第578話、わたくし、いくら百合作品だからって、実の姉妹まで『ス○ル』になる必要は無いと思いますの⁉

「──どうして、どうしてですの? わたくしのどこに、不満があると言うのです⁉」




 ノルディック王国首都、アースガルズ女学園生徒会『ノルンの館』にて響き渡る、生徒会長たる『三柱の女神』が一人である、私ことヴェルザンディの悲鳴のような声音。


 完全に人払いがされており、二人っきりの瀟洒な空間の中での小さなテーブル越しの至近距離から、『女神』に選ばれるにふさわしい学園指折りの美貌を憤怒に歪ませながら迫り来るわたくしを前にして、その小柄な新入生のほうは、


 ──わずかにも動じること無く、情け容赦なく一刀のもとに斬り捨てたのであった。




「はあ? あんたには不満はいっぱいあるけど、それはそれこれはこれよ。私が誰を自分の『お姉様』に選ぶかに、関係無いじゃない?」




「──す、スクルドちゃん、わたくしに不満が有ったの⁉ う、嘘よ! 嘘だと言ってちょうだい!!!」




『最愛の妹』のあまりにも無慈悲な言葉に、わたくしはもはや堪えきれずその華奢な肢体に抱きついて、滂沱の涙を滝のように流しながらわめき立てた。


「ええいっ、あんたのそんなところが不満だって言うのが、わからんのか⁉」


「だから、どうしてなのです⁉ わたくし、あなたが高等部に上がってくるのを待ってから、神聖なる『姉妹の契り』を交わそうと思って、他の子たちからの熱烈なる『求愛』もすべて断っていたのに⁉」


「……私を待っていたって、何で?」


「何でって、わたくしたちは、本物の『姉妹』じゃないの⁉」




「あのさあ、本物の姉妹だからって、この学園の頭が狂ったインチキ『姉妹の契り』とやらまで、交わす必要は無いでしょうが?」




「──ッ」


 そ、そんなまさか。


「実の姉妹が『姉妹の契り』をしないなんて、赦されるものですか! これは原典にして聖典でもある、『マリ○て』に対する冒瀆だわ!」


「……いや、『マリ○て』は別に、実の姉妹にまで、『姉妹の契り』を強制しなかったろうが? そっちこそ、『風評被害デマ』をまき散らすんじゃ無いよ?」




「だって、スクルドちゃんがわたくし以外の女を、『お姉様♡』と呼ぶなんて、我慢できないじゃない⁉」(例の黄色い魔法少女風に)




