第182話、【GW特別編】わたくし、悪役令嬢ワリーさん、今異世界にいるの。(その1)

『──もしもし、わたくし、「魔法令嬢、ちょい悪シスターズ」の、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナと申す者ですわ。今、異世界にいますの』




 ………………………は?




 その時私は、愛用のマットブラックのスマートフォンを握りしめながら、あたかも地球が静止したかのように、硬直してしまった。




「……よみお嬢様、いかがなされました?」


 すかさずすぐ側から聞こえてくる、いかにもこちらを案じるかのようなこわ



 それは、一応は『御本家のお嬢様』ゆえに、次期当主候補に該当する、私こと明石あかしつき詠に仕えることになる、一つだけ年下の筆頭分家の跡取り息子の、うえゆうであった。


 何せ、今回のゴールデンウィークは、何と学校が十日も休める長期連休のゆえに、この明石月本家へと、私のための将来の『執事』としての、修行に来ていたのだ。


「ああ、大したことじゃないわ、ただのイタズラ電話よ。なんか幼い女の子の声で、『あたし、悪いワリーさん』とか、『今、異世界にいるの』とか、おかしなこと言ってねえ」


 その瞬間目の前の、女の子と見紛うばかりの、華奢で中性的な美少年の顔色が、一変した。


「『メリーさん』なのか? 『メリーさん』が異世界から、電話をかけてきたのか⁉」


「ちょっ、何興奮して、人のスマホを奪い取ろうとしているのよ⁉ もう通話は切ってしまったわよ!」


「そ、そんなあ〜」


 本気で残念そうな表情で、その場に力なく崩れ落ちる遠縁の少年。


 こいつ、御主人様を前に、何て失礼な! 奴隷イヌとしての自覚が足りないんじゃないの⁉


 ……これは少々、調教おしおきをする必要がありそうねえ。


「ひっ、何ですか、お嬢様? そんなドSな『女王様』みたいな、目つきをして⁉」


「誰が、『ドSな女王様』よ⁉ それよりあんたこそ、『メリーさん』が、どうしたって言うの? それってかの有名な、『次から次に電話をかけてくる、女の子の都市伝説』のことでしょう? それが何で、異世界なんかにいたりするのよ?」


「え、知りません? 最近の『某業界』においては、『メリーさん』が、異世界とかヨハネスブルグに行ったりするのが、トレンドなんですよ?」


「──どこの業界の話よ、それって⁉」


 そういえばこの子、趣味と実益を兼ねて、『Web小説』とか言うのを、作成していたっけ。


「ねえっ、ねえっ、今度かかってきたら、僕にも聞かせてくださいね⁉」


「何でそんなに異様なまでに、食いついてくるの? あなたのその『メリーさん熱』は、一体何? ──ていうか、しょせんはイタズラ電話なんだから、もう二度とは…………って、あれ?」


 まるで見計らったかのように、再び振動し始める、手のうちのスマホ。


「……もしもし」


『もしもし、わたくし、アルー=サン』


「おい、てめえ、さっきは『アルテミス』とか、言っていただろうが⁉」


 何でいきなり、某『ネオサ○タマ』の住人みたいな、口調になっているのよ⁉


「あなた、今度は『今、駅前にいるの』とか何とか言って、徐々にこっちに近づいてきて、私のことを怖がらせようとしているんでしょう? そんなまどろっこしいことを言ってないで、直接こっちに来なさいよ⁉」


『……うわあ、それ言っちゃおしまいでしょう? 都市伝説に対して、何という「掟破り」な』


「何で、都市伝説のあんたのほうが、さもあきれ果てたかのような声を出しているのよ⁉」


『それは誤解ですわ、わたくしは「都市伝説のメリーさん」なんかではないし、そもそも先ほども申しましたように、現在異世界におりますので、そちらに伺うことはできませんから』


「は? 異世界にいると言うことは、前に異世界転生だか転移をしたからこそ、そこにいるんでしょう? だったらもう一回同じことをやって、こっちに戻ってくればいいじゃないの?」


『いいえ、それは絶対に、不可能なのです』


「どうして?」


『なぜなら、そちらの世界には、もうわたくしの身体は無いからです』


「──っ」


 そうだ、私ったら、何を当たり前のことを訊いていたんだろう。


 異世界において、『転生』──つまりは『生まれ変わった』と言うことは、こっちの世界において、『死んだ』と言うことではないか。


 ……いや、ちょっと待って。


 この子が、『メリーさん』のように、『電話をかけてくる都市伝説』では無いとしたら、そもそもどうして私なんかに、電話をかけてきたの?


