第435話、わたくし、『日本でこそこそエルフちゃん』、ですの♡(最終回、SNS地獄編)

『──『ライジングサンTV』をご覧の皆様、こんにちは♡ 本日の午後のワイドショーのお相手は、『日本でこそこそエルフちゃん』のキャッチフレーズでお馴染みの、このわたくしことエルフの国からの転生者である、『シャイン=マスコット』がつとめさせていただきます! さて、発祥地がまったく不明のけして某大国とはまったく無関係のはずの、謎のウイルスによる伝染病の大流行で長期の自粛生活を余儀なくされて、うんざりするばかりの毎日が続いておりますが、ここでとんでもないニュースが飛び込んできました! 何と日本国政府が密かに、『アンチ転生法』などと言う、非民主主義的な新法案を、強引に制定しようとしていると言うのです! これが正式に施行されてしまえば、昨今話題のWeb小説を始めとする、『異世界転生』を扱った創作物は、今後一切作成も閲覧もできなくなると言う、『表現の自由』を踏みにじる希代の悪法なのでございます! こんな卑劣極まりない法案なんて、けして許してはなりません! 今こそ、私たち意識の高い系の『広告塔』タレントを始めとして、公安調査庁指定暴力集団政党、周辺諸国の同志たち、その熱き支援を受けたマスコミ、形の上では一応平和を愛していることになっているエセ市民運動活動家、なぜかあからさまに女性蔑視のエロ主体の外国産のエセ艦船ソシャゲに対してはまったく批判をしないツイフェミ等々の皆様が、すべて力を合わせて、テレビや新聞やネット上のSNS等々あらゆる媒体を利用して、反対運動を盛大に行っていき、必ずや廃案に追い込みましょう!」




 そのように、テレビのモニター内で、突然声高にアジテーションし始めたのは、本来なら、ただニコニコと笑っているばかりの、可愛いだけでいかにも頭の軽そうな、ワイドショーの添え物の女性タレントであった。


 ──ただし彼女は、なぜか最近こぞってSNS等で反政府活動を始めた、有象無象の『某国の紐付き』工作員タレントたちとは、ひと味違ったのだ。




 いかにも日本人離れした、銀白色のショートカットの髪の毛に縁取られた、彫りの深い端整なる小顔の中で煌めいている翠玉エメラルドグリーンの瞳に、とても100歳を超えているとは思えない、下手したら十三、四歳ほどの女子中学生にも見える、華奢で小柄な白磁の肢体。




 ──そう、彼女こそは、異世界のエルフ族の国『カニバリア王国』から、『逆転生の秘術』を使ってこの日本へとやって来た、エルフの転生者だったのだ。




 ただでさえ文字通りに人間離れした、天使か妖精かといった圧倒的な美貌に加えて、その尋常ならざる出自が、世間一般の人々に大受けして、ワイドショーのコメンテーターとしてテレビに登場して以来、圧倒的な人気を誇り、彼女の一言こそが、世相そのものを大きく動かすとも、まことしやかに噂されるほどであった。


 そんな彼女が、政府が秘密裏に進めていた『アンチ転生法』制定に対して、明確に反対の意を示したのである、日本国中が『法案反対』一色に染め上げられたのは、言うまでも無いだろう。




 こうして日本以外の国から送り込まれた、『広告塔タレント』の扇動によって、せっかくの有益なる新法は闇から闇へと葬られて、これからも日本の最先端の科学技術や知的財産は、異世界へと流出し続けて、莫大なる損失を被り続けることになったのである。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──本当にお世話になりました、プロデューサー」


「何の、シャインちゃんのためなら、このくらいお安い御用だよ!」




 時刻はすでに夜半過ぎ、東京でも高名なるタワマンの入り口エントランスの手前で、いかにも業界人風の派手な格好をした中年男と、清楚なミントグリーンのワンピースドレスに華奢な肢体を包み込んだ、銀髪の神秘的な美少女が、親しげに語らっていた。




