第168話、わたくし、『消失』ごっこを始めたら、途中で馬鹿馬鹿しくなっても、最後までやるべきだと思いますの。

 その日、わたくしことアルテミス=ツクヨミ=セレルーナが、政府が極秘で運営している『魔法令嬢育成学園』の自分のクラスに登校してみれば、教室内の様相が一変していた。




「──もう、たら、、冗談ばっかりなんだから!」


なんで、次から次に、そんなに面白いことばかり思いつくの?」


「……しかも、そんな『エグい』のばっかり♡」


「「「そーそー♡♡♡」」」


「しかしそれでも、けして下品にならないところが、むらんならではの『人徳』やな」


「そうよね、どこかの『エセ関西弁少女』とは、大違いよね!」


「何やと、メア! うちのどこが『エセ関西弁』やねん⁉」


「突っ込むのは、そこなのかよ⁉」


「「「あはははははははは!!!」」」


 取るに足らないやりとりばかりを行いながら、なぜかどっと大爆笑をするクラスメイトたち。


「もう、ユーもメアも笑わせないでよ、むしろ私なんかよりも、ジョーク──つうか、『漫才』の才能があるんじゃないのお?」


「もう、ひっどーい、むらんたら、ユーはともかく、私は『漫才人』じゃないんだから!」


「おいこら、それを言うなら、『関西人』やろが? しばくで、われぇ?」


「きゃ〜ん、こわ〜い♡」


「「「あはははははははは!!!」」」


 そんな二人の『いつもながらの』、『お約束の』ボケとツッコミに、またしてもどっと大爆笑をする、クラスメイトたち。




 ……何、これ?




 何で、ほんるいさんが、わずかたった一日で、すっかりクラスの中心人物みたいになっているの?




 しかも、わたくしと同じく『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のメンバーである、ユーちゃんやメアちゃんを始めとするクラスメイトのみんなが、それを何の疑問もなく受け容れて、あたかも数年来の友人同士みたいに、親しげに振る舞っているの?




 そんなことを思い巡らせながら、教室の入り口で立ちつくしていると、ふいに投げかけられる、いまだ耳慣れない涼やかな声。


「──あ、、来ていたんだ、おはよー!」


 そう言って立ち上がり、生徒たちの輪の中心から抜け出して、あっという間にわたくしの小柄な身体を、問答無用で抱きしめる。


「──むぎゅっ⁉」


 何この、いきなりの『距離感』のガン無視的行為は⁉


「ちょっ、本塁田さん、何するんですか、放してください!」


「だから、私のことは、『ナギサ』とか『むらん』て呼んでって、言っているでしょう?」


「呼びませんよ! なに数年来の親友に対するような、馴れ馴れしいことを、言っているんですか⁉」




「え? だって私たち、実際に、数年来の親友じゃん?」




 ………………………はあ?




「す、数年来って、そんな馬鹿な。本塁田さんは、昨日転校してきたばかりじゃないですか⁉」


「ええっ、ひどいなあ、アルったら。そんな見え透いた嘘までついて、他人行儀な真似をして。……もしかして、私何か、あなたを怒らせるような真似をしたっけ?」


「そうやで、アルはん、いくら何でも、それはないでえ?」


「照れ隠しにしては、ちょっと度を越していますわねえ」


「我がクラスのムードメーカーたる、アルテミスらしからぬ振る舞いだな?」


「何か夢見でも悪くて、記憶が混乱でもしているのかしら?」


 あたかも本塁田さんを庇うように、わたくしを責め立ててきたのは、何と公私共にわたって、最も昵懇な間柄にある、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のメンバーたちであった。




 ……何言っているのよ⁉


『記憶が混乱している』のは、むしろあなたたちのほうでしょうが?




 ──ぞくり。




 その瞬間、まるで背筋が凍り付くかのような、悪寒が走った。




 ……本当に、わたくし以外のクラスメイトたちのほうが、『記憶が混乱している』と言えるの?




 ──もしかして、みんなが言うように、本当にわたくしの記憶のほうが『間違い』であったとしたら、わたくしは何を根拠にして、それを否定できるというの⁉




 だって、わたくしが頼れるのはわたくしの『記憶』だけなのであり、それが『間違い』というのなら、何の根拠にもならないじゃないの⁉




「──あっ、アル⁉」


 堂々巡りの『記憶のパラドックス』に囚われてしまったわたくしは、もはや堪えきれず、謎の転校生の腕を振り払って、教室の外へと駆け出した。




 そうよ、職員室よ! そこへ行って、ミサト先生に、聞けばいいんだ!




