン卵で苦戦。


「後は追い上げるだけねっ!」


「ああ、行きますわよカミラ様!」


 ネットを抜けた二人は、平均台へと駆けだした。


「楽しいですわねユリシーヌ様!」


「ええ、楽しいですわカミラ!」


 二人は笑い会った後、獰猛な笑みを浮かべた。

 目指すは一位、そして測定タイムによる優勝である。




 カミラとユリシーヌは息を合わせて疾走する。

 目の前の平均台は、普通のサイズ。

 つまり、一度に一人が渡れる足場しかない。


「さあ、この二人は平均台をどうやって攻略するのか――――!」


「横歩きで渡るのが定石でしょうが、時間がかかりますっ!」


「なら飛んで行きましょうッ! カミラ様、前転に自信はおありでッ!」


「ユリシーヌ様こそっ! とちらないでくださいね――――っ!」


「おおおおおっ! 平均台を前にしてカミラ様達は速度を緩めないっ!」


「いったい、……どうやって――――はぁっ!?」


「えっ、ええっ!!」



「――――いち、に、さんっ!」



 平均台まで猛加速で進んだ二人はその勢いで跳躍。

 そして華麗な前転宙返りを連続で披露――――!



「行った――――! 見事な早業で渡りきったーーーー!」


「……これ、魔法使って…………審判さん……ああ、使ってない……使ってないであれですか!?」


「くそうっ! とてもじゃないが真似できない!」


「さ、流石はカミラ様、ユリシーヌ様。学院の女王と黒幕の名は伊達ではありませんわっ!」


 観客を沸かせながら、二人は前の一組を瞬時に追い越し次の障害へ進む。


「いよいよ、カミラ様とユリシーヌ様の追撃が始まったぞおおおおおお! 次の犠牲者は誰だあああああ!」


「早く……進むんだ、前の人、達……!」


 バルーン挟みは、手を使ってはならない。

 また、魔法により一定の圧力がかかると萎む様になって、元の位置からやり直しだ。


「これは……、二人三脚なので余裕かと思いましたが……」


「くっ! 案外と調整が難しいですわね。……あ、ユリシーヌさまもうちょっと力を緩めて――!」


「無茶言わないでくださいッ! これ以上は私と言えど腰を痛めますッ!」


 この二人であっても、流石に速度を維持できず、えっちらおっちらしながら進む。


「ああもうっ! 少しずつ小さくなってませんかっ!」


「体から地面の落ちた時点で、元の位置からやり直しですッ! 一か八か全速力で行きましょうッ――!」


「合点承知の助――――!」


「カミラ様! 合点承知の助って言葉古くありませんかー?」


「偶に……、ありますよね……。カミラ様の、死語」


「そこ五月蠅いですわっ! ユリシーヌ様も、外野も頷かないっ!」


 全速力で走りながら、カミラは叫ぶ。

 その光景に、ユリシーヌは何故だか自然と笑みがこぼれた。

 ――だが、その隙が二人のバランスを崩したっ!


「――ほわぁっ!」


「――危ないカミラ様ッ!」


 バルーン挟み終了地点に、二人は転がり込む様にたどり着き、ばったんごろん、と倒れ込む。

 同時に、ころころと小さくとなったバルーンが地面を転がった。


 セーフかアウトか、全員の目が審判に集まる――。


 次の瞬間、審判の教師は即座に、大きく丸を掲げた。


「審判! 判定は――――っ! ……セーフ、セーフです皆様っ! ――さあ、カミラ様の快進撃……あれ?」


「……トラブル、ですかね?」


 皆が見ると、カミラを上に倒れ込んだままの二人。

 そして当の本人達は、少し唖然とした表情だ。


(い、いい、いまッ! ふわっと暖かい感触したぞッ! これは真逆、真逆真逆――ッ!)


(キス……してしまいましたわっ! え、え? 公衆の面前で? キス、してしまいましたわっ!?)


 実際の所、直ぐに顔を放した為、そしてバルーンと審判に注目が集まった為、その瞬間を目撃した人々はヴァネッサとゼロス王子のみだったが、それはそれ。


 カミラは全身を赤く染め上げ、カクカクとした動きで。

 ユリシーヌも、口元を押さえながら立ち上がる。


(――――痛っ!)


 突如走った強い痛みに、カミラはそっと右足を見る。


(外からでは判りませんわ……でも、これは捻ってしまった様ね……)


「カミラ様……、こうしている場合ではありません。先を急ぎましょう」


「ええ、そうですわね」


 何事も悟らせないと、にっこり笑ったカミラは、いちに、いちに、と再び走り始める。


「さあ、カミラ様とユリシーヌ様が再び猛追撃…………あれ? ちょっとスピード落ちてます?」


「さっきの……転倒、で。……怪我、です?」


「真逆……カミラ様!?」


「大丈夫です、足をを止めてはいけませんわユリシー様」


「でも……」


 カミラは笑った。

 それは心からの笑みであったが、それが故にユリシーヌへの心配を誘った。


(そんな顔、なさらないでユリウス様。だって、だって私は嬉しいんですもの……)


 この痛みは、今ユリウスと共に居る証。

 妄想でも夢でも、死に際の幻でもなく、確かな現実の証。


(嗚呼、嗚呼、何て、何て愛おしい……)


 頬に伝う涙に気づかず進むカミラに、ユリシーヌは臍を噛んだ。


(だからそんな顔で笑うなよッ!)


 やはり自分はカミラの事を何一つ知らないと、心に痛みを覚えた。


「なら、早くゴールしますよ。――着いてこれますか?」


「貴男こそっ――――!」


 二人は元の速度を取り戻し、次のスプーン卵運びまで駆け抜ける。


「どう……やら……、何も……なかった?」


「みたいですね! 残念ですね前方集団! カミラ様の追撃はまだまだ続くようですよっ!」


 鳴り響く歓声、それはブーイングか賞賛か。

 今の二人は判断する余裕も無く、それぞれ匙を取った。


「普通に運ぶのでは一位になる事は無理ですわっ!曲芸に自信はおあり?」


「――ちっ! そっちこそ一発で成功させろよッ!」


 女言葉も忘れ、ユリシーヌは険しい顔で同意。

 せーの、で二人は卵を乗せた匙を振りかぶった――――!


「あ? へっ!? お二人共何して、真逆――――!?」


「成功……すれば、MVPもの……」


 観客も選手すらも足を止めて見守る中。

 卵を終了地点に向け、高く放り投げた二人は猛烈に走り出す――――!


「キャッチまでたぶん後三秒!」


「落とすなよッ! 割るなよカミラッ!」


「三」


「二」


「一」


「…………おおおおおおおお! お二人とも見事にキャッチーー! しかも生卵なのに割れた様子がありませんっ!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 鳴り響く拍手にカミラ達は手を振った。

 勿論、係員の生徒に匙と卵を渡してから、であるが。


「……ふう。カミラ様、足首は大丈夫ですか」


「あら、そこまで判りますか流石ユリシーヌ様ですわ」


「もう、減らず口を……後でお説教ですからねカミラ様」


「お手柔らかにしてくださいませ」


「貴女次第ですそれは――行きますよッ!」


 スプーン運びを始める時点で二組の内、片方はゴール寸前。

 終わった今では次の競技に移っている。

 これを抜かさなければ、一位にはなれない。


「さあ次はパン食いゾーンだっ! 一つのパンを口で取った後、交互に食べさせあって間食しながらゴールを目指してください!」


「最低……二回は、あーん……する、こと……いいんですか……これ」


「だいじょーぶっ! ですっ! 事前に許可は押し通しましたっ! 学院長とゼロス殿下のお墨付きですからっ!」


「……マジ、か」


 最後の方で走る事が決まっているエミールは、自分の惨事を予見し、絶句した。


「羞恥プレイとは、出来るようになったわねアメリっ!」


「ほら、恥ずかしがって変なこと行ってないで、あーん」


「う、うううう。……あ、あーん」


 再び耳まで真っ赤になりながら口を開くカミラ。

 ユリシーヌは意地の悪い顔をして、小さくちぎったパンを口の奥へと入れる。


「あむっ!? ――んんっ!?」


「あら、駄目ですよカミラ様。私の指はパンじゃないですよ」


 カミラの舌を指で態となぞりながら、ユリシーヌはゆっくりと唾液でテカった指を引き抜く。


「な、なんて高度なプレイなんだ……!」


「ダーリン! これはきっと芸術点を稼ぐ方法なのよ! 負けてられないわっ!」


「そうか、なら行くぞ――――!」


 ただユリシーヌが暴走しただけなのだが、勘違いした者達が、続々とイチャイチャに走る。

 無論のこと、芸術点なんてものは無い。


「ヴァネッサよ……皆に芸術点なんて無いと、教えてやったほうがいいのでは?」


「おほほほ、面白いからそのままにしてくださいな殿下」


「そ、そうか……」


 すまぬ皆……、とゼロスが心の中で合掌しているが、そんな事はやはり関係ないので競技は進む。


「ひゃんっ! か、噛まないでくださいましユリシーヌ様っ!」


「真っ赤になって震える貴女も可愛いですよ。さあ、その姿をもっと見せて――、と。もうパンがなくなってしまいましたか」


 残念そうに言うユリシーヌに、カミラは戦慄した。

 確かに原作では、デレるとSっ気がある姿にギャップ萌えを感じていたが。


(危なかった……、足首の痛みが無ければ、きっと私は気絶していたでしょう……)


「皆が私達につられて、無駄にイチャイチャしている今が好機です、一気に行きますよ――!」


「わ、わかってますわ!」


 ユリシーヌに差し出された手を取って、カミラは共に走りを再開した。



「さあ、もう少しで追いつかれてしまうぞ! 頑張れカミラ様~~!」


「そこは……一位、を……応援する……所」


 あっと言う間にぐるぐるバットまで着いた二人は、別れてぐるぐると回り始める。


(こ、これは思ったより酔いますわっ! そして足首も痛ぁあああいっ!)


 カミラは心の中で悶える中、実況が入る。


「ぐるぐるバットから二人三脚の紐が解かれますが、酔った状態でいかにして進むのかが問われますね!」


「ああっ! ……現在一位が……転倒、早く……しないと……追いつかれます」


「ちゃ、チャンスですカミラ様……大丈夫、ですか?」


「……な、何とか? ……はうぅ」


 揺れる視界の中、カミラが千鳥足な上、片足を引きずっているのを見たユリシーヌは、即座に判断してカミラに近づく。


「失礼しますよッ!」


「ユリシーヌ様!?」


 ひょいっとカミラをお姫様抱っこにしたユリシーヌは、唇を噛みしめ酔いを止めながら走り出す。


「おおっと! 羨ましいぞカミラ様っ! これはルール的にアリなんでしょうかエミール様?」


「ええ……ここから先、は……お姫様抱っこでも、大丈夫、です……」


「と、言うわけですっ! これは後続にも期待がかかります! お二人に負けない位の絆の力を見せてくれるのでしょうかっ!」


「アメリ嬢……、あまり、煽らないで……」


 エミールの制止は遅く、隣で走るカップルも負けじとお姫様抱っこを始める。


「うおおおおおおお! 俺たちの愛は、カミラ様達と言えど負けないいいいいいいい!」


「きゃーー、素敵! 男らしいわよっ!」


 ドドドド、ダダダダと、デッドヒートが繰り広げられ最後の関門へと二組同時に到着する。


「さあ、最後のラブ試練! 借り物ゾーンですっ!」


「くじ引きを……箱から引いて、書いてある指示を……、遂行……。これ最早、借り物ではないのでは?」


「細かい事は言いっこ無しですエミール様! 借り物も中には入っているからOKですって!」


「いいん……ですか、それ……?」


 カミラをユリシーヌに抱き抱えられたまま、係員の差し出した箱に手を入れる。



「こ、これは――――!?」


「何を引いたんですカミラ様? どれどれ…………はぁッ!?」


 二人は目を合わせ、お互いに顔を真っ赤にして離れる。


「ちょ、ちょっとアメリっ! 何ですのこれっ!」


「いくら何でも、やりすぎではありませんかッ!」


「おや……、ご指名、ですよ、アメリ嬢」


「何を引いたんでしょうねぇ……? あ、参加する皆様! くじの箱には魔法がかかっていて、二人の関係が面白くなる様に自動で判断! 最適なくじが引かれる可能性が高くなっているので、楽しみにしてくださいね!」


「阿鼻……叫喚の、間違い……では?」


 首を傾げるエミールの視線の先には、もう一組の前に、女の父親が立ちはだかっている。


「よくぞその札を引いたな青二才がっ! ゴールし娘を娶りたければ、この儂を倒してからいけええええええええええ!」


「ご覚悟を、義父上えええええええええ!」


「まだ、父上と呼ぶんじゃなああああああああい!」


 係員に渡された模造剣で、決闘が始まった。

 一方、カミラとユリウスは、くじの内容でまだ躊躇っていた。


「ど、どうするのですの……、こんな、こんな観客の目の中で……!?」


「どうするって、やらねば……でも……、こ、こんな破廉恥な……ッ!」


 二人は再び、引いたくじを見る。


「何回も見たって、変わりませんよ。何引いたんです……どれどれ。おおっ! それわたしが入れたやつですね! 大当たりですっ!」


「貴女が入れたのっ!? こんのっ! お馬鹿ああああああああああああああ!」


「何考えてるんですか!? こんな所で出来る訳がないでしょう!?」


「あははー。大丈夫ですって、あちらに多目的ボックスを用意してますから、そこでどうぞ。あ、一つの部屋に二人で入ってくださいよ。判定はわたしと王子でしますので、諸々はご安心を!」


 ウインクするアメリに、カミラはぎゃーすと叫んだ。

 指し示す先を見れば、一つの部屋が更衣室の大きめなロッカーサイズしかないボックスが。

 あそこで、ナニをしなければいけないのか。


「後で覚えておきなさいよーーーー! で、ど、どうしましょうユリシーヌ様……!」


「どうしましょうって、やるしか……ああ、でも……本当に……」


 目を合わせては、もじもじと俯く二人。

 それを何回も繰り返す様子に、アメリは煽る。


「ほらほら~、迷っているうちに、他の方も追いついちゃいましたよ~~!」


 見れば、後続も頭を抱えそうな状況に陥っている。

 でも、明らかに種類が違うのは気のせいだろうか?


「恋敵? え、ダーリン私達に恋敵っていたかしら?」


「真逆、真逆――!?」


「気づいた様だな我が恋いのライッ! ヴァルッ! よッ! ボクを認めさせないとここは通さないぞ――――!」


「そんな……! 貴男はクラスメイトのケイオス様!」


「やはりハニーを諦めていなかったか……いいだろう! 勝負だっ!」


 そんな一方、追いついた二組の片割れも、珍妙な事が起こっていた。


「ごほっ、ごほっ! 何だこの煙……どこだ、手が放れてしまった!」


「何も見えない……いえ、煙がはれて――そんな」


 カップルが驚いた先には、お互いにもう一人の自分が存在し、伴侶に寄り添ってではないか!


