第184話、【GW特別編】わたくし、悪役令嬢ワリーさん、今異世界にいるの。(その3)

「──何で、おまえのほうが、生き残ったのだ」




明石あかしつき本家の娘でありながら、何の力も持たずに生まれた、出来損ないのくせに」




「だから、せめて役に立たせてやろうと、名ばかりの『次期当主候補』に据えて、数十年ぶりに授かった、待望の巫女姫様のお世話をさせていたというのに」




「──まさか、ああもあっけなく、死なせてしまうなんて」




「しかも聞くところによると、小娘の浅はかな悪戯心で、『双子の入れ替わりごっこ』なんぞをしたためというではないか」




「何たることを!」




「それなら、本来死んでいたのは、おまえのほうだったかも知れないではないか?」




「──そうだ、おまえが死ねば、良かったのだ!」




「おまえが死ねば、良かったのだ!」




「おまえが死ねば、良かったのだ!」


 ………………………………ヤメテ。


「おまえが死ねば、良かったのだ!」


 ………………………ヤメテヤメテ。


「おまえが死ねば、良かったのだ!」


 ………………ヤメテヤメテヤメテ。


「おまえが死ねば、良かったのだ!」


 ………ヤメテヤメテヤメテヤメテ。


「おまえが死ねば、良かったのだ!」


 ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ。


「おまえが死ねば、良かったのだ!」


 ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ。


「おまえが死ねば、良かったのだ!」


 ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ。




「「「──おまえが死ねば、良かったのだ!!!」」」




「──もう、やめてええええええっ!」












『──相わかった、おまえの願いを聞き届けてやろうぞ』




『もう心配はいらぬ、龍神の化身であるこの我が必ず、姉御を甦らせてやるからな』




『その代わり、おまえの身も心も、差し出してもらうがな』




『──何せそれこそが、姉御を甦らせる、唯一の「条件」なのだから』




 ……そうして私は、『一族の守り神』の皮を被った、『悪魔』と取引をして、自分の身と心を売り渡すのと引き換えに、姉である『明石月ふみ』を甦らせた。




 その途端、一族の年寄りどもは、文字通り手のひらを返すように、『私』のことを当代の『巫女姫』として、崇め奉るようになった。




 ──そう。私はやっと、『録』を取り戻すことができたのだ。




 ……だが、ただ一人だけ一族の中で、私のことを、冷ややかに見つめる者がいた。


 次代の当主の『執事』候補にして、その真のヤクワリは、『巫女姫』の忠実なるイヌ


 おそらくは、唯一彼だけは、見抜いているのだろう。




『私』がしょせん、『偽りの巫女姫』でしかないことを。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──この現実世界と、異世界を始めとする『別の可能性の世界』との間には、『時間的な前後関係』なんて、まったく無いですって⁉」




 その時、将来本家の当主となるべき私こと明石あかしつきよみの『執事見習い』である、筆頭分家の一つだけ年下の少年うえゆうが放った、驚天動地の台詞に、私は思わず我が耳を疑った。




「……いやいや、何よその暴論? そんなの、数多のWeb小説の中においても、お目にかかったことなんて無いわよ⁉」


「え? 詠お嬢様って、そんなにWeb小説を、読まれていましたっけ?」


「うっ、あ、いや……も、もちろん、たしなむ程度よ! べ、別に、あなたがどんな作品を書いているのか知りたかったから、人気のありそうなのや、サイト推薦の注目作なんかを、片っ端から読んだんじゃないからね⁉」


「何その、テンプレのツンデレ発言? ──ていうか、そんな読み方では、いつまでたっても、特定の書き手の作品には行き着きませんよ?」


「だったら、ペンネームとかの、個人が特定できる情報を教えなさいよ! ──あ、いえ、別にあなたの作品を、読みたいわけではないんだからね⁉」


「……何で、読む気もない相手に、個人情報を教えなきゃ…………ええと、そんな泣きそうな顔で、睨みつけないでくださいよ? わかりましたわかりました、『御主人様』の命令は、絶対ですからねえ。……まったく。一応ペンネームは、『明石あかしつきゆう』と名乗っております」


「──っ。明石月って、あ、あなた、本家うちに婿養子に来るつもりなの⁉」


「近い近い! 急に顔を真っ赤にして、迫ってこないでくださいよ⁉ 別に深い意味はありませんって。御本家の御家名を使わせてもらったのも、『アカシック・ユー』とか読んでもらうと、カッコいいかなあと思っただけでして」


