第166話、わたくし、魔法少女の使い魔が『すべての黒幕』というオチは、今時どうかと思いますの。
「──ごめんなさいね、こんな格好のままで」
例の『鏡の悪役令嬢』の事件が終結してから、約一週間後の休日の昼下がり。
我ら『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のメンバーのみで貸切状態の、寄宿舎のラウンジのソファにて一人横になっている、『
──薄緑色の清楚なワンピースに包み込まれた、小柄で華奢な肢体が、以前よりも幾分か痩せ細って見えるのが、なんとも痛々しかった。
そして、いつもの快活さはどこへやら、月の雫のごとき長い銀白色の髪の毛に縁取られた、人形そのままの端整な小顔の中で、どこか不安げに揺れている
そんな弱々しい彼女の姿を見ていられなくなった、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』リーダーにして『九尾の魔法令嬢』である、私ことヨウコ=タマモ=クミホ=メツボシは、慌てて取りなすように口を開いた。
「別に気にする必要は無いぞ? おまえはまだ、病み上がりの状態なんだからな」
「──そうや、リーダーはんの言う通りや、ちゃんと養生せいや」
すかさず同意を示してくれたのは、エセ関西弁もすっかりお馴染みの、チームのムードメーカーである、『現代兵器の魔法令嬢』こと、ユーディ=ド=ベンジャミン。
「うんうん、鏡の世界の中に何日も閉じ込められるなんて、とんでもない目に遭ったんだから、身体をいたわらなきゃね」
紅茶のカップを片手にしたり顔で頷いているのは、『
そして──
「……このたびは本当に、母がご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ございません」
そう言って悲痛なる表情で深々と頭を下げたのは、『白魔術の魔法令嬢』こと、タチコ=キネンシス。
──そう、今回の事件における諸悪の根源『鏡の悪役令嬢』は、何と彼女の実の母親であったのだ。
「……タチコちゃん」
その一方で、謝罪の言葉を受けたほうも、ただひたすら複雑な表情を見せるばかりであった。
──無理もない。
彼女の母親を──つまりは、『鏡の悪役令嬢』を、文字通り消滅させてしまったのは他でもなく、アルテミスの『魔法令嬢』としての使い魔兼専属メイドにして、その真の姿は東洋の神話上の聖獣たる『開明獣』である、メイ=アカシャ=ドーマンであったのだから。
「──失礼いたします」
『噂をすれば影』とは、まさにこのことか。
ラウンジの入り口から、お茶のおかわりや新たなスイーツを載せた手押し車を伴って現れたのは、メイド衣装も可憐な漆黒のおかっぱ頭の、十三、四歳ほどの少女であった。
一人一人に追加のお茶を注ぎ、手前のテーブルにケーキやマカロン等の甘味を置いていく、実は恐るべき開明獣の『人化形態』。
そんな彼女が、タチコの前にさしかかった途端、それまでの流麗なる所作を止めて、身を正したかと思えば、ぺこりと頭を下げる。
「──タチコ様には、大変申し訳のないことをいたしてしまい、申し開きようもございません。どうぞいかようにも、罰をお与えください」
そう言うや、後頭部を見せたまま、その場で静止するメイド少女。
あたかも凍り付いたかのように、完全なる沈黙に包み込まれるラウンジ。
誰もが固唾をのんで状況を見守る中で、ようやくもう一方の当事者が、大きくため息をつきながら口を開いた。
「……どうぞお顔をお上げください。罰だなんて、少なくとも
「「「「──っ」」」」
そのタチコの予想外の──というよりもむしろ、
それを尻目に、ようやく顔を上げる、メイド少女。
思いの外一片の曇りもない、まるで作り物のような笑顔をたたえながら、その聖獣の化身は言い放つ。
「それは良うございました。返答次第では、アルテミスお嬢様を危険な目に遭わせた罪により、一族郎党皆殺しにしようかとも思ったのですが、こちらもやめておきますね♡」
「「「「「なっ⁉」」」」」」
今度は『魔法令嬢』全員がもれなく一斉に、驚愕の声を上げた。
もちろん最も衝撃を受けたのは、当の『アルテミスお嬢様』であった。
「──ちょっと、メイ! あなた一体、何てこと言い出すの⁉」
「おや、これは異なことを。他ならぬあなた様との『契約』の時に、ちゃんと宣言しておいたではありませんか? 『御主人様に害をなす者は、
「ええっ⁉…………い、いや、でも、それはあくまでも、『敵』に対してであって、タチコちゃんはれっきとした、
「味方、ですか?」
「そ、そうよ! 少なくとも、『敵』じゃないわ!」
「果たして、そうでしょうか?」
「……え」
「だったら、お伺いしますけど、お嬢様の母君も、当然『悪役令嬢』となっておられるわけですが、もしここにおられるお仲間のうち、どなたかが母君を手にかけられた場合に、その方のことをけして恨んだりしないと、断言できますか?」
「──‼」
あまりに痛烈なるメイド少女の問いかけに、完全に言葉を失う、その
そんな、いささか行きすぎた会話を、これ以上聞く気なぞ無くなった私は、仲間の使い魔に対して、いさめるように声をかけた。
「──メイ殿、そのくらいにしておいてくれ。これ以上我々の結束を乱すような言動を続けるつもりなら、貴殿への『嫌疑』について、この場で追及させてもらうことになるぞ?」
「……ほう、私への嫌疑、ですか?」
