第286話、わたくし、【ジェット機初飛行80周年】の今こそ、プロペラ機を再評価いたしますの。(その5)

 ──そこは、不思議な空間であった。




 天井には、まるで、四枚羽根のシーリングファンが、ゆっくりと弧を描いている。




 ……あたかも、数十年ほど前の、洋画の撮影現場の中にでも、紛れ込んだかのよう。




 四方がすべて大きな窓で開放されたあずまの中で、あちこちに配置されている、飴色の年代物の瀟洒な家具や調度品。




 そしてその中央で、わたくしと対峙するようにして車椅子に座っている、銀髪の小柄で華奢な少女と、彼女の背後に立っている、金髪の長身の少女。




 ……なぜかその時のわたくしの目には、可憐な乙女であるはずの銀髪の少女のことが、『老婆』のように、金髪の少女のことが、『身体中がつぎはぎだらけのフランケンシュタインの怪物』のようにも、見えたのであった。




「──『火蜥蜴ザラマンダー』の、パイロットさん」




 突然、車椅子の少女が、口を開いた。


「お願いです、私たちを、『解放』してください」


 ──え? 解放、って……。


「私たちは数十年前、大きな戦争が終わった後で、ドイツから北の大国へと抑留された、『お父様たち』の手で生み出されました。そしてそれ以来、本来の祖国の土を一度も踏むこと無く、あたかも虜囚であるかのように繋ぎ止められたまま、北の国において政変が起こり、人の世だけが変わり果てた結果、完全に時代に取り残されてしまったのです」


 ──数十年前に終わった、大きな戦争ですって?




「……私たちはもう、閉じられた過去の歴史の繰り返しの世界の中に、囚われ続けるのは飽きました、どうぞあなた様のお力で、自由にしてください」




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──はっ⁉」




 気がつけばわたくしこと、聖レーン転生教団直営『魔法令嬢育成学園』初等部五年F組所属の、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナは、学園の敷地内に併設されている、寄宿舎の自室のベッドの上に横たわっていた。



 まるで海で溺れたかのように、汗にまみれて全身に張り付いている、濡れそぼった夜着パジャマ



「……夢、か」


 そのように独り言ちながら、身体を起こそうとしたところで、ようやく『違和感』に気がついた。




 ──っ。ベッドの中に、誰かいる⁉




 な、何か、どっしりとした生温かい大きな塊が、わたくしの身体にすり寄るようにして、すぐ隣からしがみついているうううううううう⁉


「──ちょっ、一体誰よ⁉ 『ザラマンダー幼女団』のヒルダちゃん? それともまさか、エセ使い魔でエロメイドの、メイじゃないでしょうね⁉」


 そのように悲鳴まじりの大声を上げながら、布団を引っぺがしてみたところ。




「………………………………へ? だ、誰よ、あんた?」




「ううっ……ごめんなさい……ごめんなさいっっっ」




 そこにいたのは、わたくしよりもちょっぴりお姉さんの十二、三歳ほどの年頃の、灰色の髪の毛と灰色の瞳をした、顔も体つきも十分に可憐ながらも、涙ぐんだ瞳がどこかおどおどとした小動物めいた、いかにも幸薄そうな少女であった………………………………しかも、『全裸』の。


「──いや、何を謝っているのか知らないけど、どうして人のベッドで眠っているのよ、しかも全裸で⁉」


 痴女? もしかして、現在のわたくしって、痴女に襲われて『大ピンチ』の状況なわけ⁉


 確か、昨日の夜に眠りについた時、一緒にいたのは、ヒルダちゃんのはずなのに!


「──す、すみません、私のような『役立たず』が、急にやって来たりしたら、それは当然、ご迷惑ですよねえっ」


 わたくしが何が何だかわけがわからず、顔をしかめて黙考していれば、それを見て更に萎縮にして、しゃにむに謝り倒し始める、謎の『自虐娘』。


「……役立たずって、あなたヒルダちゃんのように、何かの戦闘機の妖精的存在じゃないの?」


「あ、はい、一応私、ヒルダの姉ですう」


「えっ、ヒルダちゃん──つまりは、Heハインケル162のお姉さんということは、もしかして」




「ええ、私はHe162の前期モデルに当たる、Heハインケル280の妖精的な存在の、『フタバ』と申しますう〜」




 は? な、何で突然、He280の妖精さんが、わたくしのところに現れるのよ⁉




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──東方海上に、所属不明機、多数!」


「──そのほとんどが、四発以上の、大型機である模様!」


「──長距離戦略爆撃機の大編隊である、可能性、大!」




「……ちっ、どうやら『魔女セイレーン』共め、本腰を入れてきたようね」


「どういたします、ミルク次官⁉」


「決まっているでしょう? 至急『ワルキューレ隊』を出しなさい」


「しかし、今回も敵方にはTu95が含まれていると思われ、彼女たちでは対応できないのでは?」


「そうですよ、ここはより高性能な、Me262HGⅢやHo229の部隊を、出撃させるべきです!」


「駄目よ、『目標ターゲット』に引導を渡すのは、あくまでもあの子たちの役割なのだから」


「で、でも、次官!」




「──大丈夫、まさしくこの日のために用意した、HeS8の改良版であり究極のジェットエンジンである、HeS10を装備したHe280改なら、先日の雪辱を晴らすことだって、十分可能なのだから♡」

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