「……けっ、なにWeb小説のペンネームなんぞで、スカしているんだよ? そんなことよりもまずは、小説の中身で勝負しろよな!」


「──急にやさぐれた! 何で⁉」


「きいいいっ、この『テンプレ鈍感主人公』が⁉ いいから話を、『本題』に戻しなさい!」


「……何だよ、自分のほうこそノリノリで、話をそらしていたくせに。──あ、いや、何でもありません! 『本題』でしたね、早速ご説明いたしましょう! ……だから、その日本刀、ちゃんと床の間に返しておいてくださいね?」


「わかればいいのよ、さあ、とっとと、話を始めなさい!」


「何て横暴なあるじ様なんだ…………まあ、いいです。結構Web小説を読んでおられるようで、むしろ話が早い。そこでお嬢様、特に異世界系の作品を読んでいる時に、疑問に思われませんでした? 『どうして現実世界と異世界との間で、いちいちんだろう?』って」


「……あー、確かに多いわね、特に現実世界と異世界とを、行ったり来たりするパターンのやつに、異世界に何日いようとも、現代日本ではほとんど時間がたっていなかったりするのって」


「そうそう、そういうやつのことです。あれって、何でだと思います?」


「……う〜ん、そうねえ、あまり異世界にばかりいたら、現実世界において、学校とか職場とかに行けなくなるし、特に異世界に行っていることを秘密にしたい場合には、周りの人たちに心配をかけないためとかじゃないかしら?」


「おおっ、なかなかいい着眼点ですね。こういったことはむしろ、素人のほうが無意識に、本質というものを突けるのかも知れませんね」


「素人って、私のことを、馬鹿にしているの?」


「誉めているのですよ。だって下手に異世界系Web小説に詳しい玄人連中に、同じ質問をしたところで、『経済効果』がどうしたとか、『体感時間』がどうしたとか、『ゲーム脳』で培ったいかにももっともらしい『的外れなこと』しか言い出さないからな。……やれやれ、いくら屁理屈を述べたところで、答えは一つだというのに」


「……答えは一つって、何のことよ、それ?」




「結局はそのほうが、実際に異世界転移や転生を行っている、『主人公』自身にとって──ひいては、『作者』自身にとって、からですよ」




「──いきなりぶっちゃけたな、おい⁉ 人のこと『ゲーム脳』とか言っておきながら、自分のほうこそもっとヤバい、『メタ思考』じゃないの⁉」


「『メタ』が駄目だというのなら、『御都合主義』と言い換えてもいいですよ? だってそういった御都合主義の『俺ルール』による、自分勝手な『時間設定』に限って、連載が長期化するにつれて、どんどんと齟齬が生じてきて、むしろ作者自身の自由闊達な創作の足かせとなり、結局はほとんどの作品において、自ら定めた『時間設定』に何らかの変更を加えることになるといった、情けない有り様こそが実情なんですよ」


「……ああ、うん、某超人気作家様の作品が、最初は『現代日本の一日が、異世界の○ヶ月に当たる』という設定だったのに、すぐに行き詰まって、設定変更を余儀なくされたのが、記憶に新しいよね」




「実はこの、『異世界の時間の流れ方』に対して、理想的な在り方を模索することこそが、懸案の『現実世界と異世界との間には、時間的な前後関係なぞ存在しない』ことを実証し、お嬢様にとっての最大の関心事である、『まったく身に覚えのない異世界転生を実行したと主張する自分自身から、この現実世界に電話がかかってくることなんてあり得るのか?』についての、最も的確な解答をもたらすことができるのですよ」




「おお、そういえば、それこそが最終目標だったわよね。そういうことなら、早速解説を始めてちょうだい!」


「……はいはい、ではまず最初に僭越ながら、まさにこれぞ決定版とも言い得る、『異世界における時間の流れ方の、全Web小説的統一ルール』を設けて差し上げようと思うのですが、それは何よりも、誰もが認める文字通りの『唯一のルール』とも呼び得るものであり、これに従うことによってこそ、絶対にただの一人も『損をすることの無い』、真に理想的な『ガイドライン』にすべきでしょう」


