第386話、わたくし、九年前のこの日、魔法少女になりましたの。

 ──今年も、この日が来た。




 早いものだ。




 あれからもう、9年もたってしまったのか。




 3月11日。




 けして忘れることのできない、災厄の日。




 ──なぜなら、この日の出来事のすべてが、私の、けして癒えることの無い、深い傷を刻み込んだのだから。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……ゆう、祐記、どこにいるの?」




 広大なる庭園にて虚しく消え行く、か細い声音。


 横倒しとなってしまっている、石燈籠や景石。


 くりやのあたりからもうもうと立ちのぼっている、黒煙。


 本家の敷地内のあちこちで鳴り響いている、悲鳴と怒号。


 そんな、いまだかつて体験したことの無い大混乱の有り様の中で、私はただひたすら、おぼつかない足取りで歩き続けていた。


 こんなこと、あり得るはずが、無かった。




 ──何せ、本家当主の唯一の後継者である、今年小学四年生になったばかりの幼い少女が、手足から血を流すほどの傷を負いながら歩き続けているのに、誰も助けに来ないのだから。




 それほどまでに、この山間のを含む、東日本の広範囲を突如襲った大地震は、歴史的にも指折りの惨憺たる被害が記録された、大災害であったのだ。


 生まれてからずっとこのようなへんぴな田舎で暮らしてきた、いまだ年端もいかない小娘としては、文字通り『天地がひっくり返った』かのような衝撃を受けても、無理は無いであろう。


 もはやいつものいかにも背伸びした、『大人びた』振りなどする余裕なぞ微塵も無く、むしろまさにこれぞ『歳相応の』泣きべそ顔で、自分の『付き人』である幼なじみの男の子を、ただひたすら探し回るばかりであった。


「……祐記、どこ、どこにいるの?」




 ──何で、こんな大変な時に、私の側にいてくれないの?




 あなたは、私の、『守り役』なのでしょう?


 どうして、いの一番に、私のところに来てくれないの?


 一体今、どこにいるの?


 この本家において、私の隣以外に、あなたの居場所なんて、無いでしょうが?


 早く、助けに来て!


 私こんなに、怪我をしてしまっているのよ⁉




 ……そのように胸中でわめき立てながら、とうとう気力が尽き果てて、その場にうずくまろうとした、まさにその刹那。




「──よみお嬢様!」




 うっそうと茂った木々の向こうから聞こえてくる、少年の声。


「祐記⁉」


 思わず足の痛みも忘れて、駆け出そうとしたところ、すぐ目と鼻の先の背の高い茂みから、よく見慣れた小柄な肢体がひょっこりと現れた。




 ──その腕の中に、私と瓜二つの、白装束姿の女の子を、抱えながら。




 ……え。


「良かった、お嬢様のほう、無事だったんですね⁉」


 いつもと変わらぬ笑顔で、足早に歩み寄ってくる、幼なじみ。


「あ、あの、祐記?」


「本当に、心配したんですよ? ──でも、もう大丈夫です! こうして姉君であられるうた様のほうも、ちゃんと座敷牢の中から、お救い申し上げましたから!」


 そう言って、誇らしげに私へと、双子の姉の無事な姿を見せつける、次期当主の守り役兼、我が明石あかしつき家におけるたる、『の巫女姫』の一番の従者である少年。




 その腕の中で、完全に無表情で為すがままとなっている、人形そのままの少女をいだきながら。




 ……ああ。


 そうだ、そうだった。


 確かにこの少年は、私が将来晴れて当主になった暁には、筆頭分家の後継者として、『補佐役』となることが定められているが、


 それよりも何よりも、双子の姉の謡が、私のような平凡な黒髪黒目では無く、『の巫女姫』の生まれ変わりの証しである、銀白色の髪の毛と黄金きん色の瞳で生を受けた瞬間に、生涯彼女の一の従者である『語り部』として、生きていくことを義務づけられていたんだっけ。




 ──だから、私のことなんかほったらかしにして、まずは謡のところに駆けつけたのも、当然のことに過ぎないのだ。




 あはははは、馬鹿みたい。


 そんなこと、百も承知のはずなのに。


 こんなボロボロの身体で、必死で彼のことを、探し回っていたなんて。


「……どうしたの、詠、急に黙り込んで。──あっ、もしかして、足に怪我をしているの⁉」


 見るからに気落ちしてしまった私の様子に、思わず幼なじみとしての気安い言葉遣いとなって、今更ながらに心配そうに声をかけてくる目の前の少年。


 そんな彼の腕に抱かれたまま、実の妹である私のほうを、何の感情も窺わせない瞳で見つめている、この屋敷において誰よりも大切な存在。




 ──そう、、金色の瞳で。




「な、何でもないわ、私のことは、ほっといてちょうだい!」


「あっ、詠ちゃん⁉」


 もはやこの場に居続けるのがいたたまれなくなった私は、背中に届いた呼び止める声を振り払うかのようにして、一心に駆け出していった。


 ──憎い。




 が、憎い。




 どうして私は、銀白色の髪の毛と黄金きんの色の瞳で、生まれてこなかったのだろう。


 何ら超常の力を持たない、『無能』として、生まれてしまったのだろう。


 もしも私のほうが、『の巫女姫』の力を引き継いで生まれていたら。




 ──『彼』も、私だけを、見てくれていたはずなのに。




 私も、銀髪金目に、なりたい。




 ──『謡』そのものに、




 ……そういえば、最近流行りの、ちょっと大人向けの『魔法少女アニメ』の中で、『魔法少女となり、魔女退治をすることによって、少女特有の膨大な生命力を秘めたエネルギーを差し出せば、何でも願いを叶えてもらえる』と言うのがあったけど、




 もしも、私をの巫女姫にしてくれるのなら、、双子の姉である謡の命を引き換えにしても、構いやしない。




 ──だって、私が『謡』にさえすれば、すべての望みが叶うのだから。




 ……それはあくまでも、幼い子供の、自分勝手な戯れ言に、過ぎないはずであった。




 けれども、それからすぐ後に、何と本当に、姉は死んでしまったのだ。




 そして、現在の私は、己の望み通りに、銀髪金目のとなっていた。




 ──そう、剣と魔法の異世界において、『アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ』という名前を与えられて。

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