第1002話、わたくし、『平和憲法』でこそ、全世界を侵略いたしますの⁉

「──一体どういうことだ、これは⁉」


「日本政府は、何を考えているのだ⁉」


「これではむしろ、ロシアを勢いづかせるだけだぞ!」




 ポーランド国内ワルシャワに設置されている、NATO軍の『対ロシア・ベラルーシ臨時最高司令部』。


 現在、構成各国の軍指揮官が集う会議場において、時ならぬ怒号が飛び交っていた。




「……まさか、我が国が撤退した、ロシア極東サハリンの天然ガス事業『サハ○ン2』の、事業継続を決定するとは」


「しかも滅星メツボシ商事という、日本を代表する大企業グループの商社の主導とは」


「完全に、『国策事業』じゃ無いか⁉」


「日本は我々西側陣営を裏切って、ロシアと心中するつもりか⁉」


「これでは、せっかく全世界的な経済制裁によって音を上げかけていたロシアが、息を吹き返しかねないぞ⁉」


「それどころか、これであの元『人民弾圧KGBカーゲーベー長官』大統領閣下が、心置きなく『核兵器』を使えるようになったんじゃ無いのか⁉」


「左様、最悪『核攻撃の応酬』によって、ロシアの欧州大陸部と、ウクライナやベラルーシを含む広大なる東欧州一帯が焦土化しようと、日本資本による極東ロシアの繁栄が約束されていれば、むしろ今回の核戦争は『ロシアの一人勝ち』ともなりかねんぞ!」


「かといって、我々西側が主戦場では無い極東ロシアを核攻撃したりしたら、単なる『虐殺行為』になってしまうからな……」


「くそっ、この期に及んであの元KGBカーゲーベー長官に、『勝利への切り札』を何枚も与えることになるなんて、日本の金儲け主義のごうつくばりどもが!」


「これでは、『休戦条約』を結ぶにしても、ロシア側に有利な条件で締結せざるを得なくなるではないか⁉」




 そのように完全に『手詰まり』となって、NATO軍のお歴々が頭を抱えようとした、


 まさに、その刹那であった。




「──会議中、失礼いたします! 緊急報告です! ロシア大統領府が今し方、『無条件降伏』を宣言いたしました!」




「「「なっ⁉」」」




 これまでの白熱した会議の内容をあたかもあざ笑うかのような急報を耳にして、一斉に唖然となるお歴々。




「ど、どういうことだ、これは⁉」


「何である意味『後顧の憂いの無くなった』ロシアが、突然降伏するんだ?」


「むしろここは文字通り『無敵の人』同然そのままに、核ボタンのスイッチを押すところだろうが⁉」


「──おい君、この件に関して、何か他に情報は届いていないのか⁉」


「……い、いや、自分はこの件のみを、取り急ぎお知らせしようと──」




「──会議中、失礼いたします! 緊急報告です! ロシア極東大陸部の各州が一斉に、独立宣言を行ったとのことです!」




「「「なっ⁉(二回目)」」」




 伝令係の兵士を今にも問い詰めようとしたその時、新たに会議場に飛び込んできた急報に、またしても騒然となるお歴々。


「……もしかしてこれが、ロシアの『無条件降伏』の理由か?」


「確かにこの上極東ロシアを失ってしまえば、もはや完全に手詰まりだからな」


「それにしても、極東ロシアが独立宣言をしたって、一体どういうことだ?」


「そんな兆候なんて、まったく無かったではないか⁉」


「──日本国です! 日本国が裏で、暗躍していたとのことです!」


「「「はあ⁉」」」


「……日本が、暗躍って」


「あそこの能無し外務省の役人に、そんな甲斐性は無いはずだろうが⁉」




「──そんな能無し役人どもの仕業ではありません! 日本国新設の国防軍の諜報組織と、その意を汲んだ各企業の交渉人エージェントが、密かに極東ロシアの自治政府や企業体や軍部に根回ししていたとのことです!」




「日本の新生国防軍の諜報組織だと⁉」


「つまり、先ごろ東京都中野区に復活した、『陸軍学校』のエリート卒業生たちが、ついに本領を発揮し始めたと言うことか⁉」


「……くっ、まさか世界指折りの大日本帝国諜報組織たる、『関東軍情報部ハルビン特務機関』が、すでに復活していたとは」


「そりゃあ、極東ロシアを日本に転ばせることくらい、朝飯前だろうよ!」


「しかし、どうしてこれが、日本国政府の仕業だとわかったのだ?」




 それは、至極当然の疑問でありながら、


 けしてこの場で聞いてはいけない、禁忌の言葉であったのだ。


 ──そして、伝令の震える唇から飛び出す、


 もはやロシアやウクライナなんぞ、どうでもよくなってしまう、


 現在の西側先進国による世界支配の、『崩壊の始まり』の宣告。




「実は極東ロシア各州は、このたびの独立宣言とともに、日本と同じく『象徴天皇制』を戴く新たなる大東亜共栄圏、『極東アジア連合皇国』の建立を宣言したのです!」




 ──⁉(©少年マガ○ン)




