第250話、わたくし、『ドイツ幼女団』の指揮官になりましたの。(その3)

「──こらっ、ひるだ、やめるであります!」


「──へへっ、くらりす、こっちにおいで、であります!」


「──きき、くらりすをいじめるな、であります!」


「──おっ、けんかなら、本機もまぜるであります!」


「──こら、みんな、まいすたーたちが見ておられるのだぞ、今すぐやめるであります!」




 何だか厳めしい『軍人口調』の言い争いが、真夏の波打ち際に響き渡る。




 しかし、実際に目に映るそれは、まるで五つ子のようにそっくりな、年の頃四、五歳ほどの可愛らしい五人の幼女がじゃれ合っているという、微笑ましい光景以外の何物でも無かった。




 おうとつのまったく見られない丸っこい体躯を包み込む、純白のスクール水着に、淡いプラチナブロンドのショートボブの髪の毛に縁取られた、小作りの可憐な顔の中で夏の太陽を浴びて煌めいている、水色の瞳。


 見ている分にはただただ可愛らしい、あたかも子猫やひよ子あたりを彷彿とさせる集団であるが、実は何と魔導大陸特設空軍所属の、最新鋭ジェット戦闘機He162A2『ザラマンダー』の概念が具現化したもの──いわゆる『妖精』のようなものだったりして、けして侮ることなぞできなかった。


 よって周囲には、彼女たちが『マイスター』と呼んでいる、He162のパイロットであるJS女子小学生たち──『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』にして『ワルキューレ隊』のメンバーもいるのだが、そのほとんど全員が、普通に『保護者のお姉さん』といった感じで、親愛の情に満ちあふれた表情で見守っているの対して、ただ一人リーダーのヨウコ嬢だけは、ギラついた目を光らせながら、最新型のデジタル一眼レフで、幼女たちのしっとりと濡れそぼった白スク水姿を記録するのに余念が無く、果たして、防犯ブザーを鳴らすべきか否か、判断に迷う場面ところであった。


 ……おそらくは、『ナガト』とか『あーくろいやる』などと呼ばれている、『危険人物』のお仲間かと思われるが、彼女の後方に控えている、はくしょくの『ハイ○ース』は、一体いかなる理由で、(ドライバーごと?)レンタルしてきたのであろうか?


 ──かく言う私、アグネス=チャネラー=サングリアは、彼女たちのマイスターであるHe162のパイロットでは無いものの、極秘の『観察対象』である、寄宿舎の同室の子に誘われて、私たちが通っている聖レーン転生教団直営の『魔法令嬢育成学園』の敷地にほど近い、この海水浴場へとやって来ていたのだ。


 しかも『観察対象』の言うところでは、『この格好のほうがいかにも「潜○幼女」ちゃんらしく見えるから、お似合いだよ♡』とのことで、ノースリーブの純白のワンピースにつばの広い帽子を無理やり装着させられているのだが、真っ白の髪の毛に真っ白な肌と真っ赤の瞳であることからわかるように、生まれつきの『アルビノ』ゆえに、陽の光は天敵であって、本来なら真夏の真っ昼間に、浜辺なんかに来たくは無かったのだが、任務上『観察対象』の側を離れるわけにはいかず、文字通り『痛し痒し』といったところであった。




 まさにその『観察対象』──アルテミス=ツクヨミ=セレルー嬢といえば、私のすぐ隣で同じように砂浜の上に体育座りをして、何だかやけに真剣な表情で、水平線のほうを見つめていた。




 そのいかにも物憂げな横顔を、見るとも無しに見ていると、突然真珠のごとき唇から、久方振りに言の葉がこぼれ落ちてきた。


「ねえ、アグネスちゃん」


「……なに?」




「あなたは、『滅びの美学』と、『悪の魅力』とだったら、どっちを選ぶ?」




「──っ」


『悪』に、『滅び』、ですって?


 ま、まさか、自分自身『観察対象』でありながら、私の本性どころか、この世界の真の姿に、気づいたとでも言うの⁉


 ──駄目だ、落ち着け、アグネス!


 まだ、すべてがバレてしまったとは、決まってはいないのだ。


 それなのに、こちらから馬脚を現して、すべてを水泡に帰してどうする!


 まだこの『人形劇』は、山場すら迎えていないのだぞ?


 どうにかして、この場は、やり過ごすのだ!


「……ええと、何だかやけに難しいことを言い出したけど、それってどういう意味なの?」




「ほら、ついにこの10月から、『アズ○ン』のアニメが配信されるって、正式にアナウンスされたじゃない?」




 ………………………………は?


「それに先だって、キービジュアルやティザームービーが公開されていて、どうやら第二次世界大戦における連合軍サイドが主人公らしくて、大日本帝国側が敵サイドとして登場するそうだけど、単なる『悪役』なんかじゃなく、むしろ『もう一方の主人公サイド』と言っても過言では無いほど、すごく魅力的に描かれているのよ!」


「……はあ」


「確かに、すでに劇場版まで公開済みの、『艦○れ』のアニメのように、敗者である日本側を主人公にして、『滅びの美学』を描くのも捨てがたいけど、いっそのこと日本サイドを徹底的に『悪』として描くことによって、『正義の味方』サイドではけして表現することのできない、文字通り『ダークヒーロー』ならではの魅力を、前面に押し出していって欲しいの!」


「……そう」


「元々『悪』とは、権力者すら手に負えないほどの『強き者』という意味だったんだから、最近のダメダメ『なろう系アニメ』みたいに、とにかく主人公サイドをageて、敵サイドをsageるといった、視聴者にとってとことんまで不評な、お約束テンプレ仕様では無くて、むしろ悪役サイドを徹底的に強く魅力的に描写することによって、それと闘う主人公サイドの魅力をも更に引き立てるといった、相乗効果を狙うべきなのよ!」


「……うん」


「人によっては、日本サイドをちょっとでも『悪く』描写すると、むやみに大騒ぎすることもあるけど、私はいっそのこと悪に徹したほうが、歴史的敗者である日本軍だって、光り輝けると思うし、そのためにもどこぞの『抗日○劇』みたいに、とにかく日本軍を『やられ役』として弱っちく描くんでは無く、下手したら主人公サイドよりも手強く描くべきだと思うの!」


「……あ、はい」


「だからといって、アニメ版の『艦○れ』に不満があるわけでは無いのよ? 深○棲艦サイドとの関係性も含めて、史実に基づいた『滅びる側の美学』にこそ力を入れれば、歴史的敗者でありながら主人公サイドであることの魅力を、一層光らせることができるのですからね!」


「……ええ、そうね」




 ──って、つまりは、アニメやゲームの話かよ⁉




 てっきり、こっちの『企み』がバレたかと思って、ヒヤヒヤしたぞ!


 ……まったく、私に無理やりゲームキャラの格好をさせたことといい、自分自身魔法令嬢にしてJS女子小学生ジェット機パイロットのくせに、結局はただの『ゲーム脳』かよ⁉




 ……ほんと、何でこんなのが、我が教団最重要の、『観察対象』なのかしら?




 そのようにその時の私は、心底うんざりしていたのであった。




 ──『ザラマンダー』の化身の幼女の一人が、こちらのほうに、この上もなく鋭い視線を向けていることに、気づきもせずに。

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