第1172話、わたくし、『ちょい悪令嬢フライングクロスチョップ』ですの⁉(その9)

 ──あの、我らあかつき一族の希望の象徴ホシたる、当代の『ホワンロンの巫女姫』であった、私の双子の姉のうたが、自らの死の可能性を予知していながら、『普通の女の子』としてありたいと言ういかにも俗っぽい欲望のために、無為無策まま予知の通りに両親共々死んでしまったなんて⁉




「……そんな、どうしてよ?」




 予知能力者に生まれたことに、何の不満が有ると言うの?


 ──『ただの女の子』に、何の価値が有ると言うのよ⁉




 古き神祇の名家である明石月本家に生を受けながらも、予知能力を持たない『無能』であった場合は、人間扱いすらしてもらえないと言うのに!




 自分と同じ顔をした双子の姉が、将来の巫女姫として、蝶よ花よともてはやされて育てられているすぐ側で、実の両親からも相手にされることがほとんど無かった、惨めな毎日。


 その悲しみや辛さをごまかすようにして、周りに対して反発ばかりして、自ら「巫女姫なんてならなくて良かった、私は自由な暮らしを満喫してやる!」と嘯き、名家の御令嬢らしからぬ奔放な生活に興じる有り様となり、もはやあきれ果てた親族から見放されてしまい、ついには家を出て都会で孤独な一人暮らしを始めた。


 ──清々した。


 黴臭い時代錯誤の家とは、これでおさらばだ。


 最初の夜は遅くまで、独りっきりのパーティを楽しんだ。




 ──でもすべては、強がりでしか無かった。




 ベッドに入ってからは、自然と涙が止めども無くあふれ出た。


 ……どうして、


 どうして私は、




『選ばれなかった』のだろう。




 どうして『選ばれた』のは、姉の謡だったのだろう。




 もし選ばれたのが私なら、もっと理想的な巫女姫になったのに。


 巫女姫であることに不満を覚えたり、お役目から逃げ出したりしなかったのに。




 ──そう、彼女は結局、逃げ出したのだ。




 せっかく、巫女姫として生まれて、


 一生周りから大切に扱われて、


 国家級の権力者からも、下にも置かぬ扱いを受け続けられると言うのに、


『ただの女の子』なんかに憧れてしまって、


 己の命を失うことになったのだ。




 ──「ざまあみろ」と、思った。




 私がどんなに、『巫女姫』になりたかったか、わかるかしら?


 あなたのことを羨んだか、わかるかしら?


 あなたに『成り代わりたかった』か、わかるかしら?




 それなのに、むしろあなたのほうが、まるで私そのものの、『普通の女の子』になりたかったなんて。




 ……許せない。




 最初、『姉妹の入れ替わり』のアイディアを聞いた時、我が耳を疑った。


 私がこれまで心の底から希ってきたことを、いかにもちょっとしたいたずらみたいに、実現しようとするなんて。


 ──だから私は、呪ったのだ。




 彼女が、不幸に見舞われることを。




 ……もちろん、本気では無かった。


 そんなもの、単なる『逆恨み』でしか無かった。




 ──それなのに、


 ──それなのに、


 ──それなのに、


 ──それなのに、


 ──それなのに、


 ──それなのに、




 まさかそんな浅ましい願望が、現実のものとなってしまうとは。




 予知能力を有し、自分の死ぬ運命すら前もって知り得て、いくらでも回避できるはずだった姉が、あっさりと死んでしまい、


 そのことをどうしても認めることができなかった、一族の年寄りどもが、生き残った私を『姉』ということにしてしまうなんて。




 こうして私は、『巫女姫』になると言う、長年の望みを叶えることができた。




 己の実の姉の死と、引き換えに。




 いまだに予知能力なぞ持たず、『無能』なままで。




 ……結局、身の程知らずの望みは、己の身を滅ぼすだけであったのだ。




 あれだけ希っていたと言うのに、いざ実際に『巫女姫』になった時、私にはできることなぞ一つも無かった。


 それも、当然だ。


 巫女姫としての証しである、予知能力を持っているわけでも無く、


 将来の宗教的指導者としての、特別な教育を受けてきたわけでも無く、


 そして何よりも、私自身に巫女姫としての矜持なんて、微塵も無く、




 そんな有り様で、これから先『ホワンロンの巫女姫』として、やっていけるわけが無かったのだ。




 今のところは、事故による『一時的な記憶の混乱』として、何とかごまかしているが、いつまでも通用しはしないだろう。


 そのうち馬脚を現してしまうのは、必定だ。


 焦りまくった私は、藁にもすがる思いで、現実逃避をし始めた。




 ──魔導書で異世界から超能力者を召喚して、自分の代わりに未来予知をしてもらおうなんて。




 ……しかし驚いたことに、それが実現してしまうとは。




 そうなのである。


 今目の前には、『異世界の予知能力者』であり、『魔法王国の宗教的指導者』を自認する、絶世の美幼女がたたずんでいた。




 そうだ、私はやり直せるのだ。


 今度こそ、己の望みを叶えることができるのだ。




「──さあ、あなたが異界の予知能力者を名乗るなら、私の願いを叶えてちょうだい! あなたの助力ちからによって、私を姉に勝るとも劣らぬ、予知能力者にしてちょうだい!」




 のらりくらりと屁理屈ばかりこねられて、もはや我慢の限界を迎え、ついにしびれを切らせて怒号を轟かせるや、


 ──目の前の幼女が返してきた、残酷なる一言。




「それは、無理な相談と言うものね」




 なっ⁉




「今更何を言い出しているの? 私が何のために、わざわざあなたを召喚したと思っているのよ⁉」


「そりゃあわかっているわよ、だってわたくしは、『もう一人のあなた』なのですからね」


「はあ?」


 ……何だこいつ、まだそんなわけのわからないことを言い張って、私を煙に巻くつもりなのかよ?


「あなたが私だと言うのなら、私がこれまでどんなに悩んできたかわかるでしょう⁉」




「わかるわよ。──だからこそ、あなたの願いを叶えることはできないの」




 ………………………へ?




「実はわたくしは、この世界で公開されているWeb小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』の設定としては、単なる生まれ変わりでは無く、『真に理想的なあなた』として創られているの」


「り、『理想的な私』って?」


 おいおい、あんたが本当に私の『異世界における生まれ変わり』であるかどうかはともかく、一体どこが『理想的』って言うんだよ?




「理想的に決まっているでしょう? 実はわたくしは単にあなたの生まれ変わりと言うわけでは無く、あなたとお姉様の明石月謡さんとの、両方の生まれ変わりなのですもの♡」







(※【その10】に続きます)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る