第167話、わたくし、いくら『魔法少女モノ』とはいえ、この展開はどうかと思いますの。

「──今日は皆さんに、新しいお友だちを、ご紹介いたしまーす♡」


ほんるいナギサです、どうぞよろしくお願いいたします」


 朝のHRホームルームに少しばかり遅れてやって来た、わたくしたち五年D組の担任のミサト先生は、何と文字通りの『サプライズ』を伴っていた。




『『『………………………………………青髪?』』』




 童顔で小柄で下手したら中学生にも見えることで、(一部の手遅れな属性の)生徒たちに大人気なミサト先生の横に並べば、むしろお姉さんにも見えなくもない、いかにも大人びた長身をおしゃれなセーラーカラーのワンピース型の制服に包み込み、彫りが深く異様に整った顔を覆うハーフリムの眼鏡の奥で、神秘的な紫色の瞳を輝かせているその少女は、あろうことか、腰元まで流れ落ちているストレートヘアが、まるでどこかのアニメか何かから抜け出してきたような、紺碧の大海原を思い起こさせるまでに真っ青だったのだ。


 ……ええー、アニメとか漫画とかゲーム以外で、こんな髪の色ってアリなの⁉


 そのように、自分では至極真っ当な感想を思い浮かべているつもりであったが、他の人に知られてしまえば、「おまえが言うな⁉」と叱責を受けそうな、あたかも月の雫のごとき銀白色の長い髪と、まるで夜空の満月そのままの黄金きん色の瞳でお馴染みの、わたくしことアルテミス=ツクヨミ=セレルーナであった。


 その第一印象はクラスメイトのほとんど全員にとっても同様だったようで、みんなが唖然としているうちに、本塁田さんの転校の理由とか家族構成とかその他差し障りのない自己紹介が、無事に終了してしまっていた。

「──それでは本塁田さんの席は、窓際の最後列の空いた席ですので、どうぞ着席してください…………って、あの、本塁田さん?」

 先生の言葉を最後まで聞くことなく、勝手に歩き始めた転校生が向かったのは、窓際のほうではなく、むしろ教室の中央──つまりは、まさしくわたくしが座っているほうであった。


 ………………………………………あれ?


 気がつけば、転校生の少女が、わたくしのすぐ目の前で、たたずんでいた。




 ──静かな森の奥にひっそりと湛えられた、深い湖面を映し出したかのような、紫紺の瞳を涙に潤ませながら。




「……アルテミス、良かった、また会えた──」




「へ?………………………って、ちょ、ちょっと、本塁田さん⁉」




 思わぬ事態にすっかり呆けていたわたくしの手を取り、無理やり立たせたかと思ったら、力強く抱きすくめて、耳元に意味不明な言葉をささやきかけてくる、謎の転校生。


「「「おおーっ! だいたーん♡」」」


 無責任にはやし立てる、クラスメイトたち(&ミサト先生)。


「あ、あの、本塁田さん? いきなり、どうしたの。それに何で、わたくしの名前を?」


「嫌っ、私のことは、『ナギサ』か『むらん』って、呼んで。──あの頃みたいに!」


 あの頃って、どの頃やねん? そして、何で『むらん』やねん?


 相変わらず大人びた超弩級の美少女から抱きしめられたまま、完全にテンパってしまい、なぜか心の中で関西弁でツッコミ始める、見かけ西洋人形風少女。


「『むらん』……そうか、本塁田ならぬ本塁打やから、『ホームラン』と言うことか⁉」

 言語能力に異状をきたしてしまったわたくしの心中を代弁をするかのように、本家『エセ関西弁少女』を始めとして、女の子ばかりのクラスメイトたちが、口々にはやし立てていく。


「だったら、むしろ、ほむr──むぐうっ⁉」


「それは言ってはならない」


「しかし、会っていきなり、『あつあつ』かつ『ゆりゆり』ねえ♡」(ミサト先生談)


「……先生殿は、ほんと、こういった展開に、目が無いですね?」


「ていうか、担任として、止めなくていいんですかあ?」


「ところであの二人、以前からのお知り合いなのでしょうか?」


「う〜ん、どうだろう? 少なくともアルちゃんのほうは、面識が無かったようだけど」


「何言っているの、タチコさんにメアさん、これはきっと、『アレ』に決まっていますわ!」


「「へ? アレって?」」


「もうっ、わかんないかなあ?」


「ループだかタイムリープだか定かではないけど、きっと本塁田さんは、『別の時間軸』から来られているのよ!」


「そうそう、最近じゃ、この手の二番煎じや三番煎じの、『魔法少女』系Web小説においては、『鉄板』ですからねえ!」




「「「「「はあ? 『別の時間軸』って⁉」」」」」




 これにはとても驚きを隠すことはできず、わたくしを始めとする、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のメンバー全員揃って、大声を上げてしまう。


