第183話、【GW特別編】わたくし、悪役令嬢ワリーさん、今異世界にいるの。(その2)

 それからも、折に触れて幾たびとなく、異世界から私の『生まれ変わり』──すなわち、将来その世界において『異世界転生』することになる『私自身』から、集合的無意識をベースにした量子魔導クォンタムマジックネットワークを介して、電話がかかってくるようになった。


 そのたびに、愛用のマットブラックのスマートフォンのモニターに表示される、『彼女』の姿は、年齢が十歳ほどという幼さ以外は、確かに私にそっくりではあったが、日本人離れした──というかむしろ、、銀白色の髪の毛に金色の瞳であるところは、私よりも姉のふみのほうを彷彿とさせた。




 ──そう、、この世の誰よりも愛しく、この世の誰よりも憎かった、双子の姉を。




 そんな『彼女』が、今夜もいつものように、スマートフォンのスピーカー越しに、私とまったく同じ声音で、ささやきかけてくる。




『──気をつけて』


 ……何に、気をつけろと言うの?


『私は、あなた、ということよ』


 はあ?


『だって私は、この異世界の中に閉じ込められてしまった、あなた自身なのですもの』


 な、何ですって⁉


『あなたもぼやぼやしていたら、そのうちに、小説の中に──異世界転生を描いたWeb小説の世界の中に、閉じ込められてしまうわよ?」


 小説の世界の中に閉じ込めるって、一体どこの誰が、そんなことができるというのよ⁉


『もちろん、「作者」に、決まっているじゃないの?』


 え。




『──そう、あなたもようくご存じの、Web小説「わたくし、悪役令嬢ですの!」の作者である、「あの人」よ』




 ──っ。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……はあ? 『異世界転生した自分自身から電話がかかってくる』なんて、『異世界大好き♡』なWeb小説においてもほとんど見かけたことのない大椿事が、現実にあり得るか──ですって?」




 おのあるじと仰ぐ『御本家のお嬢様』から、いきなり思いも寄らない問いかけをされたために、驚きの表情を隠せないでいる、一つだけ年下の筆頭分家の少年──その名も、うえゆう




「……あは、あはははは、そう、そうなのよ、そんな馬鹿げたことを言い張っている、イタズラ電話が、このところひっきりなしにかかってきちゃって、迷惑しているの。──ほんと、そもそも異世界なんて存在するはずもないのに、よりによって、『異世界転生した私自身』だなんて、何を中二病的電波そのままなたわ言をほざいているんだって、感じよねえ」


 自分でも『馬鹿げたこと』を言ってしまった感が半端なく、恥ずかしさのあまりついごまかすようなことを言えば、予想外な返事を返してくる、下手したら女の子にすら見える、小柄で中性的な、どこか陰りのある美少年。




「──いえ、十分、あり得ますけど?」




 ………………………は?




「ちょっと、何馬鹿なことを言っているのよ⁉ 異世界が存在しているとか、異世界に転生するとかいったことは、あなた自身も得意とするところの、Web小説なんかの創作物フィクションの中だけの話でしょうが⁉」


「うん、そうだね、本来だったら、現在Web小説界隈で流行っている、『異世界転生してチート能力で無双する俺TUEEE物語』なんて、あくまでも創作物フィクションに過ぎないでしょう。──しかし逆に言えば、そういった小説が創作されたからこそ、それと異世界が、存在することになったのも、また事実なんですよ」


「なっ、小説に書くだけで、それとそっくりそのままの世界が、存在するようになるですってえ⁉」


「しかも何と、いったん確認されたのなら、その世界は、それに該当する小説が作成された時点に関わりなく、『最初から存在していた』ことになるのです」


「……最初から、って?」


「う〜ん、あえてわかりやすくオーバーに言えば、人類の文明の発祥の時点か、いっそのことこの世界そのものの歴史の開闢の時点か──って感じですかねえ」


「いや、そもそもその時点には、小説なんか存在していないでしょうが⁉」


「だから、小説にが存在していたと、言っているわけで、小説自体が存在しているか否かは関係無いんですよ。しかも明確に存在していると言っているのではなく、『存在しているかも知れない』と言っているだけですしね」


「──うがあーっ! あんたが何言っているのか、全然わけがわかんないわ! だから何なのよその、『存在している可能性があり得る』ってのは? 存在しているのかいないのか、はっきりしなさいよ!」


