第235話、わたくし、実験作だからって、何をやってもいいとは思いませんの。

「──それで、いよいよこれから、『多元的理論』を踏まえての、『多元的論』について、述べていこうかと思います!」




「……えー」




「な、何よ、『えー』って?」


「『多元的夢理論』っていうのも、かなりアレだったけど、『多元的小説論』って、一体何なのよ? 完全に『メタ』じゃないの? この作品それでなくても、『メタ』ばかりなのに、少しは控えようとは思わないの?」


「……今更そんなことを、言われてもねえ。ちゃんと前に言ったでしょう? この【魔法令嬢編】自体が、『実験のための実験のための実験』のようなものなのであり、メタ的展開となってしまうのは、仕方のないことだって」


「それはそうだろうけど、物事には、限界というものがあるのよ?」


「厳密に言うとね、あからさまに『メタ』というわけでは無くて、どちらかと言うと、『ゲーム』みたいなものなの」


「は? ゲームって……」




「例えば、今ここにいる『ミサト=アカギ』は、本当の意味では、『本物の私』はあくまでも、いわゆる【本編】の世界にいて、この『ミサト=アカギ』を、まさしく『ゲームのアバター』として動かしたり、『ボイスチャット』等のゲーム内のシステムを使って、あなたと会話をしているようなものなのよ」




「──いきなり、ぶっちゃけたな、おい⁉」


「そろそろかと思ってね。いきなり【魔法令嬢編】なんかを始めて、しかもいかにも思わせぶりな『メタ』的な展開をしておいて、ここまで一切説明が無いだなんて、あまりにも不親切だからね」


「……不親切なのかは、ひとまず不問にしておくとして、つまり今回のこれって、ほとんどの登場人物が、異世界転生では無く、ゲーム転生──すなわち、無自覚にVRMMOをプレイしているようなものなわけなの?」


「まあ、あなたやメアちゃんを除いて、大方の登場人物の身体が、『何』でできているかを考えると、『ゲーム』のようなものと言ってもいいし、登場人物たち自身についてもそのほとんどが、ある意味NPCみたいなものだろうけど、主に私のような、文字通り『オブザーバー』的立場にある聖レーン転生教団関係者は、むしろ『小説を読んでいる』ような状況にあるの」


「小説を読んでいる、ですって?」




「普通の異世界転生だったら、私たちはあくまでも生粋の異世界人で、この『本編の聖レーン転生教団関係者』としての意識はあくまでも、集合的無意識を介して与えられた『記憶と知識』に過ぎず、『前世の記憶』というよりも単なる『妄想』みたいなものでしかないことになるんだけど、現在のこの肉体どころか世界そのものが、『ゲーム的な創造物』に過ぎず、『本物の私』は、現代日本においてうえゆうなるアマチュアWeb作家によって作成されて小説サイトに上げられた、Web小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』の【魔法少女編】を読むことによって、間接的にこの世界の動きを把握しているだけなのよ」




「へ? 小説を読むことで把握しているって、いやいや、そんな! このようにリアルに変動し続けている世界の動きを、ゲームとかの『動的アクティブなメディア』ならともかく、いわゆる『静的なメディア』である小説によって随時把握することなんて、できっこないでしょうが⁉」


「だからこその、『多元的小説論』なのよ。実は小説──特にWeb小説というものは、けしてあなたが言うような『静的なメディア』では無く、むしろ『動的アクティブなメディア』だったりするのよ? 何せ小説はそれ自体が一種の、集合的無意識のようなものなのですからね」


「──何ですって、小説が、集合的無意識のようなものですって⁉」




「わかりやすく言えば、私たち教団関係者は、現在の【魔法令嬢編】に関しては、小説サイト上においてタイトルが付けられている各話ごとに、『別々の世界』だと捉えているの。よってそれぞれのエピソードにおいて、時系列が前後していたり、内容に差異があったり、そのためにお互いに矛盾していたりすることも、当然のように起こり得るんだけど、そういったことを含めての『実験』なのだからして、教団においてはすべて不問に付されているのよ」




「何その、開き直り⁉ 各話の前後関係や内容そのものに矛盾があっても構わないなんて、作家失格じゃん、その上無祐記って! そもそも同じ小説内の各話エピソードが、『別々の世界』だなんてことが、あり得るわけが無いでしょうが⁉」


「──そんなことは無いわよ? そもそもWeb小説どころかすべての小説が、その創作過程で作者が一字でも書き加えたり訂正したりすれば、その瞬間、まったく別の世界になってしまうのですからね」


