第186話、【GW特別編】わたくし、悪役令嬢ワリーさん、今異世界にいるの。(その5)

『──あなたは、あの忠実なるしもべの皮を被った、狡猾なる分家の小せがれから、騙されているだけなのよ』




 わ、私が、ゆうから、騙されているですってえ⁉




『本来なら、是非とも伝えなければならないことを、あえて黙っているのだから、あなたのことを欺いているのは、確かね』


 祐記が、是非とも私に、伝えなければいけないことって……。


『確かに彼の言う通りに、この現実世界にとっての異世界や並行世界パラレルワールドに当たる、「別の可能性の世界」は、無限に存在し得るのだから、無数に作成されているWeb小説等の創作物の中で描かれた異世界等の、一見非現実的にも思える世界も、実際に存在する可能性があり得るでしょう。──ただし彼は、ここで言う「世界」の中で、最も重要な世界に関して言及するのを、あえて意識的に避けていたの』


 へ? 最も重要な世界ですって?




『決まっているでしょう、あなたが現に今存在している、あなたにとっての「現実世界」のことよ』




 ──‼


『あらゆる小説内で描かれた異世界に対して、実際に本物の異世界が存在し得る可能性がけして否定できないとすると、逆に言えば、確固たる現実世界であるこの世界を描いた、Web小説等の創作物だって、けしてその存在可能性を否定できないし、その「作者」にとっては、あなたは「小説の登場人物」のようなものでしかないわけなのよ』


 ……何……です……って……。


 まさか……まさか……その『作者』……というのは……。




『もちろん、「彼」のことよ。よって「彼」はあなたの記憶を操作して、罪の意識を奪うことはもちろん、あなたの中の「ふみの部分」──すなわち、「初代巫女姫である龍神の娘の部分」だけを抜き取って、別の自作のWeb小説の主人公ヒロインに仕立て上げることによって、本物の異世界の中に閉じ込めることすらも、余裕でできるってわけなのよ』




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──いやいや、それは暴論というものでしょうが⁉ Web小説に書かれたものが、何でもかんでも現実になってしまうなんて、そんな馬鹿な! あなたまさか、Web作家を神様かなんかと、勘違いしているんじゃないでしょうね⁉」




 何ゆえ最近のWeb小説においては、たとえ中世ヨーロッパ的世界観であろうとも、平気でスマートフォンが登場するのかについての理由として、「そもそも異世界のような、この現実世界に対する『別の可能性の世界』は無限に存在していて、可能性的には『あらゆる世界』が存在し得るのだから、あらゆる小説の中で描かれた異世界についても、そっくりそのままな現実の異世界が存在する可能性はけして否定できないゆえに、これだけWeb小説において、『スマホが存在する異世界』が描かれていることにより、それと同じだけの数の現実の『スマホが存在する異世界』だって、十分に存在し得るからだ」などといった、思わず耳を疑う『トンデモ説』を聞かされたために、私こと明石あかしつき本家の一人娘にして次期当主候補のピチピチJK、明石月よみは、思わず声を荒げてしまった。




 しかしそれに対して、目の前の一つ年下の筆頭分家の総領息子で、将来の本家当主の『執事』候補である、うえゆう少年は、あくまでも泰然とした表情を微塵も揺るがすことなく、粛々と話を続けるのみであった。


「ああ、もちろん、何の前提条件も無く、いきなり小説の中にスマホを登場させるだけで、それが現実の異世界に反映されるわけではなく、そこにはちゃんと、『順序』というものがあるのです」


「へ? 順序、って……」


「小説に書いたことが、この現実世界とは別の世界において、現実のものとなる可能性があることは、先ほど懇切丁寧にご説明したことですし、お嬢様におかれましても、スマホ等の世界観を無視したガジェットが登場、Web小説の中で描かれた異世界が、現実にも存在し得ることについては、納得していただけるのでしょう?」