「『損をすることの無い』とは、具体的には、どういうことよ?」


「もちろん、『損をしない』ということは『得をする』ということであり、このルールに従えば、すべてのWeb作家さんのリクエストに応えられるってわけですよ」


「はあ? 異世界の時間の流れ方における、各作家さんの『俺ルール』が千差万別だからカオスと化しているのに、すべてのリクエストに応えられるですってえ⁉」




「そもそもがさっきも述べたように、下手に余計な『自分だけの特別ルール』を作るから失敗するんです。何せこの現実世界には物理法則──特に、『質量保存の法則』ってのがあるんだから、タイムトラベルや異世界転などはけして為し得ず、Web小説やラノベやSF小説等にあるように、生きた人間が物理的に肉体丸ごと、二つの世界の間を移動するなんてことは、絶対に不可能なのにねえ……。唯一、精神的転移というか、ぶっちゃけると、『生粋の異世界人が、ただ単に自分を現代日本人の生まれ変わりだとに過ぎない』ようなものである、異世界転のみが、あくまでも『可能性の上の話』とはいえ、実現し得るわけなのですよ」




「──いやああああああああああああ、やめてえ! 祐記ったら、何てこと言うのよ⁉ 今この瞬間に、どれだけの数のWeb小説関係者を、敵に回したと思っているの⁉」


「はいはい、ちょっとは落ち着いてくださいよ。──だったら、『精神的移動』限定とはいえ、二つの世界間を移動する際に、誰もが納得できて、しかも誰のリクエストにも完璧に応え得る、まさしく真に理想的な『統一ルールの決定版』を、ここで披露して差し上げようではありませんか」


「……ようやく本題に戻ったわね。それで、本当に、『誰のリクエストにも完璧に応え得る』なんてことが、実現可能なわけ?」




「簡単なことですよ、異世界転生系のWeb小説において、異世界への移動だろうが、現代日本への移動だろうが、どちらにせよ、移動する者が好きのように、どのような時点──『現代日本への帰還』の場合であれば、異世界へと旅立った連載開始時点どころか、それ以前の【書籍版書き下ろしの過去編】にしか登場しない時点にさえも、自由自在に戻ることができるし、これも人気作における予定外の【第二部】のスタート時点によくあるパターンだけど、再び異世界を訪れる場合も、前に異世界を後にした時点どころか、『一回目の異世界での到着時点』よりも過去の時点に到着して、誰も主人公のことを知らない状況で、また一から『異世界物語』を紡いでいくことすらできるようにすればいいのですよ」




「──いやいや、確かにそのように『どんな時点へも移動可能』だったら、すべてのWeb小説のリクエストを完全にクリアすることができるでしょうけど、そもそもそんなこと、絶対不可能でしょうが? 何も『特殊なルール』を設けていない場合には、現代日本で10年がたっていたら、異世界だって10年がたっているはずなんだから!」


「はあ? お嬢様こそ、何言っているのです? そんなこと、いつ誰がどこで決めたのですか?」


「えっ? い、いや、別に誰かが決める必要も無く、こんなこと常識でしょうが?」




「……やれやれ、そもそも『異世界転生』という、非常識極まるものの話をしているのに、常識なんて通用するわけ無いでしょう?」




「──‼」




「わかりやすい例を挙げると、さっきは僕自身全否定したけど、もしも『過去へのタイムトラベル』が実現したとしましょう、お嬢様の理論だったら、一回『5年前の過去』に行ってしまったら、過去の世界においても現代世界に合わせて、同じだけ時間が経過していくことになって(⁉)、もう『5年前の過去』よりも過去の世界に行けなくなってしまうけど、そんなんじゃタイムマシンとしては『欠陥品』でしかないでしょう? 異世界だって同じことですよ。もしもタイムトラベルや異世界転生などといった、常識の埒外のようなことが為し得るのなら、移動する時点を限定することなく、どの時点へも自由自在に行けなければならないのですからね」




「……だから、何でそんなにわかには信じがたいとんでもないことを、実現できるわけなのよ?」




「──実はですねえ、そもそも世界というものは、現代日本とか異世界とかにかかわらず、そのすべてが『一瞬のみの時点』でしかなく、しかもその時点は最初からすべてが存在していると同時に、途中で改変されたり消えたりせず、未来永劫存在し続けているので、異世界転生するにしろタイムトラベルするにしろ、それらを為し終えて現代日本に帰還するにしろ、いかなる時点であろうと、自由自在に選べるってわけなんですよ」




