第1196話、わたくし、失われたメイドを求めて三千光年ですの⁉

「……メディア、君は一体?」




 その時僕は呆然と、自分を守るために銃弾を雨あられほど浴びて、血まみれになって床にうずくまっている、専属メイドのほうをただ見つめるばかりであった。




 ──ただし、その血液は表面的なものだけは辛うじて赤いものの、深く傷ついた肉の裂け目から流れ出ているのは、あたかも機械油のように粘っこい青色のものであり、そこから垣間見られる骨格も、いかにも金属めいたつやや輝きを有するものであったのだ。




 ……何だ、


 これは一体、何なんだ?


 ロボット?


 宇宙人?


 それとも、魔物か妖怪か?




──いや、そんなはずは無い。




 彼女メディアは幼い頃からずっとつきっきりで、僕の面倒を見てくれていたんだ。


 子供相手ゆえに何の遠慮も無い直接的な、『肌の触れ合いスキンシップ』も日常茶飯事だったし、


 多感な少女ゆえに、感情表現も豊かだし、


 とても、『つくりもの』や『人外の化物』とは、思えなかったのだ。




 ──それに何と言っても、彼女だけはずっと、僕の『味方』で居続けてくれたのだから。




 今この時も、護衛対象の僕の身替わりになって、『敵』の銃弾をすべてその身に受けながら、本来なら即死レベルのダメージさえ物ともせず、超絶技巧の格闘術で、『敵』をすべて行動不能に追い込んだのであった。




 ……そう、僕は常に、『敵』に付け狙われていたのだ。




 我が国有数の大富豪の、本家直系の一人息子として生まれて、


 幼い頃に、両親を事故で亡くして、


 現在グループ企業を牛耳っている祖父以外には近親の血族はおらず、すでに『次期当主』として決定しており、現在においては都心の閑静な住宅街の大豪邸で、優雅な一人暮らしをしていた。




 ──これではまさしく、自分から『襲ってくれ』と言わんばかりの、危険極まりない状況であろう。




 事実、我が一族に恨みを持つ者や、営利誘拐を目論む輩が、これまで幾度と無く僕ヘの暴力行為や誘拐を目的にして、屋敷内や外出時の街中にて襲撃してきたのであった。




 ……とはいえ、


 祖父を始めとする周囲の人たちが、まったくの無策で僕を放置しているはずは無かった。


 屋敷に勤めているのは、一見ごく普通の執事やメイドさんのようでいて、実はそのほとんどが格闘術や銃火器の取り扱いに長けた、『その道』のプロばかりであったのだ。


 中でもとりわけ凄腕で、僕の専属メイドとして四六時中つきっきりで護衛に当たっていたのが、他ならぬメディア嬢なのである。


 ──彼女は何かにつけ、『特別な存在』であった。


 何と、メディアには、『戸籍』が無かったのだ。


 そもそもその『メディア』と言う名前も、自己申告によるものでしか無く、本名とは限らなかった。


 それでもうちの祖父みたいに、絶大なる資産と権力を誇り、この国の暗部まで知り尽くしていれば、かなり複雑な事情を有する者であろうとも、己の利益になり得るのなら、難なく雇い入れることが可能であったのだ。


 他の使用人たちによると、生まれた時から海外の傭兵組織に所属していたとか、我が国の秘密機関から逃げ出してきたとか、まことしやかに噂されていた。


 あまりにも突拍子も無い話だが、けして一笑に付せないほど、それだけ彼女が『特別』だったわけだ。


 格闘術や銃火器の取り扱いが、他の使用人たちより抜きん出いたのは言うまでも無く、その年若さからは信じられないほど、知識が豊富で、頭が回り、問題解決能力や危険察知能力が高く、まるで機械仕掛けの『万能文化(猫)少女』に護衛されているように思えるほどであった。


 ……まさか本当に、人造人間だか人外だかだったとは。


 とはいえ、この手の話に良くあるように、性格まで機械そのものの、クール系無表情少女であるわけでは無く、むしろ年下の護衛対象である僕に対しては、ビジネスや祖父の命令であること以上に、親身になって尽くしてくれて、それはまるで母親や姉のようであったが、僕がこうして思春期を迎えてからは、密かに恋人であるかのように想いを寄せるほどであった。


 それと言うのも、彼女は僕が幼い頃から年格好がほとんど変わらず、昔は明らかに年上だったのに、今では同い年どころか年下に見えるくらいなのだ。


……そう言うところも昔から、機械や人外めいていたわけだ。




 だが、どんな過去や秘密が有ろうが、僕にとっては最も身近にいて、最も愛すべき相手であることには、間違いは無く、




 それはまさに、その驚くべき『正体』を目の当たりしたこの時においても、何ら変わりは無かったのだ。




「──メディア、死ぬな! お願いだ、僕を置いて行かないでくれ!」




 たとえ彼女が、どんな精密な機械であろうが、想像を絶する化物であろうが、現在においては『瀕死』の状況にあるのは間違い無かった。


 それはすでに彼女の表情が朦朧としていて、今にも意識を手放そうとしていることが、雄弁に物語っていた。


 だから僕は必死に彼女の耳元で、がなり立て続けたのだ。




「……お坊ちゃま」




 ──ッ。


「気がついたのか、メディア!」


「……申し訳、ございません」


「何で君が謝るんだよ⁉ そんな大けがまで負って、僕のことを守ってくれたのに!」


「……いいえ、私は、失敗してしまったのです」


 は?


「な、何だよ、『失敗』って?」


 それに、『また』だと?


 間違いなく彼女がここまで傷を負うことなんて、今回が初めてであり、そもそも護衛対象の僕を危険にさらしたこと自体、今まで一度も無かったのに。


「──ヤバい、記憶が混乱しているのか⁉ いいからもうしゃべらずに、安静にしていろ! 今君に死なれたりしたら、僕は一体どうなるんだ⁉」




「……大丈夫です、もしも私がここで身罷ったとしても、将来必ずあなたは、私と再び会えるのですから」




 え。


「……おまえを失ってしまうのに、またおまえと会えることができるって、一体どういうことなんだよ?」


 完全に矛盾しているじゃん。


 あれ程頭脳明晰だった武闘派メイドさんも、やはりいまわの際では、あらぬことを口走ってしまうものであろうか。


 そのようにむしろ僕のほうが焦りまくるあまりに、とりとめの無いことを考え巡らせていると、




 本日最大の衝撃の言葉を投下してくる、目の前の瀕死のメイドさん。




「──なぜなら私こそは、あなた様ご自身の手で作られた『人造人間』であり、このような不幸な過去をやり直すために、遠い未来からこの時代へと送り込まれてきたのですから」







(※次回に続きます)

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