第157話、わたくし、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』になりましたの!(その5)

 ──その『夢の世界』は、これまでの私たち『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のための『バトルフィールド』とは、ひと味違っていた。




「……何、これ」


 一見したイメージは、『すべてがクリスタルでできた、おとぎの国』か。




 しかし、建設物から道路や自動車等の人工物に、何と人間を始めとする動物や植物、果ては空や太陽に至るまでが、すべて水晶クリスタル──ならぬ、『鏡』でできているとなると、ただただ不気味でしかなかった。




 確かにひらけたところから街全体を見渡す分には、素晴らしい景観ではあるものの、下町ダウンタウン方面の迷路のごとき裏通りに一歩踏み込めば、文字通り遊園地のミラーハウスそのままに、たちまち方向感覚を狂わされて、前後不覚の状況に追い込まれてしまいかねなかった。


 ミラーハウス等をご存じで無い方は、喫茶店等の飲食店において、店の奥の壁面いっぱいが鏡になっていて、実際よりも店の面積を大きく見せているやつなんかを、思い浮かべてもらえばいいだろう。


 ──かように、鏡には視覚上『奥行き』があるものだから、人間の『空間把握能力』に齟齬をきたし、下手するとめまいや頭痛や嘔吐感等の、身体的不調すら引き起こしかねず、ホームグランドとしてならともかく、アウェーとして闘うのは、できれば御免被りたいところであった。




「……いや、『御免被りたい』と言ったところで、『魔法令嬢』であるわたくしとしたら、問答無用で闘わざるを得ないんですけど?」




 そう、なのである。


 我が学園の保険医にして、実は『夢の悪役令嬢』であったミルク先生から、現在昏睡状態にある、わたくしたち『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のメンバーの一人の、タチコ=キネンシス嬢が、何と実の母親である『鏡の悪役令嬢』によって夢の世界の中に閉じ込められてしまったので、現実世界に『魔法令嬢としての魂』が戻ってくることができず、眠り続けていることを教えられたわたくしたちは、そのまま保健室のベッドで眠ることで、先生の『夢の悪役令嬢』の力を借りて、タチコちゃんの魂が囚われている夢の世界へとダイブしたのであった。


「……ふむ、まさしく『敵地』と言わざるを得ないな。広さのこともあり、タチコのことは、手分けして探したいところだが、どんな罠が張り巡らされているかわかったものじゃない。ここは二人一組のペアとするとこにしよう。組み合わせは、私とアル、ユーとメアでいいか?」

「「「異議なーし!」」」

「よし、私たちは下町ダウンタウン方面から、あの西洋風の城のように見えるやつまでとして、ユーとメアはビル街や遊園地みたいに見えるやつのほうを、それぞれ探索範囲エリアとすることにしよう」

「──ようし、どっちのチームが先に、タチコちゃんを見つけられるか、勝負しましょう!」

「おう、受けて立ったるわ!」

「負けないわよ!」

 そのように、すぐさま『賭け』を成立させる、平メンバー三人であったが、すかさず物言いクレームをつけてくるリーダー。

「待て待て待て、さっきも言ったが、どんな罠や落とし穴があるかも知れんのだ、遊び半分だと、しっぺ返しをくいかねないぞ?」

「うん、わかった。みんな、ここは、『何としてもリーダとして認めてもらいたがっている』ヨウコちゃんの顔を立てて、真面目にやろうね!」

「「──合点承知の助!」」

「ちょっ、そんな言い方したら、私が自分のリーダーとしての承認欲求を、無理やり押し付けているだけのような……」

「──というわけで、さっさとタチコちゃんの捜索を始めましょう!」

「「らじゃあ!」」

「……ええー、結局アルが、イニシアチブをとってしまうんじゃん?」

「ヨウコちゃんもつべこべ言わずに、わたくしについてくる!」

「あ、はい。らじゃあであります、リーダー殿!」

「うふふ、おかしなヨウコちゃん。リーダーはあなたじゃない?」

「そうですね! リーダーであられるあなたがそうおっしゃるのなら、は、私がリーダーでしょうな!」

 ……何かヨウコちゃんが、心底あきらめきった表情で、変なことを言い出したけど、ここは無視して、早速作戦を開始することにしましょう!