「「ば、馬鹿な! どっちが本物なんだ!?」」


「「真似しないでくださいまし!」」


 混迷しているゴール前、あと十メートルの距離がとても長い。


「さ、さ。迷っていると先に越されちゃいますよ~~! 最後の一組も来たようですし。にしし~~!」


「――やるしか、ないようですわね」


「その様ですね。ここまで来て棄権はしたくありません」


 ごくりと唾を飲み、カミラとユリシーヌは意を決してボックスへと入る。


「こちらを……見ないでくださいまし……後生ですから……」


 消え入りそうな声で、最早、相手の顔も見れなくなったカミラが言った。

 ボックスの中は狭く、相手に密着状態なので、お互いに何をしているのか丸分かりだ。


「上を、向いてるから……早くしてくれ……」


「はい……」


 体操着越しに伝わるお互いの体温。

 しゅるしゅるとした衣ずれの音に、ユリシーヌは必死で耐える。


(くそッ! 何でこの魔女はこんなにいい匂いなんだ――――! それにしても、こんなに小さくて、柔らか――柔らか?)


 ふにっとした感触に、ユリシーヌはつい手を動かす。


「ひゃあああっ! ゆゆゆりしーぬさま……後生ですからその手を……うう、本当にお嫁にいけませんわ……」


「わ、悪いッ! そんなつもりじゃ……うう、すまない……」


(あったたかった、やわっこかった、おおきおかった、手が下にあった事を考えればこれは――――いやいや、考えるな俺!)


「んっ……はぁ……くぅん……」


(な、何でもない吐息が、吐息が――――ッ!)


 ユリシーヌの男としての本能が、堤防の決壊を知らせようとした時、カミラが口を開く。


「……終わり、ましたわ。だから、貴男も……」


「ああ、そうする」


 汗をかいているのに、妙に香しいカミラの髪の匂いを感じながら、ユリシーヌは自分の背中に手を回す。



 ――そう、くじの内容は『お互いの下着』であった。



 以前のユリウスなら、カミラを冷たく急かしながら、鼻息交じりにこなしていただろう。

 だが、今は良くも悪くも意識してしまった先の出来事だ。


 お互いに、高鳴る心臓を隠す事の出来ないまま、互いの下着を手渡す。


「ううっ……靴下は駄目だなんて、用意周到な……」


「しかも、同じ部位は駄目と来ていますものね……」


(うぐぅ……あったかいぞこの布切れッ! これは布切れなんだッ! 決してパン……いやいや、無心になるんだ俺ッ!)


(ユリシーヌ様のブラ。私のより大きいですわ、偽物はいえ……、あ、何かいい匂い……、って駄目ですわ。こんな所で嗅ぐ訳には――っ!)


 お互いに、色々なものから目を反らしながら、外から中身が決して判らぬ様に、厳重に両手で“ブツ”隠して外にでる。


「あ、終わりましたか? 良かったですね、まだ皆さんゴールしてませんよ」


「ご苦労様だ、我が共達よ……」


 ゴール前では観客が沸き上がるバトルが繰り広げられているが、そんな事に目をやる余裕は二人にはない。


「そ、そんな事はいいから確認を――」


「はいはい、わたしはユリシーヌ様のを、カミラ様はゼロス殿下に確認して貰ってくださいねー。うん、はい、確認しました。確かにカミラ様のです。――――もしよろしければ、そのままお持ちになってもいいですよっ!」


「ああああああ、アメリいいいいいいいいいいい!」


「どうどう、カミラ嬢、落ち着け落ち着け。何事かと視線を集めてしまうぞ」


「――くっ」


「よし確認……、お前こんな派手なの着ていたのか?」


「私が本物なら、殴り倒す案件ですよその言葉……」


「はっはっはっ、スマンスマン。ほら内容の達成は確認した、行くがよい」



「……はい」「……行きましょうカミラ様」



 二人は顔を真っ赤にしながら、しかしルールにより手はしっかり繋いでゴールに向かう。

 なお、下着は一時アメリに預け後で回収。

 つまり、今二人は――――?


 一歩二歩、着実に歩く。

 カミラは足首の痛みと、事情により歩幅は不自然に狭かったが。

 ユリシーヌも、下手に何か言うと確定された藪蛇なので黙って歩く。


「……着きました」


「ああ、着きましたね。……長かったです」


 パンパンパン、と魔法の花火が上がりゴールを知らせる。

 同じ第一走者達に祝福されながら、二人は顔を真っ赤にして俯いたままだった。

 その後、競技参加者が全員走り終わり、昼のアナウンスがあるまで、二人は黙って手を繋いだままだった。





「……で、では私はこれでっ!」


「あ、ちょっと待ちなさいカミラ様。怪我しているままでしょう……」


 競技が終わり、そそくさと席に戻ろうとカミラの後ろから、ユリシーヌの声がかかった。

 あ、と呟くと同時に、カミラがガクっと体勢を崩す。


「……受け止めて頂いて、ありがとうございますわ」


「まったく、貴女は無茶をするんだから……保健室まで連れて行きます」


 困った子を見る目のユリシーヌの顔を、カミラはじっと見つめる。

 ――気づいていないのだろうか?


「それは嬉しいのですけれど……何時まで、この手を“そこ”に置いているのです? き、気に入って頂けたなら光栄ですけれど……、流石に人前ではちょっと」


 そう、ユリシーヌはカミラを抱き留めたのはいいが、その右手はしっかりと豊満な胸をふにっと。

 完全な無意識、女装経験は豊富だが、女性経験は皆無な麗人の、男として悲しき性だった。


「…………? はッ!? も、申し訳ありませんッ!」


「きゃっ!」


「ああああ、ごめんなさいッ! ああッ!? ま、また――」


「やぁんっ! んんっ! お、落ち着いて下さいなユリシーヌ様っ!」


 慌てて手を放すと、当たり前だがカミラの体勢がまた崩れ、今度は両手で支え、豊かな女性の象徴をふにふにふに。

 連続するラッキースケベに、カミラの方が逆に落ち着いてしまう。

 ――もっとも、その顔は真っ赤だったが。


「ああああ、どうしましょう!? 俺、いや私はどうしれば――!?」


「うう……、取り敢えず、あんっ! 私の胸を揉むのを。はぁんっ! や、やめてくださいな。そろそろ他の人の注目を集め始めていますわよ」


「す、すまん――手が勝手に、く、くそう……魔女め」


「や、ユリシーヌ様。いい加減にしないと、今すぐ既成事実を作りますわよ?」


「今すぐ、抱き上げて保健室運ぶからッ! 色々勘弁してください、ごめんなさいッ!」


 何でこんなに柔らかいんだ、と先の競技の影響で理性が焼き切れ寸前のユリシーヌ、もといユリウスは。 血が出るまで唇を噛みしめ、正気を取り戻す。


「はい、どうぞ」


 カミラはユリシーヌの首に両腕を回す。

 ユリシーヌは、えいっとカミラを抱き上げた。


(右手が、相変わらず胸に当たっていますけど、後で指摘しましょうか)


「ふふっ、これが学園一の淑女と名高いユリシーヌ様ですか? とんだエロガキですね」


「ぐっ……、返す言葉もございません……」


「さ、連れて行ってくださいまし。残念ながら私、治療魔法類は使えませんの」


「ええ、存じておりますわ。私も使えませんしね」


 ユリシーヌはカミラをお姫様抱っこして、移動を開始した。


 魔法というのは万能ではない。

 カミラが万能のように使えているだけだ。

 そしてそのカミラの魔法を以て、出来ないことがある。


 ――治療魔法。


 適正が必要な故に、使えるものが限られる魔法。

 いかにカミラとはいえ適正の無いモノは使えない。

 強いて言うなら、聖女であるセーラの得意ジャンルだが彼女は今、幽閉の身だ。


(まぁ、その気になれば、魔力を添え木やギプス。杖の代わりに出来たのだけれど)


「…………役得よね」


「何か言いましたかカミラ様?」


「人前で年頃の女一人を抱き上げるなんて、きっと力持ちだと思われているわねユリシーヌ様」


「……私が魔法にも秀でていると、皆はご存じの筈です、魔力で筋力を強化している、とでも思ってくれてますわ……たぶん」


「ふふっ、だといいですわね」


 カミラとしては、皆にあらぬ疑いを抱かせた方が都合がいいので、フォローは入れないでおこうと決意する。


「――と、着きましたね。カミラ様、扉を開けていただけますか?」


「ええ、勿論」


 二人は保健室に入る。

 しかし、中には誰も居なかった。


「……まぁ、そうですわね」


「何ッ? ……知っていたなら、早く行ってくださいカミラ様」


「聞かれませんでしたので。それにてっきり救護テントに連れて行って貰えるのかと」


「いけしゃあしゃあと」


 ぐぬぬっているユリシーヌを愉しげに眺めながら、カミラは提案する。


「いいではありませんか、ここには治療用の魔法具もある事ですし。折角です手当して貰えませんこと?」


「……それが目的ですか。ちょっとは普通の女の子っぽい所もあると見直しましたが、やはり貴女は貴女なのですね」


 呆れた様な口調だが、どこかほっとしているユリシーヌに、カミラは催促する。


「貴男が何時でも貴男な様に、私も私ですわ。――さ、そこのベッドに下ろしてくださいまし」


「毒食わば皿まで、という事ですか……貴女の怪我は私にも責任があります。手当くらいは致しましょう」


 ベッドに優しく下ろされたカミラは、そのままユリシーヌもベッドに引きずり込みたい衝動を、鉄の意志で我慢し。

 代わりに、怪我した足を差し出す。


「このままでは治療できませんでしょう? 脱がしてくださる? 童貞のユリシーヌ様」


「どッ! …………そ、そっちこそ処女の癖に」


「声が震えていましてよ、ささ、私の胸をあんなに熱烈に揉んで、運ぶときにもずっと触っていたぐらい魅力的だったのでしょう? 遠慮しないで靴下を脱がせてくださいな」


「――――ッ!? 魔女めッ! 魔女めッ!」


「ふふふっ、負け犬の遠吠えにしか聞こえませんわっ!」


 カミラは努力の末に手に入れた美脚を、ユリシーヌの前でぶらぶらと揺らす。

 これは逆襲である。

 ラッキースケベは、カミラにも幸運だったが、女として恥ずかしかったのは事実であり、少し腹立たしかったのも事実である。

 更に言えば、このままユリシーヌの理性が焼き切れて襲われても、カミラとしては万々歳。


「……地獄に落ちろ魔女め」


「貴男となら幾らでも」


「くそっ――」


 ユリシーヌはカミラの前にしゃがむと、ごくりと息をのみ靴下を脱がしにかかる。

 だが震える手では時間がかかり、それはユリシーヌに更なる興奮を与える事となってしまった。


「綺れ――ッ。いや、何でもない、何でもないんだ……」


「貴男が望むなら、頬ずりしても、舐めてもいいのですよ?」


 カミラはユリシーヌが正気を取り戻さない様に、挑発を続ける。

 多少カミラとの関係が改善されていると言っても、我に返れば保険医を呼びに行くなりしてしまうだろう。

 だが、そうはさせない。

 カミラがさせない。


「ああ、畜生ッ! とっとと済ませるぞッ!」


「くすくす、あら化けの皮が剥がれてますわよ」


「ここにはお前と俺しかいない。問題ないし、万が一聞かれたらお前の趣味だって説明すればいい」


「あら、それなら皆、納得してしまいそうだわ。一本取られたわね。――それはそれとして、まだ半分ですわよ」


「くッ、言われなくても解ってるッ!」


 ユリシーヌは意を決して、目を瞑り、一気にカミラの靴下を脱がした。

 カミラと言えば、ブルマ姿で男言葉を使うユリシーヌに変なトキメキで悦っている。


「――ああんっ」


「態とらしい声を出すんじゃない……道具を探すからじっとしてろ」


「見つからない場合は、舐めて治してくださいな」


「――――誰がするか馬鹿ッ!」


「いずれは、貴男の妻の体ですよ? 少しくらい味わっても許しますわ」


「ふざけた事を言うと――」


「ふざけて言っていると、本当にお思いで?」


「…………魔女め」


 カミラの素足から目を反らし、ユリシーヌは包帯とエイドスバン、という魔法具を探し始めた。


(おかしな話ね、ネーミングは原作通り。でも今は現時だし、私達が使っている言語は英語でも日本語でもない)


 それなのに――『エイドズバンド』という英語名なんて。


 セーラはこの不自然さに気付いているのか、と益体のないことを考えながら、カミラは戻ってきたユリシーヌに微笑んだ。


「あら、見つかったのね残念だわ」


「ああ幸運にも直ぐ見つかったさ。――ったく、まだ魔法体育祭は続くし、明日にはトーナメントなんだから、午後は安静にしとけよ――――ほら、出来たぞ」


 いざ手当となると邪念は消えたのか、ユリシーヌはテキパキと手を動かし、ものの数十秒で終わる。


「ありがとうございます――――、でも駄目ですわ、まだ勝負は着いていないのですもの」


「無効にしてやるから、大人しくしないか」


 呆れ半分、心配半分の言葉に、カミラは首を横に振った。

 勝利、その先にこそ意味がある。



「……少し、気になっていたんだ。お前、何で『遠回り』に勝利を得ようとしているんだ?」



「…………」


 カミラは曖昧に笑い、答えない。

 しかし、ユリシーヌは続ける。


「こっちが間諜を使い、離間の策を進行させていたのには気付いていたんだろう? それに、わざわざ紅組生徒を扇動しなくても、お前は全てを蹂躙して一人で勝利を勝ち取れた。何故だ?」


「――直ぐに、解りますわ」


 カミラは不敵に、しかし少し寂しげに笑った。


「何だそれは、真逆、俺との直接対決だけが望みではあるまい」


「残念ですが、三分の一ですわね。合格点は上げられませんわ」


 目を鋭くするユリシーヌに、カミラは宣言した。



「勝利のその先で、貴男に刻んで見せますわ。――私の想い、私の意志を」



 深く、深く心に刻んで、同じ様に、一心不乱に。


 二人は見つめ合い黙り込む。

 それは、カミラのお腹がぐー、と大きく鳴るまで続いたのだった。




 あの後は、それぞれの陣営で昼食を取るということで分かれた二人。

 カミラは、迎えに来たアメリと行動を共に。

 今は、食後のティータイムと洒落込んでいた。


「それで? 聞くまでも無いみたいですけど、楽しんでいらっしゃいますか? カミラ様」


「ええ、とても。とっても愉しいわ! アメリっ!」


「……何か今、楽しいのニュアンスが違った様な?」


「ふふっ、さぁて。どうかしらね?」


「折角お膳だてしているんですから、素直に楽しんでくださいよ……」


 げんなりした顔のアメリに、カミラは頭を撫でる。


「貴女には感謝しているわ――だからこそ、とても素直に行動しているの、私は」


「白組のスパイが、紅組生徒に工作しているのを見逃すのもですか?」


「ええ、勿論」


「……わたしには、カミラ様のお考えが解りません」


 嘆くアメリに、カミラは不敵に笑った。


「別に、勝利が欲しくない訳ではないわ。でもやるからには、――効果的に、勝利しなくては」


「つまり、わざわざ自軍に。いえ、カミラ様に不利な状況を作り出している、という事ですか?」


 カミラはその答えに、人差し指を立てた。


「1カミラポイントって所ね」


「……いや、どこまで続けるんですかそのポイント」


「私の気の向くまま、よ」


「それは良いですけど、本当にいいんですか? このまま白組からの離間の計が続くと、そもそも魔法体育祭事態のルールが変更になりかねませんが?」


 カミラはニヤリと笑い、満足気に頷いた。


「――それこそ、私の狙う所よ」


「……マジですか?」


「ええ、マジもマジ。大真面目よ。――噂は、そのた為のものだから」


「……現在、紅組に流れている噂は二種類」


 アメリは思案する。


「わたし達が流した噂『白組に勝てば、何でも一つ言いなりに出来る』というもの」


「ではアメリ、白組が流した噂は何かしら?」


 アメリの思考を助ける為に、カミラが方向性を与える。


「『あくまで勝負の約束事は、カミラ様とユリシーヌ様のモノであり、紅組生徒は利用されている。邪悪な扇動から目を覚ませ』……文言は流し手によって違いますが、概ねそんなものかと」