「……いいでしょう、ものすごくわかりやすく説明するために、話を極限までシンプル化すると、イギリスやアメリカにおける『英文学』が、基本的に『アルファベット26文字』によって成り立っていて、その組み合わせ次第であらゆる作品を生み出すことができるように、世界というものが、基本的に『ひらがな50音』によって成り立っていて、その組み合わせ次第で、現在のこの現実世界のみならず、過去や未来の世界や異世界やいわゆる並行世界パラレルワールドをも含めて、ありとあらゆる世界が象られることにしましょう。──つまり、世界の基本パーツである『ひらがな50音』さえあれば、その組み合わせによって、いかなる世界でも生み出される可能性が生じることになるわけで、まさにこのことこそが、『あらゆる世界が歴史の始原から存在する可能性があり得る』と言うことなのですよ」


「……それってひょっとして、ありとあらゆる古今東西の──と言うか、この場合においては未来のまったく未知のものも含めて、文字通り『すべての食材』が最初から用意されていて、後は料理人が適当なレシピに従って調理すれば、ありとあらゆる料理を作成できるようなものなわけ?」


「そうそう、その通りです! いやあ、非常にいい例えですねえ。この場合『料理人』が、先ほど申しました、異世界系作品を生み出しているWeb作家さんのような、『小説家』に当たるわけなのです」


「ふむ、なるほどなるほど」


「言うなれば、まさにその料理人が彼自身が編み出した独自のレシピで、これまで誰も味わったことのない料理を創ったとして、それが大好評を博して、それ以降世界中に広く普及していった場合においては、まさに食材という『料理の可能性』に過ぎなかったものを、明確な形を与えることによって、世界中の誰もが知り得る不変の存在にしたわけですが、これと同じように、Web小説家が異世界系の作品を一つ作成するごとに、ただの『世界の可能性』に過ぎなかった『ひらがな50音』に、『意味のある組み合わせレシピ』を与えることになり、そういった世界が現実に存在し得ることを、世界中の人々に知らしめることになるわけなのですよ」


「あー、なるほど。『無限の可能性としての世界』とは、無限に用意されている食材のようなもので、実際にWeb小説等の『レシピ』によって調理されて、いったん完成された『料理』なってしまえば、誰もが知るところになり、同じように『ひらがな50音』という食材によって構成されている本物の世界においても、当該小説と同じ『ひらがな』の組み合わせの世界が実際に存在しても、何もおかしくは無くなるというわけかあ」


「そうなんです、実はこれって、現代物理学の根幹を為す量子論において、特に『多世界解釈』で言うところの、『世界というものは観測された初めて本物の世界となり得る』という、いかにも抽象的で難解な論説を、わかりやすく説明し直してあげたようなものでもあるんですよ」


「ああ、これってまさしく、例の『箱の中に閉じ込められた猫が毒ガスで死んだかどうかは、実際に観測されるまでは、「すでに死んでいる猫」と「いまだ奇跡的に生き続けている猫」との両方がものの、実際に「生き続けている猫」が観測された途端に、「生きている猫」存在していたことになる』という、かの有名な『シュレディンガーの猫』の思考実験そのまんまですものね」


「おお、よくご存じでしたね、感心感心」


「む、何よ、その上から目線は? しもべのくせに、生意気な。それにあなた、まだ肝心な点については、まったく話していないわよ? 私が本当に聞きたいのは、『異世界転生した自分自身から電話がかかってくるようなことが、現実にあり得るか?』なのですからね!」


「ええ、もちろん。今までのは、必要不可欠な基礎理論について、語ってきただけなのですから。──そこで、質問です。もしかしたらお嬢様は、突然電話をかけてきた、『異世界転生した自分自身』のことを、『未来の自分』だと思われているのではないですか?」


「えっ、あ、ああ、まあそうね。少なくとも現時点においては、私自身には異世界転生なんてしでかした覚えはまったく無いのだから、もし仮に万が一の可能性のもとで、私が異世界転生するとしたら、当然それは未来の話と言うことになるでしょうね」


「……うう〜ん、それがですねえ、電話をかけてきたという、自称『異世界のあなた自身』さんは、『未来のあなた』と言うよりも、『のあなた』とでも呼ぶべき存在なのですよ」


 まあた出たよ、『可能性』。あんた好きだねえ、『可能性』というキーワード。


「……何よその、『別の可能性の私』って? どうして『未来の私』では、駄目なのよ?」




「駄目ですね、何せ『異世界のあなた』は、ここにこうしておられる『現時点のあなた』にとって、別に『未来の存在』というわけではないのですから」




 ……へ、何で?




「それというのも、この現実世界と、異世界等の『別の可能性の世界』との間には、『時間的な前後関係』なんて、まったく存在し得ないのですよ」




 ──なっ、何ですってえ⁉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る