第212話、わたくし、百合路線の乙女ゲーム転生作品は、ヤンデレ成分が足りないと思いますの。(改2)

 ──いつの頃からだろうか、この正体不明の『喪失感』を、覚え始めたのは。




 別に、何かを失った覚えも、誰かをくした記憶も、一切無かった。




 それなのに、この心のど真ん中にぽっかりと空いている、思い出そうと思ってもどうしても思い出せない、喪失感と虚無感との源は、一体何なのだろうか。




『──お姉様』




 ……あの時初めて会った、正式に魔法令嬢に任命された、わたくしの『使い魔』として紹介された、一つ年下の少女が、わたくしに向かって発した言葉。


 なぜだろう、その瞬間、何か懐かしいような切ないような、激しい情動を覚えてしまったのは。


 彼女とは、間違いなく、初対面のはずなのに。




『──お姉様』




 なのに、こう呼ばれることが、至極当然のように、しっくりときて。


『──お姉様、お姉様』


 まるで、ずっと以前から、彼女からそう呼ばれていたみたいに。


『──お姉様、お姉様、お姉様』


 そんなことは、けして、あり得ないのに。


『──お姉様、お姉様、お姉様、お姉様』


 ああ、それなのに、彼女のこの呼び声を聞くたびに、心の喪失感が、癒やされていくような……。


「──お姉様♡ お姉様♡ お姉様♡ お姉様♡ お姉様♡」


 というか、何かいつしか、物理的な、『人の温もり』すらも、感じ始めたような……。


「──お姉様♡ お姉様♡ お姉様♡ お姉様♡ お姉様♡」


 ……あれ、何だろう、実際に、人の指先が、身体中を這い回っているような、感触も感じ始めたぞ?


「──お姉様♡ お姉様♡ お姉様♡ お姉様♡ お姉様♡」


 しかも、間近に熱い吐息を吹きかけられたり、何かぬめった生温かいものでねぶられたりして……………いや、ちょっとこれって、いくら夢か何か知りませんが、おかしすぎますわ!



 絶え間なく全身を這い回る、『違和感』と『嫌悪感』に耐えきれず、そこでようやく目を開ければ、




「……ああん♡ お姉様の吐息、お姉様の体温ねつ、お姉様のぐし、お姉様のお顔、お姉様のおてて、お姉様の鎖骨、お姉様のお胸、お姉様のお腹、お姉様の×××──このすべてを、また再び、生きて味合うことができるなんて! 『使い魔生活』サイコー! 聖レーン転生教団、ブラボー!」




 自分とほぼ同い年の女の子が、全裸になってベッドに潜り込み、わたくしに覆い被さっていたのです。




 あたかも犬の尻尾のように外側に跳ねている、ツインテールの茶髪に縁取られた、愛らしい小顔の中で、まさしく獲物を狙い澄ました肉食獣のように煌めいている、焦げ茶色の瞳ダーク・ブラウンズ・アイズ




「──きゃああああああっ、何ですの、一体! ユネコさん、何であなたが、わたくしのベッドの中にいるのですか⁉」




 相手を蹴飛ばす勢いで起き上がり、ベッド上を後ろへと飛び退いて距離をとれば、わたくし同様に尻餅をついた体勢となった暴漢少女ご本人が、なぜだかきょとんとした表情で、こちらを見つめていた。


「──いや、何をいかにも、『僕、何が何だか、わけがわからないよ?』とでも言いたげな、純真無垢な顔をしているの? むしろわけがわからないのは、わたくしのほうよ!」


「……でもそれは普通、『使い魔』側の台詞では?」


「いきなり朝っぱらから、貞操の危機に見舞われているのに、使い魔も魔法令嬢も、関係あるか⁉」





「──関係は、あります。これはれっきとした、使い魔にとって必要不可欠の、『儀式』なのですから」




 ………………………は? 儀式、って。


 トレードマークのツインテールもあざとい、『万年妹』キャラが、なんか妙なことを言い出したぞ?