「ではアメリ、私は何故。噂を流したと思いますか?」


 悪戯を楽しむ童女の様に軽やかな口調のカミラに、アメリは眉をしかめた。


「……白組が対抗措置を取ってくる事を見越しての事? いえ、真逆……紅組生徒を扇動していたのも、その為!?」


「付け加えるなら、劣等生で固められてた紅組生徒に、意識の改革を。勝利の喜びと自信、同胞との団結――そして、希望」


「希望? ですか……」


 今一つ納得しきれないアメリに、カミラは言の葉を紡ぐ。


「ええ、成績の優劣なんて関係なく、やりかた次第で自分達は何者とでも戦える、勝利できる。――そういう希望」


「でもカミラ様は、紅組が分裂するのを見過ごしているじゃないですか? 現に、白組へ寝返る者が出て着始めています」


「それで彼方に着いてくれるのなら、手間が省ける、というモノよ」


「……それは余計に敗北を招き入れる事。真逆、彼らへの試練とでも言うんですか?」


「違うわアメリ、敢えて言うなら――私自身への試練。ええ、わくわくするじゃない」


「……カミラ様は、紅組からの孤立を狙っている、と?」


 心配そうな顔をするアメリに、カミラは笑う。

 ――其れは、常人ならば狂人の所行。

 ――其れは、力ある者の高慢。



「『敵対』――――それが私の目的」



 カミラは嗤う。

 幼子の成長を喜ぶ、聖なる母親の様に。

 宿敵の出現を喜ぶ、獰猛なる戦士の様に。



「ふふふっ、ふふふふっ! 嗚呼、嗚呼。愉しみだと思わない! 皆が私を倒しに来るのっ! 剣を以て、槍を以て、魔法で以て、戦意と殺意を垂れ流しにしながら、私を倒しに来るのよっ! 


 あの拙く弱き者達が、意志と力を振り絞って立ち向かってくれるっ!


 あの高慢な強き者達が、敗北の苦渋を発条に剣を振り上げて追い立て回すっ!


 嗚呼っ! 嗚呼っ! とても滾るわっ! ――そうしたら、私はどうなるのかしら? 多勢に無勢で蹂躙される? それとも、私が呆気なく踏みつぶしてしまうかしら?


 そして勿論、最後はユリウス様と戦うの……嗚呼、嗚呼。あの方はどの様にして立ち向かってくれるのかしら? 絶望に決して折れたりしないでしょう……けれど、怯えと恐怖の顔を見せてくれるのかしら……嗚呼、私に打ち勝ち、冷たく見下ろされるのもいいわっ!――――」



「カミラ様……」


 アメリはカミラの変貌ぶりに、そっと目を閉じた。

 気付いてはいたのだ。

 敬愛する主が、狂気を身に宿している事を。

 人知を越える力に、心を壊していた事を。

 ――でも。


(ユリシーヌを想っている時は、確かに幸せそうで、正気であられたのに……)


 だから、ユリシーヌをけしかけたのだ。

 それが幸せに、心の安寧に繋がると信じて。

 アメリはいつの間にか俯いていた顔を、きっ、と上げて、拳をぎゅっと握りしめる。


「――御心のままに、カミラ様。このアメリは、何時如何なる時、どの様な最後であろうとも、未来永劫お側に」


 アメリの言葉が届いたのか、カミラの瞳から狂気が遠のく。


「嗚呼、ああ……。少し、高ぶりすぎたわね」


「少し、ではありませんよカミラ様」


「ふふっ、ありがとうアメリ、嬉しいわ。……貴女の献身と忠誠、確かに受け取りました」


 いつもの様に優しく微笑むカミラに、アメリは苦笑した。

 この精神の落差を愛おしいと感じている時点で、きっと自分も可笑しくなっているのだろう。


「光栄ですカミラ様…………ところで、さっきから一つ余っているプチシュークリーム食べて良いですか?」


「あら駄目よ、それは私が食べるんですもの」


「ええっ! そんな酷いっ! 可愛い忠臣にご褒美として上げてもいいんですよっ!」


「それはそれ、これはこれ、よ。私も食べたいもの」


「くっ、こうなったら下克上を…………!」


「やれるものなら、やってみなさい――!」


 アメリは拳を振り上げ、カミラも負けじと、手を高く掲げる。


「じゃーーんっ!」


「けぇえええええん!」


「「ぽいっ!」」


 振り下ろされた拳は拳のまま、アイコとなる。


「「あーいっこーで、しょっ!」」


 次に出された手も同じ。

 二人とも、さっきの雰囲気は何処へやら、がるがると唸りあう。


「ちょっとアメリっ! 貴女も下僕なら主人に渡しなさいっ! このおっぱいお化け!」


「はんっ! 美味しいデザートの前に、主従関係など無いのですよ! 大人しく譲ってください! ポンコツ恋愛脳(笑)の癖に!」


「このっ! それを言ったら戦争じゃないっ!」


「気にしてる事を言うのが悪いんですぅ~~!」


「むむむっ……!」


「ぐぬぬ……!」


「てやっ! 隙アリですカミラさ――きゃん!」


「隙だらけなのは、貴女ですわアメ……リ……、あら、ふかふかなのに、ずっしりとした重量感があって、なのに張りがある――これが、母性!?」


「あんっ! やぁ……、うぁん……んんっ、カミラ様っ! なんでそんなに上手いんですか!?」


「ふふっ、昔取った杵柄ってやつよ」


「昔って、ずっと一緒に居たのにっ! あんっ! やんっ! ああ~~」


 結局、予鈴の鐘が鳴るまで。

 百合の花咲くじゃれ合いは続いたのであった。




 紅組の陣地に戻ると、カミラは一斉に視線を浴びた。

 しかし、皆一様に顔を見合わせるだけで、話しかける者は無い。


(さて、どうみるべきかしら?)


 視線の内容は、不安が半分、疑いが半分とした所か。

 先ほどはアメリに色々言ったが、目的は圧倒的な力を見せる事、その先だ。


(疑っている半分の生徒達は、そうかからずに白組へと寝返るでしょう……、問題は不安の子達)


 カミラは手元で遊んでいた扇子を開くと、アメリへの通信を繋ぐ。

 この扇子は、通信機能も持たせたハイグレード品なのだ。


(アメリ、聞こえているわね。騎馬戦での特殊ルール、こちらからだとはっきり判る形で提案しなさい)


(了解しました。……あまり敵を作るやり方は感心できませんよカミラ様)


(敵を作るのでは無いわ、いざという時の為の予行練習という所よ)


(予行練習?)


(ええ、お伽噺/ゲームの最後は決まっているのだから)


(はあ、そうですか……)


 腑に落ちない声を出すアメリに、紅組への噂を流す様に指示し、カミラは通信を打ち切る。

 後は“その時”が来るのを待つだけだ。


「――“全て”が終わった時…………、いえ、私は本当に“終われる”のかしらね」


 自嘲気味に吐き出された言葉は、誰に届くこともなく、喧噪の中に消えた。




 それから先は、何事もなく競技は進んでいった。

 応援合戦は、良くも悪くもカミラの演説程の盛り上がりは無く。

 一年生合同の組み体操は、練習で見かけた時より完成度を上げ、見せ物としては上々。

 なまじ魔法を使っているだけに、前世のそれより安全に、かつアクロバティック。


(――私がいなくとも、世界は回る。もっと静かに、もっと幸せに……でも)

 

 でも、それでは“つまらない”し、カミラ自身が幸せに成れない。


(ああ、駄目ね。思考が暗い方向へ行ってしまうわ)


 苦笑しながら、カミラは首を横に振る。

 その様子を見たミリアが、不安そうに声をかけた。


「……カミラ先輩? やっぱり先ほどの短距離走の結果にご不満が?」


「そうでは無いわ、圧倒的な勝利ではなかったものの。良い勝負をしていたじゃない」


「ありがとう御座います! 皆もその事を聞けば喜ぶでしょう!」


「喜ぶ……ね」


「カミラ先輩?」


 何処か意味深に微笑むカミラに、ミリア戸惑う。

 カミラは、紅組に楔を打ち込む為、皆にも聞こえる様に大声で話始めた。


「ねぇミリア……、貴女達はそれで満足?」


「満足とは、どういう事ですかカミラ先輩」


 聞き耳を立て始めた者達を一人一人見渡してから、カミラは口を開く。


「貴方は自分達より上の実力者と互角に、ともすれば勝利さえ出来る事を知ったわ」


「はい、カミラ先輩のお陰です!」


「ええ、ありがとう。――でも、それでは足りない」


「足りない……ですか?」


 カミラはミリアの問いに、大きく頷いた。

 観戦していた長距離も終わり、選手達も戻ってきてカミラの言葉を聞いている。



「貴方達がこれから先、生きていく上で重要なモノが。――今の貴方達には足りない」



「敢えて言いましょう。……貴方達の半数以上が、密かに白組に寝返っている事は知っています」



 紅組生徒達がざわめく。



「その者達は幸いです。そして、その事を責めたりしません。皆も、責める事は禁止します」



 ざわめきが大きくなる。

 たまらず、ミリアが声を出す。


「で、では!? カミラ様は知っていて放置していたと!?」


「ええ、勿論」


「何故……」


 ミリアに、そして紅組全員に優しく微笑むと、カミラは真実の一部を明かす。



「色々な噂を聞いているでしょう……、それらは正しい。――私とユリシーヌ様は勝負をしている。そして」




「皆さんを、私は利用している――――」




「そ、それがどうしたと、言うのですか。私達はそれぐらいで裏切ったりしません!」



 声を張り上げるミリアに、カミラは冷静に告げる。



「ありがとうミリア。貴女の献身に感謝を。――そして皆にも。でも現実を見なさい」



 カミラは白組の陣地を指し示す。

 そこには、魔法体育祭開始時より員数が増えた白組の姿があった。



「あそこに居る紅組の者達は、私の企みを見抜いた者、その上で、敵対を選んだ勇気ある者達……」



「ミリアの様に、噂を聞いてなお揺らがず共に居ようと考える者もいるでしょう。しかし大多数はそうではない」


 カミラはゆっくりと見渡す。

 “そうでない”者は、心当たりがあるのか視線を反らした。


「み、みんな!? これはどういう……!?」


 カミラはミリアの頭を撫でてから、静かに強く言い放つ。




「貴方達には、――――失望したわ」




「上の私利私欲を良しとし、さりとて迎合するのでも無く、現状に満足し目を反らし続ける」



「幾ら力を付けようと、知恵を身につけても。今の貴方達は――――負け犬」



「力ある者に逆らえない、逆らう意志を持たない、負け犬」



 カミラの言葉に、幾人かが拳を握りしめる。



「白組と互角に戦えたのだから、満足? だから、使い捨ての駒と知ってなお、何もしない程に諦めてしまった?」



「では! 我らはどうすればいいのだ!」



 誰かが、声を張り上げた。

 その声は震えていたが、カミラには好ましく聞こえた。

 故に――道を示す。



「――――戦いなさい」



「そして――――意志を持ちなさい」



「誰かに利用されるのを良しとする弱者ではなく、利用される事すら利用する強者なる為に」



「貴方達が、真に矜持ある貴族である為に」



「守るべき者を守れる、勇士である為に」




「――――戦いなさい」



 戦え。

 その言葉が紅組全員の心に染み渡る、刻まれる。



「ではカミラ様! 私は白組に行き! 貴女と戦わせて貰います!」



 晴れやかに、誰かが叫ぶ。



「俺は貴女の側で、戦わせて欲しい! 貴女の盾となり、矛となり、共に勝利の栄光を掴ませて欲しい!」



 負けても良い、利用されても良い。

 所詮お遊びだから、本気にならなくてもいい。

 そんな考えで染まっていた生徒達が立ち上がる。



 カミラは満足気に頷き、最後の一押しを始める。



「貴方達の心意気、しかと聞き届けました。――その勇気を私は称えましょう」



「――しかし」



「どうか、一つだけ。私の我が儘を聞いてくださいませんか?」



 ミリアを始め、全ての紅組生徒が静かに続きを待った。



「私と、共に戦わないでください」



「カミラ様……?」


 皆の空気が困惑に満ちる。

 カミラが、言葉を重ねた。



「皆も知っている通り、私はユリシーヌ様と勝負をしております」



「そして、それに勝つには、紅組の勝利が必要です」



「ならば、我らにも手伝いをさせてください!」


「私達は、カミラ様に着いていきます!」



「貴方達の気持ちはとても嬉しいわ――それ故に、我が儘なのです」



 カミラは真摯に皆を見つめた。



「どうか、私一人で戦わせてください」



「どうか、私一人で勝利を手に入れさせてください」



「私一人だと負けるかもしれません。しかし、ユリシーヌ様に、私を刻むには、私一人で戦いたいのです」



「…………カミラ様」



 激しすぎる恋の熱情を帯びた言葉に、カミラに着こうとしていた者達が思いとどまる。



「カミラ先輩……、本気、なんですね」



「ええ、ミリア。馬鹿な女だと笑って頂戴。けれど私には、これしか方法が思いつかないの」



 儚げに笑うカミラに、離反しようと考えた者も、そうでない者も、その全てが口々に肯定の意を表した。



「ありがとう皆様。でも本気で倒しに来てくださいね」



 そしてもう一つ、カミラは駄目押しに餌をぶら下げる。



「白組の皆様にも伝えて下さい――――騎馬戦で私を倒した者には、このカミラ・セレンディアの名にかけて“何でも好きな願いを一つ”叶えましょう」



「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


「カミラ様! その言葉お忘れ無きよう!」


「ううっ! 我らの為に、その様な約束を――! 心苦しいですが、カミラ様の望みとあれば、全力で我ら立ちふさがりましょう!」



 カミラ様、カミラ様、カミラ様。

 観客や白組の注目を集める程の、シュプレヒコールが巻き起こる。

 騎馬戦が始まるまで、後僅かでの出来事だった。




 騎馬戦というと、一般的には下に三人、上に一人。

 そして頭の鉢巻を奪い合う。

 そういう競技である――――カミラの前世では。


 では今はどうなのか。

 カミラも、この学院に入学するまで知らなかったが。

 騎馬戦とは、魔法具――所謂マジックアイテムを組み合わせた特殊な馬型の魔法機械。魔動馬に跨がり。

 頭の鉢巻を狙いあう競技である。


 元々は、軍の実践演習で使われる方式だったが、貴族出身が多い学校だ。

 将来を見据えて取り入れた、という訳である。


 無論、競技様の剣と槍、楯等で武装し、魔法の使用が許可された。

 最早立派な模擬戦だ。


 カミラは用意された、軍用の鎧の一部。

 胸当てや籠手、足甲などを体操服の上から付けて魔動馬に騎乗する。


(下に着るものが体操着でなければ、様になってのでしょうが……)


