第1167話、わたくし、『ちょい悪令嬢フライングクロスチョップ』ですの⁉(その4)

「……『都市伝説』のメリーさんがかの『シュレディンガーの猫』のように、量子論的確率論に基づく存在で、『いるかいないか』は観測者の認識次第となり、たとえ異世界であろうが、現代日本からの転生者のように、メリーさんのことを知っていて、特にその実在性を肯定的に捉えていたら、異世界においても存在できるようになるですって⁉」




 あまりにも驚愕の事実の発覚に、つい声を荒げてしまった私こと、我が国における古き神祇の一族の末裔、あかつきよみであったが、


 それに対して目の前にいる二人のうち、メリーさんの、こちらも『都市伝説』級に恐ろしいまでの美しさと妖しさとを誇る幼女が、落ち着き払った表情のままで言い放つ。




「ですからメリーさんは、別に物理的に現代日本と異世界との間を行き来する必要も無く、どちらの世界においてもそこに存在する者が、何らかの形で『メリーさんの存在』を認識した途端、メリーさんは存在することになるのです。──そして、そんな彼女だからこそ、『境界線の守護者』としての任務を担っているのですよ」




「──いやだから、『境界線の守護者』って、一体何なのよ⁉」




「異世界転生や転移によって、自ら複数の世界を渡り歩いたり、あるいは召喚術によって、別の世界から人や物を自分の世界に招き寄せたりと言った、禁忌中の禁忌の所業を行い、世のことわりをねじ曲げたりすることの無いように、未然に防止したり事後的に修正を加えたりして、『すべてを無かったこと』にすることで、世界の安寧を守っておられる方々のことですよ」




「す、すべてを無かったことにするですって⁉」


「異世界転生だろうが転移だろうが召喚だろうが、最初から『そんなことは無かった』状態にするのです」


 ひいッ⁉


「……つ、つまり、(最近どこかのアニメで見たように)転生者や召喚の実行者を、一人一人抹殺していくとか?」


「──ったく、メリーさんのことを何だと思っているの? 別に物理的に排除する必要は無く、精神的に排除するだけで、ちゃんと事足りるのッ!」


「精神的に排除、って……」




「そもそも異世界転生とかって、本当に行われているわけでは無いの。あくまでも『純粋なる異世界人』が、むちゃくちゃ『本狂い』だったりして、現代日本レベルに読書の習慣を異世界に根付かせようとするものの、現在の異世界の文化レベルでは到底無理だし、自分自身にも現代日本レベルの各種技術的知識なんて無いしで、具体的な実現方法については雲を掴むような状態だったものの、飽くなき情熱と努力で何とかしようと全力で頑張っていたところ、『ユング心理学』において、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる情報が集まってくるとされている、いわゆる『集合的無意識』とのアクセスを奇跡的に果たして、現代日本の各種知識を手に入れると同時に、自分のことを『現代日本人の生まれ変わり』だと信じ込んでしまい、事実上の『異世界転生』を実現しただけだったりするの」




「はあ⁉ 『異世界転生』が、異世界人の思い込みに過ぎないですってえ⁉」




「よって、集合的無意識とのアクセスを遮断して、一部の記憶のみを抹消すれば、元の純粋なる異世界人へと戻り、事無きを得ることができるの」


「単なる『本好き』が異世界で『下克上』できるまでになった原動力である、『集合的無意識とのアクセス』を、遮断することができるわけ⁉」


「そもそもわたくしの予知能力のような『超常的力』は、集合的無意識とのアクセスによって実現しているのであり、『境界線の守護者』のような最上級のクラスになると、自分だけでは無く他人までも、集合的無意識とアクセスさせたり遮断したりできるようになるのよ」


「……それによって、超常的な力を奪うだけでは無く、一定の記憶すらも抹消できるってこと?」


「『異世界転生』の記憶なんて、元々自分の世界での実体験によるものでは無く、集合的無意識を介して与えられた『偽物の記憶』のようなものだから、集合的無意識とのアクセスを遮断されれば、もはや自分の記憶としては認識できなくなるのよ」


「──と言うことは、これから私の記憶を消して、そこのアルテミス嬢を異世界に連れて帰って、すべてを無かったことにするわけ⁉ いや、やめて、こっちに来ないで!」




「大丈夫、心配することは無いの。あたしのような『境界線の守護者』が来たのは、実際に『世界間移動』が行われたことを察知したので、念のため『観察』に来ただけであり、直ちに是正処理を実行するわけでは無いし、特に今回に限っては、いろいろと事情が混み合っていて、一筋縄には行かないの」




「……事情が混み合っているって、何のことよ?」




「先ほど言及した『わたくし、悪役令嬢ですの!』というWeb小説は、あくまでもこの世界の読者の皆様を対象に公開されている、わたくしことアルテミス=ツクヨミ=セレルーナを主人公にした作品だけど、実はわたくしたちの世界──あなたからしてみたら『異世界』においても、『ゆめメガミめない』と言う量子魔導クォンタムマジックインターネット上に公開されている小説が有るのですけど、そっちのほうの主人公はあなたことあかつきよみ嬢であり、すでにわたくしがあなたに召喚されて現代日本にやってくることが描写されているので、『現実』のほうを勝手に変えるわけにはいかないのですの」




 ………………………………………………はい?




「つまり、異世界にも、Web小説みたいのが有るわけ?」


「ええ」


「しかもこの私が主人公で、私の周りの出来事──すなわち、現代日本の有り様を描写しているって?」


「ええ」


「その結果当然のこととして、まさに現在のこの状況──私が神田の古本屋で手に入れた魔導書を使って、あなたを召喚したことさえも、記載されているですって⁉」


「ええ」




 ──「ええ」じゃ、無いがああああああああ!!!




 一体どこまで、『メタ』にすれば気が済むのよ⁉




「いやいやいや、現代日本において、異世界のあなたたちを描いたWeb小説が有るのと同時に、異世界においても、現代日本の私の周囲の状況を描いた小説が有るなんて、そんな偶然があって堪るものですか! 一体何者の仕業なのよ⁉」




「偶然と言うよりも、『必然』ですわね」




 は?


「……別の世界の有り様をそのまま描いた小説が存在するのが、必然ですって?」




「逆に考えるのですよ、あなたの世界の物理原則を司る根本理論である量子論の多世界解釈に則れば、世界と言うものはあくまでも可能性の上とはいえ、あらゆるタイプのものが存在し得るので、誰かがあくまでも己の妄想に基づいて創作した小説に描かれた世界ですら、実際に存在する可能性が有ることになるのです。つまり、この世界における『わたくし、悪役令嬢ですの!』というWeb小説は、けして異世界におけるわたくしたちの有り様をのぞき見して作成されたわけでは無く、たまたまフィクションとして創られた小説と、現実の我々の世界とが、『一致』しただけの話なのです」




 ……そ、そりゃあ、世界に無限のパターンが有るとしたら、小説に描かれた世界と一致することも有り得るでしょうけど、今回私がたまたま召喚した異世界人が、小説としてこの現代日本のことを知っていたなんて偶然が、本当に有り得るのか?




「…………いや、ちょっと待って」


「うん? どうかなさいましたか?」


「その『ゆめメガミめない』と言う、あなたの世界で公開されている小説は、この世界の──特に、私の周囲の有り様を描いているわけよね?」


「ええ、そうですけど?」





「──だったら、その小説に書かれていることは、必ずこの世界でも起こることになって、この世界にとっては、言わば『予言書』みたいなものになるんじゃ無いの⁉」







(※【その5】に続きます)

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