第385話、わたくし、ソビエト空軍の偉大なるSS大佐ですの。(その14)

「──グゲエエエエエエエエエエエエッ!!!」




 高度一万メートル以上の超上空に響き渡る、巨大な烏の咆哮。




 それはまさしく、異様極まる状況であった。




 元は、魔導大陸特設空軍のジェット戦闘機部隊『ワルキューレ』の、JS女子小学生パイロットたちが操る五機のHe162であったのだが、すでに無数の烏と融合することで、それぞれの機体自体が、ドイツの伝説において災厄をもたらすと言われる凶兆の大烏『フッケバイン』そのものとなっており、更には今まさにその五機がすべて合体しようとしていたのだ。


 ──そしてそこに、現れたのは。




「……Tuー95、ベア」




 本来なら『鳥も通わぬ』はずの上空にて浮遊しながら、ぽつりとこぼされる、私こと『ワルキューレ隊』のJS女子小学生パイロットの一人『ワルキューレ4』にして、実はサキュバスでもある『メア』こと、ないとうの驚嘆のつぶやき声。


 そうそれは、かつて冷戦の初期にて盛んに主張された、来たるべき『最終核戦争』において相手よりも先んじての攻撃を可能とするための、『超長距離侵略機による敵本土上空での核パトロール』という、人類史上最悪級の愚行のソビエト赤軍側のシンボル、Tuー95戦略爆撃機の巨大で禍々しき姿であった。


 ……と言っても、単なる金属製の軍用機そのものというわけでは無く、先程も述べたように表面はすべて無数の烏と融合しており、夜の闇のごとき黒々とした色合いといい、有機物でもあり無機物でもあるという『キメラ』ぶりといい、まさにこれぞ『不吉』の具象化と言っても過言では無く、まさしく『フッケバイン』の最終形態そのものとも言えよう。


 ──なお、その構成要素を詳しく述べると、機体中心の胴体部を『の巫女姫』であるアルテミスが搭乗している、『ワルキューレ3』のHe162が担っており、右翼の二つのエンジン部分を外側から、『ワルキューレ1』のヨウコと『ワルキューレ2』のユーのHe162が、左翼の二つのエンジン部を内側から、本来私が搭乗していた『ワルキューレ4』の無人の機体と『ワルキューレ5』のタチコのHe162が担っており、それらの間を無数の烏が主翼と胴体の後半部と尾翼とを構成することによって、象られていた。




 そうしておもむろに、ゆっくりと回転し始める、本来ならジェット機であるHe162には不必要であるはずの、『ワルキューレ3』を除いた各機の機首に取り付けられた、ターボプロップ機ならではの直径が異様に大きい、4基の二重反転プロペラ。




『──さあ、行くのよ、私の愛しいTuー95! 今こそナチス・ドイツの、そしてボリシェヴィキ・ソビエトの、悲願を達成する時よ! 我が祖国ドイツにおいて、ヒトラー=スターリン主義の、真の理想国家を打ち立てるのだ!』




 すでに、機体のメイン部である『ワルキューレ3』のコクピットと同化を果たした、フェルディーナ=ブランドナーが、何やらとんでもないことを宣い始めた。


「ちょっ、何言っているのよ、あんた? そのナチスとソビエト共産主義こそは、全次元において最悪の『混ぜるな危険!』の二大要素でしょうが⁉ ──つうか、そもそも『極右』と『極左』の代表格同士なんだから、混ざるはずが無いじゃない!」


『あらあ、実は極右と極左って、相性がいいのよお? 何せどちらも、「暴力行使すら問わない、反政府主義」であることでは、完全に一致しているのですからね』


「そ、そう言えば⁉」


『特にロシアにおいては、まさしく「ナチ」と「ボル」とを掛け合わせた党名と、ナチス・ドイツの国旗をデフォルメした党旗を掲げた、ステキ政党が存在するくらいだし』


「……ああ、なんかネット上で、動画を見たことあるような。かのレーニンの祖国ですら、すでに共産主義は、反社会的暴力集団扱いなのかよ⁉」


『ただしそれはあくまでも、ロシアサイドの話! 我がドイツにおいては、むしろ主流派なのである!』


「へ? そんなことは無いでしょう、『ネオナチ』はむしろドイツにおいてこそ、厳しく抑制されているじゃないの?」


『「ナチズム」ならね。しかし現在のドイツは、ナチスの高邁なる思想を引き継ぐと同時に、偉大なる共産主義をも崇拝していた、世界に冠たる「旧東ドイツ」を内包しているのだ! そして現政権のトップであり、かの歴史的偉人「ヨーゼフ=メンゲレ大博士」の血を引く、メンヘラ=メンゲレ首相は、いまだ年若き少女政治家でありながら、旧東ドイツ地域において共産主義者としてのエリート教育を受けた、まさしくヒトラーとスターリンの生まれ変わりとの呼び声も高いお方。彼女が真に指導力を発揮してこそ、我がドイツはかつての栄光を取り戻せるのだ!』


 そのように、完全にとち狂ったことをわめき立てるや、烏と融合させることで成し得た離れ業である、その場のホバリング状態からゆっくりと前進し始める、Tuー95の巨体。


「──待って、そんな核爆弾なんかを積み込んだ、危険極まりない軍用機で、一体どこに行こうとしているのよ⁉」


『もちろん、まさしくかつてヴィルヘルム2世陛下が予言なされたように、「黄禍」そのものである、アジアから伝来してきたウィルスに見舞われている祖国を救うために馳せ参じ、すべての元凶である日本人住民が多数暮らしている、デュッセルドルフの日本人街を空爆して浄化するのよ!』


「な、何馬鹿なこと言っているのよ⁉ ドイツのウィルス感染は、同じノルトラインヴェストファーレン州と言っても、デュッセルドルフでは無く、ハインスベルクという町で開催されたカーニバルに集まった人たちが原因で、日本人はまったく関係無いし、第一この異世界には、ドイツそのものが存在していないでしょうが⁉」




『いいえ、いいえ、ちゃんと私のドイツは、この世界にも存在しているわ! ヒトラー総統とスターリン書記長のナチズムとボリシェヴィキの志を、受け継ぐ者が一人でもいる限り、そこはドイツでもソビエトでもある、栄光の「東ドイツ」であり得るのだから! そして、我が第四帝国「東ドイツ」には、忌まわしきウィルスをまき散らしかねない、不浄なる日本人など必要は無いのだ! 東洋の黄色い猿など、一匹残らず焼き殺してくれるわ! うわははははははははは! ハイル、ヒットラー! ウラー、スターリン!』




「──あっ、ちょっと、待ちなさいよ⁉」


 咄嗟に呼び止めるものの、まったく聞く耳持たずに、高笑いだけを残して、すぐさま豆粒ほどの大きさとなり、雲海の中へと消え行くTuー95。




「……もう、その中には、私の乗機も含まれているんでしょうが?」




 そのようにつぶやきつつも、上空一万メートルの超高高度に浮遊しながら途方に暮れる、JS女子小学生サキュバスであった。

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