第451話、わたくし、オキナワの『狼』少年、ですの。(その9)

「──どうしてヤマトちゃんは、勇者様のことを、『提督』って呼ぶのオ?」




『聖女』と言うには、そのご自慢の豊満なる肉体を隠そうともしない、けしからんまでに扇情的な衣裳がセールスポイントの、我がパーティの『みんなの陽気なお姉さん』であるところのマリア嬢が、辛いばかりの長旅の中での最大の憩いの時間である、焚き火を囲んだ食事の真っ最中に、ふと漏らした一言によって、一斉に静まり返る、勇者である僕ことミハエル=ユヒナーを始めとする仲間たち。




「……そういえば、そうよね」


「結構古株の私が、このパーティに加わった時点ですでに、そう呼んでいたような」


「私なんか、『そういうもの』だと思って、何も疑問を覚えなかったけど」


「でも、『勇者』のことを『提督』と呼ぶなんて、他でもあまり聞いたことないわよ?」


「何かと『礼節』にうるさいヤマトのことだから、別にミハエル個人に対する『愛称ニックネーム』でも無いようだし、何か由来でもあるの?」




 次々と同意の声を上げる、他のパーティメンバーたち。


 どうやら彼女たちも、、これまでずっと疑問に思っていたようだ。


 ……ちなみに、勇者にしてよわい10歳の『お子様』である僕に対して、彼女たちのほうは皆、年上の美女や美少女ばかりであった。


 あくまでも『魔王退治』のために世界中から集めた、『実力本位』のメンバーであるはずなのだが、性別はもちろん年齢構成にも、恣意的な偏りがあるような気がするのは、僕の思い込みであろうか?


 ──それはともかく、みんなから一斉に注目されたことで、いつもの冷静沈着さが嘘みたいに、若干頬を紅潮させながらきょどりだす、この魔導大陸では非常に珍しい、極東島国系の黒髪黒目の絶世の美少女。


「……あの、『提督』と言うのは、私の祖国における、海軍の艦隊司令の呼称の一つでして、もうすっかり癖になっているのです。本当は私も、提督のことは『勇者』と呼ぶべきなのに、どうも申し訳ございません」


「あ、そうか、ヤマトちゃんて、『ニッポン』とか何とか言う、『異世界』から転生してきていたんだっけ?」


「と言うことは、ミハエルも、そこから転生してきたわけ?」


「……う〜ん、僕には別に、転生した覚えも、その『ニッポン』とか言う国についての記憶や知識も、まったく無いんだけどねえ」


 少々冷たい言い方だが、ここは毅然と断言すべきであろう。




 ──何せ僕は、この世界の命運を背負った勇者なのだ。これまでの人生すら捨てていると言うのに、本当にあるかどうかもわからない『前世』のことなんかに、かかずらっている場合じゃ無いのだ。




 これについては、何かと言うと、僕の『忠実なるしもべ』を自称してくるヤマト自身も、ちゃんとわきまえているようで、別に気にした様子は見られなかった。


「提督ご自身は、それで構いません。私が提督に従っているのは、あくまでも『罪滅ぼし』に過ぎないのですから」


「……罪滅ぼしって、何だよ、そりゃ?」


 また何か唐突に、思わせぶりなパワーワードが出て来たな。




「──75年前のあの日、私が不甲斐ないばかりに、提督の御国の人々には、多大なるご迷惑をおかけしてしまって、『あちらの世界』においては今もなお、苦難の日々を強いられておられます。提督が異世界に転生することになったのも、まさにそのせいであり、私には己の全身全霊を捧げてでも、提督をお守りする義務があるのです!」




 決意に満ちた真摯な表情で、高らかに言い放つ、幼き少女。


 ──そこには、余人には窺い知れない、『悲壮感』すらも垣間見られた。


 ……いや、僕って『前世』において、一体どんな酷い目に遭っていたんだよ?