 格好良いのか、男のフェチズムを刺激するのか。

 はたまた、ただのダサい格好か。

 カミラには判断出来なかったが、ともあれ準備は出来た。


 魔動馬のエンジンに火を入れ、指定の位置へと向かう。


 広大なグラウンドを二分。


 方や三百人を超す――その姿、白の軍団。


 対するは一人。


 ただ一人、紅を背負った女が一人。


 普通なら、見せしめや制裁を思わせる戦力差。

 だが両者の顔には、油断も満身も伺えない。

 寧ろ、たった一人を相手にする白組には、恐れ、怯えといった表情まである。


「さあさあ、本日最後の種目! 皆お待ちかね! 騎馬戦だああああああああ!」


「今回……は、特殊……ルール」


「カミラ様VS紅組白組連合! いったいどうしてこうなっているんだあああああああああああああ!?」


「おち、ついて……アメリ嬢……」


「うむ、気持ちは判るが落ち着くがよいアメリ嬢」


「……ぐぅ。取り乱しました済みません。――おほん。今回は特別ゲストとして、我らがジッド王陛下を解説にお迎えして、実況をお届けしたいと思います!」


「僭越……ながら、陛下。何故、この様な場に?」


「はっはっはっ! 何やら我が国一番の魔法使いと、将来を担う若者達の大激戦が見れると言うではないか! ただ座ってみるより、こうした方が面白い。そうであろう?」


 カミラは魔力で強化された視力にて、連合陣営の奥でゼロスが頭を抱えたのを見て笑った。

 この国の王族は、フットワークが軽い。


「えー、まぁ。こちらとしても盛り上がるのなら大歓迎ですが。では、今回は大幅ルール変更が行われた事もあります」


「ルール……説明を、行い……ます」


「どれ、それは儂がやろう……おっほん!」


 ジッド王は立ち上がり、手元の原稿を読み上げる。


「基本的なルールに関しては、いつもと同じである」



「一つ、各種武装の使用、魔法の使用が可能である。但し、人体や精神に重大な影響、欠損を与える魔法の使用は厳禁。もし使用が認められた場合、その陣営の反則負けとする」



「一つ、頭に着けた鉢巻を斬られたら脱落とする」



「一つ、指定の時刻まで生き残り、より多くの鉢巻を斬った陣営の勝ちである。――――以上!」



「えー、補足しますと。今回は一人対三百人の特殊ルールなので引き分けは無し。また鉢巻は自動カウントです」


「また……、カミラ様が、鉢巻を……落とされてた時点で……競技、終了」


「更に言えば、戦力差を鑑みて、カミラ嬢には魔法禁止を申し渡してある。――――油断するなよ連合軍の者達よ。いくら魔法が使えぬといっても、我が国一の魔法使い。魔力の扱いだけで勝利を勝ち得ているのは、前の数々の競技で身に染みているだろう?」


 ジッド王の言葉に、白組生徒が怖じ気付く。

 しかしそれを、紅組生徒が励まし奮起させるという光景が、しばらくの間、各所で見られた。


「なお、使用する剣と槍は実体刃では無く。布だけを切り裂く特殊な魔法光の刃ですので、ご安心を!」


「体操服……は、特殊な素材で……、出来ているので、残念ながら破れません。……ご安心を!」


「いやぁ……、昔は体操服も一緒に切れてなぁ……色々と眼福だったものよ! はっはっはっ!」


「セクハラですよジッド王、後でそこで睨んでいるお后様に叱られてください。頷いたOBの方々も同罪です、それぞれの奥方に怒られてくださいね!」


「ぬあああっ! ご、誤解なんじゃ我が后よっ!」


「……ご愁傷様です、我が王」


 慌てふためくジッド王と、壮年以上の貴族の男性にエミールは合掌。

 迂闊にも羨ましいと漏らした男子生徒が、女生徒から足蹴にされる中。

 アメリは高らかに宣言する。



「それでは――――各自位置について…………、スタート!」


 魔法の花火が一段と大きく音を鳴らし、開始の合図を告げた。





「さあて、どこから攻めましょうか……」


 カミラは舌なめずりしながら、槍を起動。

 先端に光の刃を出現させる。

 待機出力の魔動馬に魔力を注ぎ、戦闘速度をいつでも出せるように準備。


 眼前に相対する連合軍は、その隙を見逃さずカミラを包囲。

 実体楯と魔法による障壁を併用し、カミラの活動範囲を狭めた。


「おおっと! カミラ様いきなり包囲されてしまったーー! これはどうした事か!?」


「……連合軍の、動きについて、いけなかった?」


「いや、これは余裕の現れ。先手を譲ったという所じゃろう……」


 実況の言葉を裏付ける様に、悠然と佇むカミラ。


「一番隊! かかれーーーっ!」


「おう!」


「任された!」


「カミラ様お覚悟――――!」



 ゼロス王子の号令により、先ずは十人が突撃。

 四方八方から、カミラに向かってランスチャージ。



「うおおおおおおお!」


「いかに貴方とて――!」


「この人数では勝てまい――!」



 だが、槍の穂先が迫り来る届中、カミラは自分の槍の間合いの外にも関わらず、一振り。

 誰もが、その意味を計りかねたその瞬間。



「ば、馬鹿な」


「届く筈がないのにっ!」


「どうして、どうして――――!?」



 突撃してきた生徒、その十人全ての魔動馬の首が落ちると共に、鉢巻が切れて落ちる。



「一糸乱れぬ同時攻撃、けれど残念ね。――――まだまだ、練度が足りない」



「ああっとおおおおおおおお! これはどうした事かあああああああ! カミラ様の槍が届いた様子も無いのに、魔動馬ごと一刀両断だああああああああ!」


「……凄い、早業……」


「あれは魔力を操作して透明な刃を作り出しただけでなく、それを長く延ばしたのだ。呪文の詠唱無く、魔法陣も無く、ただの感覚でやっけのけるとは……誠、天才としか例えようが無いのう」


「では残された二百九十人は、あの槍をどう攻略するかが、勝利の鍵という事ですか?」


 アメリの言葉に、カミラはニヤリと笑った。

 また、カミラの動作を全て見切る事の出来たジッド王は、アメリの言葉を訂正する。


「そうか……、アメリ嬢には見えなかったか」


「え、それはどういう――――」


 それを聞き返す前に、異変は訪れる。



「そ、そんな事って――――」


「何が起きているんだいったい!」


「審判! 審判! これは反則じゃないのか!?」



 次の瞬間、誰もが目を疑った。

 カミラを包囲していた五十人。

 そして、その後ろで魔法を使っていた四十人。

 その全て、悉くが――――。



「――――な、な、な、何が起こったああああああああああああああああああああああああ!?」


「審判判定……来ました……」


「魔法を使用した形跡無し……やはりか。」


 ジッド王がやや呆れた顔で。

 エミールが驚愕し。

 アメリはその事実に、狂喜乱舞した。




「――――先ずは百人。頂きましたわ」



 開始早々、たった一振りで連合軍百人が脱落。

 その事実に、会場中が沸き立った。





 開始早々に紅組・白組連合軍の三分の一を削り取ったカミラだったが。

 その後の戦況は良く言えば拮抗。

 悪く言えば停滞していた。


「……まだ、このまま。……です、かね……?」


「ああ、恐らくはな」


「あれ? どういう事です? カミラ様は順調に連合軍を倒している様に見えますが、違うのですか?」


 アメリの疑問に、ジッド王が答える。

 戦場ではカミラによってまた一人、また一人と、討ち取られている所だ。


「先の百人斬りで、流れが変わったのは判るな?」


「はい、連合軍の動きが鈍り、カミラ様が各個撃破を始めた様に見えますが」


「そう、それよ」


「それとは? お教え下さい陛下」


 代わりに、エミールが答えた。


「鈍った、んじゃない……、次の為に押さえている。……そして、各個撃破の……状況に、持ち込んでる」


「加えると、カミラ嬢がそれに付き合っているという所だな。――よく見るといい。カミラ嬢の周りに幾重にも魔法が掛かっているのが判るだろう?」


「ええ、カミラ様は気にしていない様ですが」


「あれ……は、不可視の刃を。……可視化する……魔法」


「刃の奇跡さえ見えれば、防ぐのは容易い。あの百人切りの本質は奇襲性にある。いくらカミラ嬢とて、種が割れた手品は使わない、ということだよアメリ嬢」


「なるほど、判りやすい解説ありがとうございますジッド王陛下」


 アメリと観客が現状を把握している一方、カミラは連合軍の脅威度を上方修正していた。



「ふふっ、褒めてあげますわっ! ええ、そうね。五十人の防御が破られたなら、倍にすればいい」



 言いつつ槍を一振り、また一人敵を倒す。



「四十人の魔法が打ち破られたなら、倍にすればいい」



 また一人、槍に貫かれ脱落していく。



「見えぬ刃は見えるようにすればいい」



 振り向きざまに、すれ違いざまに。

 時に槍を投げ、槍を奪い。

 その動作一つ一つで、敵を倒していくカミラ。



「十人が破られたら倍にすればいい。――言うのは簡単だけど、ええ。よく実行できたものね」



 包囲網の中で、倍の堅さと早さになった決死隊五十人は徐々に数を減らし、もう数人も残っていない。



「けれど、惜しかったわね。手が足りなくて魔法専門の隊も使わせながら前線に出すから――ほら」



 汗だくで息も切れ切れの数人を、カミラは一度に脱落させる。



「こんなにも簡単に溶けてしまう。――さ、貴方が最後の一人。この後は何を見せてくれるの?」



 汗一つかかず、余裕の笑みすら浮かべるカミラに。

 元紅組の男子生徒が、槍の杖に組み付き叫んだ。



「流石カミラ様! この後もお見通しでしたか! ならばこの後はどうしますかな! ――ぐあぁああああっ!」



 男子生徒はそのまま剣を抜きカミラを狙おうとするが、やはり無駄。

 カミラの方が遙かに素早く抜剣、彼が剣に手を伸ばす前に鉢巻を切り落とす。

 脱落判定が宣言される前に、男子生徒は最後の攻撃とばかりに声を張り上げる。



「――皆! 今だああああああああああああああ!」



 次の瞬間、脱落判定が下されると同時に彼は離れ。

 そのタイミングがギリギリ故に、カミラは連合軍の術中にはまる。



「――これはっ!?」



 騎馬戦始まって初めて、カミラの顔に焦りが浮かんだ。



「だだだだだ、大ピイイイイイイイイイインチっ! カミラ様、拘束され身動きが取れないいいいいいいいいいいっ!」


「成る程、これを狙って時間を稼いでいたのか」


「土属性、の魔法で……物理的拘束……」


「先ほどの応用で、魔法結界の範囲を狭めて牢獄に。考えたものだな」


「ちょっとおおおおおおおおおお! たった一人に対してガチ過ぎじゃありませんかあああああああ!」


「……贔屓、よくない……アメリ嬢」


「おお、攻撃魔法まで始まったな。圧倒的実力者に対しての答えが、この一つという訳だな」


 動けないカミラに、攻撃魔法が雨より激しく降り注ぐ。


「動けなくして……、遠くから消耗、させる……」


「鉢巻が取れれば儲けもの、そうでなくても大幅な疲弊が狙える。――――だが、狙い道理にいくものかな?」


「それは……?」


 楽しげに笑うジッド王に、エミールが不安を覚えた瞬間、――それは始まった。



「――――ふふふふふふふふっ! あはははははははははっ!」



「嘘だろっ! 何重に結界魔法掛かってると思ってるんだっ!」


「そもそも腕も足も金属で固めて地面と一体化させてるんだぞっ! なのに、なのに何で――――っ!」


「何で動いているんだよおおおおおおおおおおおおおおお!?」



 それは、連合軍から見れば悪夢のような光景だった。


 遠方から放たれる攻撃魔法は、何一つ効果は上げられず。


 塗り固められた金属は、ミシミシと罅が入り数分も持たずに分離。

 重石として機能している分、マシである。


 結界魔法で移動が制限されているが――、それもたった今、無駄になった。



「ああああああああああああああああああっ!」



 魔王の魔力を以て、魔法を使わずに、魔力による身体機能の強化。

 たったそれだけで、カミラは素手を以て結界を引き裂く。



「そうよっ! それでこそ我が学院の生徒達っ! あはははははっ! もっと! もっと私を楽しませなさい――――っ!」



 結界を無茶苦茶に突破された反動で、術者の生徒が一斉に脱落する。

 気絶も敗北条件なのだ。


「これも突破するか……いざ対面すると、凄まじいものだなカミラ嬢は。なぁユリシーヌ」


「カミラ様の魔法を禁止にして、漸く互角かと思いましたが。想定以上に一筋縄では行きませんね」


 この阿鼻叫喚を目の前に、冷や汗こそかいていたものの、ゼロス王子は冷静だった。

 ユリシーヌも同様だったが、二人の目には絶望の光は一切無い。

 むしろ――――。


「こういう行事は面倒だと思っていたが、面白いものだな!」


「ええ、楽しいですね殿下!」


「はっはっはっ! 我らも楽しいですぜ殿下! なぁ、そろそろでしょう! 行かせてくださいなぁ!」


 楽しげな司令塔と頭脳役に、連合軍のエース。

 筋肉まで脳味噌と名高いウィルソンが、獰猛に笑い槍を高々に掲げる。


「そう逸るな、もう少し待てウィルソン」


「ええ、この後直ぐに。カミラ様は“本当に”動けなくなります。――そこが狙い目です」


 ユリシーヌが策の真意を語った瞬間、カミラもまたそれに気付いていた。



(――しまったっ! 真逆、これが狙いだったと言うの!)



 嗚呼、嗚呼、とカミラは歓喜の声を漏らす。

 物理的拘束も、魔法的拘束も、遠距離からの攻撃すら“囮”

 全ては今の状況を作り出す為――――!



