第301話、【連載300回記念】わたくし、悪令(アクレイ)ーン・クロスオーバーですの!(後編)

「……一体何なのよ、あれって?」




 その時わたくしこと、魔導大陸特設空軍『ワルキューレ隊』のJS女子小学生パイロット、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナは、目下大騒ぎの大海原の上空で、所在なく愛機He162を旋回させ続けながら、我知らずにつぶやいた。




 それも、当然であろう。


 倒しても倒してもエイ型人魚セイレーンが海中から湧いて出て来て、もはや為す術が無くなっていたところに、いきなり十歳ほどの幼い少年に率いられて、ドラゴンやケルベロスや九尾の狐やアンドロイド美少女がやって来て、エイ型人魚セイレーンを殲滅し始めたかと思えば、その上とどめとして、己の鱗からエイ型人魚セイレーンを生み出していた、すべての『深海棲種セイレーン』の親玉みたいな、巨大な竜の下半身を持つ美女までもが現れたのである。


 その自称『おとひめ』様の美女が更に唐突に、エイ型人魚セイレーンを再び鱗に戻すことによって、あっけなく騒動が終わってしまったんだけど、その後は謎の少年やドラゴンたちと争うわけでも無く、むしろどちらかと言うと『和気藹々』といった感じで、全員で語らい始めたのであった。




『──こちら、ワルキューレ2! もう燃料が保たないでえ、撤収指示はまだかいな⁉』


『──ええー⁉ こちらワルキューレ4! もう少し様子を見ましょうよ⁉』


『──こちら、ワルキューレ5! ……そうは申しましても、もはや基地への片道分の、燃料しかございませんわよ?』


『──こちら、ワルキューレ1! ……ううむ、確かにそうだが、本部に的確な情報を報告するためにも、せめて「彼ら」の正体を掴む必要があるのだが』


 そのように無線を飛ばし合う仲間たちの言葉を聞きながらも、あくまでも油断なく周囲を見回していれば、更に思わぬものを目にしてしまう、わたくしことワルキューレ3。


「──みんな、下見て、下を!」


『『『『──なっ⁉』』』』


 思わず、言葉を失ってしまう、ワルキューレ隊の五人。




 何とその時、海面を割るようにして、小さな島ほどの大きさのある甲羅を背負った巨大な海亀が、ゆっくりと浮上してきたのだ。




 しかも、それだけでは無かった。


 大海亀の背中全体が浮き上がり、海面が沈静化するとともに、甲羅の部分が変化し始めて、瞬く間に航空母艦の滑走路そのものと成り果てたのだ。


 そしてその上へと、何の躊躇も無く次々に着陸していき、人間の女性の姿へとへんしていく、ケルベロスに九尾の狐に海の底から現れた謎の蛇身の女性と、それまではずっと漆黒のドラゴンだった幼女に、ほとんど姿の変わらぬままの機械ロボットじみた少女と、どうやら中心人物らしき幼い少年。


「……ねえ、あれって、わたくしたちにも、着陸しろってことかしら?」


『そうやろな、みんなして、こっちを見上げているし』


『半分海蛇のようだった女の人なんか、いつの間にかちゃっかりと、自分の鱗を変化させた文字通りの鱗文様の振り袖なんか着て、盛んに手を振ってるしね』


『それに下手に後ろを見せたんじゃ、思わぬ追撃を受けるかも知れませんしね』


『……仕方ない、ワルキューレ隊全機、巨大亀の甲板──もとい、甲羅に着陸!』




『「──らじゃあ!!!!」』




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……は? あなたたち全員、『別の作品セカイ』から越境してきていて、そちらのすべての元凶の方も、『セイレーン』と名乗られているものの、この世界の『セイレーン』とは、まったくの別物ですって?」


「ええ、ごめんなさいねえ、どうやらこの世界は、異常に『魔導力』が強いみたいで、私の鱗が知らない間にひとりでに、『人魚セイレーン』化してしまったみたいなのよお」




「「「「「──はああああああああああああ? 何だよ、それって⁉」」」」」




 謎の大海亀の背中へと降り立つや否や、まず何はさておきこの騒ぎの事情を説明してもらおうと、ワルキューレ隊五人全員で一斉に食ってかかるようにして問い詰めれば、まさしくすべての元凶とおぼしき海底から現れた黒髪紅眼の美女が、とんでもないことを言い出したのであった。


「おそらくは、これも『実験』の一つなのでしょう、文句があるのなら、そちら作品セカイの『内なる神インナー・ライター』か、現代日本にいるであろう『外なる神アウター・ライター』にでも、言ってくださいな」


「じ、実験って?」


「それに、作品セカイとか、ライターやと?」


「何をわけのわからないことばかり、おっしゃってますの⁉」


「いい加減な妄言で、私たちを煙に巻くつもりか⁉」


 当然のごとくいきり立つ、わたくしにユーちゃんにタチコちゃんにヨウコちゃんであったが、




 なぜか一人だけさも忌々しげに、謎の集団のほうを睨みつけているのは、ワルキューレ4のメアちゃんであった。




「……ちょっと、悪いけど、もうそれ以上、不用意なことを言わないでくれる?」


「ああ、そちらの作品セカイの、『観察者ナイトメア』の方でしたか? それは失礼いたしました」


「──っ。だから余計なことを、言うんじゃないと、言っているでしょうが⁉」


「おお、怖い怖い、いくら『すべての黒幕』である『セイレーン』とはいえ、ありとあらゆる世界を『夢ということ』にしてしまえる、『ナイトメア』様の御勘気触れてしまえば、指先一つで存在そのものを、完全に消滅させられるかも知れぬ。何卒ご容赦のほどを」


「くっ、あ、あんた、わざとやっているでしょう⁉」


 ……え、どういうこと?