「──それが、本音かよ⁉ 『マリ○て』関係無いじゃん⁉ それに私『お姉様』なんて、気色の悪い呼び方なんかするもんか!」


「…………え、だったらスクルドちゃん、今までわたくしのことを、何と呼んでいたの?」


「は? さっきからずっと、『あんた』って言っているじゃん、何聞いていたんだよ?」


「そういえば! ……うううっ、万人が認める『学園のお姉様』であるわたくしのことを、『あんた』呼ばわりするなんて、もしかしてスクルドちゃん、反抗期⁉」


「いや、生まれてからこの方ずっと、『あんた』呼びしかしていないはずだけど?」


「そ、そんな! 全然気がつかなかったわ⁉」


「……もうあんた、『お姉様』キャラとか『生徒会長』キャラとかでは無くて、ただの『馬鹿』キャラだろ?」


「こうなればいっそのこと、強引に『姉妹の契り』を交わして、わたくしを『お姉様』と呼ばせてやる!」


「あ、こらっ、やめろっ! いい歳して、妹にキスをしようとするんじゃ無い! あんたのそんなところが、ウザいと言っているのが、わからないのか⁉」


 ──そのように、わたくしたちが姉妹で、組んずほぐれつの大乱闘を繰り広げていた、まさにその時、




「おーい、スクルド、まだ話は終わらないのか?」




 ノルンの館に鳴り響く、第三の声。


 二人揃って振り向けば、入り口の手前には、一人の女生徒がたたずんでいた。


 顔の右半分を隠した長い黒髪に包み込まれた、あたかもモデルであるかのような均整のとれた長身。


 そして彫りが深く整った小顔の中で、何の感情もうかがわせずに鈍く煌めいている、黒曜石の瞳。


「あ、ウルズ先輩、わざわざ迎えに来てくださったのですか?」


「あ、いや、どうしてもお姉さんの許可が下りないんだったら、今日の君の歓迎会はやめておこうかと思ってね、確認に来たんだよ」


「そんなことありませんよ! ちゃんと行きますよ、先輩主催の二人っきりのカラオケ歓迎会! 今夜はオールで弾けましょうね♡」


「うん、わかった。──それじゃ、ヴェルザンディ、妹さんを借りていくぞ?」


「いちいちそいつに断らなくていも、いいですよ! 別に『保護者』ってわけでも無いんだし。それに今やウルズ先輩こそが、私の『お姉様』なんだし♡」


「こらっ、お姉さんに向かって、『そいつ』呼ばわりは無いだろうが?」


「テヘッ、すみません、先輩。今後改めます!」


「……ほんと君は、ヴェルザンディの妹とは思えないほど、調子がいいな」


「えへへへへ、よく言われます♡」


「別に褒めたわけでは無いんだけど、何で嬉しそうなの?」


「だって、そこの一応血縁上は『姉なるもの』に似ていると言われるよりは、百万倍も嬉しいですよ♫」


「……だからそう言うことを、本人の前で言うなって、言っているんだがね?」


「あはっ、これまた失敬☆」


 そのように、とてもこの春初めて出会ったとは思えないほど、仲睦まじく語り合いながら、ノルンの館を跡にしていく二人。




「──ちょっとお待ちください! スクルドちゃんがウルズさんを己の『お姉様』と見なしていると言うことは、まさかあなた方はすでに、『姉妹の契り』を交わしていらっしゃるわけですの⁉」




 もちろん、それを引き止めんと放たれる、わたくしの絶叫のごとき大声。


 そうなのである。


 突然、我が最愛の妹スクルドの『お姉様』ということが発覚した、彼女こそは、


 クラスメイトであるわたくしとも負けず劣らずに、学業は優秀であり品行も方正さを誇り、生徒たちからの人望や先生方からの覚えもめでたい、知る人ぞ知る陰の実力者であったのだ。


 ……そんな彼女が、どうして(成績や運動神経においてほんのちょっぴり劣っている)このわたくしを差し置いて、『女神様』に選ばれ無かったかと言うと、常日頃から『孤高の人』を気取り、他人との関わりを極力排除しようとする、非社交的な性格の賜物であった。


 ──何せ、一方的にライバル視しているわたくしが、何かと絡んで行っていると言うのに、まったく気がつかず相手にしてもらえないくらいですからねえ…………ぐぬぬぬぬ。


 そんな、いかにも『人間嫌いのクールキャラ』然としていた彼女が、何でいきなり、うちの妹の『お姉様』になってしまうのよ⁉


「あ、ああ、妹さんが今日突然に、私が一人でやっていた『量子論SF研究会』に入部してきたんだけど、ちょっと話をしただけで無茶苦茶気が合ったんで、物はついでに『姉妹の契り』を交わすことにしたんだよ。…………何か悪かったかな?」




「──悪いも何も、人の妹と、ついでで『姉妹の契り』を交わすなあああああああ!!!」




 間違いない。


 やっぱりこいつは、わたくしの『天敵』ですわ!


「おい、あんたいい加減にしろよな? 私は先輩の、量子論SF対する真摯な姿勢に惚れ込んでいるのであって、『姉妹の契り』なんてどうでいいんだよ! あんたのような『色ボケ』と、一緒にするんじゃないよ⁉」


「色ボケとは、何ですの⁉ それに『量子論SF』とは、一体何のことなのよ⁉」




「量子論SF、それは、『世界の真理』です」




 ………………………………は?




「この世のすべての現象は、量子論によって完璧に説明できるのです。そしてそれは、『人間の感情』についても同様で、人は量子論に則って集合的無意識とアクセスし、そこから『神の啓示』を賜ることによって、己の行動を決定しているのです。──実はこれこそが、私のおじいちゃんの遺言であり、私はおじいちゃんの意志を継いで、量子論SFやおじいちゃんのことをあざ笑った、学界や政界のやつらに復讐をするのです!」




「スクルドったら、なにどこかの『ちゃん』みたいなことを言い出しているの? 『雛○沢症候群』かよ⁉ それにわたくしたちの祖父は普通の大貴族であり、現在もご存命で、そんな変な研究をし続けて、非業の死を遂げたりしていないでしょうが⁉」


「本当のおじい様ことでは無く、私の心の祖父である、『加○』大先生のことですよ」


「その『ひふみ』さんは、量子論SFとかじゃ無く、将棋のエキスパートのほうだろうが⁉」


「ヴェルザンディ、実は日本の将棋は、量子論SFと深い関わりがあるんだよ?」


「──あなたは、黙っていてちょうだい!」




 いつもは静謐な空気に支配されて、厳粛ながらも時折朗らかな笑い声にも満たされる、品行方正にて華やかなりしお嬢様学園の生徒会室にて木霊する、生徒会長たる『女神様わたくし』の怒号。




 ……何で、こんなことになったのよお。


 どんどんとひどくなる頭痛に、堪らず頭を抱えてしまうわたくしであったが、




 こんなことなぞは、文字通りに『嵐の前のほんの前座の一幕』に過ぎなかったことを、すぐに痛切なる慚愧の念とともに、思い知ることになるのであった。

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