第282話、わたくし、【ジェット機初飛行80周年】の今こそ、プロペラ機を再評価いたしますの。(その1)

『──こちら、ワルキユーレ1、状況を報告しろ!』




『──こちら、ワルキユーレ2、所属不明機アンノウン、肉眼で確認!』




「──こちら、ワルキユーレ3、所属不明機アンノウンの基本的形態は………………は? ま、まさか、プロペラ機ですって⁉」




 その時わたくしこと、聖レーン教団直営『魔法令嬢育成学園』初等部五年生にして、魔導大陸特設空軍ジェット戦闘機部隊『ワルキューレ隊』所属の、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナは、自分が目にしたことがとても信じられず、思わずうめき声を上げた。




 その日も魔導大陸沿岸部を、哨戒任務を兼ねての訓練飛行を行っていたところ、何とわたくしたちのような哨戒部隊はもちろん、最新鋭のレーダー網さえもくぐり抜けて、正体不明の大型機が魔導大陸上空高高度に侵入したとの急報を受けて、ワレキューレ隊全五機のうち、『ワルキューレ3』のわたくしと『ワルキューレ2』のユーちゃんの二機が先行して、所属不明機アンノウンの捕捉に向かったところ、実際に目にした機体ときたら、あまりにも予想外なものだったのだ。


「……信じられない、このジェット機全盛時代に、よもやプロペラ機で、領空侵犯を行うなんて」


『「ワルキューレ隊」も舐められたもんやな、「海底の魔女セイレーン」か「メツボシ帝国」か、どっちの所属機かは知らんが、うちらが最新鋭ラムジェット機である、He162改(V字尾翼タイプ)を、装備しているのは先刻ご承知のはずやろうに』


『──おいっ、ワルキューレ2及びワルキューレ3、報告は正確にしろ! そのプロペラ機の外見について、簡潔に述べよ!』


 ……いけね、怒られちゃった。


 でもここは、リーダーの『ワルキューレ1』のヨウコちゃんの言う通りだ、これじゃ『先行任務』失格である。




「──こちらワルキューレ3、視認情報を報告する! 所属不明機アンノウンは、全長全幅共に50メートルほどもありそうな四発の大型機にて、偵察機あるいは爆撃機と思われる。エンジン形式はプロペラ方式、しかも直径が異様に大きい二重反転型。更にはプロペラ機でありながら、主翼尾翼とも目視で30度以上の、かなり大きめの後退翼となっていて、そのためか異様に速度が速く、時速800キロメートルで飛行中の我らとも、付かず離れずの距離を保ったまま、海上を東方へと逃走中!」




『──なに、後退翼の大型四発二重反転プロペラ機で、時速800キロメートル以上を出せるだと⁉』


「え、ええ、おそらくは我々ジェット機部隊からどうにかして逃れようと、必死に速度を振り絞っていて、そのうちエンジンがオーバーヒートするものと、思われるけど……」




『──それは、旧ソビエト空軍の、Tuツポレフ−95だ! 世界最速のプロペラ機であり、時速800キロメートルどころか、時速900キロメートルだろうが余裕で出せる、我々が現在使用している黎明期のジェット機顔負けの高速機なのだ! 早く捕捉しないと、そのまま振り切られるぞ⁉』


 ぷ、プロペラ機が、時速900キロメートルを出せるって、そんなまさか⁉


「──ワルキューレ3、全速前進!」


『──続いて、ワルキューレ2、全速前進!』


 ヨウコちゃんの言葉にはいまだ半信半疑ながらも、慌ててスロットルレバーを全開にしたものの、計器の針が時速900キロメートルを上回っているというのに、なかなか『目標ターゲット』に追いつけないでいた。


「……な、何でプロペラ機が、時速900キロメートルも出せるのよ⁉ 本体よりも先にプロペラの先端が音速を超えてしまって、回転効率が急速に低下してしまうから、基本的に時速800キロメートル以上は出せないというのが、定説でしょうが⁉」


『こちらワルキューレ2、なんか「目標ターゲット」のプロペラの回転数が、異様に遅いように見えへんか⁉』


 ……そ、そういえば。


『だったら、どうしてあんなに、スピードが出るわけ⁉』


『こちらワルキューレ1、Tu−95はプロペラ機といえども、レシプロタイプに非ず! ターボプロップ機──すなわち、ジェット駆動タイプだ! 推進力はプロペラそのものと言うよりも、むしろタービンシャフト全体の回転運動によって得ており、プロペラの回転速度は抑え気味のほうが、亜音速飛行時には有利に働くのだ!』


 何、ですって⁉


 まさに、その時──


「──うっ、突然めまいが⁉」


『──こ、こっちもや⁉』


 なぜかいきなり、乗機のジェット機のほうではなく、あたかも自分自身がガス欠になったかのように、ごっそりと体力が抜け落ちてしまう。


 しかもそんなわたくしたちの体調の急変に呼応するかのようにして、みるみる減速していく、二機のHe162。


『こちら、ワルキューレ1! 無理はするな! おそらくHe162のラムジェットエンジンの冷却のために、使用されていた、おまえらの魔導力が尽きかけているのだろう! このまま飛行を続けていれば、命に関わるぞ⁉ 追跡を打ち切って、帰投されたし!』


 ……くっ、あともう一歩といった、ところだったのに。


 しかし、ヨウコちゃんの言う通り、無理はできなかった。


 わたくしたち『ワレキューレ隊』のHe162のエンジンは、何かとピーキーな大戦中のBMW003をそのまま使用したりはせず、新開発のラムジェットエンジンを装備しているけど、いくら最新技術の粋を尽くした高性能エンジンとはいえ、今となっては少々古臭く空力学的にあまり洗練されていない機体デザインや、パイロットに必要以上の負荷をかけないための配慮として、時速をオリジナル同様に900キロメートル程度に抑えられているものの、さすがに最高速で飛行し続ければエンジンがオーバーヒートを起こし始めて、エンジン内の冷却のために使用されている、わたくしたち魔法令嬢の体内に秘められた魔導力の消費ペースも相当なものになってしまい、このように限界までスピードを上げて追走劇を行っているうちに、エンジンとパイロットの双方が限界を迎えてしまったという次第であった。




「……おのれ、まさかプロペラ機なんぞに、出し抜かれるとは⁉」


『仕方なかろう、「あちらの世界」においてもいまだ現役で、つい最近もロシア軍所属のTu−95が、かの有名な「たけしま」の上空を侵犯して、某半島国家の軍用機にスクランブルをかけられたそうだからな』


 ……どうして、れっきとした日本の固有の領土の空域が侵犯されたのに、よその国がスクランブルをかけるのよ⁉




なんか昨今においていろいろときな臭い、『あちらの世界』のことなんか、知ったこっちゃないけど、まさかこのまま、泣き寝入りするつもりじゃないでしょうね⁉」




『それこそ、「まさか」だよ、このようなふざけた真似なぞ、二度と許すわけがないだろうが? 心配するな、ちゃんと策は練ってある。どうしてわざわざ二回も、【He280特集】を組んだと思うんだ?』




 ……へ? 何でここで、『He280』の名前が出てくるのよ?

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