第372話、わたくし、ソビエト空軍の偉大なるSS大佐ですの。(その3)

「──いや、すごい、すごいですわ! 本作の作者の趣味嗜好と、第二次世界大戦中のドイツにおけるジェットエンジン開発技術陣との、この驚くべきシンクロ率は、一体どういうことですの⁉ 以前この連載中において数回にわたって、Tuー95について褒め讃えたことがありましたけど、それはあくまでもソ連機として、ある意味『例外的に』絶賛したのであって、まさかあの時点においては、何らかの形でドイツの技術者が関わっていた──と言うか、ズバリなんて、思いも寄らなかったというのに、何とTuー95が事実上、ドイツの科学力によって実現されていたなんて! ──すごい! やはり、ドイツはすごい! たとえ思想的かつ政治的に間違っていようとも、ドイツの科学力──特に、航空技術力は、いまだ世界一ですわあああああああああ!」




「……え、、世界一って」


「そうでしょうが、ミルク先生! 何せTuー95は、現在においても現役であるばかりか、ターボプロップで最速──すなわち、『あちらの世界』においては、すべてのプロペラ機において、最速を誇っているのですよ!」


「……あー、そうか、この連載でも散々言っていたわねえ。実はジェットエンジンとは非常に効率が悪く、現在主流の『ターボファンジェットエンジン』も含めて、ほとんどの航空機用のエンジンが、『ジェットエンジンにプロペラを付けている』状態──つまり、事実上は『プロペラエンジンの一種』に過ぎないって」


「そうなのです、特に純然たるジェットエンジンは燃費が悪く、高速性を優先すると航続性を犠牲にしなければならず、短期決戦を旨とする戦闘機ならともかく、長距離飛行を必要とする、爆撃機や偵察機や輸送機や哨戒機等においては、大戦後しばらく(ジェットエンジンの基幹ベース部分であるタービンを使わない、純然たるピストンプロペラ機である)レシプロ機が主流であったほどですからね」


「でも、逆に言うと、航続性能を優先すると、高速性能が犠牲になるのでは?」


「実はジェットエンジンは、高速飛行時よりも、機体そのものとエンジンからのジェット噴流との速度に、極端に差が生じることになる、離陸時等の低速時にこそ燃料を大量に消費してしまうので、『高速性を犠牲にする』以前に、存在自体が致命的に『大食らい』なのであって、根本的な解決を施す必要があるのです。あくまでも外側にプロペラを付加することによって、完全にプロペラ機と化したターボプロップ機については、速度性能があまり重要視されない爆撃機や輸送機等で使用されているので、それほど問題はありませんが、何よりも高速性を要する戦闘機については、そういうわけには参りません。──そこで生み出されたのが、プロペラをジェットエンジンの内部に付加する、『ターボファンジェットエンジン』なのです」


「そうよね、これも技術陣の努力のたまものだけど、ただ内蔵するだけでは無く、プロペラ機ならではの時速800キロメートルの壁の打破や、振動や騒音の問題を、一つ一つ根気よく解消していき、ジェットエンジンの高速性能と、プロペラエンジンならではの航続性能とを、高いレベルで両立させた、現時点で最も理想的な航空機用エンジンよね!」


「何せ、各国の主力戦闘機と、民間用大型旅客機においては、ほぼすべてターボファンジェットエンジン一色となっていますからね」


「……だったらもはや、ターボプロップエンジンなんて、必要無いのでは? ターボプロップなんぞはしょせん、レシプロエンジン並みの、時速750キロメートルくらいのスピードしか出せないだろうし」


「ところがどっこい、軍用機においては、高速性よりも航続性こそが優先される分野があり、それらにおいてはいまだ、ターボファンよりもターボプロップのほうが重用されているのですよ」


「ああ、輸送機や哨戒機ね? でもそれらだって、ターボファンにすればいいじゃないの?」


「結局は、『コスト』の問題なのですよ。ターボファンはしょせん、高速性と航続性という、本来相反することを両立させているために、エンジン自体にかなり無理をさせていて、ある意味『航続性一本槍』のターボプロップ機に比べれば、燃費や維持費等において、どうしても劣ってしまうので、各国の地方空港を拠点としている近距離旅客航空会社等においては、まだまだ需要があったりするのです。──そして何よりも、今回の話題の中心である、Tuー95開発の主目的を叶えるには、まさに航続性能こそが肝要なのですからね」


