第158話、わたくし、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』になりましたの!(その6)

「──アルテミス!」




 私こと、『魔法令嬢・ちょい悪シスターズ』のリーダーである、ヨウコ=タマモ=クミホ=メツボシは、仲間であり(少なくとも自分にとっては)親友でもある、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナが吸い込まれた鏡面へと、すぐさま駆け寄り手を伸ばしたものの、ただ硬いガラスによってはじかれるのみであった。




 鏡の中でアルテミスを抱えながら、こちらへと一瞥するとともに、霞のように消え去る、二十歳はたち絡みの絶世の美女。


「…………今のが、アルテミスの母親か?」

 何だ? それにしては、全然ぞ?


 そんなことに思いを巡らせていたら、すぐ後ろで、何かが落下してくる音がした。




「……はあ? タチコ、おまえ⁉」




 振り返れば何と、真後ろの鏡面から、意識を失ったタチコ=キネンシスが吐き出されていた。


『──娘のこと、これからもよろしくね♡』


 そのように鏡の中から語りかけるとともに、こちらも姿を消し去っていく、二十歳はたち絡みの美女にして、すべての元凶である、『鏡の悪役令嬢』


「──ま、待て! だったら、アルテミスも返してくれ!」


『ごめんなさい、あれは私の意図したことではなく、ただ単に力を貸しただけなので、この子みたいに、独断でお返しするわけにはいかないの』


 そう言って、今度こそ完全に、鏡の中に姿を溶け込ませる『悪役令嬢』。




「……つまりは、最初からすべてが、アルテミスを捕まえるための、罠だったわけなのか⁉」




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──あなたたち『魔法令嬢』が、三名もついていながら、みすみすお嬢様を奪われてしまうなんて、どういうことなんですか⁉」




「……うぐっ、め、メイ殿⁉」




 アルテミスを奪われた後、他のメンバーを緊急招集して、直ちに現実世界へと目覚めて、今回も夢の世界を司ってくれていた『夢の悪役令嬢』である、保険医のミルク先生に事の次第を伝えたところ、連絡を受けて駆けつけてきた、アルテミスの魔法令嬢としての『使い魔』であり開明獣の化身である、メイドのメイ殿から、いきなり胸ぐらを掴み上げられたのであった。


 ……な、何だ、この尋常ならない殺気は、これじゃ、本気で殺されかねないぞ⁉


 そのあまりの気迫のための目の錯覚か、いつもはただただ可憐なばかりの、おかっぱ頭の黒髪に縁取られた小作りの端整なる顔の中の黒曜石の瞳に、深紅の灯火がたぎっているかのようにも見えた。


 とても似つかわしくない、獣のごときうなり声を上げる、花の蕾のごとき小ぶりの唇の狭間から垣間見える、あたかも野生の獣そのままの鋭いけん


 冗談ではなく、今にも喉元を噛み切られるのではないかと、本気で覚悟しかけた、まさにその時、




「──もう、メイったら、ちょっとは落ち着きなさいよ? ほら、その子、本気で怯えてしまっているじゃないの?」




 唐突に医務室に響き渡る、混乱のこの場を制する声音。


 思わず、私たち魔法令嬢を始めとして、一同揃って振り向けば、




「「「──で、でけえっ⁉」」」




「はいはい、天丼天丼。みんなの素敵なお姉さん、颯爽登場! 合い言葉は、『ミルクの時間♡』よ──はいっ!」




「「「……み、ミルクの、時間♡、よ?」」」




 ──はっ、ついつられて、復唱してしまった? いかにも阿呆みたいな、キャッチフレーズなのに⁉


 ……しかもこの人、ぬけぬけと自分のこと、『お姉さん』とか言いやがった⁉ 小学五年生の娘がいるくせに……ッ。


 しかし、真っ赤に燃える腰元まで流れ落ちているウエーブヘアと、同じく彫りの深く艶麗なる小顔の中で人懐っこく煌めいている深紅の瞳に、何よりも白衣をまとったブラウスをさも窮屈そうに押し上げているボリューム満点の双丘を見せつけられていると、とても逆らえなくなってしまうのは、けして私だけではないだろう。


 とはいえ、何事にも例外があるわけで、現在怒りの頂点にあられるこの方だけは、相手が世界の敵たる『夢の悪役令嬢』であることにも、少しも臆することなく、果敢に食ってかかっていく。


「……何よ、ミルクってば、邪魔する気? 大体あなたが、夢の世界の結界を、しっかり張っていなかったから──」


「だから、少しは頭を冷やしなさいってば。これってどう考えても、『シナリオ』の進行とは逸脱した、想定外のハプニングでしょうが?」


「──っ、そうか、教団のやつらの差し金か⁉」




 ……何だ?

