第1009話、わたくし、ロシア軍最終兵器『ヴェールヌイ』ですの⁉(後編)

 ……とは言え、私こと『信頼の魔女ヴェールヌイ』の開発自体も、けして順調では無かったのだ。




 何度も何度も申しているように、軍艦と人間の少女との融合体ハイブリッドである私たち『駆逐艦娘デストロイヤーガール』の最大の利点は、普段はいかにも人畜無害でか弱そうな少女の姿をしていて、敵国の重要拠点へと何食わぬ顔で潜り込み、頃合いタイミングを見計らって『海底の魔女』としての本性を現して、都市を一つ丸ごと瓦礫の山へと変えることであった。


 しかし、私はどうしても、デフォルトの『海底の魔女』の姿から人間の少女へと、変化メタモルフォーゼすることができなかったのだ。


 ──それも、当然であろう。




 なぜなら私は、多くの仲間たちが日本の敗戦までに、生き残れなかったり、辛うじて生き残ったというのにもはや『用済み』として自沈させられたりする中で、おめおめと『賠償艦』としてにっくき敵国ソビエト連邦へと売り渡されて、日本の軍艦である『響』としての自分を殺されてしまったのだから。




 このように、私は『海底の魔女』としてあまりにも不適格で、研究の進捗ははかばかしくなかったが、それでも残念ながら当時のソビエトには、私の代わりになるような『実験材料』は存在していなかったのだ。




 まず何と言っても、ショゴスを材料にした兵器のベースとなるのは、軍艦こそが最も理想的であったのだ。


 それと言うのもすでに述べた通り、ショゴスは『人の感情』というものに敏感に反応して肉体を変化メタモルフォーゼさせるので、乗員が一、二人の戦闘機一機や三、四人の戦車一両よりも、数百人から下手したら数千人を数える軍艦一隻のほうが、より強大な『生体兵器』へと変化メタモルフォーゼできるのは当然の仕儀であろう。


 ──かといって、第二次世界大戦においては、主にドイツ相手に大戦車戦を繰り広げていたソビエト連邦の海軍には、大日本帝国海軍ならではの『悲劇の最期を遂げた』軍艦なぞ、原則的に存在していなかった。


 一応、軍艦以外の兵器についても、実験チャレンジをしなかったわけでは無い。


 何せソビエトと言えば戦車であり、『軍艦型ショゴス』の化物レベルの強大な力は無理でも、何と言っても『数の暴力』は絶大であり、『戦車型ショゴス』もある程度数を揃えれば、立派に脅威となり得ると思われたのだ。


 そうして出来上がったのが、文字通り雪のごとく純白でたくましき体躯に黒々と『Tー34』と記された、『シロクマ』たちであった。


 ……いや確かに、一頭一頭戦車並みの破壊力を有していたとしても、敵国の重要拠点にシロクマが一頭現れただけで大騒ぎとなり、数に頼る以前に、隠密行動や突発的な市街地テロには使いようが無かった。


 だったら普通の戦場に大量に投入すれば良いかと言えば、それだったら普通に普通の戦車を大量に投入すれば事足りるであろう。


 ……まあ、あえて『戦車型ショゴス』であるメリットが有るとすれば、乗員の命をまったく考慮する必要が無く、いわゆる『特攻』を大規模に行えることくらいであろうか。


 ──だが、この実験自体は、まったくの無駄というわけではなかった。


 むしろ完全に行き詰まっていた『軍艦型ショゴスわたし』の開発に、光明を与えてくれたと言ってもいいだろう。


 少女の姿に変化メタモルフォーゼさせて、平時において敵国の都市部への潜入テロができないと言うのなら、すでに本格的に侵攻中の敵地において、『海底の魔女』の姿のまま投入して、軍艦としての圧倒的な破壊力を存分に発揮して、敵国を焦土化させればいいのである。


 ……とは言え、


 私の実戦投入のチャンスは、なかなか巡ってこなかった。


 それも、当然であろう。




 何せ旧ソビエト連邦も、その後継者であるロシア連邦も、自国内はもちろん、他国内において焦土作戦を行うほどの、本格的な戦争状態に突入したことは無かったのだから。




 ……これはむしろ、喜ぶべきことでは無かろうか。


 私のような『化物』が実戦に投入されると言うことは、国際的な非難をいかに浴びようが問題にならぬほど、ロシアにとってもはや後が無くなり、他国どころか自国さえも滅ぼさんばかりに、『焦土作戦』や『核戦争』を行うことも辞さないような、末期的状況になった時であり、当然のごとくそんなことにならないほうがよほど望ましかった。


