第1027話、わたくし、女子制服へのスラックスの導入は、『致命的矛盾』を孕んでいると思いますの⁉(前編)

 ──ついに、この日が来た。




 その時『僕』は、自室の等身大の姿見を見つめながら、感極まっていた。




 ベリーショートの茶髪に縁取られた、我ながら色気の乏しい三白眼の小顔。


 痩せぎすの長身の上半身にまとっているのは、もはや見慣れた学校指定のブレザーの制服であったが、


 下半身へと目を移せば、そこにはこの春採用されたばかりの、おろしたてのスラックスが視界に入った。




「……長かった」




 ようやく、『ここまで』たどり着いた。




 これはあくまでも、たった一歩の前進でしか無い。


 ──だけど間違いなく、『大いなる一歩』なのだ!




「……ついにうちの女学校にも、スラックスの制服が導入されるなんて」




 僕が最初に『違和感』を覚えたのは、いつだったろうか。


 いまだ幼い子供の頃は、近所の悪ガキや兄弟や従兄弟たちと一緒になって、男とか女とか関係無く、ただ仲良く遊んでいた。


 それはズボン姿で通っていた、小学校低学年でも同じであった。


 しかし、四年生から五年生に上がる頃になると、状況は一変してしまった。


 それまで仲良くしていた男子たちが、だんだんと僕のことを避け始めていき、


 女子たちは女子たちで、まったく女らしくなろうとはしない僕を、奇異な目で見て遠ざけていった。


 親や先生が何度もたしなめてきたが、僕は聞く耳持たなかった。




 ……男だとか女だとか、馬鹿馬鹿しい。




『僕』は『僕』だ、それ以外の何者でも無いのだ。




 確かにこの身体は『女』として生まれ落ちたけど、僕の『心』は間違いなく『男』であり、自分でもそう自覚していた。


 なのに無理やり『女らしさ』なんて押しつけられて、堪るものか。


 そのように強情を張って、小学校卒業に至るまで、男そのままの粗暴な言動を改める素振りを見せなかった、僕に対して、


 ついに両親が、『荒療治』に打って出たのである。




 何と僕を無理やりに、伝統ある中高一貫のへと入学させたのだ。




 ……所詮はいまだ親に生活の面倒を見てもらっている身としては、否やは無かった。


 私立とはいえ中等部に関しては義務教育の範囲内だから、進学せずに就職するわけにも行かないし。


 ──そしてそこで僕は、生まれて初めてスカートなるものを、身に着けることになったのだ。




 ……屈辱、だった。




 何で女だからと言って、このような理不尽な物を穿かされなくてはならないのだ?


 何せ、衣服であるというのに、下に無駄に大きく開放されているので、


 冬は足元が冷えるのはもちろん、


 夏も風通しが悪く熱がこもって、結局は蒸し暑さを増大させるばかりであった。


 ──でも、何よりも辛かったのが、『おまえは女なのだ』と常にレッテルを貼られているように、感じられたことであった。


 僕のように、顔も体つきもまったく『女らしくない』というのに、スカートを穿いているだけで、世間は当然のように『女として』見てきた。


 信じられないことに、通学中に痴漢に遭ったことも、一度や二度では無かった。


 ……涙が出るほど、悔しかった。


 世間の目が、


 理不尽で一方的な、『性的暴力』が、


 親や学校の、『押しつけ』が、


 僕の意思を無視して、僕を無理やり女にしようとしていたのだ。




 しかも、驚くべきことに、




 ──いつしか僕自身、それを受け容れ始めていたのである。




 学校にいる間は、少々ぶっきらぼうではあるものの、特に男っぽく振る舞うことは無くなり、周りの『普通の女の子』たちに迎合していった。


 家でも、いつしか親に対する反抗心が薄れていって、無駄な強情を張るのをやめた。


 ……しょせん僕のやっていたことは、反抗期の子供による、『お遊び』のようなものだったのかも知れない。


 そのように、僕がほとんどあきらめかけてしまい、『僕』を手放そうとしていた、まさにその矢先に、




 世の中が、一変したのである!







「──『LGBT』、ばんざあああああああああい!!!」







 そうなのである。




 今や日本は、ありとあらゆる分野において、『ジェンダーフリー』が全力で推進されるようになったのだ。




 それは、伝統有る女子校である、我が校も例外では無かった。


 いやむしろ、伝統的だったからこそ、『意識高い系』の教員や生徒が大勢いて、いち早く『ジェンダーフリー』の精神を取り入れたのかも知れない。


 まず最初に手がつけられたのは、何と、制服への多様性の導入であった!


 そう、そうなのである!


 文字通りに『ジェンダーフリー』を実現するには、女子校だからってその制服に『女らしさ』ばかりを求めるのは、時代遅れも甚だしいのだ!


 よってこの春から、すべての生徒が、まるで男子学生そのもののスラックスさえも、選択できるようになったのだ!




 ……ああ、これぞまさしく、『神様の思し召し』に違いない。




 今こそ、僕が本当は『心は男』であることを、みんなにカミングアウトしろと!




 そこで僕は、(二年生の時と同じメンバーが全員持ち上がることになっている)高等部三年生の始業式に、導入されたばかりのスラックスを誰よりも早く着用して参加して、みんなの衆目を集めたところで、自分がいわゆる『性同一性障害者トランスジェンダー』であることを宣言しようと決めたのであった。




 そのように意気込んで登校して、三年生用の新たなる教室の扉を、力いっぱい開け放ったところ──




 ………………あ、あれえ?




「──ねえ、見て見て、このスラックス、似合っているかしら?」


「ああー、ミドリちゃんも、スラックスにしたんだあ!」


「そういうヒロミだって、スラックスじゃん?」


「だってだって、試しに穿いてみたら、結構可愛かったんだもん!」


「そうよねえ、新鮮でいいよねえ」


「登校中、いつもあたしに痴漢していた親父が、目を丸くしていやがんのwww」


「ああいうコンサバ親父って、時代についていけないしねえwww」


「大体がさあ、女の子だからって、学校の制服までスカートなんて、おかしかったのよ」


「そうよねえ、あれって下着を丸出しノーガードで歩いているようなものだしね」


「ちょっと風が吹いただけで、丸見えだし」


「後、階段とかもな」


「これまでスマホで、何度盗撮されたものか」


「それに何と言っても、冬にスカートって、あり得ないわな」


「それはミサトが、そんなに短く改造しているからでは?」


「し、仕方ないじゃない? カレシの好みなんだから!」


「……あー、男どもは気楽でいいよねえ」


「あたしたちにこんなカッコをさせておきながら、自分たちはこれまでずっと、スラックスで楽してきて」


「でもこれでようやく、私たちもスラックスを穿けるようになったんだよね!」


「『ジェンダーフリー』とか何とか、頭の狂った『自称フェミニスト』のオバサンたちが、何とち狂ったことやっていやがるんだと思っていたけど、結構いいとこも有るじゃん?」


「違いない、違いない」




「「「──ギャハハハハハハハハハハ!!!」」」




 そして教室中に鳴り響く、少女たち全員による、姦しき笑声。




 ……どういうことなのだ、これって?




 ──何で、僕と違って『普通の女の子』であるはずのクラスメイトたちが、全員スラックスを穿いているんだ⁉







(※後編に続きます)

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