第1021話、わたくし、無闇な女性優遇策こそが、優秀な男性の異世界『転出』を促すと思いますの⁉

「……狂っている、この世の中、狂っている──ッ」




 春先のいまだ肌に冷たい雨が降りしきる中、僕は傘もささずにさまよい歩き続けていた。




 ……どうしてだ、どうしてなんだ。


 明日の日本の現代美術の発展のために、これまで人生のすべてを捧げてきたのに。


 大学卒業までは、己自身の絵画技術を磨き続けて、


 在学中ゼミに入ってからは並行して、教授の指導のもと、後続のためになる新たなる『カリキュラム』の構想を練り続けて、


 大学院課程を修了し、いざ正式に大学の教員として就職しようとしたところ、




 ──いきなり、「これよりのちは、原則的に女性しか採用しない」なんて、予想だにしなかった方針転換が図られるなんて。




 しかもこれは何と、うちの大学だけでは無く、我が国における芸術教育専門機関全体に、適用されるとのことであった。




 ──つまり、僕たち『芸術系大学』の教員志望者の男性は、事実上『前途を絶たれて』しまったのだ。




 もちろん、僕の指導教授を始めとして、学内の良識のある人たちは、頑強に反対してくれた。


 しかし、『ジェンダー党』を名乗る、どこかの国の人民服のようなものを身にまとい、銃火器で武装した女たちが乗り込んできて、『不満分子』を一斉に拘束し、『再教育施設』へと強制収容して、ほとんどすべての芸術系大学は、ジェンダー党の女党員や『LGBT』の性別不詳のわけのわからないやつらに占領されてしまったのだ。


 学生の身分だった僕は、辛うじて『矯正再教育』は免れたものの、もはや芸術大学に居場所は無くなり、せっかくこれまで培った『革新的現代美術従事者育成カリキュラム』を活用すること無く、このまま野垂れ死ぬか、まったく別の道を選ぶかの、瀬戸際に立たされることとなった。




 ……くそう、芸術教育の道を絶たれてしまったのなら、これ以上生きていても仕方ない。


 いっそのこと、ひと思いに、命を絶つか。




 そのように、


 僕のネガティブな精神が、最高潮というか最底辺に到達しかけた、


 ──まさに、その刹那。




「おや、どうせ命を散らすおつもりなら、私に預けていただけませんでしょうか?」




 唐突にかけられる、まるでこちらの心中を見透かしているかのような言葉。


 思わず振り向けば、そこには西欧風の漆黒の聖衣を身にまとった長身の美丈夫が、雨の中で太陽のような笑みをたたえてたたずんでいた。


 わずかにウエーブのかかった短いブロンドヘアに縁取られた、彫りの深い端整な顔の中で柔和に輝いている青灰色ブルーグレイの瞳。




 ──う、うさんくせえ〜!