「おおおおっっとおおおおおおお! カミラ様が動かなくなったぞおおおおおお! いったいどうした事かあああああああ!」


「……そういう、事。か……」


「そうか、この封殺劇すら囮であったか……。カミラ嬢自体は突出していても、使う魔動馬はそうではない」


「カミラ嬢の……膨大な、魔力に……耐えられない……」


「ああ、見て見ろ。あんな無茶をしたのだ。魔動馬から煙が上がっている」


「そういう事ですかっ!? 魔動馬が動かなくなってもルール上負けではありませんが――――」


「普通なら……、実質的に、負け……」


「これは、負けてしまうのかカミラ様あああああああああああああああ!」


 アメリの言葉に、観客や連合軍の中に勝利ムードが漂った。



(言ってくれるわねアメリ。けど、このカミラ・セレンディア。魔動馬が動かなくなった所で、負ける女じゃないわ――――!)



「はっはっはーー! 者共! 我に続けえええええええええ! 覚悟はいいかカミラ嬢――――!」



 この後に及んで、更に歓喜の笑みを深めるカミラに、ウィルソン率いる主力戦力が突撃を始める。



「嗚呼、嗚呼。楽しい、愉しいわぁ! さあ! いらっしゃいっ! 私に人の輝きを見せて頂戴っ!」



 最早槍は不要と投げ捨て、剣に持ち替えるカミラ。

 自棄になった訳ではない、その証拠に両手に一振りずつ剣を持ち乱戦に備える構えだ。


 騎馬戦は、最終直面に達しようとしていた――――!



「ふふっ、動けない淑女を取り囲むなど、野蛮な事――――!」


「――ぬかせ! カミラ嬢!」


 四方八方から同時に切りつける敵に対し。

 魔動馬が壊れ動けないカミラは、左手の剣。

 光の刃を、自身を取り囲む様に円状にし対処。


 良く訓練された連携であるが故に、タイミングは読みやすい。

 空いた右の剣の刃を鞭のようにしならせ、先ずは囲む四人、返す刃でその外円にいるもう四人を狙う。

 ――だが。



「そう来ると思っていたぞおおおおおおおお!」



「ウィルソン様は、戦いの場となると、いっそう喧しいのですね」



 外円に居た最後の一人、ウィルソンにだけは防がれる。

 それどころか、鞭状にした事を逆手に取られ、右の剣を絡め取られてしまう。

 だがカミラも慌てる事無く、刃を消す事で対処。



「はっはっはっ! どうするカミラ嬢! また同じ事を繰り返すか!」



「あら、流石にこれは次の手を考えなければね」



 ウィルソンの獰猛な笑みに、同じく獰猛な笑みで返すカミラ。

 敵もさるもの、先の一瞬の攻防の間に倒れた穴を補充。

 再び同じ配置で、振り出しに戻る。



(――いえ、同じでは無いわね)



 カミラは見逃さなかった。

 四方八方からにじり寄る生徒達の剣は、防御の魔法や結界を重ねてある。

 同じようにすれば、一人目で対処されてしまうだろう。


「その首! 俺が頂くっ!」


「いやいや俺だねっ!」


「カミラ様を討ち取る栄光は私に――!」


 今度こそ、討ち取られてしまうのか。

 ウィルソン達や観客達が勝利を予感した刹那、カミラは動いた。




「――――最後まで、気を抜くのは未熟と言うものよ」




「見事、なり…………」




 取り囲む敵兵が動きを止め、一瞬の空白の後、全員がどうっと倒れ込む。



「は!? ええっ! 何が起こったかわかりませんが! 学園一の怪力ウィルソン率いる主力部隊が! 今! 一斉に脱落したああああああああああ!」


「……見えな、かった」


「恐ろしい女だ、カミラ嬢は。真逆、槍を捨てた事すら意味があったなんて……」


「見えたのですか!? 陛下!」


「ああ、あの一瞬。カミラ嬢は周囲からの攻撃を先程と同じように防ぐと同時に、円状に変えた刃を更に変形させ、鉢巻を狙う刃を出現させた……」


「では、槍の意味は?」


「あれは槍を捨てたと見せかけて、槍による攻撃はないと意識の外へその存在を追い出した」


「だけど……実際は、遠隔操作……いつでも、攻撃出来る状態に……」


「ああ、そうしてウィルソンの隙を付き、見事鉢巻を斬って見せたのだ」


「うおおおおおおおおおおっ! カミラ様っ! 貴女は何処までその強さをわたしに見せてくれるのかあああああああああ!?」


「アメリ嬢……、連合軍も……、応援、して……」



 ジッド王の評価をまた一つ上げながら、カミラは次なる手に移る。

 暢気に実況を聞いている場合では無い。



「ふふっ、可愛らしい事。効かぬと解っていて魔法による攻撃を再開するとは――」



 だが目眩ましにはなるし、そしてカミラにとって福音となる魔法攻撃だった。


(魔法による絨毯爆撃のお陰で、退避しそこねた魔動馬がそこら中にあるわ。なら――――!)


 カミラは右手の光剣に込める魔力を調整。

 スタングレネード代わりに投擲――――。


「――ぐぁっ! 何が起こっている!?」


「目がぁっ! 目がぁっ!」


「狼狽えるなっ! カミラ様が来るぞおおおおおおおおお!」


「待てっ! 狙いは馬だっ! 空いてる馬を破壊しろっ!」


 音と閃光により数人が脱落、動けない者は、効果範囲から逃れたものが後ろに下がらせ。

 ゼロス王子の命により、魔動馬の破壊が始まる。



「ふふっ。ユリシーヌ様ね、きっと――――」



 カミラは確信した。

 カミラの事だけを考え、カミラの行動を予測し続けていたユリシーヌだけが、魔動馬の事まで読み切っていたに違いない。



「――正しく、愛だわっ!」



 溢れ出る愛の衝動に身を任せ、カミラは跳躍した。

 もはや策も何もない。

 その愛を以て、蹂躙するのみだ。


「そ、そんなっ! 壊れた馬を足場にっ!」


「打ち落とすんだっ! 魔法急げっ!」


「無理です、効果ありま――――ぐあぁっ!」


 例えるならば、それは八艘跳び。

 前世で言うところの源義経の如く、鎧や重石を意に介さず跳躍。

 更には残る剣を投擲し、鉢巻を切り裂くと同時に落馬させ、次なる足場を作る。


「凄いっ! 凄すぎますカミラ様あああああああああああああ! 最早カミラ様に魔動馬など必要ないのかああああああああ!」


「ふむ、跳躍からの、素手で鉢巻をむしり取った上に、ついでに剣や槍まで奪うか……」


「それより……、真似されると、危ないから……、来年から、禁止の……方向で……」


「あ、異議なしです」


「当然だな」


 実況が変な方向へ行く中、カミラの快進撃は続く。

 千切っては投げ、刺しては跳躍。

 かと思えば奪った魔動馬でランスチャージの直後には、魔動馬をフラッシュグレネード代わりに爆発。

 凄まじい蹂躙っぷりに、虐殺ショーと勘違いした観客がカミラを応援し始める。


「いいぞカミラ様ーーーーー! もっとやっちまえええええええ!」


「もっと派手なの見せてくれよっ!」



「ふふふふふふふふふっ! あははははははははははっ! いいわよっ! 今日は特別に見せて上げるっ! ――――大・爆・殺・ランスアタアアアアアアアアアアック!」



 テンションの上がったカミラは、適当な技名を叫びながら、魔力を込めすぎた槍を跳躍からの投擲。

 音の壁を越えた衝撃と、爆発の二つの衝撃が連合軍を襲い。

 その全戦力は脱落したかに思えた――――。 



「決まったああああああああああああああ! カミラ様の止めの一撃いいいいいいいいいい!」


「――いや、まだだアメリ嬢!」


「煙で……よく、見えない……」



 流石は将来国を背負って立つ人物達と言うべきか。

 爆発の煙が晴れた先に居たのは、ゼロス、ヴァネッサ、ユリシーヌの三人だけだった。 



「ああ、そういえばヴァネッサ様は結界魔法がお得意でしたわね――でも、もう限界でしょう」



 観客が固唾を飲む中、先ずヴァネッサが魔力を使い果たして気絶、脱落である。



「これは凄いっ! カミラ様の猛攻に耐え残った者は、我らがゼロス王子とユリシーヌ様だあああああああああ!」


「ヴァネッサ様……、お見事、でした……」


「ほう、ゼロスは良い嫁を貰ったのう……」


「陛下、陛下。結婚はまだですよ」


「おっと、うっかりしてたわい。しかしこれなら王家は安泰じゃの」


「それは、いい……ですが、まだ決着が……」


 エミールが指し示した先に、気絶したヴァネッサを大切そうに抱き抱えたゼロス。

 そのお伽噺の様な光景に、観客が沸き立つ。


(ええ、折角の決着ですもの。前座に花くらい持たせて上げましょう)


 自国の王子を前座扱いしながら、カミラは待った。

 さほど時間がかからず、駆け寄ってきた保険医にヴァネッサを任せると、王子は槍を取ってカミラと相対する。



「あら、ゼロス殿下が先なのね」



「ああ、後を託せる奴がいるからな」



 ちらりと後ろを向き、ゼロスがユリシーヌへ頷く。

 まだ、何か策があるのだろうか。

 カミラは背筋をゾクゾクさせながら、うっとりとユリシーヌを見つめた。



「おいおい、俺を相手によそ見か? 随分とつれないなカミラ嬢」



「あら、申し訳ありませんわ殿下。――では、潔く散る覚悟はよろしくて?」



 カミラは視線を戻し、拾っていた突撃槍を構える。

 対し、ゼロス王子も突撃槍を構えた。



「ああ、覚悟はできてるさ。――お前に後悔させる覚悟をなっ! うおおおおおおおおおおおおお!」



「はあああああああああああああああああああ!」



 両者、最大速力で激突。 

 勝者は――――。



「カミラ様! ゼロス殿下に勝ち星いいいいいいいいいいいいい! 後はユリシーヌ様だけだあああああああああああ!」



「――ああ、楽しかった。だが次は……伝説に勝てるかな? カミラ嬢」



「ゼロス殿下?」



 その言葉の意味を問いただす前に、ゼロス王子の鉢巻が落ち、同時に気絶により脱落。



 そして、最後の一人。

 ユリシーヌがカミラの前に立ちはだかった。




「“これ”を使わなければいい、私はそう思っていました……」



 カミラと相対するユリシーヌは、受け継ぎし『聖剣ランブッシュ』を虚空より取り出す。

 その光景に、カミラは思わず槍を取り落としかけ、素に帰った。



「――え? 本気ですの?」



「ええ、勿論。条件付きで帯剣の許しを陛下から得ています」



 すらりと音もなく抜剣。

 実用的であるのに豪奢さも備える宝剣を、ユリシーヌは構えた。



「ユリシーヌ様が剣を新たに取り出したああああああああああ! ……あれ? 武器の持ち込みって禁止されてませんでしたっけ? それに……」


「ああ……どこかで、見たような……」


 首を傾げる二人と観客に、ジッド王が答える。


「勝負が一方的になってはつまらないと思ってな、儂が条件付きで許可したのだ…………あの聖剣を」


「成る程、どのような条件だったんですか? だいたい想像はつきますが」


「うむ。ユリシーヌ嬢が最後まで残り、カミラ嬢と一対一となった時のみ、使用を許可している」


「……いえ、いえ、いえいえ!? いえいえいえいえ!? 聞くのはそこじゃないですよアメリ嬢!?」


「あ、エミール様が長く喋るの初めて聞きました」


「うむ、儂も初めてじゃ」


「違いますよお二人とも!?」


 エミールが観客の気持ちを代弁する様に、勢いよく立ち上がる。

 普段、ローテンションな彼にしては珍しい行為。

 しかし無理もあるまい。


「聖剣って!? あの聖剣ランブッシュですか!? あれは行方不明になっていた筈じゃ……!? そもそもなんでユリシーヌ様が使えて!? あれは限られた者にしか使えない筈では!?」


「あああああああっ! そうですよジッド王陛下! あれ聖剣ランブッシュじゃないですか!?」


 驚きざわめく群衆と二人に向かって、ジッド王は高らかに言い放った。



「今まで隠しておったのだがな……、そこにいるユリシーヌこそが、――――前勇者の血族にして。聖剣ランブッシュを受け継ぎし者なのじゃ!」



「陛下まで……、ここでそれをバラすのですの……?」


 カミラは急展開に、頭をくらくらさせた。

 こんなの聞いていない。


(いえ、今はそうでは無く。私が魔王だと知っている陛下が、その天敵である“聖剣”の使用を許可したという事実)


 ジッド王は、カミラと敵対するつもりなのか。

 浮かんだ考えを、カミラは即座に否定した。


(幾らユリシーヌ様とて、禄に実践経験の無い若輩者。魔王である私を殺させようとする筈がない)


 ならば、ならばこれは――――。



(――――そう、試練なのね)



 ユリウスを思う王からの試練。

 魔王であるその身で、魔王の力を使わずにユリウスを越える力を、守れる力を示す試練。



「手加減はしない、出来ませんよカミラ様。降伏するなら今の内ですわ」



「貴女が聖剣を使ってくるのは予想外だったけれど――――、打ち破ってみせましょう!」



「……貴女なら、そう言うと思いました」


 ユリシーヌは魔動馬に魔力を注ぎ込み、突撃の構えを見せる。

 対しカミラは槍を構え、突撃に備えた。


 カミラ達が気を伺う一方、実況ではユリシーヌの拝啓について、ジッド王からの説明が終わろうとしていた。

 無論、性別の事は隠してある。


「――成る程、ユリシーヌ様はそのお血筋と聖剣故に、今まで存在を隠されていたと」


「……合点が、行きました。……それで、ゼロス殿下と、最初から……親しかったの、ですね……」


「すまぬな。どこから魔族に漏れるかわからぬ以上、迂闊に広めることは出来なかったのじゃ……」


「では、何故今のタイミングで話したのですか陛下?」


「一つは、ユリシーヌが成長し力を付けた事。もう一つは――――」


 ジッド王はカミラを見る。


「カミラ様……ですか?」


「ああ、若くして国一番の魔法の使い手にして、希代の発明家、経営家。武術の腕も優れる彼女に、ユリシーヌは勝てるのか。それともカミラ嬢が勝つのか……見てみたくなったのじゃ……」


「どちらが勝っても、負けても。親友同士であるお二人は共に成長出来る……そういう事ですね」


「うむ」


「ならば……我々は、見届けましょう……次の王を支える、忠臣達の戦い、を……」



 恐らくは、ジッド王の話術の巧みさだろう。

 会場の空気を、良い方向へ持って行った会話に、カミラは苦笑する。



「嗚呼、嗚呼。案外とやっかいなモノね……」



 カミラは今、攻め倦ねていた。

 それはユリシーヌも同じであるのが、せめてもの慰めだ。


(“聖剣”……、それは“魔王”に人が対抗する為に生み出された“世界”の絡繰り。――ええ、認めましょう。この騎馬戦において、ユリウス様は手強い)


 聖剣に対峙した魔王の“理”として、カミラは今、大幅に弱体化していた。

 具体的に言うと、魔王の魔力が大幅に制限されている状態だ。



(今の膠着は、ユリウス様が戦士として未熟であるから。――そして、私に“決め手”がないからだわ)



 だが、だが。

 カミラとて、聖剣を持たぬ身で魔王を屠った実力者だ。

 負ける訳にはいかない――――!