 この二人、一体何を、言い出しているんだ?


『閣下』に、夢の世界の『結界』に、『シナリオ』の進行に、想定外の『ハプニング』だと?


 それに、『教団』て、聖レーン転生教団のことか?


 ──なぜに、世界の敵である『悪役令嬢』を討伐することを最大の目標として、私たち『魔法令嬢』の育成に全力を注いでいるはずの転生教団が、まるで『今回の事件を仕組んだ張本人』みたいな言い方をするんだ?




「くっ、あのクソガキ教皇が、シナリオ通りに演じることもできないのか⁉」


「おそらくは、今回の件を好機と捉えたんでしょうね。何せあちらさんからすれば、アルちゃんを『目覚めさせれば』、それでいいんですものね」


「何を悠長な! 『まだ早すぎる』のは、あなたもわかっているでしょうが⁉」


「おっ、それって、『一度は言ってみたいセリフ』の高位ランクの一つよね♡ 『……腐ってやがる、まだ早──」


「縁起でも無いこと、言うにゃー! お嬢様が巨○兵みたいに、ドロドロに腐ったりしたら、どうするー⁉」


「オリジナルは、『暗○神話』の、オトタチバナヒメだけどね♡」


 そのように、なぜか最後には、あまりにもマニアックなオタクネタを語り合いながら、医務室を出て行ってしまう、白衣巨乳美女と、メイド少女という、ある意味あざとくも珍妙なるカップリング。


 ──その後に残るは、もはやいつもの元気の良さはすっかり鳴りを潜めて、完全に精彩を欠いている、我ら『魔法令嬢・ちょい悪シスターズ』の面々だけであった。


 チーム一のムードメーカーであった、アルテミスは敵の手に落ち、その代わりに敵のお情けにより返してもらったタチコさえも、昏睡状態は脱したものの、いまだ前後不覚の有り様であり、私自身を始めとする残りのメンバーも、一応身体的には健在であるが、気力のほうは明らかに疲弊しきっていた。


 そんな中で、今や完全にしょげ返っている、もう一人のムードメーカーであるユーが、私へと声をかけてきた。

「……なあ、リーダーはん、これからどうするつもりなんや?」

「言うまでもなかろう? アルテミスの奪還だよ」

「また、『夢の悪役令嬢』や、教団の力を借りてか?」

「──っ」


 ……確かに、『悪役令嬢』を倒すのに、『悪役令嬢』の力を借り続けるなんて、どう考えてもおかしいし、それにさっきのメイ殿たちの話しぶりでは、今となっては転生教団すらも、全面的に信頼するには怪しすぎた。


「……一体、『悪役令嬢』や『聖レーン転生教団』って、何なんだ?」

 そんな今更な疑問を、思わず口からこぼした、まさにその時。




「──それに、うちら『魔法令嬢』もや。一体うちらは、何なんや? 何のために、こんな尋常ならぬ力を与えられて、何のために戦わされとるんや?」




「──‼」


 ……そうだ、すっかり当たり前のことだと受け容れていたけど、いくら何でも、たかが十歳程度の幼い小娘が、少し変わった力があるからって、なんで戦い続けなければならないんだ?




『──これってどう考えても、「シナリオ」の進行とは逸脱した、想定外のハプニングでしょうが?』




 その刹那、脳裏に甦ったのは、つい先ほど『夢の悪役令嬢』が口にしたばかりの、謎めいた言葉。


 まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか──




 ──この世界そのものが、誰かの手による『筋書きシナリオ』によって、成り立っているんじゃないだろうな⁉

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