第214話、わたくし、百合路線の乙女ゲーム転生作品は、ヤンデレ成分が足りないと思いますの。(改4)

「……こんなところに人を連れ込んで、一体どういうつもりですの?」




「先輩として、新人魔法令嬢の心得を教えたい」という名目で、六年生のお姉様方に連れて行かれたのが、体育館の裏手にある体育用具室であったことから、騙されたことに気づいたものの、四、五名の上級生に取り囲まれて、出口に鍵をかけられてしまえば、もはや逃げ出すことは叶わなかった。




 ──しかもこの人たち、魔法令嬢かどうかはともかく、全員が何らかの、『異能チカラ』を有しているようであった。




「そんなに、警戒なさらないでください、タチコ=キネンシスさん。我々はあなたを、『同志』に迎え入れようと思っているのですから」


 は?


 わたくしの面前の三人組の中央に立っている、おそらくは彼女たちのリーダー格と思われる、ショートカットのいかにも活発そうな美少女の、いきなりの言葉に、わたくしは呆気にとられてしまった。


「……こんな騙し討ちのような真似をしておいて、『同志』とは、呆れたものですわね?」


「お気に障られたのなら、お詫び申し上げます。何せ、学園内の至るところに、教師──いえ、『教団』の目が光っておりますので、このような場所にお越しいただくことに、なってしまったのです」


「教団の目を気にしておられるということは、つまりはあなたたちは最近噂の、『反教団派』とやらの地下組織に所属されておられるのですね? そんな方々が、正式に魔法令嬢に任命された、わたくしに一体何の用なのです?」




「──あなたは、疑問に思ったことは無いかしら? この『魔法令嬢育成学園』という、あまりにも特殊な、宗教団体直属の教育機関のことを」




 ──っ。


「……それは一体、どういう意味でしょう?」


「現在この学園に在籍している女の子たちはみんな、先祖代々受け継いできたのか、突然変異的に取得したのかはともかく、何らかの『異能の力』を有している者ばかりが集められているわ。しかしこの『事実』については、世間には一切公表されておらず、私たちも今や、一般社会とは完全に隔離されているわよね。──これって、あまりにも異常な状況だと、思いません?」


「そ、それは、わたくしたちの力が、あまりにも特殊なものだから、世間に要らぬ騒動を起こさせないように、あえて秘密主義をとっているのでは?」


「まあ、やはりお育ちがよろしい方は、脳天気であらせられること」


「──なっ、あなた⁉」




「こうは、考えられないかしら? 教団だけが、異能の力を持った娘たちを独占して、自分たちの尖兵にしようと、直営の教育機関を設けて、超能力者として訓練するとともに、教団への忠誠心を刷り込んで洗脳していくためにこそ、私たちを俗世間から完全に切り離して、その存在を無きものとしているって」




 ──‼


「な、何をおっしゃっているの⁉ 教団はわたくしたちが『悪役令嬢』になったりしないように、異能の力に対する適切な制御方法を、幼い頃からマスターさせるために、教育及び訓練を施してくれているのではありませんか⁉」


「私たちが、悪役令嬢になってしまうですって? そんなこと、一体誰が決めたのですか?」


「えっ、誰が決めたって、そんなことは言うまでもないでしょうが? 確かにわたくしたち魔法令嬢や悪役令嬢は異能の力を持っていますが、本来この現実世界においていたずらに、そのような物理法則を無視した力を行使してしまえば、世界そのものが崩壊しかねないのであり、だからこそ教団はあえて悪役令嬢と同じ力を有するわたくしたちを、世界の法則を乱そうとしている悪役令嬢に対する、『唯一の対抗手段』として育てあげて、この世界そのものを守らせているのではないですか? ──これは何よりも、わたくしたちが魔法令嬢としての異能の力を発揮するのを許されているのが、物理法則にまったく影響を及ぼす恐れの無い、『夢の世界の中』に限定されていることが、如実に示しているではございませんか!」


 そんなわたくしの至極もっともな反論に対して、目の前の上級生は、けして言ってはならない『言葉の暴力』を突き付けてきた。




「──つまりあなたは、そんな『お題目』に騙されて、教団が言うがままに、実の母君であられる、『悪役令嬢』と闘い、精神的に殺して、廃人にしてしまうおつもりなのですね?」