「……Tuー95の開発目的、って?」




「ソビエトがアメリカ本土を核攻撃するための、超長距離爆撃機の実現ですわ」




「「「「「──っ」」」」」




「……つまり、ドイツ第三帝国の、『アメリカ爆撃機ボマー計画』の意志を、文字通り引き継いでいたわけね」


「ええ、実は一説によれば、クズネツォフNKー12は、フェルディナント=ブランドナー博士が、大戦中ドイツにおいて開発を担当していた、『Jumo022』ターボプロップエンジンを基に、開発されたそうですしね」


「いやでも、ターボプロップ機だと、航続性はピカイチでしょうが、スピードのほうが問題になるんじゃないの? 何せ『あちらの世界』においては21世紀現在でも、ターボプロップ機の速度は、時速750キロメートルあたりが限界だそうだし」


「おや、先生は、本作の連載をお読みになっていないようですね。Tuー95は何と、最高速度が時速925キロメートルほどもあるのですよ?」


「時速925キロって、ジェットを基本にしているとはいえ、あくまでもプロペラ機が、そんな馬鹿な⁉」


「ふっふっふっ、実はそのための、超効率的な減速ギアであり、長直系の二重反転プロペラだったのですわ」


「……ああ、プロペラ機の最大の弱点である、高速時におけるプロペラ先端の効率低下現象を、わざとプロペラの回転速度を落とすことで避けるとともに、できるだけ直系の大きなプロペラを各エンジンごとに二枚ずつ重ねることによって、出力を目一杯高めているわけね。──でも、このジェット機主流時代に、最高速度が時速900キロメートル程度じゃ、むしろ『低速』と言って差し支えないのでは?」




「それが何とTuー95は、『巡航速度』においても同様に、時速925キロメートルとなっているのですよ」




「はあ? 巡航速度が時速925キロもあるなんて、現行のターボファン超大型旅客機においても、最高トップクラスじゃないの⁉」


「そもそも、爆撃機や偵察機や輸送機や哨戒機──つまりはぶっちゃけ、戦闘機以外のほぼすべての軍用機においては、最高速度よりも巡航速度のほうが重要なのです。だって、戦闘機以外の軍用機は、できるだけ長い距離や時間を飛び続けることこそが肝要なのであり、より高速な敵軍の戦闘機が襲いかかってきたら、同じく高速な味方の護衛戦闘機に迎撃させればいいのですからね」


「そ、それでもやはり、爆撃機や偵察機自体も、速度が速いほうが有利なんじゃないの?」




「だからこその、Tuー95の時速925キロメートルなんですよ。特に巡航速度が900キロ以上なんて、戦闘機においても高速の部類に入り、それが何千キロにもわたる作戦行動中ずっと維持されるのですから、高高度の上空を飛行している場合は、ほとんど任務を邪魔されることは無いでしょう。何せ、ほぼ同じ速度を出している場合、高度の差が大幅にあったら、理論上永久に追いつけませんからね」




「とはいえ、たとえ燃料を大量消費することになろうとも、ジェット戦闘機が本気になれば、音速すら超えて捉えに行くだろうし、それにそもそも地対空ミサイルをぶっ放せば、一発で撃墜できるでしょう?」


「……それを実際に、領空侵犯してきたロシアの偵察機に対して、日本の自衛隊がやってしまったら、一発で戦争の口実を与えることになるでしょうね」


「あっ!」




「そうなのですよ、そもそもアメリカ本土の核攻撃を目的に開発されたTuー95ですけど、この御時世、核攻撃をしたかったら、それこそ大陸間弾道弾を使えばいいだけの話で、Tuー95においても現在では、主に『偵察任務』にのみ使用されているのです」




「……そうか、現在の国際事情を鑑みるに、偵察機が問答無用に撃墜されるってことはあり得ないから、一部の軍事筋で言われるように、Tuー95による日本領空の侵犯は、今やいわゆる『定期便』であり、日露お互いにとっての『訓練飛行』と呼ばれるくらいだから、航続性と高速性と高空性のすべてにおいて高性能であり、何よりも燃費のいいTuー95こそは、まさしく理想的な機体というわけなんだ」




「ようやくおわかりいただけたようで、何よりですわ。しかも何と、このTuー95についての基本計画──いわゆる『アメリカ爆撃機ボマー計画』は、第二次世界大戦中のドイツにおいて発案されていて、更にはそれを戦後ドイツ人の技術者自身の手によって実現されるなんて、まさに感無量ですわ。ドイツ第三帝国の超傑作ジェット戦闘機たるMe262の実用化を始めとする、ジェット機本体やジェットエンジンの開発は、けして歴史の徒花などでは無く、現在も脈々と受け継がれていて、航空技術を始めとする、全世界の科学文明の発展に寄与していることは、ゆめゆめ忘れてはならないでしょう」

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