第389話、わたくし、ソビエト空軍の偉大なるSS大佐ですの。(その17)

『──グゲエエエエエエエエエエエエッ!!!』




 高度一万メートル以上の超上空に響き渡る、巨大な烏の咆哮。




 元はと言えば、魔導大陸特設空軍のジェット戦闘機部隊『ワルキューレ』の、JS女子小学生パイロットたちが操る五機のHe162であったのだが、すでにそれぞれの機体自体が無数の烏と融合するとともに、今や巨大な一つの飛行体として合体を果たしていたのだ。



 ──そうそれは、かつて『あちらの世界』の冷戦の初期にて盛んに主張された、来たるべき『最終核戦争』において相手よりも先んじての攻撃を可能とするための、『超長距離侵略機による敵本土上空での核パトロール』という、人類史上最悪級の愚行のソビエト赤軍側のシンボル、Tuー95戦略爆撃機の巨大で禍々しき姿であった。


 ……と言っても、単なる金属製の軍用機そのものというわけでは無く、その表面はすべて無数の烏と融合しておるゆえに、夜の闇のごとき黒々とした色合いといい、有機物でもあり無機物でもあるという『キメラ』ぶりといい、まさにこれぞ『不吉』の具象化と言っても過言では無く、まさしくドイツの伝説において災厄をもたらすと言われる凶兆の大烏、『フッケバイン』そのものとも言えよう。


 なお、その構成要素を詳しく述べると、機体中心の胴体部を『の巫女姫』であるアルテミスが搭乗している、『ワルキューレ3』のHe162が担っており、右翼の二つのエンジン部分を外側から、『ワルキューレ1』のヨウコと『ワルキューレ2』のユーのHe162が、左翼の二つのエンジン部を内側から、本来サキュバスのメアが搭乗していた『ワルキューレ4』の無人の機体と『ワルキューレ5』のタチコのHe162が担っており、それらの間を無数の烏が主翼と胴体の後半部と尾翼とを構成することによって、象られていた。




 そして現在、まさにこの巨大なる化物の飛行体をこの世に生み出した元凶である、かつてのドイツ第三帝国及びソビエト社会主義共和国連邦を代表するジェットエンジン技師であり、現在はこの剣と魔法のファンタジー異世界において『軍用機の悪役令嬢』と成り果てている、私ことフェルディーナ=ブランドナーが存在しているのも、機体の『本体メイン部分』と言える、ワルキューレ3のコクピット内であったのだ。




「……いよいよ、積年の願いが叶うのね」


 機体そのものは大きいものの、元が小型ジェット戦闘機のコクピットゆえに、狭苦しさすら感じられる操縦席のシートに身を預けながら、私はさも感慨深げに、そうつぶやいた。


 ──それも、当然であった。


 元々オーストリアに生まれながら、その才能を見いだされて、ナチスによってドイツに連れてこられて、


 ドイツが敗戦するや、ソビエト連邦に強制連行されて、


 ソ連から解放されるや、エジプトに極秘に招聘されて、


 エジプトの秘密軍用機開発計画が頓挫するや、中国の学会に招かれて、


 挙げ句の果てには、いまわの際に現れた自称女神様によって、『魔法令嬢』として異世界にTS転生させられて、そこでも生前同様ジェットエンジン技師として数々の傑作ジェット機を世に送り出したものの、魔法令嬢として正の魔導力を使い続けていくうちに、『限界値』を超えて負の魔導力へと反転して、『軍用機の悪役令嬢』へとレベルアップして、ついに己の望みである、最高性能のターボプロップエンジンを搭載した超大型戦略爆撃機の開発を成し遂げて、世界中に核の雨を降り注ぐための処女飛行へと乗り出したのであった。


 ──今度こそ、失敗は許されない。


 油断は、禁物である。


 確かにここは、私が元いた世界とは違って、基本的にはいわゆる『剣と魔法のファンタジーワールド』であるものの、現代日本の三流Web作家どもが馬鹿の一つ覚えみたいに、『異世界転生』作品ばかり創り続けたために、あらゆる異世界において現代日本の最先端技術が蔓延してしまい、その結果魔術と科学とが結合して『量子魔導クォンタムマジック』文化が花開き、元の世界においてもいまだ現役の超高性能機であるTuー95すらも余裕で撃墜し得る、『地対空ミサイル』すらも実用化されているのだ。


 つまり、このまま何の対策もせずにただ魔導大陸上空を飛行し続ければ、そのうち地上からミサイルの雨あられを喰らいかねなかった。


「……しかし、その点についても、抜かりは無いんだよねえ」


 何せこのTuー95は、単なる機械的な兵器では無く、今や無数の伝説の災厄の烏たちと結合を果たしており、機械でもあり魔物でもあるという、バイオテクノロジー的なキメラ兵器と化しているのであって、たとえミサイルの直撃を浴びて爆散四散しようとも、それで終わりでは無く、元の無数の烏へと還元するだけのことで、まさしく『災厄の化身』として、あたかも『凶悪コロ病原体ウィルス』そのままに、地上の者たちを阿鼻叫喚の地獄絵図へと叩き込むことすらも可能なのだ。


「もちろん悪役令嬢である私は、機体が爆破されて空中に放り出されても、普通に生きていけるから、何ら問題は無く、むしろ『ミサイル☆ウエルカム』なんだけどね♫」


 ……ていうか、最近の『元の世界』の情勢を鑑みるに、時代遅れの核兵器なんかよりも、バイオテロを行ったほうが、よほど効果的かもね。


 実際にも、未知のウィルスを防ぐことなんて、超大国の首脳陣だって絶対に不可能で、彼ら自身もいつ感染してもおかしく無く、その無敵ぶりをまざまざと見せつけたことだし。


 それにそもそも、今時『博○の異常な愛情』や『死の翼アルバ○ロス』でも、無いでしょうよ。


 ──あ、イケね。思わず『元ネタ』を、バラしてしまったw




「……ねえ、あなたも、そう思うでしょう?」




 そのように私は、、コクピットの操縦パネルのほうに向かって、ささやきかける。


 ただし、そこには、操縦桿や計器の類いは、一切無く、




 あたかも巨大な生物の内臓であるかのような赤黒い肉壁から、一糸まとわぬ幼い少女の上半身が生え出していたのである。




 それはまさしく、このHe162の3号機『ワルキューレ3』の本来の持ち主パイロットである、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナその人であった。


 ただし、銀白色の長い髪の毛に縁取られた端整な小顔の中の黄金きん色の瞳には、まったく生気が窺えず、見た目そのままの『人形そのもの』の有り様となっていた。


 そんな異様な状態のJS女子小学生パイロットの頬の辺りを、いかにも愛おしげに撫でながら、私は言葉を続ける。


「……うふふ、あなたは魔法令嬢になる時に、一体何を願ったのかしら?」


 あの時、『なろうの女神』と名乗った、漆黒の少女は、言った。


『魔法令嬢になる代わりに、どんな願いでも、一つだけ叶えてあげる』、と。


 確かに私は、「今度こそこの手で、最高の軍用機を生み出したい」という願いを、こうして叶えることができた。


 しかし残念ながら、この子のほうは、もはやそれが許されないのだ。




 ──なぜなら、彼女を始めとする、魔導大陸特設ジェット戦闘機部隊『ワルキューレ』の4人の魔法令嬢たちは、今やこのキメラ型Tuー95を飛行させ続けるための、魔導力の供給源エネルギーに成り果てているのだから。

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