「……まあねえ、あくまでも『可能性』の上の話と言われると、否定できないわな」


「そういったWeb小説が現実化した異世界って、当然現代日本からの転生者が存在することになりますよね?」


「そこはちょっと、納得できない」


「これはですねえ、先ほどもちらっと申しましたが、生粋の異世界人が、『自分は現代日本人の生まれ変わりである』と『妄想』しているようなものに過ぎないんですよ。──ほら、これだったら現実性リアリティ的に、何も問題は無いでしょう?」


「そもそも現代日本のことなぞ知るよしもない生粋の異世界人が、何で『自分は現代日本人の生まれ変わりである』とか、妄想することができるわけ?」


「本来は、ある程度高度な科学文明を有しているのなら、現代日本以外でもいいんでしょうけど、実はある意味現代日本であることが、『都合がいい』からなんですよ」


「都合って、またしてもメタ的に、現代日本のWeb小説家や読者にとっての?」


「それはそうでしょうが、他ならぬ異世界の皆さんとっても、好都合なわけなのです」


「はあ?」


「例えば、中世レベルの科学技術しかない異世界において、『広く本を普及したい』といった、『本好きな女の子の下克上的物語』を展開していく場合、それを実行する転生者としてふさわしいのは、果たしてグーテンベルクでしょうか、それとも単なる現代日本の本マニアのアラサー女性司書でしょうか?」


「そりゃあ、グーテンベルクでしょう?」


「そうですかあ、確かに活版印刷技術だけなら、それでいいかも知れませんが、書籍というものを広く世間一般に普及させるためには、それ以外にも、製紙技術とか、販路開拓とか、人々の啓蒙とか、いろいろやることが山盛りいっぱいあるかと思うのですが?」


「……ああ、そういうこと。だから『現代日本人』の転生者が、必要になってくるわけね」


「そういうこと。まさに現在のインターネットの申し子とも言える現代日本人において、中でも『本マニア』ともなると、その総合的な『雑学知識』は、製本技術に留まらず、製紙技術を始め、販路の確保の仕方や、本の執筆家や読者の啓蒙方法に至るまで、それぞれの専門家顔負けなほどに熟知していると思われ、たった一人転生させるだけで、異世界における本の普及事業に、十分役立てることができるのですよ」


「確かに、マニアって、一人一人が、それこそスマホか何かであるかのように、尋常ならざる知識量を誇っているからねえ……」


「だからといって、本当に現代日本人の生まれ変わりといったわけでなく、生粋の異世界人が『妄想』しているようなものに過ぎないんですけど、これがどんな仕組みかと言うと、実は何てこともない、異世界に広く読書の習慣を広めようと、頑張って頑張って頑張ってきた、生粋の異世界人の女の子が、その努力が実って最終的に到達した、『天才ならではの閃き』をもたらしてくれる『叡知の領域』こそが、まさしく本来中世ヨーロッパ的異世界にはあり得ない、現代日本そのままレベルの最先端の科学技術を奇跡的に与えてくれて、異世界の文化の大幅な進化を実現させることになったのです」


「へ? 閃きって……」


「ええ、あくまでも、その本好きな女の子の努力が実って、最後の最後で決定的なアイディアに閃いただけなのであり、そこで得た知識が、現代日本レベルの科学技術だっただけの話で、現実性リアリティ上、何も問題は無いのです」


「た、確かに、エジソンも言っているように、まったく新しい発明の達成を夢見て、不断の努力を重ねた者に対してのみ、天才的な閃きがもたらされることは、現実にもよくあることだし、異世界人にとっては、遙かに進歩的な現代日本レベルの技術を得てこそ、歴史を変え得る新発明を実現できるというのは、納得せざるを得ないわね」


「こうして、本作り以外にも、『NAISEI』等の実施によって、あらゆる異世界で、現代日本やそれに匹敵する高度な科学技術の普及が行われていって、結果的にスマートフォンが造り出されるまでに、文明が高度化していったわけなんですよ」