「……極東アジア、連合皇国?」


「しかも、ロシア人が日本人同様に、天皇を自国の象徴として戴くだと⁉」


「一体何の冗談かね、それは⁉」


 再びヒートアップしかける、お歴々。


 しかしそこで冷や水を浴びせたのは、会議のリーダー格の男性であった。




「……いや諸君、これはまずい、非常にまずいぞ…ッ!」




「ど、どうしたのです、アメリカ代表殿」


「顔色が真っ青ですよ」


「一体何が、まずいと言うのです?」


「……諸君は、世界で最も『国民が自由な国』は、どこだと思うかね?」


「へ?」


「またまたあ、いきなり『お国自慢』ですかあ?」


「『自由』と言えば、アメリカの代名詞ではございませんか?」


「──違う! 世界で最も自由なのは、日本なのだ!」


「「「はあ?」」」




「確かにアメリカはいかにも『自由の代名詞』であるかのように見えるが、それはあくまでも、『俺から自由を奪う奴がいたら、むしろそいつから自由を奪ってやるッ!』と言う、どこかの『巨人アニメの主人公』的な、一種の『排外思想』に基づいているからなのだ。──一番わかりやすい例を挙げれば、アメリカにおいて『共産主義に基づく政党』は、おおやけには認められないことになっておる!」




「「「そ、そういえば!」」」




「それに対して、日本の現在の政界はどうだ? 何とかつての最大の仮想敵国だったソビエトのスパイであったことが、我々CIAの調査で発覚した『国家的犯罪者』の実の甥が、事もあろうに『共産主義を標榜する政党』の党首として、何食わぬ顔で何十年も国会に出席しているのだぞ⁉ これはある意味現在のドイツの国会に『ネオナチ』の政党が存在していて、元ゲシュタポ長官のハインリヒ=ヒムラーの実の甥が党首を務めているようなものじゃないか!」




「「「すげえ、日本すげえ、共産主義政党を当然のように存在させるのみならず、『旧ソ連のスパイの身内』をかつての『連座制』で罪に問わないどころか、現行の共産主義政党の党首であることにほとんどの国民が疑問を抱かないなんて……ッ!」」」




「何せかの国は、どんなに『反体制』的な言動だろうが市民活動だろうが、抑圧するどころか、それに対して批判しようとする『真の愛国者』がいたら、むしろそちらに対して『言論の自由』や『思想の自由』を損なったとして、罪を課したりするくらいだからな」




「「「『反国家的な組織』が野放しにされているなんて、アメリカどころか、我々ヨーロッパやカナダ等でも、考えられねえ! 確かに日本こそが、世界随一の『おまえは自由だ!』国家だ!」」」




「──これがどういうことを意味しているか、わかるかね? つまりこの世界の、どのような国であろうが人種であろうが宗教であろうが、今すぐにでも日本と『連合皇国』を築くことができると言うことなのだ! しかもその条件は、『天皇を連合皇国の象徴として受け容れること』だけなのだ! 現在の日本を見てみろ! 天皇陛下や皇族の方々が、支配者として君臨して国政を左右するどころか、何かほんの少しでも権力を行使したことが有るか? 文字通り『象徴』以外の何物でも無いだろう? つまり、『連合皇国』に加入する国家もその国民も、何ら新たに権力に服することも己の権力を奪われることも無く、日本国の絶大なる経済力の恩恵に与ることができるようになるのだ! しかも先程から言っているように、『連合皇国』においてはあらゆる『自由』が保証されているので、現在の宗教や思想やその国ならではの文化や芸術が、何一つ制限されることは無く、更には『安全保障』についても、現行の日本の『平和憲法』が何よりも優先されるので、皇国構成国は基本的に自ら『侵略戦争』を放棄しながらも、いったん構成国のどこかが外国の侵略を受けた場合は、(文字通り)『集団的自衛権』により、他の構成国から援軍を派遣してもらえるので、うかつに手出ししてくる国なぞあり得ず、心置きなく『平和と繁栄』を享受することができるのだ!」




「「「すげえ、『象徴天皇制&平和憲法』すげえ! 俺たちNATO諸国も、今すぐ『極東アジア連合皇国』に加盟しようぜ!」」」




「……なあ? 世界のリーダーたる君たちですら、その体たらくなのだ。他の国──例えば、現在大国の脅威にさらされているウクライナや台湾やベトナムやフィリピンを始めとして、その他アジアやアフリカや中南米の弱小貧困国が、雪崩を打って『連合皇国』に加盟しようとしても、何らおかしくは無いだろう。──つまり、今回のロシアの侵略戦争は、ついに『パンドラの箱』を開けてしまったのだ。そう、これはロシアなどに代表される旧来の軍国主義によるの侵略戦争なんかでは無く、『平和憲法による全世界侵略戦争』の始まりだったのだ!」

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