第213話、わたくし、百合路線の乙女ゲーム転生作品は、ヤンデレ成分が足りないと思いますの。(改3)

「──ちょっと、ミサト先生、何ですか、あの『使い魔』は⁉」




 次の日、帰りのHRホームルームが終わるや否や、職員室に乗り込み、昨夜の(文字通りの)乱痴気騒ぎの顛末を猛抗議しようとしたところ、教え子わたくしの憤りなぞ何のその、にやけた笑みをたたえながら、とんでもないことを言い出す聖職者。




「おやおや、そのご様子だと、『ゆうべはおたのしみでしたね♡』ですかあ?」




「──なっ⁉」


 こ、この、おちゃらけ教師、言うに事欠いて、何たることを!


「……あはっ、ごめんごめん、ちょっとした冗談だから、そののはやめて?」


「──言っていい冗談と、悪い冗談とが、あると思うんですけど?」


 そう言いつつも、大人しく灰皿を元の場所に戻す、優等生なわたくし


「見かけによらず、過激なんだから、『タチコお姉様』は……」


「……何か、おっしゃいまして?」


「──いいえ、何もっ!」


「だったら早く、わたくしの質問のほうに、お答えください!」


「あれ? ユネコちゃん自身に、聞かなかった? あれが使い魔にとっては、不可欠な儀式ってことを」


「──儀式って、あんなふしだらなことが⁉ わたくしたちはまだ、小学生なんですよ!」


「ふしだらって、一体どんなことを、したわけ?」


「それは、もちろん………………って、言えるわけが、無いでしょう⁉」


「へえ〜、とても口に出せないようなことを、体験したんだあ、タチコちゃんて、大人おっとなー♡」


 ──むしろおまえが、小学生か⁉


「……もういいです、園長先生に、直接抗議してきます」


「──待って待って待って待って! 一応この学園は、宗教団体の直営だから、変なことを訴えられたら、洒落にならないんですけど⁉」


「だったら、わたくしの要求を受け容れて、あのエロ使い魔を罷免してください!」


 もはや我慢の限界を迎えて、目上の相手に対して礼を失するような、強い口調で言い放てば、ここに来て途端に真摯な表情となる担任教師。




「──それは、無理な相談、と言うものね」




 な、何ですってえ⁉


「……それは、学園長に今回の件を直訴しても、構わないと言うことですか?」


「言いつけても無駄よ、魔法令嬢の使い魔の任命権は、私や学園長のような『現場の人間』なんかよりも遙か上の、教団の中枢部に属しているのですからね」


「──っ。だったら、あの『儀式』の名を借りた、エロエロ行為だけは、やめさせてください!」


 あんなのを、毎晩続けられたりしたら、わたくしの身も心も、おかしくなってしまうわ!


「何言っているのよ、あれは何よりも、あなたのための儀式なのよ?」


「へ………………………って、何とんでもないことを言い出しているんですか⁉ わたくしは、あんなエロエロ儀式なんか、必要としていませんよ!」


「……そういえば、あなた、ユネコちゃんは、どうしたの? 何で、一緒にいないの」


「昨夜わたくしに、無体に及んだ罰として、随伴を禁止しております!」


「魔法令嬢と使い魔は、常に共にあるべきという、聖レーン転生教団の規則おきてを、知らないわけではないでしょう?」


「だ、だって、あの子、隙あらばいやらしいことを、してこようとするんですもの!」


「……やれやれ、あなた、何もわかっていないわね」


「え? それって、どういう……」


 ──そしてその女教師は、いかにもあっさりと、驚愕の言葉を宣った。




「魔法令嬢になったばかりで、そんな勝手なことばかりしていたら、あなた、死ぬわよ?」




 ──‼




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……あの、タチコお姉様は、いつ戻ってこられるのでしょうか?」




 放課後になって、お姉様の教室にお迎えに伺ったところ、彼女の姿が見えないばかりか、魔法令嬢として同じチームを組んでいるクラスメイトの皆様に捕まって、すっかり足止めを食ってしまったのであった。




「まあまあ、ユネコちゃん、落ち着いて」


「タチコはただ、職員室に行っただけではないか」


「あそこにはミサト先生を始めとして、教団から派遣された腕利きの教師の皆さんがおられるんやから、何があっても大丈夫や」


「そうそう、そのうちタチコさんも戻ってくるはずだから、先に我々『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』有志による、ユネコちゃんの歓迎パーティを始めちゃおうよ!」