「……うわあ」




 そうして一歩下町方面に足を踏み入れた途端、わたくしたちの全周を、大小様々な鏡が覆い尽くしたのであった。


「こっちのほうは、アーケード街というか地下街というかって感じで、鏡製の屋根までついているんだねえ」

「……しかも道筋自体が複雑に入り組んでいるから、何か目印が無いと、完全に迷ってしまいそうだな?」

「目印って言ったって、この世界の構成物って、全部何の印もついていない、同じような鏡でしかないよ? ──ほら下を見てご覧、路面までが鏡でできているから、ヨウコちゃんの柄にもない、クマさんパンツが映っているじゃない?」

「なっ、き、貴様、それってセクハラだぞ⁉」

「何言っているの? わたくしたちJS同士なんだから、何も問題ないでしょう? ……それにしても、いかにも大人びたヨウコちゃんが、よりによって『クマさんパンツ』だなんてwww」

「──それがセクハラだと、言っているんだ! 私がどんなパンツを穿こうが、勝手だろうが⁉」




「チッ、愚かな。やはりこの女、リーダー失格ね」




「何だ何だ? いきなり人を蔑むような表情になって、ガチレス返してきたりして⁉」

「いい? あなたはわたくしたち『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のリーダー──つまり、『看板』なんでしょうが? それが『クマさんパンツ』なんて穿いていると知れたら、チーム全体のイメージダウンに繋がるのよ⁉」

「……いやでも、こういった『魔法少女』モノにおける、最大の『お布施ターゲット』である、『大きなお友だち』のロリコンお兄ちゃんたちは、『クマさんパンツ』は大好物の一つなのでは?」

「……ほんと、全然わかっていないんだからッ」

「え、そ、その、何か知らないけど、ごめんなさい?」

「そうね、確かにメアちゃんあたりならお似合いだろうし、ユーちゃんだったら『ギャグ』としてウケるでしょうね。でもあなたやタチコちゃんのような『大人びた』キャラは、『ギャップ萌え』なんかでは済ませてもらえず、下手したらファンの皆様に『幻滅』すらさせかねないのよ!」

「む、確かに。だったら我々は、どんなものを穿けばいいのだ?」

「ここで黒とか紫とか大人びたのを穿くと、あまりにも当たり前すぎるし、それこそロリコンお兄ちゃんたちから幻滅されかねないので、むしろここは、『ごく平凡な白の綿パンツ』ってところかしら?」

「いやあ、それってあまりに、芸がなさ過ぎるのでは?」

「……これだから、外見だけ背伸びした、ネンネちゃんときたら。──あなたたちのような『大人びた』キャラが、スタンダードな『白パン』を穿いてこそ、『ギャップ萌え』になるし、むしろ『清楚さ』を存分にアピールして、ロリコンお兄ちゃんたちの好感度を得ることができるんじゃないの⁉」

