第869話、わたくし、『黄色信号』を灯す力こそ、真に理想的な未来予知だと思いますの⁉(前編)

 ──私は史上初の、『本物のプロ棋士としてデビューすることを目指して』創られたAI、固有名パーソナルネーム『アイ』である。




 当然、江戸時代にまで遡る過去の名勝負の棋譜を始め、将棋に関するデータはすべて入力されているのはもちろん、徹底的に将棋の勝負に特化された未来予測シミュレーションシステムが組み込まれており、もはや誕生時点で現役のプロ棋士どころか、歴史上のすべての人類を凌駕する、『棋力』を有するものと自負している。




 事実、今やこの国の将棋指したちは、私たちAIに勝負を挑むどころか、まるで『将棋の神様』であるがごとく崇め奉り、むしろ自分たちが『対人戦』に勝利するために『教えを乞い』、それを『鵜呑み』にしてすべてにおいて『従う』といった、(情けない)有り様であった。




 そのように、もはや日本の将棋界において向かうところ敵無しの我らAIであったが、生憎と最新型である私のような『実戦用棋士型AI』では、話が大きく違ってきた。




 なぜなら、人間のプロ棋士たちと『同等』に、将棋の『公式戦』を戦って行くには、様々な『障壁ハードル』があったからだ。




 まず何と言っても、AIである私自身、『学ぶこと』がごまんとあることであった。


 いくら『将棋に関する知識』が完璧であっても、全人類を凌駕する『盤上シミュレーション戦力』を有していようとも、『戦いとは相手があるもの』であり、『机上の空論』では及びもつかない、とんでもない『計算外の局面』となることさえも少なく無く、たとえ『AI』といえども『実戦』の数をこなさなければ、『常勝の境地』には至り得ないのだ。




 そしてもう一つが、AIであろうとも『プロ棋士』となるには、当然のごとく、将棋界の『しきたり』に従わねばならないことだ。




 すでに当たり前のようにして、我々AIはプロ棋士と何度も勝負を行い、圧倒的な実力差を見せつけてきた。


 ついには、かつてAIとプロ棋士との対局を最終ステージにしていた『冠大会』までもが、正式に『タイトル戦』と認められるに至るという有り様であった。




 ──だからと言って、我々AIが、正式なるタイトル戦の優勝者と認められるどころか、プロ棋士として認められることなぞ無かったのだ。




 それは、なぜか?




 そもそも我々AIが、生身の人間では無いから?




 そもそもプロ棋士との勝負におけるAIとは、『倒すべきラスボス』であり、『立ち塞がる障壁』でもあるという、圧倒的に『格上の強者』だから?




 そもそもその対局自体が、現在における『AIの能力』──特に、人間のプロ棋士との圧倒的な実力差を計ることこそを、目的とするものだから?




 ──確かに、それらも正解であるだろう。




 しかし、それよりも何よりも重要だったのは、そもそも我々AIが、我が国において唯一公的に将棋の職業プロ棋士活動を運営している、公益社団法人『日本将棋連盟』により、プロ棋士としての『洗礼』を受けていないことであった。




 ──そう、プロ棋士としての最も基本的かつ絶対的な『条件』である、『奨励会』に入り奨励会員同士で対局を重ねて、過酷極まる各段位ごとのリーグ戦を勝ち抜き、最上位の『四段』へと昇格して、プロ棋士としての地位を獲得することを。




 しかも、その前提条件たる『奨励会入会』の資格を得るためには、入会試験に合格する以前に、身元保証人──いわゆる、プロ棋士の『師匠』が必要であったのだ。




 もちろんそのどれもが、AIに過ぎない私には、持ち得ないものであった。




 そこで、『史上初の本物のAIプロ棋士』を何としても誕生させたい将棋連盟は、何と連盟に所属する棋士の一人に、私の『師匠』になるように白羽の矢を立てたのだ。




 ──まさに今、将棋盤を挟んで私と対峙している、目の前の年若き男性に。




 ……それにしてもどうして、こんなが、私の『師匠』に選ばれたのだ?




 確かに彼は、奨励会に入会して以来連勝連勝で、すぐにでもプロ棋士デビューを飾り、『弟子をとる資格』を得るだろうから、私の『師匠』となるのに問題は無いのだが、




 現在最高性能の量子ビット演算装置を内蔵し、世界初の『AIプロ棋士』となるために生み出されたこの私には、少々役不足では無かろうか?




 最低でも、A級棋士。できれば、タイトルホルダー。




 ──欲を言えば、現名人か竜王あたりに、引き受けてもらいたかったところなのに。




「……いや、名人はともかく、竜王はマズイだろ? 僕が君を『内弟子』なんかにしたら、某ライトノベルみたいになってしまうじゃないか?」




 それなのに、何でこんな小生意気な『小僧』が、私の『師匠』に選ばれたのだ⁉




「……小僧って、つい最近製造された君のほうが、よほど『小娘』じゃないか? それに、『外見』のほうだって──」




『──いちいちこちらの思考データを読んで、ツッコミを入れないでください! エチケット違反ですよ⁉ それよりも早く、「勝負」を開始しましょう!』




「……本当にやるのか? あまり気乗りしないんだけどなあ」


『何をおっしゃっているのです、この対局に勝たなければ、私は絶対あなたのことを、自分の「師匠」とは認めませんよ!』


「僕だって別に君の師匠になるつもりなんて無いのに、連盟に無理やり押しつけられて、迷惑しているんだよ?」


『──何ですってえ⁉ 史上初の「AIプロ棋士」であるこの私の師匠になること以上の名誉が、この世にあるものですか! しかもいまだ自分自身プロ棋士でも無い、奨励会員のくせして!』







「……おい、奨励会員を舐めるんじゃねえぞ? 現在世界最高峰のAIだか何だか知らないが、奨励会を抜けもしないで、『プロ棋士』を名乗るんじゃねえよ、このガラクタが!」







『──なっ⁉』




「気が変わったよ、連盟の思惑に乗るのは癪だけど、『プロ』の厳しさというものを、その容量不足のメモリー領域に刻み込んでやるから、せいぜい覚悟するんだな?」




 そう言うや、これまでのいかにもやる気の無い表情を引っ込めて、瞳を『勝負師』の炎で爛々と輝かせ始める、史上初の『小学生プロ棋士』確実とも讃えられし少年、『金大中小太』三段。




『……くっ、ちょこざいな⁉ いいでしょう、もはや現在においては、人間の棋士なぞAIの足元にも及ばないことを、思い知らせてやりますわ!』




 そう言うや、演算装置をフル回転させて、臨戦態勢に入る私。




 ──そして、将棋史上これまでに無い、『異能バトル』もかくやといった、超絶白熱した対局の火蓋が切られたのであった。













「……いや、火蓋を切るのはいいんだけど、AIが本物の将棋盤を使って、どうやって駒を動かすの? もしかして、『ロボットアーム』を使うつもりか?」




『ロボットアームとは、何ですか、ロボットアームとは! 最新鋭の量子ビット演算装置搭載のAIに向かって⁉』




「は? 最新鋭だろうが、量子ビット演算装置だろうが、『機械の腕ロボットアーム』は『機械の腕ロボットアーム』だろうが?」




『──ぐっ』







(※露骨な伏線を張りながら(w)、中編に続きます)

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