第199話、わたくし、紐パンをはいている幼女は、『ほっ○ちゃん』だけでたくさんですの。
「……アグネスちゃん、ちょっと聞きたいことが、あるんだけど」
「はい、何でしょうか?」
突然の呼びかけにも、少しも動ずること無く、寄宿舎に備え付けのベッドの上で『女の子座り』しながら、きょとんと首をかしげる、相部屋の幼女。
七歳ほどの初雪のごとく穢れ無き矮躯を包み込む、寝間着代わりのシンプルな白のワンピースも、絹糸みたいな
そこで私こと
「もしかしてあなた、黒の紐パンは、お持ちかしら?」
「……………………………はい?」
一瞬何を言われたのか、わからなかったのだろう。
完全に呆けた顔になるルームメイトであったが、すぐさま顔を真っ赤に紅潮させて、鬼の形相で食ってかかってくる。
「変態! この変態! いくら同じ
「──痛い、痛い、お願いだから、落ち着いて! いくら柔らかいクッションでも、そんなに全力でスナップを利かせて叩いたら、痛いから! 冗談よ、冗談! 私のやっているゲームアプリで、アグネスちゃんと良く似た子が紐パンをはいていたから、もしかしたらと思って……」
「このゲーム脳JSが! 現実とゲームを混同するくらいなら、今すぐゲームをやめろ!」
「ごめん! ごめんってば! だったら、質問を、変えるから! ──あ、あのさあ、アグネスちゃんて、『ゼロ』とか『レップウ』とかは、お好きかしら?」
「……『ゼロ』に『レップウ』って、もしかして旧日本軍の戦闘機である、『皇紀二六〇〇年式艦上戦闘機──俗称零戦』と、その後継機種で未完成機の『烈風』のことかしら?」
「そうそう…………って、何かやけに詳しいわね? 何よ、『皇紀二六〇〇年式艦上戦闘機』って⁉」
「けっ、
……何か、口調どころか、人格そのものが、変わってしまっているみたいなんですけど?
もしかして
これじゃ、今更「ところで『皇紀』って何?」とか聞こうものなら、殺されかねないぞ。
「……えへ、えへへ、それだけ詳しいということは、もちろん『ゼロ』や『レップウ』についても、大好きってことだよね?」
むう、これでまた一段と、彼女の『
しかし、いかにも露骨な愛想笑いを浮かべる
「ふざけないでいただきたいものよね? 途中で開発が放棄された『烈風』は言うに及ばず、単なる敗戦国民のコンプレックスの象徴に過ぎない『零戦』ごときを、相手にするものですか! ──やはり何と言っても軍用機は、イギリス空軍機が至高だしね!」
ええー。
「い、イギリス空軍機って、なぜに?」
「ほうら、あなたたち軍用機マニアは、そうやってすぐに、英軍機を下に見る!」
「い、いや、別に、そんなつもりでは。ただ単に、いきなり『イギリス空軍機』とかを、名指ししてきたものだから、戸惑っただけでして。それにそもそも私自身は、『軍用機マニア』でも何でもないわけですし……」
しかし、すでにどこか変なところにスイッチが入ってしまっている、ルームメイトのほうは、もはや私の言葉なぞ耳には届いていなかった。
「とかく軍用機と言えば、ドイツ機やアメリカ機ばかりに人気が集中し、日本人だったら、それに日本機が加わるといった程度。しかし文字通り空前絶後とも言える、大戦時のヨーロッパ上空の大航空戦を制したのは、紛れもなくイギリス空軍だったのよ! 当時世界最高性能だった『スピットファイア』は、ヨーロッパの──つまりは『自由主義世界』の、最大の危機に際して、世界最強の航空兵力を誇っていたドイツ空軍機を圧倒して、イギリス本土を守り抜いたし、歴史的名機であり木造の超高速双発機の『モスキート』は、高速ステルス爆撃機としても、高速偵察機としても、高速夜間戦闘機としても、あらゆる場面でドイツ機を圧倒して、欧州戦線の趨勢を決定したし、アメリカ陸軍の戦略爆撃機のB17やB29に比べれば知名度が極端に劣る『ランカスター』等の、イギリス四発重爆撃機トリオも、世界初のマッピングレーダーをフルに活用して、視界のきかない夜間のベルリンにおいて、高精度の大規模爆撃をやってのけるという、大戦果をもたらしたし、その連合軍の勝利への貢献度は、もっと高く評価されるべきなのよ!」
──ひえええええええええええええええええっ。
何この、豹変ぶりは? せっかくのクール美幼女が、もったいない。
いつもニコニコと零戦を玩具のようにもてあそんでいる、『ほっ○ちゃん』の微笑ましさとは、雲泥の差だぞ⁉
とはいえ、今や勝手にますますヒートアップしていくばかりのアグネスちゃんに対しては、「少しは落ち着いて!」とか、「なんでアメリカ軍だけ、爆撃機が
そのように
「──それは、聞き捨てならないな!」
まさにその時大音声とともに、部屋の扉が開け放たれて、新たなる人物が登場した。
「──むっ、何やつ⁉」
「……あ、あれ、あなたひょっとして、44組の、アドルファちゃん?」
そうなのである、夜もすっかりと更けきったこの場へと突然現れたのは、同じ学び舎に通う5年44組の級長さんである、アドルファ=ガランドちゃんであったのだ。
……この子って、ヨウコちゃんとはまた違った意味で、『大人っぽい』んだよなあ。
なぜだか、女の子のくせに、妙に『ダンディ』と言うか、何と言うか……。
ところで、この学園の初等部の5年生用の教室の総数は、別に44も無いのだけど、何で44組があるのかは、非常に謎であった。
「え、ええと、アドルファちゃんは、こんな夜分に、一体何しに来たのかなあ?」
「もちろん、とても聞くに堪えない『たわ言』が聞こえたから、訂正しに来たのだ!」
「……たわ言、だと?」
たちまちこめかみに青筋を立てて、ギロリとアドルファちゃんのほうを睨みつける、アグネスちゃん………………怖っ!
