第579話、わたくし、アルテミス改め、『美の女神フレイヤ』ですの♡

 ──私が、自分が『愛と豊穣の女神フレイヤ』の生まれ変わりだと気づいたのは、まだ年端もいかない幼子の頃だった。




 いまだ恋も愛も知らないはずの幼稚園の年少組の男の子たちが、私を巡ってガチのつかみ合いを始めた時は、何が起こったかと驚いたものだった。


 何が何だか訳がわからず怖くなって、それからは女の子とだけ遊ぶようにしたのだが、今度は女の子だけの幾つかの集団が私の奪い合いを始めて、幼稚園中が大騒ぎになった。


 もはや幼稚園をやめるしか無いと、両親が退園届を提出したけれど、なぜか担当の先生(♀)が、「お子様のことは、私が命を懸けてお守りします!」と、いきなり『熱血』ぶりを発揮して、しばらくは様子を見ることになった。


 もちろん私自身も「何といい先生なんだろう」と、すっかり彼女に懐いてしまったのだが、折に触れて私に過剰なスキンシップをしたり、服を脱がそうとし始めたりしたので、もはや我慢ならず両親に泣きついて、自主退園したのであった。


 ──しかしそういった問題は、それで終わるどころか、小学校に上がった後も、ますます悪化していったのだ。


 男女を問わぬ生徒たちや教職員たちはもちろん、PTAを始めとする部外者の大人たちも、私を一目見るや目の色を変えて何かと理由を付けてはまとわりついてきて、しかも私を自分だけのものにしようと、他の者たちと争いだす始末であった。


 ……それにしても、小学生低学年の頃から、通学途中で、何度痴漢に遭ったことやら。


 ──だが、こんなことなぞ、まだまだ序の口であったのだ。


 小学生高学年になりつつあった時分には何と、父親や兄や弟や叔父や祖父に至るまでの、男性の親族までもが、ガチで私に迫ってきて、お互いに争い始めたのである。




 ──とはいえ、この頃には私はすでに、この異常きわまる事態を、恐れたり戸惑ったりはしていなかった。




 当然のことながら、私の人生は生まれた時から『このパターン』だけなのだから、その他の(おそらく皆さんが正常と思われている)パターンなぞ知らないので、この異常極まるパターンこそを『当たり前の自分の人生』と認識せざるを得なかったのだ。




 ──自分は、『美の女神様』か何かの生まれ変わりに違いないなどと、本来なら正気を疑うことすらも、信じられるほどに。




 しかもそれは、あながち間違いでは無かった。




 そう、最初から、明らかに異常と思われる周囲の者たちを、恐れることも不審がることも気持ち悪がることも、無かったのだ。




 ──彼らはただ単に、『美の女神』である私の、『信奉者』だっただけの話なのだから。




 それが証拠に、小学生にしてすでに『この世の真理』に目覚めていた私は、親兄弟を始めとする周囲の者たちに対して、あらゆる無理難題を命じ続けたのだが、みんな喜んでそれに応じ、自分の人生を犠牲にしてでも私のオーダーを叶えようとしたり、あえてオーダーに失敗することで、私から『ゴホウビ』を与えてもらおうとするといった有り様であった。


 中でも、私の眼鏡に適い恋人の座にありつけた多数の『奴隷』どもからは、財産その他何もかも奪い取り、幾たびも結婚と離婚を繰り返したこれまでの『夫』たちからは、財産のみならず生命保険金をしこたませしめるために「死ね」と命じたところ、皆喜んで自ら命を絶つほどであったのだ。




 ──そう、私にとっての、『恋』とか『愛』とか言ったものは、


 一方的に、捧げられる物であり、奪い取る物なのであって、


 こちらから与える必要なぞ、まったく無かったのである。




 ──ただしそれは、私自ら愛を与えずにおられないほど、この上なき『最愛の相手』に巡り合うまでの話であったが。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……どうして、どうしてなの? どうしてあなたは、この世でただ一人だけ、私のことを拒絶するの⁉」




「──うるせえな、俺にベタベタすり寄ってくるなって言っているだろうが? うざいんだよ、ババアが!」




 そのいまだ十代半ばの少年は、自他共に認める『女王様キャラ』そのものの私が、余人にはけして見せたことが無い『哀願』の表情ですがりつこうとしたところ、情け容赦なく力任せに振り払った。