「うわあ、あざとい、あざとすぎる!」

「はんっ、魔法少女は元々、存在そのものからしてあざといのよ!」

「……へえ、だからいかにも見かけが子供っぽい、アルのスカートの中身が、すっげえアダルトな、白ガーターと白網タイツのコンビネーションになっているわけか?」

「──ッ、何人のスカートの中覗いているのよ⁉ このエロJS!」

「人の穿いているパンツに、散々いちゃもんつけておいて、それかよ⁉」


 そのように、魔法少女コスプレJSが、お互いにセクハラ合戦を行っていると、




『うふふふふ、あはははは、確かに聞いた通りに、愉快な子たちね♡』




 いきなり四方八方から鳴り響いてくる、まったく聞き覚えのない女性の声。

「──あそこだ、ヨウコちゃん!」

「──こっちだ、アル!」

 同時に、、怒鳴り合う、二人の魔法令嬢。

「「えっ?」」

 改めて周囲を見回せば、わたくしたちを取り囲んでいる無数の鏡の一つ一つに、明らかに同一人物と思われる女性の姿が映し出されていた。


 そ、そういえば、さっきの声も、360度すべての方向から、同時に聞こえてきたような……。


『初めまして、「魔法令嬢、ちょい悪シスターズ」の皆さん。私はあなた方「聖レーン転生教団」の関係者が言うところの、「鏡の悪役令嬢」です』


「──! ということは、やはりタチコちゃんのお母さん⁉」


 まじまじと、鏡の中の妙齢の御婦人を見つめ直す、結構アンダーウェアがアダルトだと判明した、コスプレ幼女。(ロリコンお兄ちゃんたち、夢を壊してしまってごめんなさい!)


 漆黒のシンプルなワンピースドレスをまとった、ほっそりとした長身に、娘のような縦ロールではないものの、十分に豪奢なボリューム感たっぷりのブロンドヘアに縁取られた、彫りの深く端麗な小顔の中で煌めいているサファイアの瞳。


 ……ううむ、確かにタチコちゃんそっくりの、超絶美人さんであられること。


「お願い、タチコちゃんのお母さん、タチコちゃんを帰してちょうだい!」

『まあ、おかしなことをおっしゃること』

 え?




『だってタチコは、自ら進んで私の許にきたのよ? 返すも返さないも、無いでしょう?』




 ……え。

「そんなの、嘘よ! 魔法令嬢であるタチコちゃんが、いくら実のお母さんとはいえ、悪役令嬢と共にあろうなんて、思うわけがないじゃない!」


『絶対に認めがたき事』を面と向かって言われたからか、殊更必死に否定するわたくしに対して、またしても唐突にかけられる、こちらは聞き覚えの存分にある、無情なる声。




『──本当よ』




 その時鏡の中の悪役令嬢のすぐ隣に現れたのは、間違いなくわたくしたちのクラスメイトの姿であった。

「タチコちゃん⁉」

『……考えてみたら、おかしなことだらけだったのよ。──ねえ、教えて、何で私たち「魔法令嬢」は、自分たちの母親である「悪役令嬢」と闘わなければならないの?』

「それは当然、『悪役令嬢』が悪の存在であり、そしてそれを倒すのが、わたくしたち『魔法令嬢』の使命なのであって──」


 あれ?


 これって、同じことを、ミルク先生の時にも、言っていなかったけ?


『……やれやれ、可哀想な子たち。そこまで転生教団による、「洗脳」が進んでいるなんて』


「なっ、『鏡の悪役令嬢』、誰が洗脳なんか、されているですってえ⁉」


『あなたは気がついていないの? 「悪役令嬢」と「魔法令嬢」の関係性どころか、この世界そのものが、「欺瞞」でしかないことを』


「はあ? 『この世界は欺瞞に過ぎないのだ!』って、あんたいい歳して中二病かなんかなの?」


『こ、このガキ! ──いいわ、私の言葉には聞く耳を持たなくても、「彼女」だったら、どうでしょうね?』


「へ? 彼女って……」


「──いかん、アル! そこから離れろ! その一帯において、魔導力の急上昇が認められる!」

 その時唐突に響き渡る、鬼気迫る表情と化したヨウコちゃんの叫び声。

「ま、魔導力の急上昇ですって⁉」

 ──まさか、新たな『悪役令嬢』の登場か⁉


 まさにその刹那、目の前の鏡がぐにゃりと歪み、中から伸びてくる、ほっそりとした両腕。




『──久し振りね、アル♡』




 こちらをまるで、慈愛に満ちた瞳で見つめている、一人の女性。




「……お母さん」




 かすれるようなつぶやき声とともに、思わず目と鼻の先の両手を握りしめてしまう。




「駄目だ、アルー‼」




 そのヨウコちゃんの絶叫を最後に、わたくしの意識は途絶えてしまったのであった。

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