「予告しますわ。…………この一回の突撃で、見事、貴女を破って見せましょう!」



 カミラは槍を高々と掲げ、ユリシーヌに宣言する。

 会場が割れる程の声援を背にしながら、魔動馬へ全ての魔力を注ぎ込む。



「いいでしょう……ッ! やれるものなら、やってみなさい――――ッ!」



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



「やああああああああああああああああああああああッ!」



 カミラは爆発しそうな勢いで、魔動馬を直進。

 ユリシーヌも一歩も譲らず直進。



「危なああああああああい! このままでは、ぶつかってしまうぞおおおおおおお!」


「これは……」


「若いのう……、そのままぶつかる気じゃな」



 その実況の直後、ドガンと大きな音がして二者の魔動馬が激突。



「――やはり、そう来ましたか」



「考える事は同じ、でも貴女の槍はもう使えない――――ッ!」



 観客達が見たものは、激突による惨事ではなく。

 互いに武器を突き立てあった、壊れた魔動馬。

 そして――――!



「私の勝ちですカミラ様――――ッ!」



 聖剣を引き抜き、振りかぶるユリシーヌ。

 カミラの槍は魔動馬を壊した衝撃で折れ、使い物にならない。

 逃げる場所など何処にも無く、代わりの武器もない。

 ――――最早、敗北を座して待つのみ。


 誰もが、そしてユリシーヌさえもそう考えた瞬間――。



「この瞬間を――――待っていたわ」



 刹那の出来事だった。

 頭を反らし、紙一重で鉢巻への一撃を避けたカミラは、聖剣の一撃を金属の重石が着いたままの右腕で受け止める。

 そして、刃が腕や肩に食い込むのを気にせず――――。



「――――かはッ! ……肉を斬らせて、骨を断つ…………、見事、でした…………ッ!」



 ユリシーヌは、腹部へ強烈な一撃を受け昏倒した。

 カミラのボディブローが、綺麗に決まったのだ。



「……傷つけて、ごめんなさいユリウス」



 愛する者を抱き留め、聞こえてないであろうに。

 否、聞こえていないからこそ、その耳に謝罪の言葉を残す。

 そして、聖剣による痛みを耐えかねて、カミラも昏倒した。

 意識を失っても、ユリシーヌを離さなかったのは、愛のなせる技、とアメリは後日語ったが。

 ともあれ――――。



「ついに決着ううううううううううううううう! 勝者はカミラ様っ! 紙一重の戦いでしたっ! 皆さんお二人に惜しみない拍手を――――!」



 ここに、魔法体育祭学生の部は全て終了した。

 勝者は、騎馬戦を制したカミラ――引いては紅組。

 なお対軍騎馬戦は、次の年から目玉競技として伝統となるのだった。




 閉会式を保健室で過ごし、夕方に目覚めたカミラは屋上に来ていた。

 同じく寝ていたであろうユリシーヌは、既に退出したらしく、保健室にはカミラ一人。


「ユリシーヌ様を探してもよかったけれど……ええ、こうしているのも悪くはないわ……」


 夕焼けの中、風に長い髪を揺らし眼下をぼんやりと眺める。


「……きっと、これが青春というものなのね」


 前世はわりと灰色の青春だった。

 ――だってオタクだもの。


 今回はやりたい放題しているが、それもこないだの誕生日からだ。

 それまでは、下準備に過ぎない。


「あらあら、片づけご苦労様だこと……」


 カミラはユリシーヌを探した。

 前世でも今背でもユリシーヌ一筋、どんなに豆粒でも某赤白ストライプおじさんを探せ的なあれでも、ユリシーヌならコンマ一秒で見分ける自信がある。

 しかし――。


「残念……、校舎の中かしらね……」


 見つからなかった事を残念に思う。

 カミラはずくずくと疼く疵痕をそっと撫で、溜息を一つ。

 このまま今日は、夜まで黄昏ているのも一興かもしれない。

 アンニュイな気分で、そう考えていると――しかし、そうは問屋が下ろさない。

 もとい、アメリが許さなかった。


「ああ~~! カミラ様、こんな所にいたあっ!」


「……アメリ。今、私はメランコリックに黄昏る夕日の中の美少女を演出しているのだから、邪魔しないで頂戴」


「そうそう、夕日とカミラ様はとてもお綺麗……じゃなくてっ! 傷がまだ塞がっていないんだから、安静にして下さいよぉ~~!」


 うるうると瞳を揺らし、カミラに縋りつくアメリ。


「はいはい、心配させてごめんなさいね」


「そうじゃないですよっ! もっと御自分の体を御自愛してくださいって話ですぅ~~! うう~~、ぐりぐり~~」


 カミラに抱きつき、その胸に顔を埋めるアメリ。

 だがカミラは数秒もしない内に違和感を感じた。

 ――もしかして、怒っているのだろうか?


「ちょっとアメリっ! くすぐったいったらっ! やんっ、もう…………って、アメリ? 何か力強くない?」


「いいえっ! そんな事っ! ありっ! まっ! せんよっ! ていっ!」


「あ痛っ! ちょっ! ちょっとっ! 痛いってっ! 何傷口バシバシ叩いてるのよっ!」


「どうせカミラ様は言って解っても繰り返すんですからっ! 体に直接っ! 教え込むんですぅ~~」


 うるうるから、えぐえぐに変わってきたアメリに、カミラは仕方がないと、されるがままにした。

 アメリの指摘は妥当であるし、繰り返す自信もある。

 ならば、可愛い部下の気持ちを、受け止めるくらいはしよう。


(でもまぁ……、それだけじゃ面白くないわね)


 カミラとしては、そっちの気は余りないが、他人の素肌に慣れるという点では、予行練習になるだろう。


「それに、女同士だからノーカン、ノーカンよね」


「……カミラ様、何か言いました? ……ちょっと! 離してくださいよカミラ様っ! 顔近っ! 何するつもりですか!? いやホントマジでっ!?」


 不穏な空気を感じ取ったアメリは、直ちに離脱しようとするが、時は既に遅し。

 哀れ、カミラに肩をがっちり捕まれている。


「私としてもね、こう、同性同士っていうのも余り理解出来ないけど。誰か男をあてがうのも違う気がするし……、ならユリシーヌ様の予行練習もかねて、ね?」


「可愛く首傾げても駄目ですよカミラ様ああああああああああああああああ! 無理無理無理っ! わたしだってそっちの気はありませんよっ! って言ってる側からベンチに押し倒さないでくださいいいいいいい!」


 カミラは屋上のベンチの上で、アメリの膝に馬乗りになる。


「あら、そうなの? でも折角だし、女同士の快楽でも試してみれば、フられたときの慰めになると思わない?」


「ひゃうんっ! お尻っ! どこでそんなイヤラシい手つき学んだんですかぁっ! っていうか、わたし好きな人が出来ても、フられるの前提なんですかっ!?」


 必死に抵抗しながら、がびーんとショックを受けるアメリ。

 カミラはあれ? と誤解を解く。


「安心しなさいアメリ……フられた時、というのは。私がユリシーヌ様に失恋した時だから」


「それもっと駄目なヤツじゃないですかあああああああああああっ! 早く来て下さいユリシーヌ様ああああああああああ! わたしの貞操がカミラ様にいいいいいいいいいいいい!」


「大丈夫よ、破りませんわ」


「ちっとも大丈夫じゃないですううううううううう!」


 念のために言うと、カミラは本気ではない。

 アメリの反応が愉しいので、襲うふりをしているだけなのだ。

 しかし、抵抗に必死でそれに気づけないアメリは、一心に神に祈った。

 

 ――そして、救いの神。

 もとい、救いの女装美少年は現れた。


「――やっと見つけましたカミラ様ッ! 今まで何処に…………何処に…………。えっと、お邪魔、でしたか?」


「違います邪魔じゃないです助けて下さいユリシーヌ様ぁっ!」 


 勢いよく屋上へやってきたユリシーヌが見たモノは。

 今まさに、一線を無理矢理越えようとしている、禁断の歪な主従愛。 

 助けてと聞いたものの、顔見知りがそういう関係である衝撃に、頭が追いつかない。

 ――そしてそれは、カミラも同じ。


「あ、あら? ええっと……、その……こ、これは……誤解、なのよ?」


 取り繕う様に、殊更ニッコリと。

 が、駄目。

 アメリの触り心地の良い尻を、撫で回しており。

 当然、そこにユリシーヌの鋭い視線が刺さる。


「ああ、いえ。本当にお邪魔したようで……」


「待ってっ! 待ってくださいましユリシーヌ様!」


「カミラ様! 手、手ぇ! 止めて下さい! ああもうっ! わたしは席を外しますからっ! ――――ほらっ! ごゆっくりっ!」


 アメリはフリーズしかけたカミラを残し、逃走。

 残された二人は、しばし無言で見つめ合う。

 やがて、カラスの鳴き声で我に返ったカミラは、慌ててベンチから立ち上がり、ごほんと咳払い。

 簡単な身繕いを済ませた後、扇をバッと広げ、キリッとユリシーヌに近づく。


「――――それで、何のようですのユリシーヌ様?」


「あれを流すのかお前はッ!」


「ユリシーヌ様、素が出てますわ」


「あれを流すのですか!? カミラ様! ――ではないですわ。ええ解ってますとも、どうせいつものじゃれ合いの類でしょう? アメリ様がお可愛いのは解りますが、からかうのも程々にするんですよ」


「ふふっ、善処しますわ」


「…………はぁ、貴女らしいですわね」


 胡散臭いカミラの笑顔に、用事を思い出したのか、ユリシーヌは本題を切り出した。


「所で――、知っていたんですの?」


「何を、と問い返すのは無粋ですわね……ええ、答えましょう。“あれ”は関知の外ですわ。勿論、何れはと私も考えていましたが……」 


「となると、陛下のご判断ですか……」


 ユリシーヌは黙り込んだ。

 今まで王国の影となるべく育てられた身だ。


「戸惑っていらっしゃるの? ユリシーヌ様」


「……そうですね。あれが貴女の差し向けた事なら、納得がいきましたが。しかし、真逆、陛下が……」


 俯くユリシーヌ。

 長く綺麗な銀髪に隠され、表情は解らないが。


(戸惑いでは無いわ。たぶん…………)


 カミラは慈悲に満ちあふれた声で、そっと寄り添った。


「何故、陛下は貴女のことを言い出したと思いますか?」


「…………私の事が、いらなくなった。そう考える程子供ではありません。――きっと、聖剣に持つに値すると認めて下さったのだと思います……」


「でも、納得がいかない。と?」


「納得……とは違うと思います。ただ……」


「ただ?」


 促されユリシーヌは、ぽつりぽつりと心を吐露し始める。


「……不安とも違うんです。きっと。――貴女があの日、私の秘密を言い出したときに、何かが変わる予感はしていたのです……心の何処かでは」


「陛下のなさりようは、甘い。私を本当に“影”として育てる気があったのならば、私は今この場に居らず、この手も血に塗れていたでしょう……」


「解っていた、解っていたんです……でも、それがどうしてか解らない。どうしていいか、私には、解らない…………」


 ユリシーヌはふらふらと歩くと、先ほどのベンチに力なく座り込んだ。

 カミラは再びユリシーヌに近づくと、その顔を胸に、そっと抱き抱える。


「“ユリウス”様……、貴男はきっと、知らないだけなのですわ……」


「……知らない? 俺が、何を……?」


 柔らかな体と、どこか安心する匂いに。

 ユリウスは無意識に甘えを求め、瞳を閉じて身を委ねた。


「――『愛』」


「…………あ、い?」


「ええ、貴男を育てたエインズワースの方々に、家族としての、親としての愛が無かったとは言いません。……それは貴男が一番ご存じでしょうから」


「では、何の愛だと言うんだ……?」


 カミラはユリウスを抱く腕に、少し力を込めた。


「……“血”そして、敬愛する叔父を失い、行き場を喪った、哀れな“愛”」


「でも勘違いしないで、それは決して後ろ向きなものではない。ただ、愛する者の忘れ形見を守ろうとした、不器用な愛」


「エインズワース家の娘ユリシーヌではなく。カイス殿下の息子ユリウスとして、貴男は血の繋がった者達に愛されているの……」


「だからこそ、俺を影に置いておきたくなかった……、日の当たる場所に……か。勝手な話だ」


「ええ、勝手なのです。陛下も私も、そして貴男も」


「俺も? ……いや、そうだな。俺も、勝手に思いこんでいた。王国の影でいる事を、ユリウスとして生きる事を、心の底では勝手に諦めていたんだな」


 カミラは何も言わずに、ただ微笑んだ。


「――――ッ!?」


「どうしました? ユリウス様。お顔が赤いですわ? 何処かまだ御加減でも……」


「ち、違うッ! ただ――」


 ユリウスは言い淀んだ。

 言えるわけがない。


 ――その笑顔に、見とれてしまったなんて。


 その気持ちを悟れまいと、ユリウスはバッとカミラの腕から逃れると、目を泳がせ逡巡した後、ぼすんと彼女の膝へ頭を倒す。


「ユ、ユリウス様!?」


「き、今日は疲れたッ! お前は勝者だろッ! 勝者の余裕として、俺をお前の膝で休ませろッ!」


(ななななななッ!? 何言っているんだ俺は――――――ッ!?)


 しかめた顔でユリウスがパニクる中、突然そんな事をされたカミラも冷静ではいられない。


「え、ええっ! それぐらい、それぐらいかまわなくてよっ! ふふふふふふっ!」


(え、何? 何これは!? ユリウス様がついにデレた!? デレてくれたの!? じゃあじゃあ、このままイッちゃう? 夜までゴーなの私!? やだやだ、今汗くさいの、今日の下着運動用でちょっとダサいのよ!?)


 顔はあくまで、先ほどと同じく慈母の笑みで。

 中身は妄想激しい乙女に。

 だが悲しいかな、頭の冷静な部分が告げる。

 ――はて、そういえば、ユリウスは何の為に来たのだろうか?


「ええ、ええ……(このままで居たいから、本当は、本当に聞きたくないけれど)ユリウス様、先ほどは私を探していらした様子でしたけど、何かご用があったのでは?」


「あ? ああ、そうだった。だがその内一つはもう済んだ」


「済んだのですか?」


「……よくも外堀から埋めやがって、と一言文句でも言うつもりだったんだ」


「あら、あら。うふふっ、それは残念でしたね」


 内心、面倒な事でなくて良かったと安堵しながら、カミラはユリウスの髪を撫でる。

 ――しかしこの男、カミラより髪がさらさらである。


「ああ、そうでない事は解ったし、お前のお陰で愛されている事を知れた。その辺も含めて、後で陛下に聞きに行くさ……」


「ええ、そうなさるのがよろしいわ。けれど、残念でしたわ。私ならば、陛下よりもっとドラマティックにお披露目したものを…………」


「…………ああ、陛下に俺は、本当に愛されているんだな」


「ちょっと! 何処を聞いたらその言葉が出てくるんですユリウス様っ!」


「今のお前の言葉を聞いたら、誰だってそう思うぞ……」


 ぷくっと頬を膨らませるカミラに、ユリウスは衝動的に、人差し指でその頬をツツく。


(こういうコロコロ表情が変わる所、見てて飽きないな…………、って! 俺は今何を考えた何をしたあああああああ!?)