 まさか、まさか──


「……ちょっと、お伺いしたいんだけど、あなたの髪と瞳の色を、教えてくれないかしら?」




『何を今更、月の雫のごとき銀白色の髪の毛と、夜空の満月そのままの黄金きん色の瞳よ。──あなたも、ようくご存じのようにね』




 ──‼ まさか、ふみ




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……ふう」




 毎回風呂上がりには、脱衣場の壁に掛けられている、大きな姿見に、自分の裸身を映し出すのを、日課にしていた。




 ──とは言っても、私は別に、重度の『ナルシスト』というわけでは無い。




 あえて生まれたままの姿の自分の中に、『もう一人の自分』の姿を、探り出そうとしているだけなのだ。




 鏡の中でいかにも所在なさそうに立ちつくしているのは、いまだ水滴も拭き取られていない、すべらかなる白磁の素肌のすべてをさらけ出した、年の頃十六、七歳ほどの、すでに女として熟し始めた、華奢ながらも出るところは出ているあでやかなる肢体。


 しかし、我ながら端整なる小顔を縁取っている絹糸みたいな長い髪の毛も、宝玉のごとく煌めく瞳も、夜の闇を凝らせたかのような漆黒であることが、自分と瓜二つの少女との差異を、まざまざと思い知らせていた。


 それでもあの分家の少年が、時たまいかにも切なそうな眼差しをして、私の中に『彼女』の姿を見つけ出そうとしているのを、痛いほど感じさせられていたのである。




 ……ああ、同じ双子だというのに、どうしてこうも違うのだろうか?


 私にも、『巫女姫』としての、超常の力さえあれば。




 ──もしも私も『彼女』と同じ、髪と瞳を手に入れることができれば、『彼』も私のことを、心から受け容れてくれるだろうか?




 そんな、あまりに益体もないことを、胸中でつぶやいた、


 ──まさに、その刹那であった。


「何よ、こんな時に……」


 着替えのパジャマの上に置いていた、愛用のマットブラックのスマートフォンから聞こえてくる、着信の合図の振動音。


「……もしもし」


 いかにも面倒臭そうに、音声通話のスイッチをタップした途端、


 私は、、疑った。


 そう、今度の『異世界からの通信』は、何と画像付きだったのだ。


 まさしく鏡を見るかのように、自分と瓜二つの小顔を表示する、スマホのモニター画面。




 ただし、その少女は間違いなく、銀の髪と金の瞳を、していたのである。




「……あなた……本当に……ふみ……だったの?」




 我知らずに、瞳に涙が、あふれ出てきた。




 ──良かった。


 本当に、良かった。


 たとえ異世界であろうと、録が生きていてくれて。


 今再び、相まみえることができて。




 しかし、画面の中の、真珠のごときつややかな唇が発したのは、驚天動地の言の葉であったのだ。




『──いいえ、私はけして、明石あかしつき録では無いわ』




 ………………………は?


「ちょっ、今更何を言い出すのよ⁉ そんなに録にそっくりで、しかもすでに、こっちの世界で死んでいるとか、自分で言っていた癖に! ──だったらあなたは、誰の転生体だと言うのよ⁉」


 ………………まさか、偶然にも録にそっくりだった、私たちの遠い御先祖様の生まれ変わりとか、言い出すつもりじゃないでしょうね?


 いやまあ、それも十分、あり得るとは思うけど。


 しかし『彼女』から返ってきた答えは、私を更なる混乱の坩堝へと陥れるものであった。




『……何をおっしゃっているのです、「あなた」ですよ?』


「へ? 私って、何が?」




『だから私は、他ならぬあなたご自身の、こちらの世界における「生まれ変わり」だと、申し上げているのですよ、明石月よみさん?』




──‼

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