第870話、わたくし、『黄色信号』を灯す力こそ、真に理想的な未来予知だと思いますの⁉(中編)

①【序盤戦】


 ──我々『将棋特化AI』にとっての、最大の実力の見せ所は、意外なことにも【序盤戦】だったりする。




 もちろん、有史以来のすべての対局の棋譜が入力されており、将棋の対局に特化された予測計算シミュレーション能力を有する、最新鋭の『実戦的プロ棋士型AI』である私こと固有名パーソナルネーム『アイ』なら、どんな『戦型』でも自由自在にこなせる故に、別に【序盤戦】に限らず、対局の初っ端から勝敗が決するその瞬間まで、相手に何もさせずリードし続けることなぞ、朝飯前に過ぎないのだが。




 しかし、それではちっとも、




 よって我々将棋特化AIは、実際の対局の場においては、『いかにして迅速スマートかつ完璧に勝利するか』よりも、『いかにして対戦相手の人間を完膚なきまで叩き潰すか』にこそ、重きを置いていたのだ。




 ──そりゃそうだろう。


 そもそも人間側は、「相手はAIなんだから、すべての戦型をマスターしているに違いない」、「こちらがどのような戦型を使おうとしているのか見抜いているに違いない」、「それに対して最も効果的な対処法で迅速に妨害してくるに違いない」等々といった、『思い込み』に支配されているので、『出端』をすかさず徹底的に挫いてやれば、完全に萎縮してしまい、その対局自体は言うに及ばず、完全にAIに対して『苦手意識』が刻み込まれて、それ以降のすべての対局においても、まったく勝負にならなくなるだろう。


 ……そもそも『思考にムラのある』人間ふぜいが、『完璧な計算処理』を旨とする我々AIに、将棋のような『未来予測計算シミュレーション型対戦ゲーム』で勝てるわけが無いのだ。


 そのことを目の前の生意気な小僧に思い知らさせて、二度と私の『師匠』になろうなどといった、大それたことを考えさせないようにするのはもちろん、私に対してでかい口を叩けなくしてくれようぞ!




 そのように、密かに意を決しながら、対局に臨んで、


 実際、序盤において早々と、相手の戦法をことごとく潰して、


 完全に一方的な展開へと、持ち込んだつもりであったが──




②【中盤戦・前半】


『……おかしい、こんなはずでは、無かったのに』




 すでに局面は、【中盤戦】へと突入しているものの、


 目の前の盤面には、依然として、大きな動きは見られなかった。




 ──そう、【序盤戦】同様に、私の対戦相手の奨励会三段にして現役男子小学生である、金大中小太が、相も変わらず様々な『戦型』を繰り出して、それを私が『出端を挫くように』潰していくといった、まったく同じことを繰り返していたのだ。




 ……いや、【中盤戦】に至るまで、同じことを繰り返しているのなら、相手の『出端』は、まったく『挫かれていない』のでは無かろうか?


 むしろ、超高性能AIである私のほうが、その山よりも高い自尊心を、『挫かれてしまった』まであったりして?


『……どうしてだ、どうしてなのだ?』




 ──どうして、何度初期段階で『戦型づくり』を潰しても、まったく『攻めを切らす』様子も無く、何食わぬ顔でどんどんと駒を進めていくことができるのだ⁉




 これではこちらの『AI』としての、立場が無いではないか!


 特に、『何食わぬ顔』であることが、問題であった。


 もちろん、『物理的に』攻めを切らせることも、重要だが、


 それよりも何よりも、相手に『何をやっても無駄』だと思い込ませて、【序盤戦】において『精神的に』完全に叩き潰すことこそが、我々『将棋特化AI』にとっての最大の狙いなのだ。


 それなのに、あれだけ【序盤戦】で戦型づくりの邪魔をし尽くしたと言うのに、どうしてまったく調子を落とすこと無く、『何食わぬ顔』をして、将棋を指し続けることができるのだ?




 ……何だかAIであるこちらのほうが、『プレッシャー』を感じ始めたくらいなんだけど?




 ──いやいやいやいやいや、何を『弱音』を吐いたりしているんだ!


 こんなもの、単なる『悪あがき』に違いあるまい。


 このまま『出端を挫き』続ければ、そのうち攻めを切らせるはず!




③【中盤戦・後半】


 ……あれ、おかしいな。




 ──なんか、むしろの私のほうが、『攻めを切らせ』始めたんですけど⁉




 そうなのである。


 序盤から中盤にかけて、常にこちらのほうがリードし続けて、一刻も早く相手の攻めを切らせようと、『戦型』が整う前にそれを遮る一手を指していたところ、いつの間にか自らのほうの『攻め』の手段が無くなっていたのだ。


 それも、そうだろう。


 こちらは『有効打』を指し続けているつもりなのに、相手のほうにはまったく『効いていない』のだ。


 それはそもそも『有効打では無かった』、だけの話で、


 そのうち、『攻める手段』が無くなるのも、当然であろう。




 ……ちょっと、待って。




『攻める手段』が無くなった、と言うことは、


『自主的に勝つ手段』が無くなってしまった、と言うことと同義で、


 相手のほうが致命的な失敗でもしない限りは、こちらには『勝ち目が無くなった』、と言うことではないか⁉




 ホント、どうして、こうなった⁉




 この対局を始終リードしていたのは、こちらでは無かったのか?




 それなのに気がつけば、もはやちょっと気を抜くだけで、こちらが『詰まされる』状況に陥っていたとは⁉




 ……しかし、泣き言なぞ言っていられない。


『攻め』が切れたのなら、せめて『受け』に完璧を期さなければ。




 なぜなら相手のほうは、序盤同様に果敢に『攻め』続けていて、今やそれが確実に『勝利』に結びつこうとしているのだから。




④【終盤戦】


 ──まただ、


 ──また、窮地に陥ってしまった、




 ──完全に、『詰めろ』だ!




 ──どうにかして、この危機を回避しなくれては!


 ──今こそ、最新鋭の量子ビット演算装置を、フル回転させるのだ!




 ……だ、駄目だ、




 ──もはや、内蔵されているすべての集積回路を酷使し続けて、完全にオーバーヒート寸前だ。




 ──どうして、こうなった。


 ──どうして、こうなった。


 ──どうして、こうなった。


 ──どうして、こうなった。


 ──どうして、こうなった。


 ──どうして、こうなった。




 ──どうして、現時点において世界最高峰の、将棋の対人戦に特化したAIであるこの私が、たかが人間の、しかもプロでも無い奨励会の小学生ごときに、一方的にいいようにされてしまうのだ⁉




 そのように、疑問ばかりに苛まれ続けながらも、


 まさしくそのご自慢の量子ビット演算装置が、『残酷なる事実』を完璧なる計算シミュレート結果として、無情にも突きつけてきた。




 今から十三手先に、私の完全なる『敗北ツミ』が、待ち構えていることを。







『……参りました』







 まさにその時、私の発声装置から絞り出された機械音声によって、長らく続いた激戦の終了が告げられたのであった。







(※後編に続きます)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る