 ユリウスは目を丸くしたあと、同様を隠すように顔をお腹の側に向ける。

 だがそれは悪手、彼女の甘い匂いと柔らかな躰の感触が増えただけであった。


 カミラと言えば、予想外過ぎるユリウスの反応に同様し、彼の耳が真っ赤になっているを痛恨の見逃し。

 自分も耳まで顔を真っ赤にしながら、目を泳がせて次の話題へ。


「もうっ! ……それで“二つ”と言いましたけど、もう一つは何ですの?」


「……いいにお――ゴホンッ! あ、いや……、もう一つ――って、解らないのかお前?」


「何の事です?」


 コテン、と首を傾げる姿すら胸が高まる状況に、何なんだこの気持ち、と叫びたいのを堪え、ユリウスは鉄の意志で回答した。


「……なんだ、忘れたのか? 俺達は、勝負をしていただろう」


「勝負? …………ああ! 勝負でしたわね!」


 色ボケした頭では、若干時間がかかったが、カミラはしかと思い出した。


「……お前、絶対忘れてただろう」


「さ、さて? 何のことですやら……」


「いや本当、何の為にお前は勝利を重ねてきたんだよ」


 溜息混じりの言葉に、カミラはぐぅと唸った。

 確かに、途中から、否、最初から勝利こそが目的だった。


「……敗者は、勝者の望む言葉で愛を囁き、口づけをする。確かそうでしたわね」


「ああ、そして俺はお前に負けた。悔しいけど負けた敗北者だ」


「あら、拗ねているんですの?」


「こんな格好だが、一応男だからな、意地ってものが多少なりともある……。さ、言え今日だけは何でも望む言葉を言ってやる」


(ただし、口づけは額か頬だ。唇にはしてやるものか)


 だが、カミラから放たれた言葉は、ユリウスの想定を越えたものだった。



「ええ、――――いりませんわ」



「成る程、いらないと…………? いらない? え!? はぁッ!? どうしたんだお前! さては偽物だなッ!?」


 ガバっと起き上がり、ズザササッと距離を取ったユリウスに、カミラは不満げな視線を送る。


「……幾ら何でも、その反応は傷つきますわユリウス様」


「あ、いや……すまない。でも何故?」


 カミラは、はぁ、と溜息一つ。

 ついで再び扇子を広げて、ニッコリと笑う。


「今日は楽しかった…………という理由は如何ですか?」


「今考えただろう、それ」


「ふふっ。信じてしまったら、どうしようかと思いましたわ」


「抜かせ……、で、本当の理由は?」


 カミラは直ぐには答えず、手すりの所まで移動する。



「――偽物なんて、必要ありませんわ」



「偽物……」



「ええ、そうです。……とても、とても魅力的な報酬でした。私の望むがままの言葉を囁いて欲しい、そして唇じゃなくても、貴男のキスが頂けるなら……」



「お見通しだったか……、でも、それならば……」



「でも駄目なんです。私が欲しいのは“私の望む言葉”じゃない。貴男が“心から発する言葉”です」



 ユリウスは、言葉が出なかった。



「――最初から解っている嘘の愛の言葉など、後で泣いてしまうでしょうから」



「…………で、は。では何故、……お前は、勝利を欲したんだ?」



 絞り出した様な苦しげな声色に、カミラは振り返り優しく微笑んだ。



「貴男に示したかった。本気の貴男に勝って、証明したかった。私が、私なら貴男を守れると」



「この先どんな敵が現れても、どの様な苦難が待ち受けていても、私だけが、私こそが、貴男を。――その心も身体も、全て守りきれると」



「ユリウス……私は誓いますわ。例えどんな事があろうとも、貴男を守ると……」



 その姿にユリウスは見惚れ、そして戸惑いを覚えた。

 夕日に照らされ、カミラの輪郭が燃えるような赤に染まる。

 真っ直ぐに向けられた金色の瞳は、静謐に輝き。

 その口元は、まるで我が子を見る慈母のそれ。


 安心と、信頼と、愛情と、そして力強さ。

 何より情念の深さが伺えた。


(なのに……、なのにどうして俺は……)



 このカミラ・セレンディアという女が、今にも壊れそうな程、儚げに見えているのだろう。



「俺、は……」


 何を言えばいい、何と言えばいい。

 この言葉を受け止めればいいのか、拒否すればいいのか。

 ユリウスはそれすらも解らなかった。


(嗚呼、嗚呼。やはりユリウス様はお優しい、戸惑うなら、解らないなら、拒否されたなら、私は絶望出来るのに――――)


 沈黙するユリウスに、カミラは告げる。

 きっとそれは純真な“それ”ではないけれど。

 たぶん、呪いでしかないのかもしれないけれど。


 もっと、伝わればいい。

 もっと、私だけをみればいい。

 もっと、もっと――――。



「――――愛していますユリウス。遙か喪われた現在から、そして今この瞬間も」



「――だから、だからッ! そんな顔で泣くなカミラ」


「私は……」


 何時の間に泣いていたのだろう。

 震える指でそっと頬に触れると、一筋の滴。


「いつもお前はそうだッ! 俺が好きだと言って泣くッ! 嬉し涙で、絶望の顔でッ!」


「ユリウス様……」


「頼むから……そんな顔で泣かないでくれ……、何故だか、俺の心が痛むんだ……」


 そう言って、ユリウスはこの場から逃げ出した。

 これ以上ここにいると、自分でも何を言い、何をするか解らなかったからだ。


「…………好きになって、愛してしまってごめんなさいユリウス様」


 カミラの言葉は、屋上に吹く風に溶けて消えた。



 屋上へ続く階段を駆け下りたユリウスは、踊り場で立ちすくんでいた。


(今まで、何処か他人事だった。現実味が無かった。…………アイツは、本当に俺の事が好きなんだな)


「――でも、俺にどうしろって言うんだ。……俺はどうしたいんだ」


 言葉に出せども、聞くものは誰も居らず。

 ユリウスは鬘は乱れるのにも構わず、頭をかきむしる。

 すると――――。


「――あれ? ユリシーヌ様何やってるんです? カミラ様とのお話終わりました? あ、もしかしてカミラ様、もう帰っちゃいましたか?」


「あ、ああ。アメリ様ですね。お見苦しい所をお見せしました。――カミラ様なら、まだ屋上ですよ」


「本当ですか! ありがとうございます、ではわたしはこれで――」


 階段を走りだそうとしたアメリを、ユリシーヌは引き留めた。


「――待てッ! ……いえ、お待ちになって」


「えへへ、大丈夫ですよ男口調でも、カミラ様から聞いてますから」


「あの女は……いえ、そうではなく。迎えに行くのは少し待って頂けないかしら」


「……カミラ様と何かありました?」


「ええ、少し……」


 ユリシーヌは自嘲気味に言った。


「たぶん私は、カミラ様を傷つけてしまった。……泣かせてしまいました……だから……」


「……わかりましたユリシーヌ様。わたしの前では涙なんて見せないカミラ様ですもの。きっと今行けば困らせてしまいますね」


 寂しげに笑うアメリに、ユリシーヌは問う。


「……私を責めないのですか?」


「カミラ様泣かせた事は、ちょっと信じがたいですし本当なら気に入りません、不愉快です。――でも」


 羨望と嫉妬そして希望の混じった瞳で、アメリはユリシーヌを見た。


「きっとカミラ様は、ご両親の前でも涙を見せたことが無いんです。ユリシーヌ様はそれだけ特別で、わたしには立ち入れない領域ですから、だから――お願いします」


「直ぐ解るようなくだらない嘘をついたり、悪戯ばっかりするカミラ様ですが、貴男にだけは正面から向き合おうと、素直でいたいと思っている筈です」


「だから、貴男の心にその時がきたら、その時はカミラ様に答えて上げて下さい。ユリシーヌ様が拒否なさる理由は、今日も一つ剥がれました。きっとこれからも剥がれていくでしょうから」


 お願いしますと、深々と頭を下げるアメリに、ユリシーヌは、ユリウスは答えた。


「何時になるか解りません。けれど、その時がきたらきっと、――心からの、誠実な答えを」


「はいっ! ――おっと、何時までもこうして喋っていたら、カミラ様が来てしまうかもしれません。さ、さ、もう行ってください」


 背を押すアメリに苦笑しながら、ユリシーヌは歩き出す。


「ええ、感謝するわアメリ様。――それではまた明日」


「はい、また明日!」


 先ほどの事を考えると気まずいが、明日はタッグトーナメント戦だ。


(それにアイツは、何事もなかった様な顔で、挨拶してくるに違いない)


 そうであればいい、そうしなければならない。

 いつも通り、いつもの顔でこちらも答えるのだと。

 ユリシーヌは心の痛みを無視しながら、寄宿舎への帰途についた。




 今日は、魔法体育祭の二日目タッグトーナメント戦。

 行事予定的に二日目となっているだけで、実際には自由参加。

 学院の敷地にあるコロシアムを利用するから、という理由と予算の関係で魔法体育祭に組み込まれているのである。


「……ねぇアメリ、今日の衣装は格好いいかしら、可愛いかしら?」


「カミラ様…………何度目ですかその質問。大人しく犠牲者……じゃなかった。ユリシーヌ……ああ、今日はユリウス様でしたっけ。ええ大人しく待ちましょうよ」


「犠牲者って何よ!? ご主人様に向かって酷くないっ!」


「悪戯でも~、押し倒して禁断の領域に落とそうとする人に~、向ける敬意なんてありませ~ん」


「…………ぐぅ」


「おや、カミラ様でもぐうの音が出るんですね?」


「もうっ……白々しい……」


 カミラとアメリは今、寄宿舎の前でユリウスを待っている最中であった。

 なお、カミラが気にしている本日の服装は。

 所々皮で防護されたドレス……、そう戦いには向かないドレス。

 戦いやすい様に編み上げブーツと、皮の手甲を付けているが、どうみても昨日の騎馬戦のほうがしっかりとした装備である。


「拗ねた顔のカミラ様も可愛いですよー。とまぁそれはそれとして、そのテンガロンハット似合ってますけど、何か意味はあるんですか?」


 質問に、カミラは顔をぱあっと輝かせて答える。


「ええ、勿論あるわ――――今日のコーデはガンマン令嬢スタイル……といった所なのよ! 格好いいでしょう!」


「いや、確かに格好いいですけど……」


「ポイントはね、この大きなホルスター付きベルトなのっ!」


 カミラは腰のベルトを叩く、するとホルスター事銃が、否、拳銃と長剣を組み合わせた様な、奇妙な代物、もといロマン武器が頼もしそうに揺れた。

 ――しかも右と左で計二丁、ロマン追い求めすぎである。


「可愛くて綺麗な女の子と、不釣り合いな物騒な武器。それが男性の好みってものでしょう?」


「……聞いたことありませんよ? 何処情報ですかそれ?」


「……あれ? 違った?」


 カミラは首を傾げた。

 前世では定番だと思っていたのだが。

 ――その辺り、前世で恋人がいなかった理由が伺えるものである。


「っていうか、何ですその武器。銃ってやつは危険だから領地でも秘密にされているんじゃ?」


「大丈夫よ、これは鉛弾を飛ばすんじゃなくて、私の魔力を飛ばすものだから。それに接近戦も出来る優れものよ?」


「……普通に、魔法と剣で戦った方が早いのでは?」


「そこはそれ、これはこれ、よ」


 ウインクをばちこーんと投げ、カミラは誤魔化した。

 言えるわけがない、未だ攻撃魔法を制御しきれないなんて。

 そんな事、筆頭魔法使いの沽券に関わる。

 制御をうっかり間違って、観客を巻き込んでコロシアムを吹き飛ばしてしまったら大惨事だ。


「まぁ、クラウス叔父様と戦うには、慣れぬ武器のほうが丁度言いハンデかもしれませんね」


「そうよね……それがあるのよね……」


 カミラは困った顔で溜息を吐き出す。


「クラウス叔父様とセシリー叔母様に勝ったら、ユリウス様との事、認めて貰えるんでしたよね。頑張って下さい! ――だってカミラ様がとっとと結婚してくれなくちゃ、わたし嫁ぎ遅れてしまうじゃないですか」


「アメリ、貴女の心配はそこなのね……」


 一瞬感動しかけたカミラだったが、続く言葉にがっくしと肩を落とす。

 そんなカミラに、アメリは大真面目に答えた。


「カミラ様はその辺、気にしないですけど、わたしの様な立場では、結構気にしないといけないんですからね! お子さまが産まれるなら、こっちも合わせて産むように言われてますし……」


「……その心遣いは嬉しいけど、何かちょっと複雑だわ」


「カミラ様って、何か庶民感覚ありますよね? 市井で一人暮らしとか、無いですのに」


「もって産まれたものね、貴女がフォローしてくれればいいわ。……頼りにしてる」


「ええ、お任せ下さい」


 優しい笑顔に、元気に胸を張って答えるアメリ。

 こいつら、本当に百合の気ないんだろうな……?


 誰に見せるでもなく、主従が仲の良さを披露していると、寄宿舎の扉が開いた。

 ぎゅるっと顔をそちらに向けるカミラの姿に、アメリは苦笑する。


「カミラ様はブレませんねぇ……」


 ユリウスが言っていた“泣かせてしまった”とはいったい何だったのか。


(強い人……、でもそこが心配な所でもあるんですよカミラ様……)


 次からは、気を利かせても覗き見だけはしようと、心に強く誓いながら、アメリはカミラの為に一歩下がった。


「――――おはようカミラ、そしてアメリ嬢。どうやら待たせたみたいだな」


「うむ、すまぬな二人とも、ユリシーヌがユリウスとなるのに、少しヴァネッサがな……」


「もうっ! わたくしだけの所為じゃないですわよっ! ゼロス殿下だって、悪のりしていた癖に!」


 ぷりぷり怒るヴァネッサの様子に、ご機嫌取りを始めるゼロス。

 いつもの光景として放って置く事にしたユリウスは、ぽーっとしているカミラに近づく。


「……どうした? ヴァネッサ様の趣味が入っているとは言え、そう悪い格好ではない――」


「――いい」


「カミラ?」


「いい……良いですわヴァネッサ様! こんな、こんなにユリウス様がカッコよくなるなんて!」


「おいちょっとッ! カミラッ!?」


 きゃーきゃーくねくねと、奇声を上げ胸板やら、腰やらをぺたぺた触るカミラに、ユリウスはドン引きした。


(昨日の涙はどこ行ったんだコイツ!)