「ババアなんて、ひどい! 私はこれでも、『美の女神』の生まれ変わりなのよ⁉ ちゃんと我が王国の中心地の聖都の大神殿の、お墨付きなんだから!」


「……ええー、ここって『現代日本』なのか、『ファンタジー異世界』なのか、舞台設定くらいしっかりと決めとけよ、あのアホ作者が」


「急に、メタ的な発言をしないで! ここは、私が『美の女神の生まれ変わり』であることが、公的に認められているのを、理解してもらえればいいんだから!」


「とにかく、あんたが『美の女神』の生まれ変わりかどうかなんて、俺には関係ねえから」


「どうしてよ⁉ とくと見なさい、この美貌を! しかも女神の生まれ変わりだけあって、一定の年齢以降は老化しないから、十代半ばのみずみずしさのままだし! 更には『美の女神』と言っても北欧神話の誇る『何でもOK、来る者拒まず♡』のフレイヤなので、第二次成長期の少年としては、もう辛抱たまらないはずでしょうが⁉」


「……いやむしろ、今の俺には、『生理的嫌悪』以外の、何も感じられないんだが?」


「ちょっ、よりによって、生理的嫌悪って、何でよ⁉」




「──それは当然、俺があんたの、『実の息子』だからだよ!」




 ……………………………………………………………そういえば、そうでした。




「で、でも、私のお父様やお兄様や弟やお祖父様や叔父様は、小さい頃から、私にぞっこんだったけど?」


「……まあ、北欧とかギリシャとかローマとかの神話だったら、そんな神様も少なくは無いだろうし、人間においてもちょっとたがが外れたやつだったら、血縁の女の子に懸想をするやつもいるだろう」


「うんうん」


「だが、俺はダメだ! むしろあんたがさっき言っていたように、思春期だからこそな!」


「はあ? ヤリたい盛りの思春期まっただ中のくせに、何で『いつでもカモーン♡』状態の可憐で若々しい女を拒絶するのよお〜」




「思春期の男子ってのは、どんなに女が欲しくても、当たり前の話として、自分の母親だけは絶対除外するの! そいつがどんなに綺麗で若くて自分のことが好きだろうがな! たぶんあんたは神様の生まれ変わりだから、そこら辺のところが理解できないんだろうけど、それが『人間の摂理』ってものなんだよ!」




「……え、ということは、もしもあなたが今思春期まっただ中では無かったら、私に転んだ可能性もあるってわけ?」




「将来のことはわからないし、それこそ小さな頃は、本気であんたと結婚したいとも思ったことあるしな。──しかし、今の俺は間違い無く、あんたのことが、『毛虫やナメクジ』よりも嫌いだ。ちょっとでも触ってくるだけでも、身の毛がよだつほどにな」




「──そこまでかよ⁉」




 ……くうううう〜。


 失敗した!


思春期たべごろ』になるまで、ずっと我慢して待ちわびていたというのに、


 結局、『裏目』に出てしまったではないか⁉




「──私、絶対にあきらめないから! あなたがこれから恋人が一人もできず、結婚もできず、独り寂しい『こどおじ』中年男になってから、再チャレンジするんだからあああああ!!!」




 そのように負け惜しみそのままのことをわめきながら、脱兎のごとく、この世で唯一愛する息子の部屋を飛び出していく、『美の女神の生まれ変わり』。




「……無駄なことを。俺すでにこの時点で、つき合っている彼女がいるから、中年に差しかかった時には、可愛い奥さんと子供たちに囲まれて、幸せに暮らしていると思うけどな」




 ………………なんか背後でぼそりと、非常に気になることをつぶやいたような気もするけど、私の精神衛生上無視することにいたしました、はい。
















メリーさん太「──だから、何なのよ、二回も続け様に、訳のわからない新作短編を挟み込んだりして⁉」




ちょい悪令嬢「実は『文学少女系悪役令嬢』の二回目として、『ダン○まち』最新第16巻(フレイヤ様本格参戦なるか?)について語るつもりだったのですが、その前に具体的な『寸劇』から入ろうとしたところ、そちらのほうだけで結構な文字数になったものだから、詳細な解説のほうは次回回しとなってしまったのでございます」




メリーさん太「なんか、このパターンばかりじゃないか⁉」

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