「               」


 その途端、狭苦しい体育用具室中に響き渡る、獣のごとき咆哮。


 ──驚いたことにそれは、間違いなく、わたくしの唇から発せられたものであった。


 気がつけばわたくしは、目の前の上級生の華奢な肢体を押し倒し、


 その細首を両の手で、力の限り握りしめていた。


「──貴様っ、殺してやる!」


「……ぐうっ、お、おやおや、お嬢様ともあろうお方が、過激であられること」


「──があっ⁉」


 突然わたくしの身体が、真後ろへと吹っ飛ばされて、バレーボールやラインマーカー等の体育用具を巻き込んで、派手に倒れ込んだ。


「──ゲホッ、ま、まさか、『能力チカラ』⁉ な、何てことを! あなた、悪役令嬢に、なってしまうつもり⁉」


 実は、魔法令嬢と、悪役令嬢との間には、明確な線引きなぞ存在していない。


 悪役令嬢の生命力と魔導力の源である、『アク=ア=キューブ』を摂取することによって、魔法令嬢が己の生命力と魔導力とを高めることができることが、いい証拠である。


 つまり、先程も述べたように、現実世界において異能の力を使って、世界の法則を害する行為に及んだ者が、悪役令嬢と呼ばれるだけの話なのである。


 しかし、そんなわたくしに対して、今し方能力チカラを使ったばかりの少女は、むしろほとほとあきれ果てたかのように、こちらへと向かって大きくため息をついた。


「……あなた、もしかして、気づいていないの?」


「え?」


「異能の力を使えば、この世界の法則が損なわれるですって? 馬鹿馬鹿しい」


 ……こ、この子、一体、何を言い出すつもりなの⁉




「こんな、魔法令嬢とか、悪役令嬢とか、わけのわからない宗教団体とか、秘密組織的な教育機関とかが、存在しているというのに、ここが現実世界であるわけないでしょう?」




 ……何……です……って……。


「──ちょっと、あなた、言うに事欠いて、何てことを言い出すの⁉ まさか、わたくしたちがみんな、小説やゲームとかの創作物のキャラクターであるとかいった、メタ路線に走り出すつもりじゃないでしょうね⁉」


 わたくしは、抗議した。


 それはそれは、必死に抗議した。


 だって下手したら、本当にこの世界の法則が、崩壊してしまいかねないのですもの。


「……う〜ん、小説と言うよりも、限定的に現実世界とは切り離された、仮想空間的な『実験場』って感じかなあ。そういう意味では『ゲーム』に近いかも知れないけど、とにかく私たちは、おそらくは聖レーン転生教団あたりが、何らかの目的のために構築した実験場的な世界の中で、物理法則をガン無視した異能の力を与えられて、何らかの役割を演じさせられているんじゃないかと思っているのよ」


 ……この世界が、仮想現実的な、実験場ですって?


「おほ、おほほほほ、大変楽しいお話を伺って、恐縮ですわ。すみませんが、そろそろ帰宅しなければなりませんので、今日のところはこれで」


「……こらっ、何をいかにも『可哀想な子』を見るような目をして、ドン引きしているのよ⁉」


「だってわたくし、そういった『中二病』的妄想路線は、苦手ですもの」


「誰が、中二だ! 私たちはまだ、小六だっつうの!」


 つまりそれだけ、将来有望なわけですね、わかります。




「……ねえ、真面目な話、あなたも何か、まったく記憶のない、『喪失感』に苛まれたり、していないかな?」




「──っ」


 ど、どうして、それを⁉


「その顔色を見るに、やはりそうなのね。──いえ、別にあなただけではないの。この学園に集められている、異能持ちの娘たちは、誰しも大なり小なり、心に欠けたところがあるの。──まるで、何者かに記憶や精神そのものを、操作されているようにね」


「……記憶や精神を、操作されているですって⁉」


「何でも、転生教団の御本尊である、『なろうの女神』には、そういった力があるそうよ」


 転生教団の御本尊、『なろうの女神』?


「あなた、これだけ私の話を聞いておいて、まだ教団のことを、心から信じることができるわけ?」


「──うっ」




 ……確かにわたくし自身、自分の記憶に不自然なところがあるのを始めとして、この世界そのものが、何となく不自然であることを、折に触れ感じていた。




 もしもそれがすべて、人為的なものとしたら?


 わたくしたちが、現在ここにこうしているのは、誰かに仕組まれたことだとしたら?


 悪役令嬢たちはむしろ、『真実』に気づいて、この『間違った世界そのもの』と、闘っているのだとしたら?




 ──わたくしは一体、これから先、魔法令嬢として、何と闘っていけばいいの⁉




 そのように、わたくしの懊悩が、もはや限界に達しようとしていた、まさにその時であった。




「──お姉様!」




 またしても、体育用具室に響き渡る、新たなる声。




 それは間違いなく、昨日わたくしの使い魔となったばかりの、一つ年下のツインテールの少女のものであった。

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