 無論、明後日の彼方である。


「ふわああああああ、まるで王子様……私の王子様……このユリウス様が今日一日私のモノに……ヴァネッサ様! このカミラ! 未来永劫貴女についていきますわ!」


 カミラと違い、ユリウスはきちんと装備を整えていた。

 動きやすい軽装の鎧に、白いマント。

 鎧の下は、ゼロスから借りた王族用の軍服だ。

 ――ただ、戦いをするには少々華美ではあったが。


「ええ、ええ! お解りになりますかカミラ様! ほら殿下、カミラ様はとても喜んでいるではないですか! 多少の待ち時間で、男がぐだぐだ言うものではありませんわ」


「……ユリウスの着替えに三時間が、多少?」


 げんなりとするゼロスに、ユリウスが苦笑した。

 大変だったのだ。男とばれずにヴァネッサの見る前で着替えるのは。

 途中で、何か疑うような目で見ていたのは気のせいだと信じたい。

 いや、気のせいである。


「んちゅ~、ヴァネッサ様大好き!」


「あん、カミラ様ったら。唇は駄目ですわよ」


「いや、ほっぺも駄目だぞカミラ嬢! ヴァネッサの全ては俺のモノなんだからなっ! これ以上は絶対にやらんぞっ!」


 喜びのあまりヴァネッサの頬に口づけしたカミラを威嚇しながら、ゼロスはヴァネッサを抱き抱えて遠ざかる。


「もう……、殿下ったら……心配しなくても、わたくしわ殿下の女ですわ」


「ああ、すまないヴァネッサ。例え女同士の他愛のない戯れであっても、俺はお前を独占していたいのだ……」


「殿下……!」


「ヴァネッサ……!」


 ヒシッと抱き合う二人に、ユリウスはまたも苦笑した。

 カミラはその隙に、ユリウスの側に寄る。


「ああなっては暫く戻ってこないな……仲が良いのは結構なんだが……」


「いいではありませんか、まだ時間はありますし。それに、ユリウス様は大事な事をお忘れですわ――」


 何かを期待する様に、上目遣いのカミラに、ユリウスはふむ……と考えた。


(大事な事…………、ああ、そうか)


 一時的にでも男に戻った事で、すっかり失念していた。

 女性とはそういう生き物だと、よく身に染みていたというのに。


「今日の格好は、お前に良く似合っているな……かわ――、いや何でもない」


 女である時の様に、可愛い、と続けようとして止めた。

 今日は何故だか、素直に褒め言葉が出てこない。


「本当ですか!? えへへ……、やっぱりユリウス様も、この様な格好がお好きなの? でしたら普段から……」


「――――ッ!?」


 腕にぎゅっと抱きついたカミラに、ユリウスは驚愕した。


(馬鹿な…………、ただの肉だ、こんなのは!)


 言い聞かせた言葉は、虚しく己の心に消える。

 そう――カミラの衣装は夜会用のドレスを改造したものだ。


 即ち、胸元が大きく空いてある。


 そして、カミラの胸はそこそこ大きい。


 さらに、ユリウスの腕に押しつけてある。


 この方程式の意味する所とは――――。


(何なんだコイツ! わざとか!? 天然なのか!? 今にも、こぼれそうじゃないか…………ッ!)


 残念ながら、計算ではなく天然である。

 前世の影響ですっかりコスプレ気分のカミラは、褒められた事と相まって、頬を赤く染めて幸せ気分で一杯なだけなのだ。


(くそッ、くそッ、くそッ! 不公平だこんなのッ!)


 果たして何が不公平なのか。

 ともあれ、やらねばならぬ、と謎の覚悟を決めたユリウスは、逆襲を開始する。


「カミラ……、今日のお前は、いつもより美しい」


「え、ひゃっ!? ユリウスさま……?」


 抱きついたままのカミラの頬に、空いている手を添えて瞳を見つめる。

 ――断じて、胸元なんて見ていないし、頬の柔らかさに動揺なんてしていない。


「ああ、その様に頬を赤くするお前も可愛いよ……」


「ゆ、ゆりうすさまぁ…………はふぅ…………」


 腰砕けになり、崩れ落ちそうなカミラを支え、その柔らかな肉体の感触に、ほわっ! と内心叫びながらユリウスは続ける。


「そうだな……、普段のからこういう格好も良いかもしれない。……でも、お前の肌は、俺以外に少しでも見せたくないんだ……」


「……はい、ゆりうすさまぁん」


 参考にしたのはゼロスが以前、ヴァネッサに向けて言っていた言葉。

 だが、本当に借り物かどうかは、最早解らぬままに。

 本能が訴えるまま、ユリウスはカミラを褒め続けた。


「えー…………、何この、甘ったるい空間……」


 アメリは、一人身を寂しく思いながら眺める。

 なにやらユリウスが盛大な自爆をしている気がするが、カミラが幸せそうならそれで、と放置の方向だ。


 結局この光景は、トーナメントに遅刻しそうになるまで続いたのであった。




 ユリウスが自爆しながら、カミラに甘い言葉を囁いていた一方その頃。

 学院の隅にある懲罰房は修羅場だった。

 ――否、聖女セーラが修羅場を起こしていた。


「さ、手を動かしてっ! トーン張って頂戴」


「ディジーグリー! 何度言ったらわかるのっ! ベタははみ出さないっ!」


「いや、私はこの様な事をしに来た訳じゃ……あ、はい」


 懲罰房の中は激変していた。

 ベッドと机しかない部屋は、本棚と机が増やされ、更に紙屑や収納しきれなかった本――それも特殊なモノが散乱。

 有り体に言って、汚部屋である。

 しかも、そればかりではない。


「なぁ、聖女の嬢ちゃん。オレはこの真っ黒のを塗ってればいいんだ?」


 うんざりした声の持ち主は、先日カミラとユリウスによって捕らえられた魔族フライ・ディア。

 どう考えても、この場にいるべき人物ではない。

 そして、BL漫画を手伝っている様な人物では、ない。


「……フライ、お前が居ながら、どうして止めていな――っ!? 指を切ってしまったぞ……」


「ちょっと!? 原稿汚していないでしょうねっ! これからの活動資金になるんだから、もっと丁寧にやってよ!」


「いやいやいや!? クソッタレのディジーグリーとはいえ指の方を心配しろよ!?」


「なによ文句あんのっ! アタシは聖女様なのよっ! アンタらだって救ってみせる最強の聖女様なんだから、ちょっとは役に立ちなさい、そもそも、アンタ達は頑丈なんだから、指切ったくらいで直ぐ治るでしょ」


「……いや私の身体は人間を使ってるから、簡単には治らないんだが」


「気合いでなんとかしなさい。さ、手を動かす」


 お互いに不憫そうな顔を向けながら、男二人は作業に戻る。

 かりかり、ぺたぺた、がりがり。



「――あ、構図わかんなくなったから、今度は二人で絡んで」



「マジか……マジかよ……」


 のろのろと立ち上がるフライ、その哀れな姿に学園長の中の人、ディジーグリーは涙した。

 これがかつてのライバルなのか、人類抹殺の超タカ派のフライは何処に行ってしまったのだろう。


「ほら、ディジーグリーも早く!」


「うむむ、承知し――――あ、あああああああああああああああああ! 時間! ああっ! もうこんな時間じゃないかっ!」


「お、どうした。顔青いぞお前」


「おい! この腐った聖女! 今日がトーナメントの開始日だっていってあっただろっ! 後五分で始まってしまう……ああ、開幕の挨拶があるのにっ!」


「おー、おー。それはご愁傷様。まぁ人間達に怪しまれない様に、言い訳でも考えておくんだな」


 正に人事なので、ケラケラと笑うフライ。

 慌てるディジーグリーとは正反対に、落ち着き払ったセーラは、丁寧に筆を置く。


「成る程――つまり、あのモブ女をぎゃふんと言わせる準備が出来たって事ね! こっちには始祖シリーズがあるんだから、目にモノみせてやるわっ! クケケケケケケケケケケッ!」


「三下みたいな笑い声してないで、急げ腐聖女! 仮面をつけるのも忘れるなよ!」


「ま、がんばれや、オレは朝寝とでも――――おい、なんで肩を掴む」


「逃がさん……お前だけは逃がしてなるものか!」


 一人だけ優雅に朝寝とか許してなるものか、とディジーグリーはフライのも仮面をぐいぐいと押しつける。


「おいっ! この仮面なんなんだっ! オレはこんな男狂いと一緒に戦わないぞ! オレの神聖な戦いが汚れてしまう!」


「男狂いとは人聞きの悪い…………アタシはねっ! ちゃんと、男にちやほやされるのが好きなのよ! ――後! ちょっと男同士の絡みも好きなだけよっ!」


「「それを男狂いと言うんだ大馬鹿!」」


 タッグトーナメンが始まろうとする裏で、セーラのどことなく腐臭のする陰謀が始まろうとしていた――――!



 時刻は開会式の後。

 割り当てられたカミラの選手控え室に、カミラ、ユリウス、アメリの三人は居た。


「いやー、間に合って良かったですねカミラ様。もう少しで出場者参列に間に合わなかった所ですよぅ……ですよ、ですよ?」


 にこにこと笑いながら、額に青筋を浮かべるアメリに、カミラはたじたじとなった。

 隣ではユリウスも、同じ様にばつの悪そうな顔をしている。


「……その件については大変申し訳なく思っているわアメリ」


「あー、辛かったなぁーー。砂糖がじゃらじゃらする中で一人だったし、言っても聞こえてなっかったもーん。あー、辛かったなー」


「いや、その。俺からもすまないアメリ嬢」


「いいえー、いいんですよぅ。なんと言っても“婚約者”で父親に許可を求めて戦うぐらい“お熱い”関係なんですしぃー、愛す二人は時間の感覚なんて、忘れてしまいますよねぇーー」


「きゃっ、そうよねアメリ。私達はラブラブカップルなんですの、時間の感覚なんてないのですわ!」


「皮肉ですよカミラ様! ちょっとは反省してください、そして調子のんな色ボケ女!」


「ふふっ、今の私は、何を言われようとも! ユリウス様が抱きしめてくれた事実だけで、無敵だわ!」


「――違うッ! 違わないけど違うぞ……。くそッ! なんで俺はこんな女に……」


 くねくねするカミラと、悔しそうなユリウスにアメリは盛大な溜息。

 ――やっぱりこの女、どうしようもなく手遅れである。


「あー、もー。……まぁ、それでこそカミラ様と言えばカミラ様なのですが……、これからはユリウス様、貴男にも止める責任が出てくるので、ちゃんとしてくださいよ……」


「……何を言う、何を言うんだアメリ嬢。俺はまだカミラと恋人にも婚約もしてないのだぞ……そんな責任など……」


「声が震えてますよユリウス様。陛下によって表に出されて、現状に口出しさせずにいて。更に事情に気づいているクラウス叔父様に結婚……交際の許しでしたっけ? まぁそれを求めに行くのです…………どっからどう見ても“詰み”では?」


「…………まだ、まだ、何もしてないし、そんな関係になってないから」


 往生際悪く言い募るユリウスに、アメリは慈悲の心で以て指摘しなかった。

 

(“まだ”って言ってる時点で、この状況を断固拒否していない時点で、心が傾いている事に気づいているんですかね? ……気づいてないんでしょうねぇ)


「何だアメリ嬢、その気持ちの悪い笑顔は……」


「いいえ~、敢えて言うならこの先楽しみだなって……っていうか、カミラ様いつまでクネクネしてるんですか気持ち悪い」


 口を挟まずに静かだと見てみれば、この有様。

 いったい何を企んでいるのかと、二人が注目すると――。


「んもう。人が折角、子供は三人居て白い大型犬を飼って過ごす幸せ家族計画を練っていたのに……」


「――ガンバ! ユリウス様! わたしの手には負えません!」


「良い笑顔で言うな押しつけるな諦めるなッ!?」


「――諦めていいんですよア・ナ・タ」


「寄り添うんじゃない頬を染めるな馬鹿女ッ!」



「――――その若造の言う通りだ。離れなさいカミラ…………、パパはまだお前をお嫁に行かせた覚えは無いぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



「パパ様!」


「ママも居るわよカミラちゃん」


「勿論忘れてませんわママ様っ!」


 突如として控え室に現れたセレンディア夫妻に、ユリウスは動揺を隠せない。

 カミラと言えば、顔を見た途端ユリウスから離れ、クラウスに抱きついた。


(お、俺は残念がっていないんだからなッ!)


(なんて考えてるんでしょうねぇ……ユリシーヌ様と違ってユリウス様はお顔に出ますねぇ……)


「パパ様!」


「おおカミラよ!」


 ――ちらっ。


「パパ様!」


「カミラよ!」


 ――ちらっ。


「いやいやいや! 言い終わる度に、つっこみはまだ? みたいにこっちを見ないでくださいよお二人とも!」


「ごめんなさいねアメリちゃん。あの子一人でも面倒くさいでしょう?」


「ママ様酷いっ!」


「面倒くさくない子なら、まだ恋人でないヒトを巻き込まないものよ」


「――うぐっ、気づいていたんですかママ様」


「ええ、若い頃の私そっくり」


「貴女譲りなんですか、この女の仕業はッ!」


 思わずユリウスがツッコんだ。

 実際の所は、前世の業+現世の血の合わせ技なので、責任は半分という所である。


「それで、何しにきたのパパ様。そろそろ予選のサバイバルが始まるのでは?」


 カミラとユリウスは一応学生なので、特別シード枠で予選無しで決戦トーナメント行きなのだ。


「それがな……朗報と言っていいのやら……」


「アナタ、はっきり言った方がいいのでは? 昨日やりすぎた、と」


 何やらはっきりしない夫妻に、アメリが続きを促す。


「つまり、何かあったんですね叔父様叔母様」


「うむ……実はな、昨日のお前達の戦いを見て、参加者が激減してな……」


「ましてや今回は、魔法有りの戦い。予選のサバイバルに残っても、確実に負けるだろうからって……」


「優勝の可能性が皆無なら、出ないと言う人達が続出したんですね、わかります」


「…………てへっ?」


「…………申し訳ない?」


 気まずそうに顔を見合わせ、縮こまる二人にセシリーがフォローを入れる。


「気にしなくていいわ、有象無象がいなくなっただけよ。優勝候補達はもとより、気合いのある腕自慢は残っているから」


「だが、予選は必要なくなってしまってな。その分の時間が空いてしまったのだ」


「でも、観客を待たせる訳にはいかない――ああ、見えてきましたよ叔父様叔母様」


「――成る程、それで相手は誰です? 直ぐに終わってしまうかもしれませんが、観客の目を楽しませる事くらいはしましょう」


「微力ながら、協力いたします」


「話が早くてたすかるわ、二人とも……、じゃあ、正々堂々と勝負しましょうね」


「うむ、エキシビジョンマッチは、私たち夫婦が相手だ――――恐れずににかかってこい未熟なる戦士よ……!」


「――――はいっ、パパ様! …………はい?」


「胸をかりるつもりで、全力で挑ま――――?」


「いやはや、エキシビジョンで結婚許可バトルをみれるのですか! こうしてはいられませんっ!皆に伝えなければ――――」


 とまぁ。

 つまりは、そういう事となった。


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