第185話、【GW特別編】わたくし、悪役令嬢ワリーさん、今異世界にいるの。(その4)

「──もう、いい加減にしてちょうだい!」


 その時、ついに我慢の限界に達した私は、しつこくイタズラ電話をかけてくる、いかにも頭がイカれた相手に向かって、微塵も容赦なく怒鳴りつけた。




 そう。自分自身を、『いずれ異世界転生することになる私自身であり、この電話は異世界からかけているのだ』などと嘯く、中二病的妄想癖の少女を。




「うちの『執事見習い』に聞いたところによれば、確かに『異世界転生した自分自身』から、この現実世界に電話がかかってくる可能性も。けして否定できないし、今手の内にあるスマホの画像で見る限り、あなたの顔形は私に瓜二つのようだけど、その人間離れした銀白色の髪の毛と黄金きん色の瞳は、むしろ私の双子の姉のふみそっくりじゃない! そもそも転生とは『生まれ変わる』という意味なんだから、この世界から転生することで現在異世界にいると言い張っているあなたは、私自身であるよりも、録であったほうが、よりふさわしいんじゃないの?」


 そんな私の至極もっともな疑念の言葉に対して、なぜか画面内の年の頃十歳ほどの幼い少女は、むしろこちらのほうを哀れむかのように、大きくため息をついた。




『……まったく、いくら「彼」によって、「記憶操作」をされているとはいえ、そこまで完全に忘れ果てているとはねえ。あなた、そんなことを言ってて、それこそ、録に悪いとは思わないの?』




 ………………………え。


「な、何よ、録が私のせいで死んでしまったなんて。録が死んだのは、あくまでも──」


 ……あ、あれ?


 そういえば、録って、何で死んでしまったんだっけ?


 ──そんな⁉ どうして私は、自分の双子の姉の死因が何だったかすらも、思い出すことができないの?


 ……まさか……まさか。




「まさか、あなたが言うように、私は本当に、『記憶操作』か何かをされているわけなの⁉」




『ええ、そうだけど、それは別に、あなたに限った話じゃないわよ?』


「え、そ、それって──」




『あなた、おかしいとは思わなかったの? 「巫女姫」という、一族最大の希望の象徴を突然失ってしまったというのに、明石あかしつき本家の重鎮どもが、全然騒ごうともせず、あなたに対しても一切とがめ立てしようとはしないことを。──本来だったらあなたは、そのようにのんきにゆうと一緒に、「蘊蓄解説コーナー」なんぞを展開して楽しんでいる余裕なんて、無かったはずなんじゃないのお?』




 た、確かに。


 あの『巫女姫様命!』の年寄り連中だったら、録がどんな理由で死んでしまおうとも、八つ当たり的に私のせいにして、あることないこと責め立ててくるはずなのに。


「……どういうことなの、これって? もしもすべてがあなたの言う通りだとして、一体誰が、こんなに大勢の人間の記憶を操作して、一人の人間の死を、さも無かったかのように、することができるというの?」




『──そりゃあ、決まっているでしょう、この世界の「作者」様よお』




 なっ⁉


「『作者』って、別に小説でも無いのに、この現実世界に、そんなものが存在するわけがないでしょうが⁉」




『いいえ、いるじゃない、この現実世界を小説のようなものにして、何でも思い通りに「書き換える」ことのできる、この世で唯一の存在が。──あなた自身、ようくご存じのようにね♡』




 ──っ。まさか⁉




『そう、将来の御本家当主の筆頭執事候補であり、今現在はあなたの忠実なしもべである、明石月家にとっては「巫女姫」と並ぶ、もう一つの「至宝」たる、「語り部」のことよ』




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……うん。明石あかしつき家の『語り部』であるあなた自身が、たった今懇切丁寧に解説してくれたように、確かに『ギャルゲ』を例に挙げることによって、非常にわかりやすく、『二つの世界の間では、お互いにあらゆる時点にアクセスし合うことができるので、いまだ異世界転生なぞしたことのない現実世界の私に、すでに異世界転生を果たした私自身によって、異世界から電話がかかってくる』可能性ことも、けして否定できないのは、どうにか理解できたけど」


「けど?」


「ようく考えたら、もっと重要で根本的な問題が、残っているじゃないの」


「へえ、それって、どのような?」


「電話をかけてきた『私』って、いわゆる『悪役令嬢』をやっているそうだから、彼女が現在存在している異世界は、『乙女ゲーム』的世界──それも、Web小説によくある、剣と魔法のファンタジーワールドらしくて、文化文明の発展具合についても、これまたよくある『中世ヨーロッパ』レベルということなんだけど」


「うんうん、確かにありがちですねえ」




「──『うんうん』、じゃねえよ⁉ 何でその中世レベルの異世界にいる人間から、この21世紀の現代日本にいる私の、情報ガジェットとしては最先端を走るスマートフォンに、音声通話を送信することができるんだよ? まさか中世レベルの『乙女ゲーム』的世界の中に、スマホがあるとでも言うわけ? それとも『異世界の私』自身が、かの高名なる都市伝説の『メリーさん』みたいに、別に電話やスマホ等の機械に頼ることなく、いつでもどこでも狙った相手に対して電話することができるという、『神通力』だか『呪いの力』だかを持っているとでも言うの⁉」




 もはや我慢の臨界点を突破して、激情のままにわめき立てる私こと、明石月家本家の一人娘にして次期当主候補のピチピチJK、明石月よみに対して、呆気にとられて硬直してしまう、一つ年下の筆頭分家の総領息子で、将来の本家当主の『執事』候補である、うえゆう少年。