「お陰様で、政府の悪法も取り下げられて、これからも私の本国のほうに、優れた日本の技術や知識を流出できることになって、女王陛下を始めとして、皆喜んでおりますわ♡」


「それは何よりだ、何せ我々日本のマスコミは、外国様のご支援とご指導とで成り立っているので、自分の国よりも外国様に栄えてもらわなきゃ困るからな!」


「今回もちゃんと、皆様のご口座には、謝礼のほうをたんまりと振り込んでおきましたので、後ほどご確認くださいな」


「それはそれは…………あ、いや、あくまでも我らは、正義のために立ったのだ! 現政権の危険性を、お茶の間の皆様にお伝えすることが、マスコミの責任なのだ! それに何よりも、『表現の自由』を抑制する法律なんて、TV業界としても、絶対に許すわけにはいかないからな!」


「さすがは、『平和を愛する守銭奴ドロボー』こと、マスコミ業界人! 見上げた心意気ですわあ! 本当にあなたプロデューサーの下で仕事ができて、私、幸せわ」


「いやいやこちらこそ、シャインちゃんのお陰で、視聴率のほうもうなぎ登りで、僕も鼻高々だよ! ──おっと、いけね、もうすぐ終電だ、そろそろおいとまするかあ」




「──あら、せっかくですので、今夜は私の部屋に、お泊まりになったら?」




 突然の思わぬ台詞とともに、絡み取られる男の右腕。


 押しつけられる、結構豊満なる二つの膨らみ。


 咄嗟に振り向けば、こちらを蠱惑の煌めきとともに見つめている、二つの翠玉エメラルドグリーンの瞳。


「……シャイン、ちゃん?」


「私、プロデューサーを一目お見受けした時から、思っておりましたのよ? 『何て好みの男性なの? いっそのこと食べちゃいたいわ♡』、って」


「た、食べちゃいたいって、シャインちゃん⁉」


「さあ、お部屋に参りましょう」


「あ、ああ、もちろんだとも!」


 もはや断る理由もなく、だらしなく鼻の下を伸ばしながら、女エルフのタレントに導かれるまま、マンションのエントランスへと向かう、でっぷりと肥え太った番組プロデューサー。




 ──しかし、彼は、知らなかったのである。




 シャイン嬢の異世界における生まれ故郷の『カニバリア王国』には、支配者であるエルフ族以外にも、『豚』と呼ばれる二足歩行の家畜が多数飼育されていたのだが、これらはただ単に『食用』としてだけではなく、一風変わった『遊戯』のためにも、大いに活用されていたのだ。




 その遊戯を、エルフたちは、『なろう系Web小説』と呼んでいた。




 ほとんど知性を持たぬものの、この世界の人間並みの容量のある脳みそを有しているので、そこに集合的無意識を介して、現代日本人の『記憶と知識』をインストールすることによって、実質上の『異世界転生』や『異世界転移』を実現して、あくまでも『演目』としての、『魔王退治』や『NAISEI』や『大陸統一』や『悪役令嬢物語』等々を、演じさせていたのである。


『豚』に宿った日本人たちの精神のほうは、本物の『なろう系異世界転生物語』と思い込んで、チート転生者として振る舞っているものの、実は舞台となった『異世界の国々』そのものすらも、エルフの王国と世界的宗教組織『聖レーン転生教団』による、『万物変化メタモルフォーゼ』と呼ばれる大魔術チートスキルによってでっち上げられた、『つくりもの』に過ぎず、各『演目』が済み次第、次の『演目』に作り替えられるといった、すべてが偽りでできた世界だったのだ。


『豚』自体も、用済みとなった途端、日本人の精神をアンインストールされて、ただの『豚』に戻されるとともに、本来の役目としてエルフたちの食卓にのぼって、おいしく召し上げられるのであった。


 ──え? 豚になんかに転生や転移をしたら、とても『なろう系物語』なんて、やってられないんじゃないかって?


 ああ、ごめんごめん、『豚』と言うのはあくまでも、『あちらの世界』における呼び名に過ぎず、




 その外見は、この世界における、『人間』そのものなんですよ。




 その証拠に先ほど、シャインちゃんが、まるまると肥え太ったプロデューサーを見つめながら、言っていたではないですか、




「何て好みの男性なの? いっそのことわ♡」、って。

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