第300話、【連載300回記念】わたくし、悪令(アクレイ)ーン・クロスオーバーですの!(中編)

「──あらあら、お嬢さんたちったら、慌てふためいちゃって、可愛らしいこと♡」




 一度殲滅されたかと思われた『エイ型人魚セイレーン』が、更に海面から無数に出現したことで、右往左往するばかりとなる、五機の小型ジェット機のほうを見ながら、さも可笑しそうに艶然と微笑む、僕のすぐ右隣に立っている十五、六歳のほどの絶世の美少女。


 孔雀色ブルーグリーンのシンプルなワンピースドレスをまとった、すらりとスマートながらも出るところは出ている白磁の肢体に、緩くウエーブを描きながら腰元まで流れ落ちている黄金色ブロンドの髪に縁取られた、端整なる小顔の中で煌めいている翠玉色エメラルドの瞳。




 大陸屈指の大国ヨシュモンド王国筆頭公爵家令嬢にして、王太子である僕ことヒットシー=マツモンド=ヨシュモンドの婚約者、オードリー=ケイスキー。




「……くふふ、ファンタジーの住人でありながら、科学の力に頼り切りとなっている、大陸人のもろさが露呈したというところかのう?」


 続いて、ジェット機のパイロットのことを揶揄しているようでいて、ちゃっかりと同じ大陸人である僕ら──特に自分の最大の『恋敵ライバル』である、オードリーに対して当てつけるようなことを言い出したのは、同じく僕の左隣に寄り添うように立っている、二十歳はたち絡みの妖艶なる美女であった。


 びゃくばかまからなる巫女装束に包み込まれた、すでに熟した凹凸の豊かな肢体に、足元まで滝のように流れ落ちている、あたかも月の雫のごとき銀白色の長い髪に縁取られた、文字通り『日本人形』そのままの無機質なまでに整ったかんばせの中で煌めいている、夜空の満月みたいな黄金きん色の瞳。




 極東島国の強大なる軍事大国、ヤマトン王国の現女王、タマモ=クミホ=メツボシ。




「──まったく、情けない。同じく『戦うために作られた人形』としては、ただただあきれ果てるだけですよ」


 そのように、本人にはまったく悪気は無いものの、結果的に最も辛辣なことをつぶやいたのは、僕の真後ろで影のように控えている、十代後半の妙に大人びた少女であった。


 濃紺のワンピースドレスと純白のエプロンドレスとヘッドドレスという、いわゆるメイド衣装に包み込まれたすらりと引き締まった長身に、短い灰色の髪に縁取られた文字通り魂の無い人形のごとく整っているものの、表情に乏しい小顔の中で鈍く輝いている青灰色ブルーグレイの瞳。




 僕の勇者時代のパーティの一員にして、今は故あって王宮にて専属メイドを務めてくれている、マリオン=チャン。




 このように、見目麗しくたおやかなれど、そこはかとなく凄みのある、年上の美女や美少女から、矢継ぎ早に高飛車かつ不躾極まる物言いをされれば、大国ヨシュモンド王国の世継ぎの王子とはいえ、よわい十歳に過ぎない若輩者としては、以前ならただたじたじとなるばかりであったのだが、現在の僕はと言えば、すでに『龍王退治ドラゴンクエスト』を達成し、おまけに『現代日本の自分の記憶と知識』をもしっかりと脳内にインストールされているという、『完全体アルティメットの王子・プリンス』なのだからして、彼女たちの操縦コントロールなぞ、赤子の手をひねるようのものであった。




「……オードリー、女王、マリオンちゃん、無駄口はいい。それよりも、すぐに


「「「──お心のままに、我が王子様サー・イエス・サー!!!」」」




 そう答えるや否や、何の躊躇もなく、宙へとその身を躍らせる、三人娘。


 しかしそのままあえなく落下することなぞ無く、オードリーは巨大なダークグリーンの三つ首の猛獣と化し、タマモ女王は銀毛九尾の大狐と化し、マリオンは背中に金属的な翼を生やして、それぞれ我が物顔に、大空を駆け巡り始めたのだ。


 ──それも、そのはずであった。




 何とオードリーは、魔導大陸最強かつ最凶の魔王にして地獄の番犬ケルベロスの化身でもあり、タマモ女王は、ヤマトン王国の守護者にして神獣たる九尾の狐の末裔であり、マリオンに至っては、世界宗教聖レーン転生教団謹製の龍王ナーガラージャ殲滅用人造人間ホムンクルス、『マリオネット』試製二号機であったのだ。




 鋭い牙や爪や風魔術カマイタチや、切れ味抜群の翼や怪光線等で、次々にエイ型人魚セイレーンを屠っていく、魔獣や神獣であるケルベロスに九尾の狐と、人造人間アンドロイド少女。