「……あちゃあ、ついに、そこに、気づいてしまいましたか」


「な、何よ、珍しく神妙な顔なんかして、今の私の言葉って、何かまずかったわけ?」


「いえ、至極当然の疑問かと思いますし、こちらとしても、腹をくくらざるを得ないでしょう」


 そう言うや、いったん言葉を切り、何か重大なことに対して意を決したかのように、更にキリリと表情を引き締める、忠実なるしもべの少年。


 そして再び開かれた彼の口から飛び出したのは、Web小説界の存在基盤そのものを揺るがしかねない、『超危険ワード』のフルコースであったのだ。




「──実は今や、『異世界』とも呼び得る、いわゆるこの現実世界にとっての『別の可能性の世界』においては、たとえ中世ヨーロッパ的世界であろうと、戦国時代的世界であろうと、むしろ超科学文明が発展を遂げた未来世界であろうと、もはやどう考えてもスマホなんか存在するとは思えない超異次元的クレイジーワールドであろうと、何らかの形でスマートフォンが存在しているのが、『常識オヤクソク』となってしまっているのですよ」




 ………………………は?


「中世ヨーロッパや戦国時代同然の異世界にも──つうか、超異次元世界にも、スマホが存在することが常識になっているって、何それ、もはや完全にむちゃくちゃだし、根本的に矛盾しているじゃないの⁉」


「あれ? 詠お嬢様は、すでにこういったことに、十分慣れていらっしゃるかと思ったのですけど」


「……私が? 何でよ?」




「──だって最近のWeb小説って、舞台が異世界だというのに、猫も杓子も作品内に臆面もなく、スマホを登場させているではないですか?」




「……こいつ、また性懲りもなく、メタ方面に話を持って行きやがって……ッ」


「いやいや、メタかどうかは、ひとまず置いとくとして、何で異世界系Web小説においては、世界観すらも無視して、ああも頻繁にスマホが出てくるんだと思います?」


「えっ…………う〜ん、そうねえ、とりあえずみんな、ほとんど何も考えずに、最近の流行に乗っているだけって感じなのでしょうけど、先駆的な作家さんに関してのみは、他の作品との差別化をはかるために、あえて世界観にそぐわないガジェットを登場させることによって、インパクトを与えようとしたとかの、『冒険心』の為せる業じゃないかなあ?」


「おおっ、またしても素人ならではの、絶妙な核心の突きようですね! まあ、大体そんな感じなんですけど、詠お嬢様は、いわゆる『携帯電話の法則』って、ご存じですか?」


「何でいきなり、ケータイの話に? それって、スマホではなくて?」


「ほら、前世紀から『21世紀はこうなる!』と、それぞれの作品の中で未来の世界の有り様を予想していた、無数のSF小説において、ただの一つも『携帯電話の実用化』を予測できた作品が存在しなかったことによって、常日頃あれほど散々でかい口を叩いていた、『SF作家の発想の貧困さ』を赤裸々に印象づけてしまった、故事エピソードがあったでしょう?」


「ぷっ、あれってもう、『故事』になるんだ? まあ、確かに、時代はすでに『れい』ですものねw」




「実はこれって、たとえSF小説家であろうが、世紀の大科学者であろうが、基本的に『その時代の人物は、その時代の知識でしか、物事を考えることはできない』ことを如実に証明しているわけですけど、何とこれって、異世界系Web小説においても同様なのであって、たとえその異世界が中世ヨーロッパ風であろうが戦国時代風であろうが遠未来風であろうが、作者が現代日本人である限りは、主人公を始めとする登場人物たちも、現代日本人的思考形態のもとでしか、言動できないわけなのです」


「あー、確かに。異世界転生モノのWeb小説を読んでいて、『中世のお貴族様が、そんなことを言うか!』とか、『おいおい、たかがJKの小娘が、戦国武将に対して馴れ馴れしいんだよ?』とか、言いたくなるシーンがいっぱいあるよね! なんかもう、中には一発で『世界観ぶち壊し』ってやつもあって、下手したらその時点で読むのをやめちゃうもの」


「まあ、あれって、ある意味読者に対して、『親しみやすさ』をアピールできるメリットもあるんですけどね。それにしても昨今の転生者主人公による、異世界における『世界観クラッシャー』のすさまじさは、もはや『ヘイト管理の失敗』ともとられかねない、無法図ぶりですよね」


「……そりゃあ、あくまでも21世紀の現代日本人の作者が創っているんだから、中世ヨーロッパとか戦国時代とかいっても、その世界観の忠実性にも、限界があるわな」


「それで話を『本題』に戻しますが、要するに現代日本人にとって、『スマホが存在する』のは、もはや『常識』に過ぎないからこそ、中世ヨーロッパや戦国時代みたいな世界観の異世界に登場させても、作者も読者も共に、あまり違和感を覚えないわけなのですよ」


「あー……つまりは、『SF小説における携帯電話』とは、逆のパターンなわけね。まあ、あくまでも小説の話だったら、それほど違和感を覚えないんだけど、今問題にしているのは、『現実の異世界において、本当にスマホが存在し得るか』、についてだからねえ」




「あれ? これについても、すでに述べておいたでしょうが? この現実世界に対する、『別の可能性の世界』は無限に存在しており、可能性的には『世界』が存在し得るのだから、小説の中で描かれた異世界についても、そっくりそのままな異世界が存在している可能性は、けして否定できないと。よって、これだけ最近のWeb小説において、『スマホが存在する異世界』が描かれているということは、それと同じだけの、『スマホが存在する異世界』だって、十分に存在し得るんですよ」




 ……何……です……って……⁉

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