第285話、わたくし、【ジェット機初飛行80周年】の今こそ、プロペラ機を再評価いたしますの。(その4)

 ──実を言うと、戦時中のドイツにおいても当然のごとく、ターボプロップエンジンの開発は精力的に推進されていて、かの有名なHeS011のターボプロップ版である、DB021エンジンは完成間近だったし、BMW028に至っては、12段のコンプレッサーと24個の燃焼室と4段のタービンとを有する、時代を超越した8000軸馬力もの高出力を誇る大型四発戦略爆撃機用エンジンとして、すでに試験運転段階にあったわ。




 戦後それらの試作型ターボプロップエンジンのデータや、やはりドイツで実用化に至っていた後退翼の設計資料等を手に入れたソビエトは、朝鮮戦争直後において世界中をあっと驚かすことになる、超高性能ターボプロップ機の開発に成功するの。




 朝鮮戦争における圧倒的な高速性の実現ゆえに、もはや各国の主力戦闘機においてはジェット機以外の選択肢は無くなったものの、それに対して大型戦略爆撃機においては、本格的なジェット機化は遅々として進まず、戦後五年も経過していたというのに、国連側のアメリカ空軍は朝鮮戦争においても時代遅れのB29を投入せざるを得ず、共産主義陣営の最新鋭ジェット戦闘機MiG15に、一方的に蹂躙されるといった体たらくだったわ。


 当時東西両陣営とも、いまだドイツの超先進的なミサイル技術を完全にはマスターしておらず、核攻撃の実行手段としては、戦略爆撃機による長距離運搬に頼らざるを得なかったものの、高速性を追求するためにもジェット化は必須だったのに、その航続性能の低さは敵国の本土奥深くを爆撃するための戦略爆撃機のエンジンとしては、到底ふさわしいものとは言えなかったの。


 それでもアメリカ等の西側諸国においては、高速性を捨てることはできず、燃料搭載量を増やすことで航続性能を少しでも高めようとしたものの、必然的に機体そのものが巨大化して重量がいたずらに増大することになり、当然のごとく高出力のエンジンを搭載したところで高速性は望めないという、本末転倒な結果となったの。




 それに対してソビエトにおいては、高速性や高高度性をある程度犠牲にしつつも、何よりも航続性を優先するために、思い切って純ジェットでなくターボプロップタイプの爆撃機を開発することで、大成功を収めたの。




 当時のソビエト当局は、核爆弾を搭載できるような大型機でありながら、軽快高速なるジェット戦闘機の迎撃にも十分対応できる速度性能を誇り、敵国の本土奥深くまで侵入できる戦略爆撃機を実現するには、ターボプロップ機こそがふさわしいと見なしたの。


 これぞまさに『先見の明』と言うべきもので、欧米の西側諸国やかつてのドイツ第三帝国に対して、何かと『遅れている』と思われがちなソビエトであるけれど、けして最先端の技術を駆使するわけでは無いものの、戦車においては『T34』を、地上襲撃騎においては『Il2』を──といった具合に、『アリモノ』だけを使用して、世界最高レベルの兵器を開発することを得意とする、けして侮れないところがあって、ターボプロップなどという、もはや純ジェットに比べれば『二線級』の技術でしかないものを使って、現在においても『世界最速のプロペラ機』とも呼ばれし傑作機を創り出したところは、まさに「さすが」の一言よね!


 ターボプロップ機を開発するに当たって最大のネックとなる、速度性についても、そもそもTu95は戦闘機ではなく大型戦略爆撃機なのであって、たとえ最高速度が時速750キロメートル程度であろうと、それが爆弾をたんまり搭載している状態なら十分『高速』なのであって、敵主力ジェット戦闘機による迎撃に対しても、こちらも主力ジェット戦闘機を『護衛』に付けておけば何ら問題は無いの。


 しかも、当時ですでに戦闘機用であれば音速の突破も可能としていたジェットエンジンをベースとしているので、その時点で最も出力の大きい最新型のジェットエンジンを使用すれば、超重量の爆撃機とはいえ、プロペラ駆動部の工夫次第では、更なる高速がはかれるものと思われたの。


 何せ、何度も何度も言うように、プロペラ機が時速800キロメートルあたりで速度向上が限界となってしまうのは、高出力を得るためにプロペラの回転速度をむやみやたらと上げていけば、その先端部が音速を突破した途端、回転効率が頭打ちとなってしまい、いくらエンジン自体の出力を上げようが、それ以上速度を上げることができなくなるからなの。


 そこでツポレフの設計室の技術者たちは、当時最新型のジェットエンジンの出力をなるべく殺さないようにする工夫を、プロペラ駆動部に施していったのだけど、それについて簡単にリストアップすると、




・プロペラの先端部が音速を超えないように、できるだけ回転速度を抑える。


※しかしそれでは、肝心の高出力が求められなくなるので、


・映画のロケ現場等にある巨大な扇風機を例に挙げるまでもなく、プロペラというものは大きければ大きいほど出力が高まるのだから、Tu95のプロペラの直径もできるだけ大きくする。


・同様に、プロペラの羽は多い方が当然出力が大きくなるので、エンジン一基につきプロペラを二枚ずつセットする、二重反転方式とする。


※プロペラの直径を大きくしたり、二重反転させたりすると、本来エンジンに過大なる負荷をかけることになり、かえって出力低下を招きかねないが、そもそもプロペラ無しなら音速超えも可能なジェットエンジンなのだから、それくらいの負荷なぞものとはせずに、十分な出力を得ることができるのだ。




 ──このように、できるだけプロペラ自体が音速超えをしないように留意しつつ、高速化を可能とする工夫を凝らすことによって、元々大出力なジェットエンジン部の性能を存分に生かすことを為し得て、何とターボプロップ機としては画期的な時速900キロメートル超えを実現して、現在においても『世界最速のプロペラ機』という栄誉を守り続けているの。


 ……うふふふふ、実はそうなのよ〜。


 何と、普通のレシプロ機はもちろん、最新鋭のターボプロップ機においても、高速性でTu95を超えた機体は、アメリカ等を始めとする西側先進国にさえも、いまだ一つも存在していないの。




 そのように長大な航続性を誇りつつ、プロペラ機にあるまじき高速性をも誇るTu95は、現在においても長距離戦略偵察機等として現役で活躍していて、ほんのつい最近も日本海に領空侵犯してきて、航空自衛隊その他、周辺の各国の空軍からスクランブルをかけられたりして、その健在ぶりをアピールしているの。




 ほんと、当時のソビエトの科学技術力も、捨てたものじゃなかったのね。


 ……とはいえ、かつては『東京急行』とも称された、領空侵犯のプロフェッショナルのTu95も、今では『おじいちゃん』と揶揄されるまでに、すっかり老朽化が進んでしまっているのは、仮想敵国の機体とはいえ、少々淋しいところでもあるわねえ。




 ──『おじいちゃん』、いつまでもお元気で、またそのうち、日本に遊びに来てね♡

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