「あはは、いかにも怪訝そうな顔をなされて。そんなに私、胡散臭いですか?」


「──うえっ? い、いや、そんな⁉」


「いえいえ、大丈夫ですよ。そういうのって、慣れていますから。──職業的に」


「……職業って、もしかして、『宗教』関係ですか?」


「ええ、『聖レーン転生教団』と申しまして、私はこの世界を担当しております、司教のルイス=ラトウィッジと申します」


「……この世界? それに『転生』教団、って?」


「転生と言えば当然、いわゆる『異世界転生』ですよ。言わば私は、この世界における『異世界転生』に関するすべてを、取り仕切っておるのです」


「異世界転生を?………………て言うことはつまり、僕の命を預かりたいって言うのは──」




「はい、もしもこの世界を完全に見限られたとおっしゃるのなら、別の世界で生まれ変わってみませんか? ──私どもでしたら、あなたの夢を叶えて差し上げますよ?」




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──先生、私の絵を見てください!」


「いえいえ、是非とも私の絵のほうを!」


「ずるいですわ、第二王女殿下に第三王女殿下!」


「そうですよ、さっきから先生のことを独占なされて!」




 この魔法大陸において一二を誇る大国、ホワンロン王国王都王城の最上階の社交サロンにて飛び交う、姦しき黄色い声音。


 そのすべては、ベランダ側の大きく開かれた窓を背に立っている、一人の殿方へと向けられていた。


 一見いかにもうだつの上がらない、白衣をまとった痩せぎすの青年。


 黒髪に黒瞳ののっぺりとした顔つきは、むしろ極東辺境の島国の『ヒノモト皇国』の民を彷彿とさせた。




 しかし、周囲の王侯貴族の御令嬢たちは、彼に対する熱き羨望の想いを隠そうともしなかったのだ。




 それに対して当の彼のほうはと言うと、


 妙齢のご婦人方の熱視線なぞ気にする素振りも無く、彼女たちの絵の指導に打ち込むばかりであった。


「……ああ、二の姫様、やはりあなたは筋がいい。うららかな春の陽射しに照らされた庭園の木々の、何とみずみずしいことか!」


「そ、そんな、すべては先生のご指導の賜物でございますわ!」


「三の姫様の人物画は、あたかも心の奥底までえぐり出すかのように、表情だけでこれまでの人生のすべてを物語っておられて、感服いたしました!」


「ええ! まさにこれぞ、先生の教えを実践いたしました成果です!」


「侯爵令嬢様に伯爵令嬢様も、皆どんどんと上達なされて、本当に教え甲斐が有ると言うものです!」


「それは、こちらの台詞です!」


「お陰様でわたくし、この大陸年に一度の『天下一美術大会』で準優勝を獲得いたしましたわ!」




「「「──どうかこれからも一層の、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたしますわ♡」」」




 ……そのように声を揃えて懇願する様は、まるで『恋する乙女』そのままであった。




「──って、本当にモテモテでございますわね」




 これまでの一部始終をサロンの片隅から見守っていたわたくしこと、このホワンロン王国の宗教的指導者たる『の巫女姫』アルテミス=ツクヨミ=セレルーナは、さもあきれ果てたかのようにため息をつきながら、


 諸悪の根源である、いかにも胡散臭い笑みをたたえた、黒衣の聖衣を身にまとった青年のほうを、睨みつけた。


 しかし当の聖職者のほうは、ほんの痛痒すら感じること無く、いけしゃあしゃあと言ってのける。


「──そりゃあ、当然でしょう。何せ『ゲンダイニッポン』の最先端の作画技術を駆使しておられるのだから、この王国の芸術家志望の御令嬢方も夢中にならざるを得ないでしょう」


「そのために前途洋々とした若者を、言葉巧みに唆してこの世界に転生させたりしても、構わないと?」


「前途洋々ですと、これはまた、おかしなことをw」


「……何ですって?」




「彼は『前の世界』において、その人生のすべてをゲンダイニッポンの絵画界の発展に尽くそうと、芸術大学の教員の道を志していたと言うのに、頭の狂ったフェミニストどもによって、男性と言うだけでその道を絶たれてしまったのですよ? 真に力の有る者を排除して、遙かに劣る者を無理やり教職に就かせる世界なぞ、もはや芸術の発展なぞ望めないでしょう。──むしろ彼にとっては、この世界に転生して幸せと言えるです!」




「ふん、最近話題の『ジェンダー党』ってやつですか? 本当に馬鹿げた話で。女性の地位を向上させるために、より優秀なる男性の居場所を無くすなんて、それこそまさしく『差別』であり、ゆくゆくは国そのものの衰退と滅亡をもたらすだけじゃ無いですか? どうして男性と女性とが『適材適所』に則って、共に力を合わせてより良き社会を創ろうとしないでしょう? ──まあお陰様で、優秀な人材ばかりがこの世界に転生してくるようになって、『宗教的指導者』であるわたくしとしても、大助かりですけどね♡」








 ……ちなみに、ゲンダイニッポンの芸術系の教育機関において、この『ジェンダー党』とやらがやっていることって、れっきとした『男女差別』であることはもとより、『職業選択の自由』を完全に否定しているんですけど、『日本国憲法改憲派』なのかしら? それともすでに、全面的に廃止していたりして?




 ──と言うことは当然、『再軍備』もOKってことで、実はこいつらって『左派』では無く、ガチの『右派』だったのかしらwww

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