「まず最初に、どうして私がお姉様のベッドの中にいるのかについて、お答えいたしますと、私は魔法令嬢の使い魔になると同時に、学園の取り決めに従って、この寄宿舎においてお姉様と同室になったからです」


「……ああ、そういえば、ミサト先生が、そんなことを言っていたわよね」


 とはいえ、昨日の初対面時においては、挨拶が終わると同時に別れたから、この部屋に正式に入室するのは、改めて今日の日中にでも行うものと思っていたんだけど、何でこんないまだ荷物も運び込んでいない真夜中に、まるで『夜這い』でもするかのように、わたくしに断りもなく部屋の中に忍び込んでくるのよ⁉


「……確かに同室なんだから、合鍵を持っているでしょうけど、こっそりと侵入する前に、わたくしを起こせば良かったじゃないの?」


「すっかりお眠りになっているようでしたので、お起こしするのも忍びなかったのです」


「──そうかと言って、眠っているわたくしを『犯そう』とするなんて、『起こそう』とするよりも、よほど問題があるでしょうが⁉」


「ああ、そこもお姉様が、誤解なさっている点なのです」


「現行犯が、何言っているんだ、てめえ⁉」




「別にこれは『犯罪』どころか、『夜這い』でも『愛の営み』でもなく、使い魔にとって、必要不可欠な行為なのです。──なぜなら、使い魔は己の生命活動を維持するためのエネルギーを、あるじである魔法令嬢の身の内に秘められた、魔導力から与えられているのですから」




 ──なっ⁉


わたくしの魔導力が、生存するためのエネルギーって、そんな馬鹿な! いくら使い魔といっても、あなたはあくまでも人間なんでしょうが⁉」


「いいえ、私は使い魔になる際に、もはやただの人間では無く、身も心もあなた様の『従属物』として、聖レーン転生教団により改造されているのです。──ミサト先生もおっしゃっていたではありませんか、私を煮て食おうが焼いて食おうが、もはやお姉様の胸先三寸だって」


 ──っ。


「さあさあ、お姉様、あなたの身の内の大切なものを、お分けください。もはや私は、お姉様無しでは生きていけない身体となっておりますので、この哀れで卑しいしもべめに、どうかご慈悲を♡」


「──言い方! それに性懲りもなく、全裸のままで、迫ってこないでよ⁉」


「裸のほうが、直接魔導力を摂取できて、効率的なのです♡」


「そんなこと言いながら、わたくしのほうまで、脱がそうとしないで⁉」


「二人共裸になったほうが、より効率的なのです♡」


「ちょっ、ナニ変なところばかり、触ろうとしてんだよ⁉ ──うわっ、いきなり顔を近づけて、唇を重ねようとするんじゃない! しかも、舌を出すな、舌を!」


「特に粘膜同士をこすり合わせて、体液を交換するのが効率的なのです♡」


「さっきから、効率効率言っているけど、何その、あまりにも御都合主義の『エロ設定』は⁉ あんたわたくしが何も知らないと思って、出任せばかり言っているんじゃないでしょうね⁉」


「嘘だと思うのなら、後からミサト先生にでも、教団の関係者にでも、ご存分にお確かめくださいませ♡」


「『事後』に確かめても、手遅れでしょうが! ──あっ、何を力尽くで、こっちの自由を奪おうとしているのよ⁉」


「くくく、夢の中で、魔法令嬢と化していないお姉様など、ただのJS女子小学生も同然! もはやこちらのものです♡」


「そう言うあなたは、何でそんなに馬鹿力なの⁉」


「使い魔が、守るべき御主人様である魔法少女よりも、格闘術等が優れているのは、当然のこと♡」


「何その、根本的に矛盾した、『アホ設定』は? だったら魔法令嬢なんか抜きに、使い魔だけで、悪役令嬢を討伐すればいいじゃないの⁉ それに現在のあなたは間違いなく、わたくしを守っているんじゃなく、襲っているでしょうが⁉」


「何度も言うように、これは使い魔にとっての『役得』──じゃなかった、必要不可欠な『儀式』なのです♡」


「今、役得と、言おうとしたでしょうが⁉」


「気のせい気のせい、それよりも早く、エネルギー補充のほうを、お願いいたします♡」




「あっ、こらっ、やめなさい! い、いや、ちょっと、やめて! お願い、許して…………あ、あ、あ、あ、あ──────ッ」








 ……それから数十分にわたって、『使い魔にとっての必要不可欠なる儀式』は続いていったのであるが、わたくしが(いろいろと痴態を繰り広げながら)騒ぎすぎたために、夜が明ける前に隣の部屋の上級生の子から、たんまりと叱られてしまったのでした。

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