「……作者が自分の作品に手を加えた瞬間に、まったく別の世界になってしまうですって?」




「十数年前までは、小説家が作品の作成過程で大改稿を加えた場合においても、それが読者側に知られることは原則的に無かったけれど、現在のWeb小説大興隆時代においては、Web作品が連載の途中で様々な理由によって、リアルタイムに大改稿が加えられることで、これまで公開した分のけして少ない部分が作者の手で消去されて、まったく別の展開に置き換えられることすらも、よく見かけるよね。──あたかも作品内の世界が、かのようにね」




 ──‼


「で、でも、それって、文字通りの『書き直し』に過ぎず、読者さんも最初は戸惑うかも知れないけど、その書き換えがよほどの失敗ではない限り、そっちの展開のほうを受け容れていって、そのうち修正前の展開なんて、忘れ果ててしまうんじゃないの?」


「つまりそれって、改稿には、ほとんどの読者は改稿の時点で読むのをやめてしまって、その作品に対する公的評価は、あくまでも改稿以前の展開にのみ与えられることになって、改稿後の部分はまるで『失敗したまったく別の作品』みたいなものとして、人々の記憶に残ることになるじゃん」



 ──!



「た、確かに、成功していたら読者さんの記憶も、改稿パートによって上書きされるでしょうけど、改稿以前の部分しか読んでいないとしたら、当然記憶に残るのは改稿以前までで、その人にとってのその作品って、改稿以前の部分に限られて、改稿後の部分なんて、ある意味『アンチ勢の感想』的に言えば、『読む気も起こらない、まったく別の作品』のようなものになってしまうわよね⁉」


「実はそこら辺の所をわかりやすく例示したのが、まさしくこの【魔法令嬢編】の、第208話に当たるわけなのよ」


「208話って………ああ確か、なぜか第211話以降の展開とは、完全に矛盾した内容のやつだっけ」


「そう、普通の小説だったら作者が気がついた時点で、第211話以降の展開に合わせて修正すべきでしょうけど、さっきも言ったように、この『実験のための実験のための実験』である【魔法令嬢編】は、一話一話ごとに別々の世界になっているのだから、それぞれのエピソード同士で内容に矛盾があっても、別におかしくはないのよ」


「いやだからさあ、それはあくまでも、各話ごとに『別の小説』のようなものであるだけで、『別の世界』というわけでは無いんじゃないの? 何で単に小説の記述を書き換えるだけで、それに対応する世界そのものが、別のものになってしまうのよ」




「……まったく、それについては、これまで散々言ってきたじゃないの? 世界というものは、けして改変や消去を加えられることなんて無く、最初からすべてのパターンの世界が揃って存在していて、最後のまでそのパターンのままで存在し続けるって」




 あ。




「確かに、現代日本における物理学の中核をなす量子論に則れば、世界というものは無限のパターンがあり得るのだから、本来は創作物に過ぎない小説に対応する世界もあり得るでしょう。──しかしそれは必ずも、『一対一』の関係では無く、小説の記述を一文字でも書き加えたり書き換えたりするだけで、対応する本物の世界が変わってしまうので、実は小説というものは無数の類似的な世界を内包している、『限定的な集合的無意識』のようなものでもあって、まさにこれこそが、『多元的小説論』というものなのよ」




「……ということはつまり、あなたたちは【魔法令嬢編】の連載が進むにつれて、どんどんと別の世界を観測し続けていっているわけなの?」


「と言っても、『本物の私』たちはあくまでも、一続きの短編連作型の小説を、読んでいるという認識しか無いけどね」


「あっ、そうか、そういうことか! たとえそこが小説やゲームの世界であろうが存在することができて、しかもすべての世界における『自分』同士で意識を統一シンクロすることができる、夢魔サキュバスであるからこそ私は、この実は多元的世界である【魔法令嬢編】が、次々に別の世界に変遷していっていることに、気づかなかったというわけなのね」




「そもそも世界というもの自体が、『一瞬の時点』のみで構成されているのだから、小説が無数の世界の集まりのようなものなのは、当然のことに過ぎないんだけどね。──とにかく私たちは、これからもこれまで通りに、この小説やゲームのような『つくられた世界』の中で、それぞれに与えられた役割に応じて、『登場人物』として演じ続けていけばいいのよ」


















「……ていうか、結局これって、『この作品は実験作だから、各エピソードごとに、時間関係が前後しようが、内容に矛盾があろうが、別に構わないんだ!』と、開き直っているだけのような気がするんだけど?」


「ほんと、現代日本のWeb作家の上無祐記ってやつは、小説家失格ね!」


「──上無祐記だけが、悪いんだ? 何その、『メタ的』責任逃れ⁉」

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