第370話、わたくし、ソビエト空軍の偉大なるSS大佐ですの。(その1)
「──そっちに逃げたぞ!」
「早く捕まえろ!」
「監視兵は、一体何をやっていたんだ⁉」
「相手は、旧第三帝国親衛隊大佐とはいえ、ただの技術者なんだぞ!」
「こんなことを、党中央の政治局に知られたら、全員粛正ものだぜ⁉」
「『第34シロクマ機甲部隊』の、緊急出動を要請!」
「何としても、基地外に出すんじゃない!」
魔導大陸の北方において、広大なる国土を擁する、『紅いシロクマ』連邦共和国。
草木も眠る丑三つ時の現在、人里離れた山奥にひっそりと秘匿されていた、『連邦空軍新型発動機開発研究所』は、時ならぬ喧騒に包み込まれていた。
──それも、当然であろう。
核攻撃を主目的とした長距離戦略爆撃機用の、革新的高性能ターボプロップエンジンの開発責任者である、私こと、旧敵国『ナ○スは嫌いなのです』第三帝国親衛隊大佐、フェルディーナ=ブランドナーが、研究成果である機密情報を携えて、突然逃亡を図ったのだから。
まさか17にも満たない少女が、悪名高き共産趣味(略して悪趣味)国家ならではの、厳格な監視体制を出し抜くとは、想像だにできなかったようで、研究員にして党政治局員でもある同僚たちの不意を突いて、これまでの研究成果を収めた記録メディアを手にして、まんまと基地内からの脱出に成功し、広大なる試験飛行用の滑走路へと逃げ延びたのであった。
──しかし、
「……困りますなあ、ブランドナー博士。夜中のお散歩には、党中央が指定した、『随行員』を伴っていただかなければ」
いかにも『慇懃無礼』を絵に描いたように、わざとらしい紳士的な笑みをたたえながら、気障ったらしく胸に手を当てて宣う、当秘密研究所の所長殿。
──その背後に、武装した屈強なるシロクマ型の獣人の兵士を、多数従えながら。
「……おや、こんばんは、クズネツォフ所長。やけに手回しのいいことで?」
「そりゃあ当然でしょう、博士は我が連邦にとって、無くてはならない希望の星なんですよ? 間違っても、西側の国に逃げ込まれたりしたら、私たち全員、『
「まさか、そのような。こんな小娘一人のことで、大げさな」
「ははは、これはまたご謙遜を。あなたが生み出した人類史上初の実用ジェットエンジン『Jumo004』を搭載した、旧第三帝国の最終決戦戦闘機『
「……我がエリート部隊、SS機甲師団を苦しめた、『紅いシロクマ』きっての精鋭、『Tー34部隊』の皆さんですか。紅いのか白いのか、はっきりしてもらいたいところですが、私自身先の大戦では、SS大佐──つまりは、『魔法令嬢』として実戦に参加していたことを、よもやお忘れではないでしょうね?」
「もちろんですとも! 『ヒ○ラーの名花』あるいは『ワルキューレの幼女』と呼ばれた、あなたのご活躍ぶりは、我ら連邦軍においても、いまだ語り草ですからね! しかしこう言っては何ですが、もはやあなたは、幼女や魔法少女といったお歳では無いでしょう? それともまさか、己の身の内の魔導力に頼らずに、スト○イカーユニットとか魔導○珠なんぞを使って、空戦をなさるおつもりでなのですかな?」
しれっと、年齢を揶揄するなどといった、女性に対して失礼極まることを言い放つ、党中央とのパイプの深さのみで出世街道をひた走っている、コネコネ所長さん。
そんな厚顔無恥な
──『宣戦布告』を、叩きつけた。
「いえいえ、今更魔法令嬢なんて、とんでもございません。──何せ、すでに『次の段階』へと、進んでおりますゆえに」
そして続け様に、この国に強制的に連行されて以来、ずっと隠し通してきた、身の内の魔導力を全開にする。
「──ぐっ、な、何という、正の波動の魔導力なのだ⁉ マジカルインジケーターが、振り切れてしまっているではないか⁉」
おそらくは、スカウター機能が仕込まれていると思われる縁なし眼鏡を、クイッと上げながら、驚嘆の表情へと様変わりする、目の前の三十絡みの白衣の男。
「お、お前たち、すぐに取り押さえなさい!」
「「「──はっ!」」」
所長の命令一下、ただちに私の周囲をぐるりと取り囲む、シロクマ型の獣人たち。
「「「集合的無意識とのアクセスを申請! 『あちらの世界』のTー34の
彼らの胴体側面にでかでかと描かれた、『Tー34』という文字が、熱をおびるとともに、真昼の陽射しのごとくまばゆく輝きだし、その白き剛毛に覆われた肉体が急激に変貌し始める。
そして辺り一帯から閃光が収まり、視界を取り戻した途端目に入ってきたのは、十数台もの巨大な戦車の隊列であった。
『『『──主砲、85ミリD−5T砲、発射用意!』』』
見るも禍々しき砲塔のすべてが、こちらへと集中する。
「どうです? その溢れんばかりの魔導力を使って、何をやるおつもりなのか存じませんが、これだけの戦車砲を食らって、果たして無事に済みますかねえ?」
自らの圧倒的な有利さを信じ込み、もはや勝ったつもりになって、こちらのことをあげつらってくる、もはやわざととしか思えないほど、『フラグ』を立て続けている、うっかり者の所長さん。
──だから私は少しも慌てずに、静かな声でつぶやいたのであった。
「……集合的無意識とのアクセスを申請、魔導力を『負』レベルへと転換」
『『『は?』』』
一斉に面食らう、今や『Tー34』戦車に身をやつしている、シロクマさんたち。
そしてそれ以上に、
「なっ、負レベルの魔導力って、まさか⁉」
──次の瞬間、世界のすべてが、耳をつんざく轟音と、地を揺るがす大振動とに、包み込まれた。
その煽りを食って、為す術も無く吹っ飛ばされる、白衣の男。
辺り一帯を覆い尽くす、膨大なる砂塵。
そしてそれが収まった時、とても信じられない光景が広がっていた。
「……戦車部隊が、全滅だと? そんな馬鹿な! 一体何が、起こったんだ⁉」
「馬鹿なも何も、当然なことが起こっただけですよ。戦車ごときの陸上兵力が、
「──っ。こ、航空兵力、だと⁉」
慌てて空を見上げる男の目に飛び込んできたのは、大小様々な、連邦空軍ご自慢の、ジェット機の一群であった。
「……Yakー15に、MiGー15に、ILー22に、Tuー95だと? こ、これって、まさか⁉」
「ええ、私や他の第三帝国出身の技術者が、この国に強制連行されてから手がけた、ジェットエンジン等の最新技術を搭載した機体ばかりですよ」
「……だが、他の機はともかく、
「はい、魔法令嬢から『悪役令嬢』へと、レベルアップしており、この周辺一帯は今や、私の固有の結界空間となっております」
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