ここで初めて、あたかも『仮面』のようだった笑みを消し去り無表情となる、目の前のメイド少女。
「ああ、今回の件に関しての貴殿の言動は、あまりにも不可解すぎる。たかが一魔法令嬢の使い魔でありながら、この世界を裏から支配しているとも言われている、聖レーン転生教団の思惑を把握しているかのようなことを口にしたり、事件の最終場面では『夢の悪役令嬢』であるミルク先生の張った夢の世界の結界を難なく突破して現れるし、あげくの果てには、事件の黒幕だった『鏡の悪役令嬢』を更に上回る立場にいると思しき、『初代巫女姫』とやらとも何やら昵懇の間柄のようだったしな」
「……え、メイ、本当なの?」
事件の大半は意識不明の状態にあったアルテミスが、初耳とばかりに、自分の使い魔へと問いただす。
しかしそれには答えずに、私のほうへと挑戦的な目を向けるメイド少女。
「つまりヨウコ様は、私がアル様を始めとする『魔法令嬢』の皆様に協力するフリをしつつ、むしろ転生教団や『悪役令嬢』と同レベルの立場で、事態そのものを誘導しているのではないかと、おっしゃりたいわけで?」
「えっ? い、いや、何もそこまでは……」
「
その途端、今までソファに寝転がっていたアルテミスを始めとして、メンバーの全員が立ち上がり、一斉に私から距離をとった。
「……まさか、リーダーはん? あの『告白』は、てっきり『鏡の悪役令嬢』を欺くための、お芝居とばかり思っておったのに」
「演技にしてはやけに真に迫っていると思っていたけど、演技じゃ無かったわけなんだ……」
「そこのところをお母様に突かれた時も、ただ単に『開き直った』だけでしたのね?」
「……ごめん、ヨウコちゃん。私ヨウコちゃんのことを大切なお友だちとは思っているけど、そんな重い想いまでは、受け取れないよう」
それぞれ四者四様の複雑な表情で、口々に声をかけてくる、我が仲間たち。
「──みんな、あっさりと納得するなよな⁉ あれは間違いなく、ただの『演技』だ! 何も私は別の時間軸で、アルテミスと出会ったりしていないから! ──それから、タチコ! 貴様、自分こそガチレズのくせに、何を私に対して、まるで『おぞましきもの』を見るような目を向けているんだよ⁉」
「失礼な!
「……ヨウコちゃん、そんなことを」
「──うがあーっ! だから違うって、言っているだろうがあああ!!!」
ついに我慢の限界を超えて、私がわめき散らした、まさにその刹那──
「……うふふふふ、くすくすくす、皆様ってば、本当に、愉快でございますこと♡」
唐突にラウンジに響き渡る、いかにも朗らかなる少女の笑声。
『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』メンバー全員で一斉に振り向けば、そこには目尻に涙さえも浮かべて、屈託もなくお腹を抱えて笑っている、アルテミスの専属メイドの姿があった。
「……メイ、あなた、一体」
「ああ、おかしい、皆さん、すっかり本気になさるんだから。私はあくまでも、『冗談』を言ったつもりなのに」
「冗談て、一体、何が……」
我々『魔法令嬢』全員の気持ちを代弁して、アルテミスが怪訝な表情で聞いたところ、
──あっさりと驚きの答えを返してくる、メイド少女。
「
──なっ⁉
そのあまりに私たちを馬鹿にしたふざけきった言葉に、私は思わず声を荒げて食ってかかった。
「おい、貴様! いくら冗談でも、やっていいことと悪いことがあるんだぞ⁉」
「……何をおっしゃるのです、すべては皆様のために行ったことなのですよ?」
「何、だと?」
「だって、さっきまでの『お通夜』そのものだった暗い雰囲気が、今や完全に払拭されているではありませんか?」
「うっ」
……た、確かに。
「皆様はまだまだ、お覚悟が足りておられないようですね。『魔法令嬢』であられる限りは、またいつかは今回のように、メンバーのどなたかの実の母君であられる『悪役令嬢』と、対峙することも十分あり得るのですよ? それなのにいちいちメンバー全員で落ち込んでいたのでは、切りが無いではありませんか。『悪役令嬢』が世に仇なす存在と成り果てているというのなら、誰かが止めなくてはならないし、それが可能なのは彼女たちと同格の異能の力を有する、彼女たち自身の娘である、あなたたち『魔法令嬢』だけでしょうが?」
「「「「「──‼」」」」」
彼女の至極もっともなる言葉に、心底衝撃を受ける、『魔法令嬢』一同。
「……メイったら、
「確かにうちらにとっては荒療治やったけど、お陰ですっかり目が覚めたでえ」
「うん、はっきり言って私たち、まだまだ甘かったようね」
「……お母様のことについては、正直いまだに心の整理はつかないけど、
口々に感極まった声を上げる、
「皆様が理解してくださり、安心いたしました。──使い魔のくせに、差し出がましいことばかり言って、大変申し訳ございませんでした」
「「「「いえいえ、そんな、滅相もない」」」」
そして自然とわき起こる、今や心を一つにした五つの笑声。
──だからこれ以上、この穏やかな空気をぶち壊すような、『警告』を発することができなかったのである。
たとえ、いまだメイのことを懐疑的に見ている私にとっては、彼女のすべての言動が、結局は私たち『魔法令嬢』を意のままに誘導しているようにしか、思えなかったとしても。
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