「なっ⁉ あらゆる世界が、『一瞬のみの時点』に過ぎないですって⁉ …………あれ? なんかそれって、ついさっき詳しく聞かされた、『極論すれば世界とは、「ひらがな50音」によって構成されているようなものであり、その構成要素モチーフのすべてが、歴史の開闢時点から存在しているのだ』という話と、何だか似ているわね?」


「そうそう、これこそがまさにその論説の、基本的理論に当たるわけ。本来ならここで、量子論や集合的無意識論に則って、蘊蓄をくどくどと述べるところなんですけど、そんなの聞かされても、お嬢様としてもうんざりなされるだけでしょうから、今回は特別に、みんなの大好きな『ギャルゲ』を例に挙げて、簡潔明瞭に説明していくことにいたしましょう」


「──は? ギャルゲ、ですって?」




「ギャルゲって、いわゆる『選択肢』ごとに、シナリオが分岐していきますよね? 実はこれぞ現実の世界における、異世界転生やタイムトラベルの実現を隠喩メタファしているようなものなのであって、当然ゲームのプログラムの中には、分岐シナリオが最初から存在して、途中で消えたりはしませんし、この選択肢と選択肢との間隔を極限まで『0』に近づければ、一瞬のみの分岐シナリオが、無数に存在することになるでしょう? それにほら、ゲームを題材にしたラノベとかで良く言うではないですか、『現実世界とは、無限の選択肢が、一瞬ごとに存在しており、我々「プレイヤー」は、何の攻略情報も無しに、常にぶっつけ本番で挑まなければならない、最低のクソゲーなのだ』って」




「……ああ、なるほど、選択肢によって選ばれた分岐シナリオを、異世界転生後の冒険物語等と捉えると、確かに異世界転生って、ギャルゲそのものだわ。そしてそんな選択肢が現実世界において本当に存在し得るのなら──そもそも異世界転生が実現できるとしたら、まさにその選択肢=世界の『分岐点』が存在するのを認めることになるわけだけど──、ギャルゲのように数を限る必要も無く、私たちはいついかなる時でも、異世界転生やタイムトラベルを為し得るわけで、そのためには、分岐シナリオの長さ──つまり、まさしく『世界の長さ』は、『一瞬のみの時点』ではないと、いけなくなるってわけね? ──それで、『すべての時点は最初から存在していて、けして改変されたり消失したりすることなく、未来永劫すべて存在し続ける』のほうは、どうなのよ? これだと、いわゆるWeb小説やラノベ的な、『世界の改変』イベントが不可能になるのでは?」




「できますとも、分子が原子の結合の仕方によって、まったく別の分子になるかのごとく、──あるいは、お嬢様が先ほど例に挙げたように、同じ食材を使ってもレシピを変えるだけでまったく違う料理になるかのごとく、ギャルゲ(=現実の世界)においても、勝手にプログラムを改変するまでもなく、ただ単に各選択肢における選択の組み合わせを変えていけば、当然それによってたどることになる分岐シナリオの組み合わせのほうも、自ずと変わってくるって次第なんですよ」




「『世界の改変とは、けして世界そのもの──ギャルゲで言うところのプログラムそのもの──を変質させるものではなく、実はただ単に、ギャルゲの各分岐点において、選択する選択肢の組み合わせを変えて、その後たどる分岐シナリオ──イコール「一瞬の時点としての世界」──のことに過ぎない』って、これってひょっとしてこの瞬間に、『異世界系Web小説』のみならず、『タイムトラベル小説』の概念そのものを、根底から覆してしまったんじゃないの⁉」




「まあね。──いや、本当だったら、もっと本格的に量子論や集合的無意識論に則って、論理的に証明すべきなんでしょうが、とにかく今回においては、この『世界というものは一瞬のみの時点でしかない』理論に則れば、『どんな世界のどんな時点へも自由自在にアクセスし放題になる』と言うことだけを、ご理解していただけば十分ですよ」




「──‼ どんな世界のどんな時点へも、自由自在にアクセスし放題って⁉」




「そう、まさしく、お嬢様が実際に異世界転生なされる時点に関係なく──いや、極論すれば、異世界転生自体をするか否かにもかかわらず、無限の可能性の上では、現に異世界にいてもおかしくはない『もう一人のお嬢様』──すなわち、『異世界転生をすでに果たしている、別の可能性のお嬢様』から、時間の前後関係を無視して、この現実世界へと電話等がかかってくる可能性も、けして否定できなくなるわけですよ」

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