とはいえ、当の闖入者のほうは少しも意に介すること無く、むしろ高らかと自分の主張を繰り広げ始める。
「イギリス機が至高だと? はっ、ちゃんちゃらおかしいわ。人類史上最高なのは間違いなく、ドイツ空軍機だろうが? 確かにドイツ空軍は最終的に敗れ去った、しかしそれは敵がイギリス空軍だけでは無く、より大規模で精強な、アメリカ陸軍航空隊やソビエト空軍を、同時に相手取っていたからだ。個々の軍用機の性能において、けして劣っていたわけでは無い! イギリス空軍に対しても、緒戦の『バトル・オブ・ブリテン』においては手痛い反撃を食らって、英国本土侵攻作戦を放棄せざるを得なかったが、空戦においては総合的に判断すれば、けして負けたわけでは無く、スピットファイアに対しては、すぐさま新開発のFw190戦闘機によって完全に優位を取り戻し、ヨーロッパ大陸内の制空権を堅固なものとしたし、ランカスター等の夜間爆撃機に対しても、あえて高性能の昼間戦闘機を夜間戦闘に投入することで対処したし、万能木製傑作機と謳われたモスキートに対しては、秘密兵器であるジェット戦闘機Me262をぶつけて、高速爆撃型も偵察型も夜間戦闘型も、すべての分野においてモスキートを圧倒し、戦争が終結するその瞬間まで、ドイツ機の優秀性を見せつけたではないか?」
えっ、そうなの?
確かにアメリカやソ連は、力押しの『物量作戦』で有名だったけど、ドイツ機は一応『質』で勝負していた、イギリス機をも圧倒できていたのか?
……とまあ、納得しかけた
「ふざけないでちょうだい! ジェット機が活躍したのは、ほんの例外的事例に過ぎず、戦争の趨勢には、まったく影響を及ぼせなかったでしょうが⁉ それにジェットエンジンなんかよりも、スピットファイアやモスキートに搭載されていた、マーリンエンジンのほうがよほど優秀で、まさしく勝利の立役者だったじゃない!」
「あのような出来損ないのジェットエンジンみたいなものである『過給器』を、無理やりレシプロエンジンに内蔵していては、高速性能も高空性能もすべて中途半端となってしまい、結局はジェットエンジンには太刀打ちできなかったではないか⁉」
「はん、笑わせるわね? そっちのジェットエンジンこそ、黎明期の不完全品に過ぎず、故障ばっかりだったじゃないの? 真の意味で『戦力』に成り得たかは、甚だ疑問だわ!」
「何を言う! 戦争末期のたった一ヶ月ほどで、米軍機の四発重爆を中心にして、500機以上撃墜をマークするという、驚異的な実績を残しているではないか⁉」
「そんなもの、パイロットの自己申告による、過剰データに過ぎないんでしょう?」
「貴様ら英米の、インチキパイロットと一緒にするな! 我がルフトヴァッフェのパイロットの撃墜報告は、正直にして、正確無比なのだ!」
「──ふんっ、何と言われようが、空軍ナンバーワンは、イギリスよ!」
「いいや、ルフトヴァッフェだ!」
そのように怒鳴り合うや、同時ににらめっこへと突入する、お二人さん。
……こりゃあ、完全に水掛け論になって、収拾がつかないぞ。
そのように、胸中で密かに、こぼしていたところ──
「ちょっと、待ったあ!」
「勝手に、ナンバーワンを決めてもらっては、困るでえ!」
「
何と新たに現れたのは、
「そもそも、軍用機と言えば、何と言っても旧日本軍機だろうが?」
──と、おっしゃるのは、極東島国出身の、ヨウコちゃん。
「何言うとるねん、結局欧州戦線でも太平洋戦線でも、勝利をもたらしたのは、アメリカ軍機やろうが?」
──と、おっしゃるのは、使い魔がかつてアメリカ海軍の特殊部隊、『シールズ』に所属していたとも言われている、ユーちゃん。
「いえいえ、ここはいっそのことマニアックに、イタリア軍機なんてどうでしょう? 何と言っても当時のイタリア軍は、バチカン市国のお墨付きでしかからねえ。ある意味『マリア様の心』を何よりも重んじる、我々『百合信者』にとっては、絶対的な崇拝の対象なのです!」
──と、おっしゃるのは、使い魔のユネコちゃんと、魔法令嬢としての主従契約ではなく、何だか妖しげな『姉妹の契り』を結んでいる、タチコちゃん。
……もう僕、みんなが何を言っているのか、全然わけがわからないよ。
もはやバックボーンが『艦○れ』だか『マギ○ド』だかわからなくなりつつも、ついにはメインヒロインを置き去りにして、少女たちによる不毛なる『ミリオタ』論争は、夜が完全に明けきるまで続いていったのでした。
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