 いくらお互いに『作品セカイ』が違っているとはいえ、これじゃまるでメアちゃんのほうこそが、彼女たちの世界における『謎の黒幕』よりも、よっぽど『恐ろしい存在』であるかのようじゃないの⁉


 そのように、メアちゃん以外のワルキューレ隊の面々が大混乱に陥っていると、おそらくはこの集団の代表者的存在と思われる、かの黒一点の幼い少年が、おもむろに口を開いた。


「……とにかく、お聞きの通り、僕たちはあくまでもこの世界の存在ではないし、これ以上ご迷惑をおかけすることなく、即刻立ち去りますので、どうぞご勘弁のほどを。重ね重ね、このたびは大変申し訳ございませんでした」


 そう言ってわたくしたちに向かって深々と頭を下げるや、周囲の美女や美女たちとともに、あっさりと踵を返そうとする、いかにも『王子様』然とした少年。




「──ちょ、ちょっと、待ってくれ!」




 その背中に向かって、慌てふためいて制止の声をかけたのは、我らがリーダーのヨウコちゃんであった。


「……まだ、何か?」


「いや、『何か』も無いだろう? そもそも君らは、一体何者なんだ⁉ 特にそちらの女性方なんて、ドラゴンやケルベロスや九尾の狐に変身したり、突然羽を生やして空を飛んだり、はたまた龍王ナーガラージャや竜神だったのが人間になったりと、いくらお互いにファンタジーワールドの住人とはいえ、常識の範疇を外れすぎているだろうが⁉」




「おや、『魔法令嬢』であるあなたたちだったら、先刻ご承知かと思ったけど? ──隠すまでもないことだから明かすけど、彼女たちはあなたたちも良くご存じの、『悪役令嬢』だよ」




「「「「なっ⁉」」」」




 とても同じ年頃の少年のものとは思えない、いかにも落ち着き払った口調での、あまりに衝撃的な言葉に、呆気にとられるJS女子小学生たち。


『悪役令嬢』──それは、『ワルキューレ隊』であるわたくしたちの当面の殲滅対象である、『深海棲種セイレーン』なんか比べものにならない、わたくしたちの本当の姿である『魔法令嬢』としての『真の敵』であり、同時に『世界そのものの敵』でもあったのだ。


「悪役令嬢と聞いては、たとえ他の世界の存在とはいえ、このまま逃がすわけには行かぬ。──みんな、バトルコスチュームにモードチェンジとともに、アタックフォーメーションを展開!」


「「「らじゃあ!!!」」」




「……無駄よ」




 まさにその時、あたかも水を差すかのように言葉を挟み込んだのは、すぐ目の前にいる悪役令嬢の一派──、何と仲間であるはずの、同じ魔法令嬢のワルキューレ4であった。


「……メア、ちゃん?」




「ここは、私やミルクがテリトリィとしている、夢の世界じゃ無いんだし、魔法令嬢としての力を行使することはできないわ。──それに、『実験』はすでにすべて完了しているのだから、これ以上何をしても、無駄ななだけよ」




 な、何を、


 ──メアちゃんってば、一体何を言っているの⁉


「さすがは、臨時とはいえ、『境界線の守護者』たる『ナイトメア』さん、ここぞの時には、頼りになりますこと」


 そのようにいかにも皮肉げに言いはやすのは、あたかもWeb小説あたりの『悪役令嬢』キャラが、そのまま現実世界へと飛び出してきたような、黄金色ブロンドの髪に翠玉色エメラルドの瞳をした美少女であった。


「何が、実験よ! 境界線の何たらよ! ナイトメアよ! わけのわからない与太話で、ごまかそうとしても無駄だわ! 『すべての悪役令嬢は、問答無用に無力化する』──これぞわたくしたち魔法令嬢に課せられた、唯一絶対の使命なんですからね!」




「……はあああ〜、一体何をおっしゃっているの? ご自分だってれっきとした、悪役令嬢であるくせに」




 ………………………………は?


「な、何よ、わたくしが悪役令嬢ですって? 確かにわたくしたち魔法令嬢には、悪役令嬢になってしまう可能性もあるけれど、けして心が悪に染まらないように、律し続ければ、そんなことは、けして無いのであって──」




「それでは、お聞きしますけど? 『正義の魔法令嬢』を気取るお嬢さん、『悪』とか『正義』とかって、一体どうやって区別することができるのかしら?」




「──‼」


 悪と正義とが、どう違うかですって?


「そ、それは、もちろん、悪とは悪いことであり、正義とは正しいことであって、だからこそ正義の味方は、悪をすべて倒して、この世を完璧に、正しく創り直さなければならないのよ!」


「はっ! それってただ単に、悪と正義の『言葉の説明』をしているだけじゃないの? 悪と正義って、具体的にはどう違うわけ? ──と申しますか、そもそもあなたのおっしゃる『悪なるもの』をすべて倒すことによって、『完璧に正しい世界』なんてものを、本当に実現できるのでしょうかねえ?」


 ──うぐっ。




「あなたたちは、騙されているだけなのよ、現在実験を行っている、どこぞの世界的宗教団体とか、『内なる神インナー・ライター』とか、『外なる神アウター・ライター』とかと呼ばれている、『神様気取り』のふざけた連中にね」




 そう吐き捨てるように言い終えるや、他の人々とともに立ち去っていく、自他共に認める『悪役令嬢』。




 しかしそれに対して、わたくしたち魔法令嬢ときたら、もはや止め立てすることなぞできずに、ただ彼らの後ろ姿を見送るしかなかったのであった。

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