第236話、わたくし、別に第162話でもないのに、なぜHe162について語るのか、わけがわかりませんの。

「──そうなの、ほんと、意味不明なの」




 聖レーン転生教団直営の『魔法令嬢育成学園』の敷地内に併設されている、『魔導大陸防衛空軍基地』の第一格納庫にて、わたくしこと、聖レーン転生教団空軍新設特殊部隊所属パイロットの、『ワルキューレ3』にして、『魔法令嬢育成学園』初等部5年F組在籍の、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』きってのムードメーカー、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナが、愛機のHe162A2『ザラマンダー』の、量子魔導クォンタムマジックコンピュータ制御の操縦システムの点検を行っていたなかに、突然背後からかけられた、幼くもどこか達観した声音。




 思わず振り向けば、そこにいたのは、年の頃五、六歳ほどの、あたかも人形そのままの、空恐ろしいまでに美しき幼女であった。


 ……ただしここで言う『あたかも人形そのまま』とは、『日本人形のごとく、端整で可憐である』でも、『西洋人形のようにあでやかで可愛らしい』という意味でも無く、文字通り『あたかも人形そのままに、、そのあたかも容姿とも併せて、とても人間の幼子には見えない』わけなのだが。


 ──と、そんなことを密かに思っていたら、再び美幼女が口を開いた。




「……あたしは、人形なんかじゃ、無い」




「──うえっ、心を読まれてしまった⁉」


「……ほうほう、つまりは、心から、そう思っていたと?」


「えっ、何その、誘導尋問⁉ ──ていうか、あなた一体、何者なのよ? ここは一応軍の施設なんだから、一般人は立ち入り禁止なのよ⁉」


「……可哀想に」


「は?」


「口調も完全に変わり果ててしまって、『魔法令嬢』などとおだて上げられて、年端もいかないJS女子小学生でありながら、軍務に着かされたりして、あの『悪役令嬢』としての誇りプライドは、一体どこへ行ってしまったのやら」


「あ、悪役令嬢ですってえ⁉ いきなり何てことを言い出すのよ! 悪役令嬢なんて、わたくしたち魔法令嬢にとっては、あくまでも討伐対象なんだから!」




「そのように、与えられた『役割』を、何の疑問も無く受け容れて、ただ『シナリオ』通りに演じるばかりでいたんじゃ、『人形劇の人形』と、一体どこが違うと言うの?」




 ──っ。


「……何よ、わたくしが、人形劇の人形ですって?」


「しかも、自分が人形である自覚も無いまま、ただ踊り続けているものだから、哀れさもひとしおなの」


「なっ、ちょっと、何で初対面のあなたから、そんなことを言われなければならないのよ⁉ そもそもあなたは、どこのどいつなの⁉ 一体どこから、湧いて出たのよ!」


 もはや堪忍袋の緒が切れて、大声でまくし立てた、その刹那であった。


「……は? な、何よ、こんな時に、量子魔導クォンタムマジックスマホが鳴りだしたりして」


 突然の着信音に促されるようにして、思わず初等部の制服である吊りスカートのポケットから、愛用のスマートフォンを取り出したところ、なぜか目の前の謎の美幼女が同様に、向かい合わせにスマホを取り出すや、口元へと運んだ。


 そして同時に響き渡る、肉声と、スマホ越しの同一の声音。




「『──あたし、メリーさん、今、あなたの目の前にいるの』」




 ………………………………………はい?




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──それで本題の、He162A2『ザラマンダー』についてなんだけど、これは第二次世界大戦きっての、超科学国家ドイツ第三帝国において、最後の最後に実用化された──すなわち、その時点で最新鋭のジェット戦闘機であったので、当然他の国々のジェット機(モドキ)に比べて、非常に先進的で優れた点も多かったものの、工業生産能力的にも残存資源量的にも末期状態のドイツにおいて、何とか終戦までに間に合わせようと、『やっつけ仕事』で作製した結果、いろいろと足りない点も多く、現在においてもその評価が大きく分かれるところであり、しかもそもそもこの機体は『国民戦闘機フォルクスイエーガー』とも呼ばれた、当時の絶望的なパイロット不足状態を鑑みて、何といまだ年若い『ヒットラーユーゲント』の構成員たちを少年兵として徴兵して、ろくに訓練も施さずにパイロットとしてあてがおうとしたという、とても正気の沙汰とも思えない『悪魔のプロジェクト』の申し子であったので、その存在自体を(旧日本軍の各種の特攻機とともに)、『恥知らずの兵器』として、全否定する人すらいるくらいなの」


「……あ、あの」


「ただしそこはやはり、『ジェット王国』のドイツ生まれの機体。航空省の発注からわずか三ヶ月ほどで試作第一号機を進空させるとともに、すぐさま量産体制に入り、出来上がった機体も、非力なBMW003ジェットエンジン一基だけだというのに、極力無駄を省いた超小型&超軽量の機体設計と、速度向上に有利な超少面積の主翼に、高速性と低失速性とを両立される疑似セミ前進翼という、あらゆる面において高速性に配慮した結果、大出力のJumo004ジェットエンジン二基を擁する、ドイツジェット機の名機中の名機、Me262にも勝るスピード性能を実現したのを始め、正式採用のジェット機で世界初の、『射出式座席』を採用した点などは、後世にも誇れるところだと思うの」