「──いやいやいや、それはいくら何でも、マズいだろうが⁉ ──何というか、メタ的にはもちろん、オリジナリティ的にも!」


 当然のごとくダメ出しをする、クラス一の常識人のヨウコちゃん。


「おや、リーダーはん、もしかして、ジェラっておるん?」


「む、何を言い出すのだ、ユー?」


「そういえばそうよね、せっかく黒髪ロングで副主役ヒロイン的立場にいるというのに、これじゃ完全に『お株』を奪われたようなものじゃん」


「メアまで、一体何のことなんだ? お株を奪われたって……」


「……哀れね、アルテミスさんに対して、あんなに盛大にカミングアウトをした後で、まんまとポッと出に盗られてしまうなんて」


「おいっ、タチコ! だからあれは、お芝居だったと、何度も言っているではないか⁉」


 そのように、メンバーたちからいいようにいじくられるごとに、冗談の通じない堅物のヨウコちゃんがムキになって、マジレスを繰り返していたところ、




「──そう、ヨウコさんは、この時間軸においても、私の邪魔をするおつもりなのね?」




 いきなり教室内に鳴り響く、涼やかながらどこか冷たい声音。


 それはようやくわたくしの抱擁を解いてくれた、転校生の少女の、花の蕾のような可憐な唇から発せられたものであった。


「え、いや、私は別に、貴殿の邪魔なんて…………ていうか、その『別の時間軸』ネタ、いつまで続けるつもりなんだ?」


「ふふ、さすがはヨウコね、相変わらず聡いこと」


「……えー、何でいきなり馴れ馴れしく、呼び捨てになっているのおー?」


 もはや完全にうんざりとなり、力なく突っ込む我らがリーダーに対して、ますます『独演会』のボルテージを上げていく、(いろいろな意味で)『危ない転校生』。




「そうよね、あくまでも『この時間軸の住人』に過ぎないあなたたちに、私の『記憶』が無いのも当然よね。──でも、すぐにあげるわ、私とアルテミスとが、どんなに愛し合っていたかを。この『追憶ノスタルジィの魔法令嬢』である、私自身の手によってね!」




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──ちょっと、メイあなた、今度は何を企んでいるのよ⁉」




 呼び出された医務室へと顔を出した途端、いきなりそこのぬしである白衣美人の保険医から突き付けられた、辛辣なる台詞。


 しかし今度ばかりは思い当たる節の無い私は、訝しげに問い返す。


「何ですか、出会い頭に唐突に、ミルク殿?」


「またとぼけるつもり? 聞いたわよ、アルちゃんのクラスに、いろいろとやっかいなの、転校生がやって来たって!」


「……ああー、確かに、そのようなシナリオルートも、ありましたっけねえ」


「シナリオルートって、これって『作者』である、あなたの差し金じゃないの?」


「だから皆さん、そこのところを誤解なさっているんですよねえ……。別に『作者』と言っても私は『内なる神インナー・ライター』なんだから、自ら小説にしたためたものが、何でも実現するわけじゃないんですよ?」


「えっ、異世界最強のチートスキルとも言われている、『作者』の力って、実はそんなものなの?」


「ええ、あくまでもすでに構築されている『現状』に対して、人の『記憶や知識』を書き換えることによって、世界のある一定範囲に、『精神的改変』を施せるだけですよ」


「で、でも、現在の『魔法少女アニメ』そのものの、各種『舞台設定』は、元々あなたが考案したものなんでしょう?」


「『内なる神インナー・ライター』である私自ら考案したところで、そのまま何から何まで物理的に実現できるわけじゃないから、こうして夢魔サキュバスであるあなたや、本来敵対関係にある聖レーン転生教団の力を、お借りしているわけじゃないですか?」


「……あっ、そういえば、そうかあ」


「むしろ『夢の中』限定とはいえ、思い通りに世界を構築できる、あなたの夢魔サキュバスとしての力のほうが、よほど万能とも言えるでしょうよ」


「とはいえ、あらかた未来の展開を予測していないと、あなたの言う『精神的改変』だってできないんじゃないの?」


「そういった情報なら、それこそ夢の中なんかで、無数に見ることができるんですよ。ただし文字通り無数に見えるものだから、一つに絞ることができず、確定的な未来を予測することなんか、絶対に無理ですけどね」


「……それでも、おぼろげには知っていたんでしょう? あの転校生がやって来ること自体は」


「あくまでも、『有力な未来』のの、『いくつか』の中に入っていただけですけどね」


「……だったら、あの子が一体何を目的に転校してきたかは、予測不可能ってことか」


「いえ、そのことなら、わかっていますけど?」


「──何で? 現実世界における未来のシナリオ候補は無限にあるのだから、一つに絞りきることはできないんじゃなかったの⁉」


「あの子が本当のところは、先天的に『魔法令嬢』なのか、後天的に何らかの異能を授かったのかは、定かではありませんが、超常の力を持っている者の願いなんて、結局のところ『一つ』じゃないですか?」


「──っ。それって、まさか⁉」




「そう。『超常なる自分の確実な成功や勝利』ですよ。だからこそあの子は、『絶対に的中する』とまで言われている、真に理想的な未来予測の力を秘めている、『の巫女姫』であるアルテミスお嬢様を、籠絡して意のままにすることによって、彼女の力を何らかの手段で奪い取り、自分のものにしようとしているのです」

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