第1171話、わたくし、『ちょい悪令嬢フライングクロスチョップ』ですの⁉(その8)
「……私の姉を、
長々と続いていたわけのわからない蘊蓄のオンパレードに、心底うんざりしていた時に、いきなり飛び出した驚天動地の言葉。
それは私にとっては、とても無視できるものでは無かった。
鬼気迫る表情で食ってかかる私に対して、しかし目の前の『真に理想的な予知能力者』を自認する絶世の美幼女は、微塵も動じること無く言い放つ。
「もし予知能力と言うものが、『ただ一つの未来をズバリと予言すること』であれば、お姉様はあなたと入れ替わってまで、あの日外出しなかったでしょうが、むしろ『真に理想的な予知能力』をお持ちだったからこそ、不幸に見舞われたなんて、皮肉な話ですわね」
──ッ。
「あ、あなたまさかあの日、姉が『自分が死ぬことを予知していた』とか、言うつもりじゃ無いでしょうね⁉」
「ええ、そのつもりですけど?」
「なっ⁉」
「あなたご自身がおっしゃったのでは無いですか、明石月の巫女姫こそ、代々この国の権力者に重用されてきた、『国家的宗教指導者級の予言者』だって。その当代の後継者であられたお姉様が、自分の死を予知できなくてどうするのです?」
そ、そういえば──
……確かにおかしいと、思っていたのだ。
どうして姉は、自分の死を予知できなかったのかと。
もし予知していたとして、それでもなお何ゆえに、外出なんてしてしまったのかと。
「別に疑問に思う必要は有りませんよ、それこそがお姉様が、『真に理想的な予知能力者』であることの証しなのだから」
……は?
「自分が死ぬことを予知していながら、無為無策のまま死んでしまうことが、真の予知能力者の証しですって?」
「だって、必ずしも死ぬとは、限りませんもの」
「え」
「ですから、何度も何度も申しているではございませんか? 『真に理想的な予知能力』とは、ただ一つの未来をピタリと予言することでは無く、未来の無限の可能性をすべて把握することだと。つまりお姉様は、自分が死ぬ未来だけでは無く、自分が生存し続ける未来も
「賭け? それに欲望、って……」
「生まれて以来ほとんどずっと本家のお屋敷の中に閉じ込められてきた彼女にとっては、『外の世界』に出て行けるのは、この機会こそが『最初で最後のチャンス』だと思ったのでしょうね。それで自分が事故で死んでしまう可能性がかなり高いことを知っていながら、『そうでは無い未来』も存在していることに、一縷の望みを託したのでしょう」
「そ、そんな⁉」
……でも、双子の妹である私なら、彼女を誰よりもすぐ近くで見守ってきた身としては、その気持ちも痛いほど良くわかった。
──そうだ。
どんなに姉が、外の世界に出て行って、自由に振る舞いたかったかを。
ごく普通の女の子として、ごく普通の幸せを満喫したかったかを。
──まさしく、彼女の双子の妹である、この私のように。
「……謡、そんなに悩んでいたなんて、妹の私がもっと早く気がついていれば。でも、私なんかの『普通の女の子』が、気づくわけが無いよね。──希代の予知能力者が、『普通の女の子』になることを、そんなに希っていたなんて」
いつしか無自覚に、両の
──しかしそれも、目の前の少女のあたかも冷や水を浴びせかけるような言葉によって、一気に引っ込んでしまうのであった。
「まあ、深窓の御令嬢が普通の女の子に憧れるお気持ちは、
──⁉
「な、何で、あなたにそんなことが言えるの⁉ 確かに謡は自分が死んでしまう未来も予知していたのでしょうけど、あなたが言うように、未来には『無限の可能性があり得る』のだから、けして彼女が死んでしまう運命だとは限らないんだし、予知能力者としても、けして間違っているとは言えないでしょうが⁉」
「いいえ、完全なる間違いです。──なぜなら予知能力者にとっては、『リスク回避』こそが、最大の使命なのですから」
「……リスク回避、って?」
な、何だ、どうして急に、『経営マネジメント』のような話になったんだ?
「そもそもどうして、『たった一つの未来をズバリ予言』できないのに、あなたの一族はこれまでずっと、この国の権力者に重用されてきたとお思いですの?」
あ。
「そう言われてみれば、予言者として、それ程大したことないよね? …………あれ? どうしてなんだろ?」
「それはもちろん、特に国
はあ?
「──いやいやいやいや、大きな責任を背負っていて、常に勝ち続けなければならない、国家級の権力者こそ、『絶対の必勝法』を知りたがるものじゃ無いの⁉」
「あなたは結局、何もわかっていないのですね。──真の勝者は、『必ず勝つ方法』よりも、『絶対に負けない方法』こそを、求めるものなのよ?」
「えっ、それって同じことなのでは?」
「全然違いますわよ。──この世界の歴史で言えば、第二次世界大戦時の日本やドイツのような枢軸国側が、『絶対に勝つ方法』ばかりを追い求めていたのに対して、アメリカやイギリスのような連合国側が、『絶対に負けない方法』こそを追求していたのですから」
──ッ。
「確かに日本やドイツは緒戦に限定すれば、自称『無敵の兵士や兵器や戦法』によって無双していたけど、それに対して完全に押され気味だった連合国側のほうは、レーダーを始めとする防衛体制こそに全力を注ぎ、当時絶対に有利と思われた日本軍やドイツ軍を、辛うじて退けることができて、その後も調子に乗り勝ち急ぐこと無く、敵側の拙攻を地道に潰し続けて、枢軸国側が疲弊し始めたのを見て取ってから猛攻勢に転じて、最終的に勝利をもぎ取ったのでは無いですか?」
「──うっ⁉」
「もっとわかりやすい例を挙げれば、おそらくあなたの御先祖様の顧客として、大昔には『戦国武将』なんかもおられたでしょうが、そのような手合いに『今度の
「──ううっ⁉」
「……ねえ、もうおわかりでしょう? 自分の予知能力によって、少しでも自分の命の危機が有り得ることを察知したのであれば、あなたのお姉様は外出自体を取り止めにすべきだったのであり、己の欲望に流されるままに、せっかくの予知能力を蔑ろにしてしまっては、『予知能力者失格』と誹られても仕方ないのですよ」
(※【その9】に続きます)
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