 そのように、自分はこのまま秘密研究所の巨大な培養ケースの中で朽ち果てるものと思っていたところ、


 ──いきなり、事態が急変したのである。




 そう、事もあろうに元KGBカーゲーベー長官の独裁者大統領閣下が、かつての覇権国家ソビエトの復権を目論んで、ウクライナに対して侵略戦争を始めたのである。




 ……何という、時代錯誤であろうか。


 今更本格的な戦争行為で、国際問題を解決できるはずなぞ無かった。


 意気揚々と大軍を進軍させたはいいが、すぐさま西側諸国を中心とした世界的な経済制裁を下されて、完全ににっちもさっちもいかなくなってしまったのだ。


 そこで追いつめられた独裁者はもはやなりふり構わず、唯一の軍事的隷属国家である極東アジアの半島北部の某ゴミュニズム人民国家に、南部の同胞の国へと侵攻させると同時に、核ミサイルを太平洋のど真ん中へと撃ち込ませて、アメリカ等西側諸国を牽制させるとともに、ウクライナ戦線においても自ら『最終手段』を強行したのであった。


 ──いったん戦場に投入すれば、敵どころか味方すらもただでは済まない、陸戦兵器の威力と効果範囲を遙かに凌駕した、軍艦の兵装を有する『海底の魔女』の封印解除を。


 その結果ついに私は、生まれて初めて研究所を出るとともに、ロシア空軍の輸送機からウクライナ第二の都市ハリコフのど真ん中へと投下されるや、巨大な肉体の至る所に生え出ている砲門や機関銃によって、辺り一面を瓦礫と化させてしまったのだ。


 ……最初の一斉砲撃により、ほとんどの敵影が消し飛んでしまったので、このまま勝負がつくものと思われた、


 まさに、その刹那であった。




『──⁉』




 いきなり三方から大口径の砲弾を叩き込まれて、もんどり打って倒れ込む。




『『『……ぐるルルルル?』』』


 苦悶に耐え切れず、うめき声を漏らす、無数の口唇。


 ──ッ。あ、あれは⁉


 唯一『響』の部分が残っている、頂上部の上半身のみの少女体の瞳が捉えたのは、自らの周囲に軍艦の砲門や機銃を浮遊させている、三人の水兵服姿の幼い少女たちであった。


『……まさか、あかつきに、いかづちに、いなづま?』


 忘れもしない、それはまさしく私が『響』であった頃の姉妹艦である、大日本帝国海軍第6駆逐隊所属の、暁型駆逐艦の面々であった。


 ……そうか、日本は結局、『駆逐艦娘デストロイヤーガール』を完成させていたんだ。


 つまり我が姉妹たちは、今や敵国の最終兵器へと堕したこの私に、引導を渡しに来てくれたのだ。


 むしろ、望むところであった。




 さあ、ひと思いにやってくれ!




 ……そんな私の覚悟を見て取ったかのように、


 次々と私の巨体へと撃ち込まれる、無数の砲弾。




 すると次第に、自分の心と身体の両方に、予想外の変化が起こり始めたのに気づいたのである。




 何だ、これは?


 ……心が、


 こんな気持ちになったのは、一体いつ以来であろうか?


 ああ、そうだ。


 まだ、私たち姉妹が四隻とも、ちゃんと健在でいて。


 帝国海軍はいまだ負け知らずの、快進撃中で。


 乗組員の誰もが、勇猛果敢に戦い、私たちに対する信頼も厚くて。


 ……すっかり、忘れていた。


 私にも、こんな幸福な時代が、有ったことを。


 戻りたい。


『あの頃』に。




 その瞬間。




 私の心からの強い願いこそが、


 集合的無意識との、奇跡的なアクセスを実現し、


『思念体』としての駆逐艦娘ショウジョ『響』の、真にあるべき姿の『形態情報』が、


 変幻自在なショゴスの肉体へと、インストールされたのであった。




 そしてそこに現れたのは、まるで『クトゥルフの怪物』のような奇怪な化物では無く、水兵服をその矮躯にまとった、一人の幼い少女であったのだ。




「……これは、一体」




 そんな私の有り様を見て取った姉妹たちが、喜び勇んで駆け寄ってくる。


「──よかった、響!」


「実は今まであなたに撃ち込んでいた砲弾には、あなたや私たちが幸福だった時の、軍艦本体の『カケラ』が込められていたの」


「それこそがあなた自身に、『あの頃の自分』を思い出させるとともに」


「集合的無意識とのアクセスの、『トリガー』となることによって」


「あなたに私たちと同じく、完全なる『少女体』となるための『形態情報』を獲得させて」


「こうして『駆逐艦娘デストロイヤーガール』へと変化メタモルフォーゼさせるとともに、にっくきソビエト=ロシアの呪縛から解放して、心より日本国に忠誠を誓う元のあなたに戻すことを成し遂げたの!」


「──さあ、今こそ力を合わせて、このウクライナの地から、ロシアの軍隊を一兵いっぴき残らず駆逐デストロイしましょう!」




 ……ああ、


 そうか、


 私はついに、取り戻せたんだ、




『本当の私』を。





 もはや感極まって滂沱の涙を流し始めた私には、最愛の姉妹たちの申し出を断る理由なぞ微塵も無く、共に『駆逐艦娘デストロイヤーガール』としての本領を存分に発揮して、今や恨み骨髄に徹す『ロシア兵』たちをこの地上からすべて駆逐せんと、己の周囲に駆逐艦の兵装を展開したのであった。

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