 更にその上現在僕が『騎乗』しているドラゴンをも加えて、ファンタジーワールド指折りの『凶悪モンスター』たちが突然登場して、しかも自分たちのターゲットであったエイ型人魚セイレーンを退治し始めたものだから、呆気にとられて為す術も無く、ただ周辺空域を旋回し続けるばかりの、小型ジェット機部隊。


 ……とはいえ、現時点においては『正義の魔法少女』として、ものの、彼女たちだってでは、大陸最凶の魔女国家の巫女姫だったり、極東の軍事大国の女帝だったり、アメリカ海軍特殊部隊の猛特訓を受けたミリオタ王女様だったり、魔法大国の魔術公爵家唯一の後継者だったり、実はすべての世界の外側の存在アウターたる夢魔ナイトメアだったりと、それぞれがまさしく『すべての黒幕』レベルの、規格外の『悪役キャラ』なんだけどね。


 そんな益体もないことを思い巡らせているうちにも、ケルベロスたちが敵性体をほとんど平らげてしまっていたものの、あたかもそれを待ち構えていたかのように、またもや海中から無数のエイ型人魚セイレーンが出現してきたのであった。


「……ったく、キリが無いな。──師匠!」


 僕が呼び声に、器用に表情を歪める、漆黒の『龍王ナーガラージャ』。


『──我が君、今回は現代日本における【将棋ラノベ編】では無いのだから、我のことを「師匠」呼ばわりするのは、遠慮願いたのじゃが?』


 それに対していかにも忌々しげに、思いの外の声音で返答してくるものの、僕はにべもなく言い放つ。


「あいにくだけど、ここにこうしている『僕』は、かの尊き『なろうの女神』様から、集合的無意識との完全フリーのアクセス権を与えられていて、【異世界デフォルト編】か【龍王退治ドラゴンクエスト編】か【現代日本将棋ラノベ編】かにかかわらず、『すべての僕』の『記憶と知識』がインストールされているのだからね。──そんなことよりもさっさと、『彼女』を呼び出してくださいよ?」


『……いつもながらに、つれないお人じゃのう。まあ、良い。デフォルトの世界ではとっくに退治されたはずの我が、こうして我が君と一緒におられるのも、この「実験用世界ステージ」のお陰だしな。「シナリオ」のほうもちゃんと、進行することにしよう。──これ、「海の神オトヒメ」よ、いい加減に悪戯はやめんか!』


 そんな龍王ナーガラージャの呼びかけに応じるかのようにして、にわかに広範囲にわたって渦巻き始める、大海原。




『──おお、愛しの王子様、お久しゅうございます♡』




 そして現れたのは、紛う方なく、長大な竜の蛇身であった。


 ──そう、今僕が足場にしている『師匠』が、現代日本で言えば洋風の『ドラゴン』である、翼を有する大トカゲのようなものなら、あちらのほうは、純和風の『竜神様』といったおもむきであった。




 ただし、その上半身のみは、僕らとほとんど同じ大きさの、人間の女性のものであったが。




 上半身だけとはいえ寸鉄もおびず惜しげもなく晒された、初雪のごとく純白の素肌と、烏の濡れ羽色の長い髪の毛に縁取られた、彫りの深いかんばせの中で煌めいている、珊瑚みたいな深紅の瞳。


 七つの海の守護神にして、りゅうぐうじょうあるじおとひめ




 ──またの名を、人魚セイレーンを始めとする、深海の魔物たちのおさ、『海底の魔女』。




『……乙姫そなた、いくらここが我ら魔の者にとって、『都合のいい世界』とはいえ、少々はしゃぎ過ぎじゃぞ?』


『おやおやこれは、陸の魔物の総元締めの、「龍王ナーガラージャ」様らしくも無い、お言葉ですこと』


『──いいから、自分の下半身を、よく見てみい!』


『は?…………って、ああっ、これは、失礼!』


 なぜだか、文字通り『我が身を振り返って』、いきなり慌てふためき始める乙姫様。


 それも、当然であろう。


 何と彼女の蛇身の鱗がどんどんと剥がれ落ちていくや否や、瞬く間にエイ型人魚セイレーンへとへんして、大空へと飛び立っていたのだ。


『まあまあ、この「実験用世界ステージ」においては、わらわたちのデフォルトの世界よりも、魔導力が強く設定されているから、少々力が暴走していたみたいですね』


『そなた、今まで気づいていなかったのか⁉ ──ええい、どうでもいいから、早く何とかせい!』




『──それでは、ごめん遊ばせ』




 そのように言い放ち、両腕を勢いよく天へと突き上げた途端、上空のすべてのエイ型人魚セイレーンが鱗と化して、そのまま海面へと落下していった。




「……『人魚セイレーン』って、乙姫様──つまりは、『宮のあるじ』の鱗だったのか⁉」


 思わぬ『新事実』の発覚に、茫然自失となる僕であったが、




 ──どうやらそれは、『彼女たち』のほうも、御同様みたいであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る