「……そ、そのう」


「だけど、敗戦間際の過酷な状況において、何よりも少ない物資での大量生産を目指した結果、性能面においても数々のしわ寄せを食らってしまい、特に高速性に特化すると言うことは、必然的に操縦性の悪化に繋がり、中でも飛行機にとって最重要ポイントである、『浮力』を稼ぐべき主翼を、高速性の追求のために極端に少面積化したために、離着陸時において『失速しやすく、下手したらそのまま墜落しかねない』といった、飛行機としては致命的な欠陥を抱えてしまい、安定した離着陸のためには、高度なテクニックを有するパイロットが求められることになって、結果的に『どうせ敗色濃いんだし、この際ダメ元で、有り余る少年兵たちを、大量に投入しようではないか!』などといった、『悪魔のプロジェクト』そのものが頓挫することになったのは、まさに『不幸中の幸い』以外の何物でもなかったの」


「……ちょ、ちょっと」


「このようにいろいろと問題を抱えていたHe162は、公式には実戦に投入されることも無く、終戦後においても、あれだけ様々なドイツ製のジェット機が各国で徹底的に研究されて、アメリカやソビエトのジェット機開発に多大なる影響を与えたというのに、He162のみは、技術面を始めとして、ほとんど参考にされることが無かったのは、そのあまりにも無茶な開発事情からすれば当然のこととも思えるけれど、何とも言えない哀愁を感じさせる機体であることも、また事実なの」




「──もう、いい加減にしてよ!」




 新設されたばかりの、ジェット機部隊の基地の、第一格納庫内にて響き渡る、十歳ほどの少女の叫び声。


 それは間違いなく、このわたくしの唇から放たれたものであった。


「……突然、どうしたの? もしかして、情緒不安定?」


「何が、情緒不安定よ! やることなすこと首尾一貫しておらず、意味不明なのは、むしろそっちのほうでしょ? 何でいかにも意味深に『あたし、メリーさん、今、あなたの目の前にいるの』とか名乗っておいて、こっちが呆気にとられているのを尻目に、ジェット戦闘機についての、無駄にマニアックな蘊蓄を語り始めたりするのよ⁉」


「ああ、それは、この作品の作者お得意の、『ジェット機語り』シリーズにおいて、うかつにも第162話に時に、He162について蘊蓄を披露するのをすっかり忘れ果てていたものだから、残念に思っていたところ、『……そういや、現在のエピソードにおいては、他ならぬHe162を、ヒロインたちの乗機にしているではないか!』ということに気づいて、それにかこつけてどさくさ紛れに、今回の『He162蘊蓄回』を、強引にねじ込んだというわけなの」


「──ちがーう! そういうことを聞きたいんじゃなくて、さっきから何度も言っているように、あなたが一体何者かって、聞いているのよ⁉」


「……だから、言ったじゃない? 『あたし、メリーさん』て」


「──何その、『わたくしくらいのレベルになれば、名前さえ名乗っておけば、十分でしょう?』とでも言いたげな、どこかの『伝説のアイドル』のごとき、傲慢さは⁉」


「……確かにメリーさんは、(都市)伝説的アイドルなの」


「えっ、そうなの⁉ ……で、でも、わたくしこれまで、聞いたことが無いんですけど?」




「それも仕方がないの、何せメリーさんは、、存在なのだから」




「はあ? 全平行世界的な存在って……」


「(都市)伝説的アイドルであるメリーさんは、言うなれば『概念としてのみ存在している』から、どのような世界であろうと、そこの住人がメリーさんの概念を認識した時点で、存在することになるの」


「人が認識した途端、その世界にいることになる、概念的存在ですって?」


「まあ、言ってみれば、『神様』みたいなものなの」


「……こ、こいつ、『アイドル』だけでも大概なのに、とうとう『神様』まで自称し始めやがったよ。──あ、でも、人々が信仰するからこそ、神様という『概念』が存在し得るのは、確かだけどね」


「だからあたしは、別に『異世界転生』とか言った、面倒な手順を踏むこと無く、異世界だろうが『実験的世界』であろうが、自由自在に存在できるの」


「へ? 異世界はともかく、実験的世界って、一体何のことよ?」




「まさしく、この世界のことなの」




 ──なっ⁉




「そう、この世界こそは、本当は魂を持たないはずの人形たちに、仮初めの『記憶と知識』を与えることによって、無数に枝分かれしたシナリオを演じさせて、実験に次ぐ実験に次ぐ実験を行い、真に理想的な世界の実現を目指している、意図的につくられた、文字通りの『人形劇の世界』なの」

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