 そのようにいかにも優しげに言ってくださるのは、アルテミスさんにヨウコさんにユーさんにメアさんという、いずれ劣らぬ可憐なる美少女の魔法令嬢の皆様であったが、




 ──私のタチコお姉様に比べれば、ゴミのようなものでしかなかった。




 一応お姉様の御学友であり、私のための歓迎会を開いてくださっているので、どうにか我慢をし続けているけれど、私がお姉様に会いに行こうとするのを邪魔するなんて、本来なら万死に値する蛮行なのであり、私の気の長さに感謝して欲しいところであった。


 ……ああ、お姉様、早くお戻りください。


 私の身体はもはや、お姉様無しでは、一秒とて堪えきれないのです。


 別に、使い魔として、魔法令嬢の魔導力が、必要だからではありません。


 私には、お姉様そのものが、必要なのです。




 ──だって私は、再びお姉様のすべてを味わいつくすためにこそ、この世に舞い戻ってきたのですから。




 お姉様の吐息。


 お姉様の体温ねつ


 お姉様のぐし


 お姉様のお顔。


 お姉様のおてて。


 お姉様の鎖骨。


 お姉様のお胸。


 お姉様のお腹。


 お姉様の×××。




 ──そのすべては、もはや、私だけのものなのです。




「おやあ、もうすっかり、盛況のようだねえ?」




 その時いきなり、放課後のガラガラの教室に鳴り響く、大人の女性の声。


「ああっ、ミサト先生!」


「ようやく、ご登場ですか?」


「もう、遅いやんけー!」


「言い出しっぺが、その体たらくとは、教師失格ですわよ?」


「ごめんごめん、ちょっと職員会議が、長引いてしまってねえ」


 とても教師と生徒とは思えぬほどに、ざっくばらんに会話を繰り広げる彼女たちの姿を見て、私は


「……あの、ミサト先生」


「うん? 何、ユネコちゃん、パーティの主役が、そんなしょぼくれた顔をして」




「──お姉様は、ご一緒のですか⁉」




 そうなのである。


 てっきり彼女と一緒に職員室にいて、ここへも二人連れ立ってやってくるものと思っていたのに、姿を現したのは、担任教師だけだったのだ。


「ああ、タチコさんは、なんか気分が優れないとかで、先に寄宿舎に帰っていった………………ちょっ、何を急に席を立って、駆け出そうとしているのよ⁉ あなた、この歓迎会の、主役でしょうが!」


「放してください! 他ならぬあなたと一緒だと思って、安心していたのに、お姉様に何かあったら、どうするんですか⁉」


「いいから、落ち着きなさい! 他のみんなが、何事かと驚いているじゃないの⁉」


「放せったら、放せ! ────ぐぼっ⁉」


 ちょうど他の魔法令嬢たちからは見えない死角を利用して、教師の仮面を被った教団きっての凄腕司教の渾身のパンチが、私の土手っ腹に決まった。


「どうどう、落ち着いて、タチコさんは、逃げたりしませんからねえ〜、寄宿舎に、帰っただけですからね〜、心配いらないわよ〜♡」


 そんな適当なことを言いながら、苦痛のためにもはや抵抗できない私を伴って、教室の隅へと移動する暴力教師。


 何が何だかわからずきょとんとした表情でこちらを見ている、魔法令嬢たちをよそに、私の耳元へとささやきかけるミサト先生。


「あのねえ、これもすべて、あなたのために、芝居を打ってあげているのよお?」


「……芝居、って?」


「何だかタチコさん、あなたが使い魔になったことが、ご不満のようじゃないの。だから、どんなにあなたが自分にとって必要不可欠な存在であるかを、身をもって知ってもらおうと思ったわけ」


「──! あなた、一体何を、企んでいるの⁉」




 思わず見やれば、その女性聖職者の顔が、いかにも酷薄に歪んでいた。




「最近学園内で、『反教団派』だか『反魔法令嬢派』だかの生徒たちが、暗躍している事実を掴んでいたの。そこに、夢の世界バトルフィールドならともかく、この現実世界では何の力も持たない、ただのJSに過ぎない魔法令嬢を、護衛である使い魔を伴わずにふらふらと歩き回らせたら、どうなるかしらねえ」


「あ、あなた⁉」


 この女、わざとお姉様を、窮地に陥らせただと⁉


「おおっと、待ってちょうだい、言ったでしょう、これもすべて、あなたのためだって」


「……何ですって?」




「もしもここぞという大ピンチに陥った時、あなたが颯爽と助けに現れたら、愛しのお姉様は、どう思うでしょうね。──少なくとも、あなたを邪険に扱うことは、無くなるんじゃないかしら?」




 ──っ。


 たかがそんなことのために、お姉様を危険な目に遭わせただと⁉




「──あっ、ちょっと、待ちなさいってば⁉」




 クソ女が、まだ何かほざこうとしていたみたいだが、ガン無視!


 私はもはや何も考えられずに、お姉様の教室を、飛び出して行ったのであった。

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