「いや、本作りや、『NAISEI』における農作物の品種改良くらいならわかるけど、少々科学技術が進化したくらいで、中世ヨーロッパや戦国時代並みの文化レベルから、一足飛びにスマホを実用化するのは無理でしょう?」


「ええ、単純に、科学技術だけだと、そうでしょうね。──ただし、忘れてもらっては困りますが、中世ヨーロッパ風異世界には、最先端の科学技術にも引けをとらない、古来よりの独自の『技術』が、ちゃんとあるではないですか? ──そう、『魔法』という名の、異世界独自の『技術』が」


「なっ、魔法、ですってえ⁉」




「魔法があれば、ハイテクな電子回路を一つも使わずに、スマホとまったく同じ働きをするガジェットを造り出すことなんて、造作も無かったりしてね。──更にはむしろ魔法であるからこそ、異世界にいながらして、現代日本のインターネットに接続したり、下手すると、生粋の異世界人を先ほど述べた『叡知の領域』に強制的にアクセスさせて、現代日本人の転生者に仕立て上げて、現代日本の最先端の科学技術等の『叡知』を、広く異世界に普及させることだって成し得るのですよ」




「『叡知の領域』とやらに、人を強制的にアクセスさせて、転生者に仕立て上げるですって⁉」




「そもそもこの『叡知の領域』とは、ユング心理学で言うところの、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の、『記憶と知識』が集まってくるとされている、いわゆる『集合的無意識』そのものであり、ありとあらゆると言うことは、当然特定の現代日本人の『記憶と知識』も存在してるわけで、生粋の異世界人にアクセスさせて、その脳みそに刷り込んでしまえば、あたかも『現代日本人としての前世の記憶』が甦ったようなものとなって、事実上『現代日本からの異世界転生者』となってしまうし、ユングが最初にこの集合的無意識について説いたのは、遙か昔のことですが、まさに現在のインターネットこそ『叡知の領域』そのものとも言えて、現代日本の科学技術と異世界の魔法技術の融合の象徴として生み出された、『量子魔導クォンタムマジックスマートフォン』であれば、集合的無意識を介して、現代日本のインターネットにだって接続できるというわけですよ」




量子魔導クォンタムマジック、スマートフォンって……」




「ええ、僕の自作内に描かれた異世界においては、すでに量子魔導クォンタムマジック技術が広く普及しており、まさにこの量子魔導クォンタムマジックスマホを使っての現代日本のインターネットへのアクセスも、普通に行われていますし。──そして何よりも、『異世界のあなた』が、この現実世界のあなたとの交信の際に使用しているのも、量子魔導クォンタムマジックスマホの類いの、通信機器と思われます」




 ──! 自作の異世界において、私自身が実体験して、現在においても悩まされ続けている、『異世界から現代日本への通信』を可能とする、量子魔導クォンタムマジックスマートフォンや量子魔導クォンタムマジック技術そのものを、登場させているですってえ⁉


 ……そうか、やはり、そういうことだったんだ。




「確かにあなたの言う通りに、Web小説家がスマホが登場する異世界系作品を作成したからこそ、実際の異世界においてもスマホが生み出されることになったのでしょう。──だったら、こうも考えられませんか? 私のところに『異世界の私自身』を名乗る人物から、世界の垣根を越えて電話がかかってくるようになったのも、そもそもそういった内容の作品を書いている、異世界系Web作家がいるからだと」




 その瞬間、趣味でWeb小説作成を行っている、しもべの少年の顔色が一変した。


「……ほう、あなたの複雑極まる個人的事情を熟知している、Web作家がいるとでもおっしゃるわけで?」


「何をおとぼけを、ちゃんといるじゃない? ほら、私のすぐ目の前に」


「──っ」




「そう、私がいつの間にか忘れて去っていた、私の中の『ふち』の部分だけを切り離して、異世界という檻の中に閉じ込めてしまったのは、現役のWeb作家にして、明石月の『語り部』である、あなたじゃないのかって言っているのよ? ──ねえ、Web小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』の、『作者』様?」

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