 そんなこんなでつい、パーティのほぼ全員がしんみりと沈黙しそうになったところ、そうはさせじとあえて明るく大声を上げたのは、毎度お馴染みの『パーティ一のムードメーカー』である、このお方であった。




「──もう、ヤマトちゃんたら、いつまでも昔のことで、くよくよしないの! あなたの前世での立場や出来事はどうあれ、少なくとも現在においては、あなたが私たちにとって大切な『仲間』であることには、間違い無いんだから! 物事はもっと、前向きに考えていきましょうよ!」




「……マリア、さん」




「そうよ、何と言ってもヤマトちゃんこそが、うちの『最大火力』なのですからね!」


「これまであなたご自慢の、45口径460ミリ3連装主砲に、何度助けられたことか……」


「ヤマトちゃんがいれば、『魔王軍』なんて、恐れるに足らずよ!」


「この前の『中つ国』のオークどもなんて、北のみやこの『猪豚城』ごと、たった一発の艦砲射撃だけで、全滅させてしまったものね!」




「──み、みんな……ッ」




 マリアの言葉に賛同を示すように、一斉に声を上げる仲間たちの姿に、ついに感極まったような表情となる、クーデレ『軍艦擬人化少女』。


 もちろん、ここで最後にきちんと締めるのは、勇者である僕の役目であった。




「──みんな、魔王城攻略も、もう目の前だ! ヤマトはもちろんメンバー一人一人が、その人並みならぬ力をすべて振り絞りつつ、僕たち仲良しツーカーパーティならではの、絶妙なるチームワークを駆使することこそが、勝利への唯一の鍵なんだ! これまで通りけして油断することなく、大陸中のすべての人々のためにも、大いに頑張っていこう!」




「「「──オー!!!」」」




 そのように、改めて決意を新たにする僕らを見守っていたのは、夜空の中天で光り輝いている、満月だけであった。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……あ……あ……あ……あ……あああああああっ⁉」




 西暦2020年6月23日。


 ──苛烈を極めたかの『沖縄戦』終結から、丁度75年目の夜。




 天空の夜の女王様によって、煌々と照らされた浜辺にて、僕は突然、『本来あり得るはずの無い記憶』が甦ったことで、大混乱をきたしていた。




「……君は、一体」


 その引き金となったのは間違い無く、『記憶』の中と同様に、自分のことを『大和』と名乗り、僕のことを『提督』と呼んだ、目の前の少女を目にしたためであろう。


 あたかも黒絹のごとくつやめく長い髪の毛に縁取られた、まさしく日本人形そのままの端整な小顔の中で煌めいている、黒水晶の瞳。




 ──そして、純白のワンピース型の水兵セーラー服に包み込まれている、おそらくは僕と同じく10歳ほどの、小柄で華奢な白磁の肢体。




「………………」


「──な、何ですか、人の全身を、そのようにまじまじと、お見つめになって?」


「……戦艦、しかも、大和? それにしては、『大きさスケール』が、ちょっと」


「し、仕方ないじゃないですか!」


「仕方ない、とは?」




「だって私は、世界的に見てもほぼ最後期に建造された戦艦でありながら、本格的な海戦もろくに経験できないまま、ほとんど特攻まがいの『天一号作戦』において、敵の航空攻撃によって轟沈してしまったのですから、軍艦として成長する機会なんて無かったのですよ!」




 ──っ。


「……『天一号作戦』、って」


 この沖縄の地にあっては、僕のような子供でも知っている、あまりにも有名な名称が出て来たために、思わず苦悶まじりのうめき声がこぼれ出た。




 そんな僕の姿を見て取り、満を持すようにして言い放つ、目の前の自称『大和』の少女。




「そうです、すでに米軍の上陸を許し、凄惨なる戦闘のなかにあった、沖縄の皆様のせめてもの一助にならんと、万難を排して出撃しながらも、道半ばで力尽き、結果的に沖縄の皆様を見殺しにすることになってしまった、大日本帝国の海軍の象徴たる、私こと大和の最大の『汚点』にして、けして償いきれない『大罪』の元凶となった、『坊ノ岬沖海戦』のことなのです!」

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