 たとえ、わたくしか他のクラスメイトたちか、どちらかの『記憶』が改竄されていようと、昨日転校してきたばかりの生徒の情報については、出席簿等の書類に、ちゃんと証拠になる記載がなされているはず!




 そのように自分に言い聞かせながら、わたくしは一縷の望みにすがりつくようにして、職員室へと走って行った。




 ──心のどこかで、自分の淡い希望が、裏切られることを予感しながらも。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「え? ほんるいさん? ええ、ええ、そうよ? 昨日転校してきたばかりよ? ちゃんと公式な書類にも、そう記載されているし」




 こちらの食ってかかるかのような質問を聞き終え、あっけなくも放たれた担任教師の言葉に、わたくしは盛大にずっこけた。


「……なに、アルテミスさん、その三流お笑い芸人みたいな、派手なリアクションは? せっかくのシリアスシーンが、台無しじゃないの?」


「それは、こっちの台詞ですよ! 何であっさりと、わたくしの台詞を肯定するんですか⁉」


「ええー、私なんで、怒られているわけえ?」


「だってこの手のパターンの話だったら、藁にもすがるように必死に確認してきたわたくしに対して無情にも、本塁田さんがずっと昔から学園に在籍していて、ちゃんと証拠書類も揃っているってのが、『お約束』でしょうが⁉」


「……いや、パターンだかお約束だか知らないけど、そんなのでしょうが?」


「へ? 無理って」


「そりゃあ、どこかの時代遅れのSFラノベみたいに、生徒が一人『消失』するくらいだったら、長期病欠だったりすることで、後々つじつまを合わせることができるでしょうけど、昨日転校してきた生徒を、これまでずっといたことに──つまりは、そこにはいなかった生徒を『いること』にすることなんか、どう考えても不可能でしょう?」


「あ」


「それに、これは『消失』した場合も同じなんだけど、生徒や私たち教職員の記憶を書き換えることができたとしても、関係書類を全部書き換えるなんて、どうやって実現するわけ? 公文書とか絶対偽造できないように厳密に書式等が定められているから、この世界のお役所仕事のことをろくに知らない、宇宙人とか未来人とかが改変したりできっこないし、そもそも学校の公的書類を物理的に改変できると考えること自体が、どう考えておかしいのであって、その手の作品の作者さんが何考えているのか、一度じっくりと聞いてみたいほどよ」


 ──や・め・て! 特定の作品を槍玉に挙げるような論調は、おやめになってえー!


「そ、それはその、いっそのこと、わたくし自身が知らぬ間に、『並行世界パラレルワールド』とかに転移してしまって、そこでは最初から、本塁田さんがこの学園の生徒でいたとか?」


「──だったら今度は、生徒が増えたり消失したりしている並行世界パラレルワールドとやらに、どうやったら転移できるのか、その方法が知りたいんだけど?」


「うん、某有名SFラノベとか、異世界転移系Web小説とか、各方面に無差別にケンカを売るのは、おやめくださらない?」


「……あのねえ、アルテミスさん、この世界が物理法則に支配されている限り、世界とはこの目の前にある現実世界ただ一つだけであり、別の世界なんて存在しないから、改変を施して『別の世界』にしてしまうことはもちろん、ありもしない『別の世界』に転移することだってできやしないよの?」


「あ、でも、先生はわたくしたちが『魔法令嬢』であり、それこそ物理法則をガン無視して、いろいろな異能の力を振るえるのをご存じなのでは?」


「あなたたちが『魔法令嬢』となって異能の力を振るえるのは、あくまでも『夢の世界』限定であり、この現実世界においては、『ただの女の子』に過ぎないんでしょうが?」


 ──あ、そういえば、そうでした。


「……だ、だったら、うちのクラスのあの異常極まる状態は、何だって言うんです? あれが異能など絶対存在しない、現実世界と言えるのですか?」


「そうよお? あれこそが現実世界において、真に『世界の改変』を実現した、理想的な姿なの」


「はあ? あなた、ほんの今さっき、世界を改変することなんて絶対にできないと、おっしゃったばかりではないですか⁉」


「確かに、『物理的改変』は、絶対に不可能よ。──でも残念ながら、あの教室で行われているのは、あくまでも『精神的改変』なの」


「……精神的、改変?」




「そう、自称『追憶ノスタルジィの魔法令嬢』とやらである本塁田さんは、自分以外のクラスメイトたちの『記憶』をすべて書き換えることによって、あの教室限定とはいえ、世界を精神的に改変してしまったの」




 ──‼

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