第1028話、わたくし、女子制服へのスラックスの導入は、『致命的矛盾』を孕んでいると思いますの⁉(後編)

「──ちょっとおおお、あんたたち、どういうつもりなんだよ⁉」




「あら、アキラ、どうしたの?」


「そんなに血相を変えて、教室に乗り込んできて」


「おや、アキラも、スラックスじゃん?」


「似合っているわよ」


「今年度も、よろしくね♫」




「──はい、こちらこそよろしく………………じゃ無くて! いやだから、みんなどうしたの? 何で新学期早々から、全員スラックスを穿いているの⁉」




「……何で、って」


「大体の理由は、前回のエピソードにおいて、みんなで語った通りだし」


「それにせっかく学校のほうで用意してくれたんだから、穿いてあげないと悪いと思ってさあ」


「──そんなに簡単に、あなたたちのような『普通の女の子』が、スラックスを穿いたりできるの⁉ 他人の目は、気にならないの⁉」


「他人て」


「つまりは、男性のこと?」


「いや、ここって、女子校じゃん?」


「元々男の目なんて、気にする必要ないし」


「スラックスだろうがモンペだろうが、好きなだけ穿き放題でしょ?」




 ──そういえば、そうでした!




 実は女って、男の目が無いと、いくらでもだらしなくなれるものなのだ!


 ……いまだに『女子校』に幻想ユメを抱いている『おまえら』、ご愁傷様でしたw




「──つまりみんなは、女しかいないから他人の目を気にすることも無いし、ただ単に寒いとか暑いとかちょっとした気分転換とか言った、どうでもいい理由で、あっさりとスカートを捨てて、スラックスに乗り換えたわけなの⁉」




「どうでもいい理由、て」


「失礼な」


「それに別に、スカートを捨てたわけじゃ無いよ」


「彼氏とのデートの日とかには、ちゃんと短く改造したのを、いつも通りに穿いてくるつもりだし」


「そこは、TPOをわきまえているだけの話でして」




「──だったら、僕の決意はどうしてくれるんだ⁉」




「な、何よ、いきなり?」


「僕の決意、って……」




「せっかく『カミングアウト』するつもりで、こうしてスラックスを穿いてきたというのに、すべて台無しじゃん⁉」




「「「カミングアウトお?」」」





「実は僕は『トレンスジェンダー』であって、身体は女だけど、心は男だったんだ!」




「え、そうなの?」


「うわあ、びっくり」


「アキラって、『そういう』人だったんだ……」


「まあ、普通に驚いたけど」


「何が、『台無し』なのよ?」




「だからさあ、計画だと僕一人だけが始業式にスラックスを穿いてきて、みんなが戸惑っている時にいきなりカミングアウトして、大衝撃インパクトを与えようと思っていたんだよ!」




「うん、インパクト有ったよ?」


「それならそれで、構わないじゃん?」




「──違あああう!」




「「「何が、違うんだよ⁉」」」




「本来女であるはずの僕が、突然スラックスを穿くからこそ、意味が有ったの! それこそが『身体は女☆心は男♡』である、トランスジェンダーの『アイデンティティ』そのものだったの! なのにあんたらトランスジェンダーでも何でも無い『普通の女の子』までもスラックスを穿いたんじゃ、文字通りトランスジェンダーとしてのアイデンティティの全否定になってしまうじゃ無いの⁉」




「……そんなこと、言ったって」


「当然、すべての生徒がスラックスを選択可能で」


「別にトランスジェンダー専用じゃ無いんだしぃ?」




「……え、何ソレ? わざわざ女子校にスラックスを取り入れたのって、僕たちトランスジェンダーのためじゃ無かったの?」




「逆よ、逆」




「……逆、って?」







「あなたは、『男らしさ』の象徴として、スラックスを選んだのでしょうが、私たち普通の女の子がスラックスを穿くのは、『男らしさ』とか『女らしさ』とかを、ためなのよ!」







 ──ッ。







「言ってみれば、まさにこれぞ、『LGBT』と『フェミニズム』との違いよね」


「同じ女生徒の制服への『スラックスの導入』でも、『LGBT』と『フェミニズム』とでは、意味合いがまったく異なってくるわけ」


「むしろ、『真逆』と言ってもいいくらいにね」


「同じ『ジェンダーフリー』の理念を掲げているのに、おかしな話だけどね」




「結局、『自然のことわり』に反していることを、無理やりごり押ししているものだから、それぞれのジャンル間で深刻な『矛盾』が生じてしまい、滑稽極まりないのよねえwww」




 ……何、だと?


 つまり、今回の『スラックス』の導入は、


 僕たち『LGBT』にとってはあくまでも、『性的多様性』を認めることになるのに、


『フェミニスト』にとってはむしろ、『性的多様性』を否定することになるわけか⁉




「──なぜだ、なぜそんなことになる⁉ スラックスが『男子学生の象徴』じゃ無かったら、僕は一体何で『男らしさ』をアピールすればいいんだ⁉ ──いや、制服がスカートかスラックスかで、生徒の性別を区別することまで否定するなんて、そんなものもはや『ジェンダーフリー』なんかじゃ無いだろうが⁉ 例えばトイレの標識をちゃんと『男女で区別』しておかないと、むしろ大混乱を生じかねないように、これはまさしく、『フェミの暴走』だ! いい加減にしてくれ! 僕のような『トランスジェンダー』には、『男らしさ』をアピールするための『区別』は必要なんだ!」




「──いい加減にするべきなのは、あなたのほうでしょう?」




 つい興奮してわめき散らし始めた僕に対して、突然突きつけられる、真冬の氷雪のごとき冷ややかな声音。


 思わず振り向けば、スラックス姿の級友たちが、すべての表情を消し去った能面のような顔つきで、こちらのほうを見つめていた。


「……なん……です……って?」




「あんたのような『トランスジェンダー』どもが、『男らしさ』とか『女らしさ』とかにこだわり続けていると、真の『ジェンダーフリー』にとって、非常に有害なのよ。『ジェンダーフリー』とは、『自分の真の性別が男か女のどちらなのか?』とか、『男と女はどちらが優遇されていてどちらが差別されているのか?』とか言った、似非『トランスジェンダー』や似非『フェミニスト』どもの『馬鹿の一つ覚えのいんちきスローガン』なんかじゃ無くて、我々一人一人が、性別が男とか女とかにかかわらず、あくまでも『自分個人』として、己の『夢』に向かって邁進していき、努力次第では必ず叶えることが可能となるような、真に理想的な世界を創り上げることなのよ!」




「──‼」




 ……真の『ジェンダーフリー』とは、


 もはや一人一人の人間が、己が男であるかとか女であるかとか、性別なんかにこだわること無く、


 あくまでも『自分が自分であるように』、個人として頑張っていけることだってえ⁉




「ようやくおわかりのようね。──そうなの、自分のことを『L』であるとか『G』であるとか『B』であるとか『T』であるとか主張している『LGBT』も、自分たち女性と男性との差異に固執している『フェミニスト』も、個人としての己の利益よりも、自分の属する集団の利益を優先している限り、単に『性的マイノリティ』であることを『利権集団』でしか無いの。──なぜなら、あらゆる自由を保障しあらゆる差別を許さないことこそを大原則とする、日本国憲法の支配下にある日本においては、わざわざ『LGBT』や『女性』だけを特別扱いする必要も無く、個人の努力だけでどんな願いでも実現できるようになっているのですからね♡」

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